バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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清涼祭編最終回です。


第三十七問

第三十七問

 

目覚めた秀隆が見たのは、白い天井だった。

 

「見たことある天井だ」

「そりゃ保健室だもの」

 

誰もいないと思って呟いたら返事が返ってきた。声の方を向くと、優子が椅子に座って本を読んでいた。

起きた秀隆をチラリと見やると優子は再び本に視線を戻す。

 

「坂本君に感謝することね。気絶したアンタをここまで運んできたんだから」

「……あれからどうなった?」

 

上体を起こしながら秀隆が問う。病院ではなく保健室なのは学園の体裁のためだろうが、そんなことよりも秀隆が気を失った後の事が気になった。

 

「少し騒ぎになったけど、学園長たちが抑えたから何とかなったわ」

「そうか……」

 

取りあえずホッとする。この手の対応には学園長たちに一日の長がある。今後を含め、対応は学園側に任せておけばいいだろう。

 

「竹原は?」

「あの後西村先生たちに引き取られたわ。多分今は警察に引き渡されてる」

「はっ! ざま見ろ」

 

竹原は結局お縄についたというわけだ。因果応報。竹原も危ない橋を渡っていた自覚はあったはずだ。どれ程の旨味があったかは分からないが、それだけのリスクを覚悟の上で今回の暴挙とも言える騒動を起こしたのだ。それを阻止した。それだけでも、身体を張った甲斐があるというものだ。

 

「けど……アンタも相当無茶したわね」

「まあな。仕方がなかったってのもあるが」

 

正直に言ってしまえば、もっと上手く立ち回ればこんな事をせずにすんだはずだ。竹原の罪の証拠を水面下でかき集め然るべき機関に通告するだけでもよかったのだ。当然それはもう学園側もやっていたはずだ。でなければ竹原をすんなりと警察に引き渡せるはずがない。秀隆もその手伝いをするだけでも十分だった。

 

「ま、アイツが身体張ったんだ。俺が黙って見てるだけってわけにもいかねぇよ」

 

自嘲気味に笑う。時に強い感情が人を駆り立てることもあるが、秀隆もその熱に当てられたというわけだ。

 

「そう」

 

優子はその一言だけ返した。秀隆を否定もせず肯定もしない。ただそっと微笑んだ。

 

「そういや、他の連中は?」

 

秀隆の質問に、優子は窓をコンコンと叩く。何事かと思ったが、微かに外から音楽が聞こえる。耳を澄ませば、賑やかな喧騒も聞こえてきた。

 

「後夜祭よ。今頃フォークダンスの真っ最中ね」

「ああ。『一緒に踊れば恋が叶う』ってやつか?」

「そ。代表も坂本君と踊るって息巻いてたわ」

 

優子が呆れ気味に笑う。思春期の高校生としては一大イベントだ。翔子だけでなく、秘かに思いを込めた人と踊ろうと皆躍起になっている。

 

「お盛んだねえ。流石は思春期の高校生」

「アンタもでしょうが」

 

優子が嘆息するが、その優子もその渦中にいるのだが。

 

「お前は良かったのか?」

「え?」

 

唐突に秀隆が尋ねる。一瞬意味が分からなくて優子はキョトンとしてしまう。

 

「フォークダンス。誘われなかったのか?」

「ああ。別に興味ないわよ」

 

優子は肩を竦めて見せる。実の所、優子は秀隆が起きるまでに何人かから誘いを受けていたが、丁重に断っていた。

 

「……アンタいなかったし」

「何か言ったか?」

 

最後の方が聞き取れなくて聞き返したが、優子は「何でもないわよ」と首を横に振った。

 

「それより、ほら。喉渇いたでしょ?」

 

取り繕うように、優子はペットボトルを秀隆に投げる。キャッチしたそれはスポーツドリンクだった。

 

「サンキュ。やっぱ寝起きは喉渇くな」

「だと思ったわよ」

 

秀隆はペットボトルをありがたく受け取り、一気に半分ほど飲み干した。

 

「っはー! 生き返る!」

 

袖口で口を拭い大袈裟に喜ぶ。優子はそれを見てまたふふっと笑った。

 

「それにしても、吉井君も罪作りよね」

「あん?」

 

優子は窓の外を見ると、ふとそんなことを言った。

 

「フォークダンスよ。瑞希に美波、2人から迫られて結局逃げ出してるわ」

「そんなことか。まあ、想像はつくな」

 

