バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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嵐の前の静けさ()回です。



第四十問

第四十問

 

「へえ。ここが合宿所かあ」

「無駄に立派なもんだな」

 

シャトルバスを降りた明久がしげしげと合宿所の外観を眺める。

古い旅館を学園が買い取って改装したという合宿所は、外から見ると、確かにそこは立派な旅館だった。玄関の軒下には『卯月荘』と大看板と掲げてあった。

改装したというのは試験召喚システムに対応させるためだろう。私立だけあってか無駄に資金源は豊富だ。

 

「こんなもの造るくらいなら学食タダにしてくれればいいのに」

「言ってやるな明久。ババアは自分の事で手一杯なんだろうよ」

 

そもそもあの学園長が生徒のために何かをするのも甚だ疑問だ。

 

「おいお前ら。のんびりしてないでこっち手伝えよ」

「大丈夫かの? ムッツリーニ?」

「…………面目ない」

 

明久たちの後ろではぐったりした康太に秀隆が肩を貸していた。秀吉も康太の荷物を持ち、体調を気遣っている。

 

「大丈夫? ムッツリーニ?」

「…………問題ない」

 

言ってるそばから康太は吐きそうになる。昼食後から体調を崩し、顔が青くなっている。おそらく乗り物酔いだ。シャトルバスでもエチケット袋を手放せず苦しそうにしていた。

 

「取りあえず、俺は康太を医務室に連れていくから先に部屋行っててくれ」

「あ、うん。よろしく」

 

エントランスに入り、秀隆の荷物を受け取ると、明久たちは「また後で」と部屋へ続く階段を上がっていった。

 

「…………すまない」

「気にすんな」

 

申し訳なさそうに項垂れる康太を秀隆は笑い飛ばした。

 

「例の調査で疲れが出てたんだろ。薬飲んで少し休んでればよくなるさ」

「…………ああ」

 

秀隆に励まされて、康太の顔色が少し良くなったような気がした。

そのまま医務室に向かうと、思わぬ顔と出くわした。

 

「優子か。どうした?」

「どうしたも何も、見ての通りよ」

 

秀隆と鉢合わせた優子も、肩に女子生徒を担いでいた。

 

「……それ、佐藤か?」

「……あ、はい」

 

優子の肩でぐったりとしていたのは佐藤美穂だった。

 

「佐藤も車酔いか?」

「ええ。そっちは土屋君?」

「ああ。見ての通りさ」

 

康太も力なく優子に向かって手を上げた。

 

「……ごめんなさい。優子ちゃん」

「いいってば。ほら、着いたわよ」

「ドア開けるぞ」

 

秀隆がドアを開けて室内に入り、優子たちがそれに続いた。

 

「すみませーん!」

 

秀隆が声を上げると、奥の方から「はーい」と返事があり、白衣を来た保険医と思わしきおっとりした女性がでてきた。

 

「あらあら。どうなさいました?」

「ちょっと乗り物酔いしちゃったみたいで」

「まあ、それは辛いわね。取りあえずこっちに来て」

 

保険医の先生の案内で秀隆と優子は2人をベッドに運んだ。施設内の医務室なのでベッドは少ないが、それでもちゃんとカーテンで仕切りがされている。

 

「はい、これ。吐き気止めのお薬。飲める?」

「ありがとうございます。ほら、美穂。飲んで」

「康太も。飲めるか?」

 

2人は力なく頷くと、手伝ってもらいながらもなんとか薬を飲み、そのままベッドに横たわると、すぐにスゥスゥと寝息をたてだした。

 

「しばらく休んでいれば良くなると思うわ」

「ありがとうございました」

「あざした」

「いえいえ。これが仕事ですもの。あなたたちはもう戻っていいわよ。後は私が看とくから」

「お願いします」

 

2人の看病を保険医の先生に任せ、優子と秀隆は医務室を後にした。

 

「ってもこのまま部屋に行くのもなあ」

 

2人とも30分くらいは仮眠するだろう。先に戻っておいてもいいが、それでも様子は気になる。

 

「なら売店でも行く?」

 

優子も同じ考えだったのだろう。時間潰しに売店を提案した。

 

「売店? ここ学園の施設だろ?」

「なんかあるっぽいわよ。エントランスにも表示があったし」

 

