バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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バカとテストと召喚獣の二次創作小説です。木下姉弟と幼馴染の少年『神崎秀隆』が吉井明久を始めとするFクラスのメンバーと打倒Aクラスを目指して奮闘するドタバタ学園コメディです。オリジナルキャラクターが登場、オリジナル設定を含みます。それらが嫌だという方は閲覧をお控え下さい。それ以外の方はゆっくりとお楽しみ下さい。

少し遅くなりましたが、あまり色気は出せてないかもしれません。



第四十八問

第四十八問

 

コンコンと控えめなノックがして扉が開かれた。扉の向こうから顔を覗かせたのは瑞希だ。

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい、姫路さん。廊下で鉄人に絡まれなかった?」

「西村先生ですか? いえ、いませんでしたよ?」

 

不思議そうに小首をかしげる瑞希。どうやら西村教諭と入れ違いになったようだ。

 

「ギリギリセーフだったみたいだね」

「だな」

「ところで、明久君はなんで浴衣なんですか?」

「コレ? 部屋にあったし、せっかくだから着てみたんだ。似合うかな?」

 

ちょっと小粋な仕草で瑞希に尋ねる。本当は雄二に着替えをガラスまみれにされたからなのだが、説明する必要はないだろう。

 

「はい。とっても似合ってます!」

「そう?」

「綺麗な肌や細い鎖骨が凄く色っぽくて!」

「あ、ありがとう?」

 

うっとりとした表情で早口でまくし立てる瑞希に、明久も少し引き気味だ。これ以上は彼女から何か大切なものが失われてしまう。

 

「姫路。よく来てくれた」

「あ、坂本君。お邪魔しています」

 

雄二に声をかけられ、瑞希は一瞬で正気に戻った。

 

「さっそくだがプレゼントだ」

 

雄二が瑞希に浴衣を一着手渡す。瑞希は戸惑いながらも素直に受け取った。

 

「浴衣、ですか? ありがとうございます。ところで話って……?」

「話と言うか、お願いがあるんだ」

「お願い、ですか?」

「うん。実は――」

「明久が、ソレ着て一緒に写真を撮って欲しいんだと」

「「えっ!?」」

 

瑞希だけでなく、明久も驚きの声を上げる。被写体は瑞希と秀吉の予定のはずだ。

 

「まあ秀吉もいるから3人での撮影だけどな」

「……そうですか。……せっかく2人での写真を撮れると思ったのに……」

 

不満そうに頬を膨らませる瑞希。そんな瑞希の心境など露も知らぬ明久はキョトンとしている。

 

「悪いな。明久が恥ずかしがってな」

「まあ、明久君だから仕方ないですね……。それじゃあ、着替えてきますね」

「あ、姫路さんちょっと待って」

 

明久は瑞希を呼び止めて、雄二にアイコンタクトを送る。対して雄二は呆れた様子でアイコンタクトを返した。

 

「えっと……実は撮った写真なんだけど、友達に見せてもいいかな?」

「え? 他の人にですか? それはちょっと恥ずかしいです……」

 

瑞希が伏し目がちに躊躇う。明久だけが見るものだと思っていたから躊躇うのも無理はない。

それを見越していたのか、秀隆が口を開いた。その口角を上げて。

 

「実はな姫路、明久は『自慢の彼女』を皆に見せつけたいんだよ」

「なっ!?」

「えっ!?」

 

秀隆の唐突な爆弾発言に、瑞希も明久も耳まで真っ赤にして驚いた。さっき恥ずかしがっていると言ったばかりなのにどういう風の吹きまわしだ。

 

「な、なんて事言うんだ秀隆! 姫路さんに失礼じゃないか!」

「……彼女……明久君の……彼女……」

 

明久は抗議の声を上げ、瑞希はトリップしたかのように惚けた様子でうわ言のようにぶつぶつと呟いている。

 

「こう言っといた方が姫路も写真撮りやすだろ?」

「だからって姫路さんの気持ちも考えずに――」

「……あれを見てもそう思うのか?」

 

