第三十一問
誘拐騒動が警察の介入と言う形で幕を閉じてから暫く、秀隆達は事情聴取の為に警察へ、または検査と治療の為に病院へと運ばれる……ことはなく文月学園の2-Fクラスの教室に居た。と言っても教室に居るのは秀隆、明久、雄二、秀吉、康太の4人で、残りの女子たちは自宅に帰っていた。
「いって! やっぱこの痛みだけは慣れねえな」
自分で患部に消毒液の浸みたガーゼを当てながらぼやく秀隆。そんな彼の姿を、スーツ姿の青年が呆れ顔で見下ろしていた。
「まったく。ここ最近は大人しくなったと思ったのに」
「中学ん時と比べたら大人しいだろ?」
「そりゃあの時に比べたらな」
嘆息する青年。どうやら秀隆とは長い付き合いのようだ。
「しかし……まさか秀隆に警察の知り合いがいたとはな」
「まあリュウ兄は幼馴染みみたいなもんだしな」
秀隆にリュウ兄と呼ばれた青年、『小鳥遊竜史(たかなしりゅうじ)』は秀隆の年上の幼馴染みで、司書の小鳥遊雅子の旦那でもある。職業は警察。刑事課に所属する巡査で、所謂刑事である。
「そのせいもあって、ヒデが関わった事件は全部俺が担当してるんだよ」
「へえ。そうなんっすね」
「そうそう。俺のお蔭でリュウ兄が刑事になれたようなもんだぜ」
「バカ言うな。お前のせいで生活安全課への部署変えも打診されたんだぞ」
などと普通の会話をしているあたり、先程まで誘拐事件などという緊迫した状況にあったとは到底思えない。
「けど、何で僕達はここに居るんですか?」
「そうじゃの。普通なら警察署に行って事情聴取するなり、秀隆の傷の治療の為に病院に行くなりしとるはずじゃし」
「……(コクコク)」
ここに来て初めて明久達がそのことを疑問にした。普通はその疑問が先に来そうなのだが。
「ああ。それは俺が頼んだんだ。ま、事情聴取は学祭が終わったら全員受けることになるがな」
「いいんすか?」
雄二が竜史に問う。普通は警察が一学生の頼みを聞き入れるとは思えない。ましてや相手は凶刃と恐れられた秀隆だ。いくら幼馴染みとは言え、待遇が破格すぎる。
「まあ、ホントはダメなんだけど。君らのクラスメイト達を誘拐した不良グループ。『DED END』ってグループ名で活動してたんだが、彼らはある暴力団の資金源になっていたようでね。彼らの逮捕をきっかけに薬物の販売ルートや他の資金源を割り出せそうなんだ」
「つまり、これはそれに対する細やかな報酬ってわけさ」
自慢げに踏ん反り返る秀隆。竜史はそんな秀隆の頭を「調子に乗るな」と小突く。
「事情は分かりましたけど、何で教室なんですか?」
「俺が指定したんだよ。話を聞かなきゃなんないからな」
「話を聞く? 誰にじゃ?」
「多分もう直ぐ来る――」
――ガラッ――
とその時、タイミングよく教室のドアが開かれ、一人の人物が入って来た。
「態々夜分にご足労願い申し訳ないです」
「ふん。殴られて慇懃無礼な態度は少しくらい治ったかと思ったら相変わらずかい」
「学園長!」
教室にやって来たの学園長だった。
「んで、アンタは誰だい? ここは関係者以外立ち入り禁止の筈だよ」
「失礼。私はこういう者です」
「!?」
竜史は懐から手帳を出し、中を開いて学園長に見せる。学園長は手帳を見るなり眼を見開いて驚愕を露わにする。
「警察……まさかコイツ等が何か?」
「いいえ。寧ろ彼らは被害者です」
竜史と秀隆は学園長に事の顛末を説明した。話を聞いて、学園長が申し訳なさそうに項垂れる。
「……そうかい。とんだ迷惑をかけたね」
深々と頭を下げる学園長。普段の言動からは考えられない殊勝な行動に、明久と雄二は目を見開く。
「謝る暇があるんなら、とっとと腕輪の欠陥を説明してもらおうか」
「……気づいてたのかい」
秀隆の指摘に、忌々しげに睨む学園長。雄二以外の面々は何のことかを首を傾げる。
「当然だ。じゃないとたかが学祭の出店に営業妨害仕向けたり、ましてや誘拐事件なんて起きるわけねえだろ」
「待ってくれ。話の筋が見えないんだが」
竜史が待ったをかける。普通に考えて、召喚大会の景品の欠陥と、誘拐事件が結びつくことはない。
「恐らく犯人の狙いは、腕輪の欠陥を皮切りに技術面での不備を世間に公表する事。そしてそれに伴い学園長を失脚させ、その後釜に収まること」