言われてみれば、確かにエントランスの案内板に売店の表示があった気がするが、旅館だった頃の名残だと思っていた。

 

「まだやってんのか?」

「分からないわよ。ダメ元で行ってみましょ」

 

返事を待たず、優子はスタスタと先を歩いていく。秀隆も、自販機くらいはあるか、と後に続いた。

 

「うわ。マジであったよ」

 

そこは紛う方なき売店であった。腰の高さまでの陳列台には地元特産の野菜を使った漬け物や川魚の甘露煮、果物ゼリーやクッキーなどのお菓子。壁際の棚には工芸品や子供のおもちゃまで置いてあった。店内も清掃が行き届いているのか埃ひとつく、床面もピカピカだ。

レジには人の良さそうなおばさんが立っており、ニコニコと2人を出迎える。

 

「いらっしゃい。あなたたち、文月学園の生徒さん?」

「はい」

 

おばさんに笑顔で聞かれ、優子も笑顔で答えた。

 

「そう。ゆっくり見ていってね」

「てかここやってるんすか?」

 

秀隆が無遠慮に質問を投げる。合宿でしか使われない施設で、売店が機能しているのが信じられなかった。

 

「ええ。ここ合宿たか一部の期間以外は一般の人も利用しているのよ。……少し料金は割高だけど」

 

そう言っておばさんは舌をペロッとだした。

つまり、学園が仕様しない時は元の旅館として運用しているということだ。売り上げは、ここと学園の運用費に賄われているということだろう。このおばさんも他のスタッフも、旅館時代の従業員に違いない。

 

「手広くやってるわね。学園長」

「悪どいとも言えるな」

 

秀隆の言葉に、おばさんは微妙な笑みを浮かべる。

 

「ここって俺らが使ってもいいんすか?」

 

しおりには特に売店に関する注意事項はなかったはずだ。そもそも、秀隆同様、売店の存在を知っている生徒もほとんどいないだろう。

 

「うーん。本当はいけないんだけど……」

 

おばさんは少し申し訳なさそうに口を開く。合宿所内の施設とはいえ、遊びに来ているわけじゃないから、お土産を買う想定もしていない。

 

「今は先生方もみえてないし、少しくらい構わないでしょ」

 

とおばさんはウィンクをしてみせた。その仕草から、若い頃はそうとうなお転婆だったとみえる。

 

「と言っても、若い子たちが好きそうなものはないけど」

「大丈夫です」

「適当にジュースかなんか買ったらすぐ行くんで」

 

2人は断りを入れて、店内を物色し始めた。おばさんのいう通り、基本はお土産や工芸品なので、今買う必要や、買いたいと思うものは見当たらない。けれども普段行くスーパーやなんかと品揃えが違うので、見ているだけでも結構楽しかった。

 

「お、クレーンゲームだ」

 

売店の端の方に、少し古びたクレーンゲームがあった。型式は古いが、定期的にメンテナンスをしているのか壊れた様子はない。中身の景品も最近人気のアニメのマスコット人形だ。一般利用もできるということなので、子供向けにこちらも定期的に入れ替えているのだろう。

 

「やってくか?」

「取れるの?」

 

クレーンゲームの景品が取りにくいのは有名だ。動画投稿サイトでよく取れる方法の動画が上がっていることはあるが、それでも1000円以上かかることもざらだ。

 

「まあ物は試しさ」

 

秀隆が投入口に硬貨を入れようとしたその時、

 

「お前ら、何をやっている?」

 

後ろからドスの効いた野太い声がした。驚いて振り向くと、西村教諭が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「げっ! 鉄人!」

「西村先生と呼べ! ここは利用禁止のはずだぞ」

 

じろりと秀隆を睨みつける。その傍らに優子が申し訳なさそうにしているのを認めて、西村教諭は少し驚いた。

 

「木下。お前がいながら……」

「いえ、あの--」

「俺が優子を誘ったんだ。優子は悪くねえよ」

 

一歩前に出て、優子を庇うように腕を出す。

 

「まったく……Aクラスの生徒を巻き込むんじゃない」

「サーセン」

「まあまあ、良いじゃない」

 

秀隆が平謝りしていると、鉄人の後ろから声がかかった。売店のおばさんだ。

 