瑞希と美波にとってフォークダンスは明久と2人きり(2人きりではないが)になれる絶好の機会。逃してなるものかといつも以上の気迫で迫っていた。明久もその雰囲気に飲まれたじたじに後ろ足を引いて、ついには逃げ出した。

 

「いっそ2人と踊ればいいのにな」

「そういうわけには行かないのよ」

 

乙女心は複雑なのである。そもそもフォークダンスはペアで踊るものだが。

 

「じゃあジンクスと関係ない別の誰かと踊るかだな」

「誰よ?」

 

男女が踊れば、ジンクスのせいで否応なしに関係が囁かれる。それを嫌うなら、最初から踊らないか、『そうならない相手』と踊るしかない。

 

「葉月か……秀吉か?」

 

葉月は美波の妹でまだ小学生。踊ったとしても「小さい子供にせがまれて」で終わる(かもしれない)。FFF団が存在する今の文月学園でそれが通用するかは分からないが。

 

「百歩譲って葉月ちゃんはいいとして、何で秀吉なのよ?」

「ダメージが少ないから?」

 

なぜだか分からないが、秀吉相手なら「秀吉だからしかないか」という雰囲気が生まれる。2人も納得というか諦めがつくのだ。これが雄二なら別の意味での波乱が起きるが。

 

「ま、結局、みんなで輪になって踊るのが一番平和なんだよ」

「アンタが言うと皮肉でしかないわね」

 

聞こえる、ですらないのが秀隆らしいというか。本人にも自覚はあるから否定はしなかった。

 

「んで雄二は?」

「坂本君は――代表に手首を手錠で繋がれてるわ」

「聞くだけ野暮だったな」

「お察しの通りよ」

 

結局雄二は翔子に強制連行されて操り人形の様に踊っている。精気のない坂本に反して翔子は生き生きとしている。

 

「他の面子は?」

「――だいたいが相手を見つけて踊っているみたいね」

 

既にカップルになっている組も、カップルになりたいと思っている組も、各々が思い思いに踊っている。青春の1ページを飾るには申し分ないシチュエーションだ。

 

「んで俺は保健室でお前相手に駄弁ってると。とんだ文化祭だな」

「こっちの台詞よ。こっちこそ散々な文化祭だったわ」

 

日も落ちた保健室で2人きりというなんとも官能的な場面であるにも関わらず、2人からそんな雰囲気は醸し出されない。無理して作ろうとしていないのか、作る必要がないのかは、神のみぞ知る。

 

「秀隆ー。無事かー?」

 

ガラガラと戸を開けて無遠慮に入ってきたのは、小鳥遊司書だ。彼女はひとつだけ閉じていた間仕切りのカーテンを開けると、2人を見定めた。

 

「……」

「……」

「……」

 

2対の視線が注がれる。小鳥遊司書はその視線の主を交互に見ると、

 

「はぁ」

 

深い溜め息を吐いた。

 

「んだよマサ姉」

「どうしたんですか?」

 

2人とも、彼女が吐いた溜め息の意味を計りかねていた。小鳥遊司書は、改めて2人を交互に指差す。

 

「アンタら高校生だよな?」

「おう」

「はい」

 

2人が答えた後、次に床を指す。

 

「ここは?」

「保健室」

「他の連中は?」

「フォークダンスの真っ最中です」

「つまりココには?」

「俺らだけ」

 

最後に小鳥遊司書は拳を握った。ただし、その拳は親指が人差し指と中指に挟まれる特殊な形だ。

 

「なんでおっ始めてねえの?」

「それが教師の言うことですか!?」

 

神聖な学舎で、しかも教育者の立場の者がそんなことを宣ったのだ。優子の非難も当然のもの。

 

「いやいやアンタら思春期の高校生だろ? 私らの代だって今より緩かったとはいえこんなシチュでやらない方がむしろ不健全――」

「いやその時代でもアウトだろ」

 

流石の秀隆もツッコミを入れた。教育者に寛容さはしばしば要求されるが、奔放までは行きすぎだ。西村教諭に知られたら、間違いなく雷が落ちる。

「バレなきゃ平気よ」

 

どちらに対してか、あるいは両方か、小鳥遊司書はカラカラと笑った。

 

「にしてもまあ……アンタらならある意味通常運転か」

「どういう意味ですか?」

 

今度は意図したことが分かったのか、優子が睨みながら聞いた。

 

「何て言うか……事後感?」

「言い方!」

 

言うに事欠いてこれである。よく学校図書館の司書になれたなと秀隆は思った。よほど猫被りが上手いとみれる。

 