「一体それに何のメリットが?」
「そこまでは分からないけど、まあ利権絡みだろうよ」
投げ槍に答える秀隆。彼にとって、犯人の目論見などはどうでもよいのだろう。
「で、そこまで言うなら犯人の目星は付いているんだろう?」
「当然。犯人は多分竹原だよ」
確認するように学園長に目を向ける秀隆。
「だろうね。近隣の私立高校を訪問している竹原の目撃情報もあるからね」
嘆息しながら告げる学園長。彼女としても身内の恥を晒したくはないが、事がここまで大事になった以上、そういうわけにもいかなかった。
「ウチに生徒を取られた他校の経営者と内通者の関係、ってわけか」
「なるほどのう」
「……酷い話」
「……?」
会話について行けていない明久を除き、その場に居た全員が納得した。
「それで、その原因となった腕輪の欠陥と言うのはどういったものなんですか?」
召喚大会の賞品、『虹色の腕輪』と『黒金の腕輪』にはそれぞれ効果が二種類あり、虹色の腕輪は召喚獣の武器(攻撃)に様々な追加効果を付加させる『属性付与』と召喚フィールドの科目を担当教師がいなくても指定した科目に変更できる『科目改変』。黒金の腕輪は、教師の代わりに召喚フィールドを展開できる『代理展開』と、持ち点を二分の一にして二体の召喚獣を召喚する『同時召喚』である。
「基本的には制御面だね。虹色の腕輪の属性付与以外は使用者の点数が一定以上あると暴走しちまうんだ。特に黒金の腕輪の同時召喚の方は平均点でも暴走する始末だよ」
「属性付与の方はどうなんだ?」
「コントロールが難しくて教師でも制御がままならないんだよ」
もはや賞品として成り立たないレベルの欠陥である。
「そんなもの賞品にしないでくださいよ」
「私だってしたくはなかったさ。けど竹原の奴が勝手にしちまったんだよ。私が気がついた時には後の祭りさね」
学園長曰く、腕輪が出来た時は確かに賞品にする予定だったが、欠陥が判明した時点で急遽取り止め改善に没頭していたが、いつの間にか商品にされており、もう後戻りできない状況だったらしい。
「ま、これも竹原の仕業だろうね」
「だろうな。俺達に回収を命じた時点でそうだろうとは思ってたが」
「え? そうなの?」
秀隆は学園長との『交渉』の後、雄二とした会話の内容を掻い摘んで明久達にも説明した。
「まあ、流石に虹色の腕輪の方にも欠陥があるとは思わなかったがな。しかも、そっちの方が深刻じゃねえかよ」
「ああ言っとけばアンタは吉井の方を優勝させるだろうと思ったからね」
学園長もとんだ化け狸であった。
「けど、なら別に優勝した人に事情を話して回収すれば……」
「予定にはなかったとはいえ、折角世間の日の目を見る機会が出来たんだから試してみたくなるのが技術者の性ってやつだろ?」
「そうさね。新技術は使ってナンボだからね。デモンストレーションもなかったら新技術自体を疑われちまう」
なんとも難儀な性分である。
「それに、竹原もそれを見越して何人か刺客を送り込んでたみたいだし、次の俺達の相手も、な」
秀隆が明久にトーナメント表を渡す。そこに記載されていたベスト4のペアは――
「あ、常夏コンビ!」
準決勝の組み合わせは、明久&雄二VS翔子&優子と、秀隆&秀吉VS常夏コンビであった。
「世間一般から見たら、決勝は間違いなく2年と3年のAクラスコンビ対決。科目と点数次第で常夏コンビの優勝も十分有り得る」
「というか、わしらが勝たぬ以上暴走は免れんな」
教頭陣営である常夏コンビは優勝準優勝に関わらず嬉々として腕輪を暴走させるだろう。あとは、教頭の思惑通りとなる。
「ま、明日は絶対に負けられないってわけだよ」
「と言うか明久達も霧島と姉上が相手ではきつくないかの?」
常夏コンビの実力は未知数。更に2-Aクラス最強コンビ。2-Fコンビが勝つ可能性は限りなく0に近いと言えるだろう。
「んー。こっちはどうにかなるだろ。てかするし」
秀隆は自分達の試合はさして気にしていないようだ。
「問題は明久達だろ。正直勝てるビジョンが浮かばん」
「そんな事は――」
「勝てる保証があるのか?」
「カテタライイナー」
秀隆から視線を逸らす明久。仕方のない事とは言え、これではどうしようもない。