「別に悪さしたわけじゃないんだかは」

「……女将さん。あまり生徒を甘やかさないでください」

「「女将さん!?」」

 

売店のパートのおばさんだと思っていた人は、ここの女将だった。

 

「今は女将と言うより管理人かしら?」

「けど旅館なんですよぬ?」

「そうね。だとしたらやっぱり女将なのかしら?」

 

頬に手をつけて首を傾げる女将。どうやら天然の気があるようだ。

 

「それより。今日はもう食事と入浴だけなんでしょう? なら少しくらい、羽目を外してもいいんじゃない?」

「しかし今は合宿中で、他の生徒にも示しが--」

 

そこで秀隆は違和感を覚えた。女将の西村教諭への接し方が妙に馴れ馴れしい。西村教諭はいつも通りの紳士的な振る舞いだが、どこかぎこちなさと言うか無理をしているようにも見える。

 

「あの……お二人はお知り合いなんですか?」

 

優子も同じことを感じたのだろう。おずおずと、言い合いをしている2人に尋ねた。

 

「いや、まあ……」

 

西村教諭にしては珍しく言葉を濁す。学園が利用している施設の管理人なのだから顔見知りであることは間違いない。しかし、2人の関係はそれ以上のもののように思える。

 

「私たち、大学の部活の同期なのよ」

 

女将があっけらかんと優子の疑問に答えた。その横で、西村教諭は決まりの悪そうに顔を背ける。

 

「ええ!」

「まじかよ……」

 

優子と秀隆も驚きを隠せない。詳しくは知らないが、西村教諭の年齢は確か50歳前後のはずだ。けど女将は見たところ40歳にもなっていないような外見をしている。いわゆる美魔女というやつだろうか。口元に手をあててにこやかに微笑んでいる。

 

「あれ? でも鉄人の部活って……」

「アマチュアレスリングだ」

「ああ。じゃあマネージャーさんね」

 

レスリングの選手マネージャー。確かにあり得る組み合わせだ。

 

「……彼女は女子レスリングのエースだった」

「ええっ!?」

「はあっ!?」

 

先ほど以上に、2人は驚愕で目を見開く。開いた口が塞がらないとはこのことだ。当の女将は「ほほほ」と笑っている。

 

「昔のことよ」

「にしても……」

 

とてもではないが、レスリングはおろかスポーツすらやってなさそうな見た目なのに。年齢もそうだが、人は見かけによらぬものを体現しているようだ。

 

「その頃からの付き合いってわけ。ね? 西ちゃん♪」

「「西ちゃん!!?」」

 

学園では絶対に呼ばれない呼び名。西村教諭は認めたくないとばかりに手で顔を覆った。

 

「その呼び名は止めてくれと言っただろう」

「そうだったかしら?」

 

西村教諭の反論もどこ吹く風。こういった時、女性の強さが現れる。

 

「あ、あの! お二人は付き合っていたんですか?」

 

優子がらしくなく無遠慮な質問を投げ掛ける。優子も女子なわけだから。大人の恋には興味がある。

 

「期待しているところ残念だが木下、私たちはそういった関係ではない。第一、女将にはすでに恋人がいた」

「そうなんですか?」

 

優子が女将の方を向く。

 

「ええ。私の幼馴染みで今の旦那。今はここの料理場で板長をやっているわ」

「へえ」

 

秀隆が感心したように息を吐く。横では優子が瞳を輝かせていた。

 

「……話が脱線したな。ともかく、ここは利用禁止だ。早く部屋に戻りなさい」

 

西村教諭は咳払いを一つすると、秀隆たちに部屋に戻るよう促した。

 

「いいじゃない少しくらい」

 

女将はが西村教諭の肩をポンとたたく。西村教諭は苦い顔をして首を横に振った。

 

「ダメなものはダメだ。規則だからな」

「あら? でも先生方も夜にお酒を買っていくわよね?」

「ぬ……」

 

痛いところを突かれたのだろう。西村教諭がぐっと言葉に詰まる。

 

「それに入浴時間まで少し時間はあるのでしょう? 少しくらい遊んだってバチは当たらないわよ」

 

女将がにこやかに説得してみる。彼女の性格をよく知っているので、西村教諭は諦めた様子で溜め息を吐いた。

 