視界の端では瑞希が「……そんな……明久君……キスもまだなのに……そんな大胆な……」と妄想に耽っている。どう見ても嫌がっているようには見えない。

 

「お前だって満更でもないだろ?」

「うっ……」

 

明久だって「姫路さんみたいな彼女がいたらな」と考える日はある。しかし明久にとって瑞希は高嶺の花。友達でいられている時点で奇跡なのだ。それ以上は願ってもあり得ないと明久は思っている。

 

「と、とにかく! 姫路さんとは『友達』として一緒に写真を撮るからね!」

「……そんなにハッキリと言わなくても……」

 

友達を強調する明久に瑞希はまた拗ねてしまった。

 

「気にするでない姫路よ。明久は照れておるだけじゃ」

「だと良いんですけど……」

 

明久に気に入られている秀吉に言われても、いまいち説得力を感じなかった。

 

「姫路」

 

チョイチョイっと秀隆が瑞希を手招きする。2人は部屋の角で小声で話しだした。

 

「いいか、姫路。これはチャンスだ」

「チャンスですか?」

「そうだ。ここでアピールすれば島田にリードを取れるぞ」

「美波ちゃんに……」

 

美波の名前を聞いて、姫路の心がゆらいだ。

 

「お前は島田に遠慮しているみたいだが、このままだと明久とくっつくのは島田だ」

「そんな……っ!」

「考えてみろ。今は明久と島田は男友達みたいな関係だが、いつそれが進展するか分からんだろ。それこそ、この合宿中に島田は一歩踏み出すかもしれん」

「それは……」

 

明久からでなくとも、美波から仕掛ける可能性は十分にある。瑞希とて、明久から連絡があった時は心を躍らせた。部屋に来てみて少しがっかりしたのは事実だが、ワンチャンスを狙っていたのも事実だ。

 

「明久にアピールが通じているかは知らんが、スキンシップに限って言えば島田の方がリードしているのは確かだ。このままズルズルと今の関係を続けていても進展しないどころか差は開く一方だぞ」

「うぅっ……」

 

自覚があるのか言葉を詰まらせる。男女の友情が恋愛に発展するのは恋愛小説では定番だ。リアルと創作は違うといえど、空想の出来事が現実でも起こることはありうるのだ。良い方にも悪い方にも。

 

「……まあ、ここまで言っといてなんだが別に無理にとは言わないさ。恥ずかしのもあるだろうしな」

 

さんざん押しといて急に引く姿勢を見せた秀隆に瑞希は訝しんだ。その様子を見て、ニヤリと笑う。

 

「だが、もし引き受けてくれるなら、それ相応の報酬は支払おう」

「報酬ですか?」

 

食いついた。秀隆の口角が吊り上がる。

 

「もし協力してくれるなら、明久とのデートのお膳立てをしよう」

「本当ですか?」

 

瑞希が食い気味に聞き返す。明久との外出はたいてい美波が一緒だ。2人きりはまずない。それはそれで楽しいが、やはり一度は2人だけで遊びたい。

 

「ああ。当然島田には内緒だ」

「……分かりました。やります」

 

デートに釣られ、瑞希は了承した。多少セコい手ではあるが、恋多き乙女を釣るのはこの手に限る。

 

「そうか。ありがとう。ついでと言っては何だが、もう一つ頼みたいことがある」

「? 写真じゃなくて、ですか?」

「ああ。別件だ。もちろん報酬も別で出す」

 

秀隆は瑞希の耳元で二、三言囁やいた。みるみる内に瑞希の顔色が変わる。

 

「やります! やらせて下さい!」

「そう言ってくれると思ってたぜ」

 

今度は二つ返事で了承した瑞希に、秀隆の笑みが邪悪さを増す。エビどころかゴカイで鯛を釣り上げた気分だ。

 

「ねえ、2人とも何を話してるの?」

「ひゃあっ!」

 

背後からかかった声に、瑞希が驚いて振り返る。そこには当の明久が、瑞希の声で、こちらも驚いた顔をしていた。

 

「なんでもない。今『商談』が終わったところだ」

 

秀隆は立ち上がると、「じゃあ始めるか」と音頭を取った。

 