「何にせよ。明日が正念場だ。気合い入れていくぞ」
「「「おう!」」」
雄二の叱咤に、力強く応える3人。そんな彼らを、竜史は微笑ましく見ている。
「何か、思うところでもあるのかい?」
「……いえ。ただ、秀隆のクラスメイトが彼らで良かったなと思いまして」
「凶刃としてでなく、神崎秀隆として接しているからかい?」
「ええ。中学生の時からしたら随分と丸く……いや、『元』に戻りましたよ」
「どういう事だい?」
丸くなった、と言うのなら学園長も理解はできる。しかし元に戻ったとは。
「……中学の時の秀隆は荒れていましたからね。それこそ、凶刃なんて仇名で呼ばれるほどに」
「らしいね」
「喧嘩して補導に行くたびに思いましたよ。『こいつは死に場所を探してるんだ』って」
「……」
「実際、秀隆に聞いた時もありましたよ」
「何て答えたんだい?」
「『強く成る為なら死に場所なんて選んでらんねえ』って言ってました」
「どういう意味だい?」
「正直、当時の自分にも理解できませんでした。けど……」
明久達とじゃれ合っている秀隆を見て、竜史は目を細める。
「今は『この時』の為にやってたんだなってそう思っています」
「……そうかい」
学園長はそれ以上は何も尋ねなかった。
「まあ、その分前より生意気になりましたが」
「ふん。本当に生意気なクソジャリだよ」
鼻を鳴らして悪態を吐く学園長。こうして、事件の夜は更けていった。
――翌朝――
「アキ。おはよう」
「おはようございます。吉井君」
「おはよう。美波。姫路さん」
翌日。美波と瑞希は元気に登校してきた。昨日恐ろしい目遭ったと言うのに、そんなことなどなかったかのような二人の雰囲気に、明久の方が不安になるほどだ。
「あ、そうだ二人とも。昨日はちゃんと眠れた?」
「はい」
「ぐっすりとね」
「そ、そう。じゃあ朝ごはんは?」
「ちゃんと食べて来ましたよ」
「えっと……じゃあ怖い夢なんかは」
「ふふ。アキったらそんなに心配しなくても大丈夫よ」
明久の気づかいは二人に筒抜けだったようだ。
「確かに昨日は大変でしたけど、今は不思議なくらい落ち着いているんです」
胸に手を当て瞑目して言う瑞希。嘘を言っているような雰囲気は感じられない。
「それに、何かあっても、また吉井君が助けてくれるんですよね?」
瑞希に笑顔で聞かれて、明久は反射的に「勿論!」と答える。それを見て、ますます笑みを深くする二人。
「まあ、助けてくれるのは坂本と神崎でしょうけどね」
「む。僕だって本気を出せばあんな不良くらい」
「ほんと~?」
「おうおう。朝から見せつけてくれるねえ。お三方」
と、ここで秀隆が茶々を入れながら教室に入ってきた。三人は顔を真っ赤にして否定するが、逆に秀隆の嗜虐心を擽るだけだった。
「相変わらず賑やかじゃのう。お主らは」
「……いつものこと」
「だな」
秀吉とムッツリーニ、雄二も教室に入ってくる。
「そう言えば、アンタ等大丈夫なの?」
「大会の事なら心配ない。あの後秀隆と対策を練ったからな」
「いやそうじゃなくて、警察が来たんだから事情聴取とか」
「ああ。それなら知り合いの刑事に頼んで学祭後の土日にやることにしてもらった。だから悪いがお前らにもその時は協力して欲しい」
「はい分かりました」
「まあ、仕方ないわね」
納得して頷く二人。事情が事情なだけにこればかりはどうしようもない。
「けど、対策練ったぐらいで大丈夫なの? アキと坂本の相手って霧島さんと優子でしょ?」
「ん。まあ何とかするしかないだろ」
「何か不安しかないんだけど……」
ジト目で雄二を睨む美波。Aクラス戦の顛末を見ていればそう思うのも当然である。
「神崎君達の方は何だか大丈夫な気がしますね」
「まあここまで来て負けるわけにはいかねえからな」
『うぃーっす』
『はよー』
と、Fクラスの生徒達も続々と登校してきて開店準備に取り掛かる。
「ま、今はそれよりも喫茶店の方だ。泣いても笑っても今日が最終日なんだ。少しでも売り上げを伸ばすようにしないとな」
秀隆の言葉に全員頷き、それぞれ準備に入る。清涼祭の最終日が幕を開ける。
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