「冗談、冗談。元気そうだし、少しは顔を出してきたら? 終わりまでまだ時間もあるし」

 

そう言い残して、小鳥遊司書は保健室を後にした。残った2人は、顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「マサ姉は相変わらずだな」

「結婚して落ち着いたと思ったのに」

 

どちらからでもなく、2人は笑った。小鳥遊司書の言う通り、2人の雰囲気は情事を終わらせたかのような、妙な熟れた感があった。

 

「どうする?」

「面倒だからココで寝てるわ」

「言うと思った」

 

秀隆はベッドに身体を預け、優子はまた視線を本に戻した。外の喧騒は、やけに遠くに聞こえる。

 

「お助けー!」

 

遠くに聞こえると思ったのに、向こうからやってきた。

 

「明久!?」

「あ、秀隆起きたんだ」

「起きたんだ、じゃねえよ。何しに――」

「ちょっと匿って!」

 

言うや否や、明久はベッドの下に潜り込んだ。

 

「明久君! どこですか!」

「アキ! 観念しなさい!」

 

続けてやってきたのは瑞希と美波だ。2人とも明久を探している。

 

「あ、神崎君もう大丈夫なんですか?」

「お、おう」

「優子もよかったわね」

「え、ええ」

 

2人は秀隆が無事に意識を取り戻したのを喜んだが、肝心の目的は別なのだ。

 

「ところで、明久君を見ませんでした?」

「い、いや?」

「本当に?」

 

鬼気迫る気迫に、秀隆もブンブンと首を振る。瑞希も美波も笑ってはいるが目が座っていた。

 

「おかしいですね? 確かにここに入ってきたのに」

「どこかに隠れてるんじゃない?」

 

秀隆も優子も首筋に冷や汗が垂れる。もはや2人の雰囲気は獲物を狙う狩人だ。

 

「……仕方ないわね。瑞希、別の場所を探しましょう」

「そうですね。2人とも、お邪魔しました」

 

瑞希と美波はベッドから離れた。

 

「……行ったみたいだぞ?」

「ふう、やれやれ」

 

明久がのそりと這い出てきた。

 

「お前なにやってんだよ?」

「2人が怖くて逃げ出しちゃったんだよ」

 

優子が溜め息を吐いた。

 

「吉井君、そうやって結論を先延ばしにしてると後で痛い目みるわよ?」

「き、肝に銘じておきます」

 

あれだけ自分に夢中の女子がいると言うのに、なぜか明久は調子にのるどころか踏ん切りがつかないようだ。

 

「まあそう焦らなくてもいいだろ。どうせすぐに飽きられる」

「それは酷くないかな!?」

 

いつものやり取りをして、明久も保健室から出ようとカーテンを開けると、

 

「……」

「……」

「……」

 

笑っていない笑顔の女子が2人いた。

 

「ひいぃっ!」

「やっぱりいた!」

「明久君! 逃げるなんて卑怯です!」

 

瑞希と美波は勢いのまま明久をベッドに押し倒す。

 

「に、逃げるだなんて――僕は秀隆の様子をみようと」

「優子が居るからそんな必要ないでしょ!」

 

その当の秀隆は、明久が乗っかったせいで身動きが取れないでいるのだが。

 

「明久君! どっちと踊るんですか!」

「いい加減に男らしく決めなさい!」

 

優子の言っていた痛い目は、既に起きていたようだ。迫る2人に、明久は視線を泳がせる。

 

「え、ええと……」

「「さあ!」」

 

手を差し出される2つの手。意を決して明久が取ったのは「第3の手」だった。

 

「僕、秀隆と踊るから」

「……は?」

 

手を取られた秀隆は、素頓狂な声を上げる。その光景に、女子全員が口を手で覆った。

 

「そんな……坂本や木下に飽き足らず神崎まで……」

「うぅ……やっぱりそっちがいいんですね」

「待てお前ら。ツッコミ所は色々あるが取りあえず勝手に納得するな」

「秀隆×明久……いやここは明久×秀隆?」

「テメエは腐った嗜好を凝らすんじゃねえ!」

 

いったい女子の中での明久のイメージはどうなっているのだろうか。

 

「そもそも明久! テメエなんて事いいやがる!」

「秀隆。こんな言葉を知ってるかい?」

「あん?」

 

妙に勿体つけて、明久は自信満々に言い放った。

 

「死なばもろとも」

「テメエで勝手に死んどけやぁーっ!」

 

波乱に満ちた清涼祭の夜は、最後まで波乱を巻き起こして更けていった。

 




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