「……ワンコインだけだ。それだけやったら部屋に戻るように」

 

それだけ言うと、西村教諭は先生の待機部屋に向かっていった。

 

「ごめんなさい」

「……何かスンマセン」

 

優子が女将に頭を下げ、秀隆も申し訳なさそうに腰を曲げた。

 

「いいのよ。若い内にはうんと遊んどかないと」

 

女将はカラカラと笑うと、他の所を見回りに行くと言ってその場を離れた。

 

「……やってくか?」

「……そうね」

 

正直そんな雰囲気でもないような気もしたが、女将の好意も無碍にするわけにもいかず、2人は取りあえずクレーンゲームをプレイすることにした。

 

「けどワンコインで取れる?」

「なんとかやってみるさ」

 

秀隆は100円を入れるとボタンを押す。よく聞く陽気なメロディとともにクレーンが横に動き出す。

横に動かしたあと、秀隆はクレーンの位置を横から確認しながら縦のボタンを押し、マスコットの首の位置でボタンを離した。

 

音楽が変わりクレーンが下がる。クレーンのアームがマスコットの首の下をくぐり、そのまま掴んで持ち上げた。

 

「いけっ!」

 

絶妙なバランスを保ったままクレーンが戻り、そのまま排出口まで達した。

 

「よし!」

 

再びアームが開き、マスコット人形はポトリと取り出し口に落ちた。

 

「やるわね」

 

優子が感心する。友達とゲームセンターに行くことはあまりないし、行っても彼女自身はクレーンゲームをやらない。誰かやっているのを横で見ているだけ。彼女の記憶では、一発で取れた人はいなかった。

 

「ま、だいたいコツとカンでなんとかなるもんさ」

 

そう言うと秀隆はマスコットを優子に放った。

 

「え?」

「やるよ。俺、そういうのあんま興味ねえから」

 

秀隆とマスコットを交互に見やる。そんな優子を、秀隆はケラケラと笑った。

 

「いらないなら霧島か佐藤にでもやってくれ」

「誰もいらないとは言ってないわよ」

 

拗ねたようにクチを尖らせる優子を、秀隆は「そえか」とまた笑った。

 

「……そろそろ頃合いか?」

 

秀隆が壁にかかった時計を見た。何だかんだ1時間近く経っていた。

 

「そうね。迎えに行きましょうか」

 

2人して連れ立ってもと来た道を戻る。秀隆の半歩後ろで、優子はマスコットを見て嬉しそうに微笑んだ。

 

「お、2人とももう大丈夫か?」

 

医務室に戻ると、ちょうど康太と美穂も出てきたところだった。

 

「はい」

「……問題ない」

 

薬を飲んで一眠りしたおかげで、2人ともすっかり具合も良くなったようだ。

 

「なら良かったわ」

「ごめんね優子ちゃん。迷惑かけて」

「…………恩に着る」

 

美穂と康太が改めて頭を下げた。そんな2人に優子も秀隆も気にしないように優しく声をかけた。

 

「あれ? 優子ちゃん、それは?」

 

美穂が優子の持っていたマスコットに目をかけた。彼女の記憶が正しければ、合宿に不要品の持ち込みは禁止されていたはずだし、バスの中で優子はあんな人形を持っていなかったはずだ。

 

「あ、えっと……」

「秘密だ」

 

恥ずかしそうに言葉を濁す優子に変わって、秀隆が口元に人差し指を当てて答えた。

 

「……分かりました」

 

それで察したのだろう。美穂はそれ以上は追及しなかったが、その眉は弓形に曲がっていた。

 

「…………秀隆」

「なんだ?」

 

いつの間にか秀隆の背後に回った康太が鋭い声を発する。

 

「…………FFF団には報告しないでやる」

「そりゃどうも」

 

顔半分だけを後ろに向かせて肩を竦める。秀隆とて、この合宿中に面倒事は勘弁したい。

 

「取りあえず、戻ろうぜ」

「そうね」

「はい」

「…………(コクン)」

 

エントランスまで雑談しながら戻り、そこで男女に別れて宛がわれた部屋に戻る。

この後に面倒事に巻き込まれるなど、この時の秀隆は露も思っていなかった。




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