「鉄人が帰ってくる前に終わらせちまおう」

「そうだね」

「分かりました」

「結局ワシも着るのじゃな……」

 

その後、浴衣に着替えた瑞希と秀吉(オマケで明久)の撮影会は康太が鼻血の海に沈みながらも滞りなく終わった。少し浴衣の裾を大胆にはだけさせた瑞希に、明久は目のやり場に困ったが。

撮影された写真はどれも会心の出来栄えだった。プリントアウトは明日の朝だが、男子高校生の劣情を煽るには十分な効果が期待できる。

撮影会も終わり、瑞希が自分の部屋に戻ると、連日のシゴキからか疲れもピークに達し、電気を消すと皆すぐに眠りについた。

そのせいか、夜半に侵入者が現れたことに誰も気づかなかった。

 

「……キ……起きて……」

「んむぅ……」

 

身体を揺さぶられる感覚に、明久の顔が不快そうに歪む。疲れ果てて眠りたいのに、これじゃ熟睡できやしない。

 

「……もう、なんで寝てるのよ……」

 

その誰かはさらに明久の身体を揺する。明久は反射的にその手を払い除けた。

 

「もう…………ゴクリ」

 

払い除けた拍子に明久の浴衣がはだけ、胸元が露わになる。その人は吸い込まれるように明久の浴衣の裾に手をかけ――

 

「はっ! なんか危ない気がする!」

 

危機を察した明久がカッと目を見開いた。

 

「きゃっ!」

「ぐふぅ!」

 

それに驚いた侵入者も、反射的に明久の裾をバッと閉じ、明久の首がしまった。

 

「あ、ごめん」

「けほっ! けほっ! なんなのもう……」

 

首を絞められたショックで完全に目が覚めてしまった。

 

「アキ、起きた?」

「え? ああ、なんだ美波か」

 

自分の身体に馬乗りになっているのが浴衣姿の美波だと分かって、明久は少し安堵した。

 

「――ってなんで美波がむぐぅっ!?」

 

安堵したのも束の間、というか美波が男子部屋にいることを安堵してはいけない。状況が掴めず、明久は目を白黒させる。

大声を出しそうになった明久の口を美波が両手で覆った。

 

「大声ださないの! 落ち着いたのなら手を離してあげる」

 

鼻まで塞がれて息もままならない。明久は大人しく首を縦にふった。

 

「ぷはっ! で、どうして美波がここに?」

「どうしてって、アキが連絡したんでしょう?」

「え?」

 

美波にこんな時間に来るように言っただろうか。しかも浴衣で。

思い当たる節がないか記憶を探る。確か今日も覗きが失敗した後いつも通りオシオキを受けて部屋に帰って作戦練って雄二の指示で美波にメールして――

 

「アレかっ!」

「声が大きいってば!」

「むぐっ!」

 

思い出した。美波にメールを送った時、誤って須川に送るはずのメールを送ってしまったんだ。内容は告白とも取れるもので、訂正しようとした矢先に雄二に携帯電話を壊されて――

 

「あれ? でも秀隆が訂正のメールを送ったんじゃ?」

「神崎からのメール? 来てないわよ?」

「え?」

「え?」

「――あの野郎、騙しやがったな!」

「だから静かに!」

「むぐぅ!」

 

三度口が塞がれる。元は自分が撒いた種とはいえ、素直に秀隆を信じたのがバカだった。

 

「アキ?」 

 

美波が不安そうに明久を呼ぶ。

暗い部屋に月明かりが差し込む。朧げな光の中で見る美波は、普段と違い髪をおろしている。頬がほんのり朱に染まり、瞳も潤んでいるように見える。浴衣の裾からのぞく胸元が妙に色っぽい。

 

「――可愛い」

 

明久は無意識の内にポツリと呟いた。聞き取れなかったのか、美波が「え?」と聞き返す。

 

「ううん。何でもない」

 

慌てて首を振る。今はこの非現実的な状況に惑わされているだけ。そう思いたい。

 

「そ、その……ウチだって勇気を出してここまで来たんだよ………? だから、その、ああいうのはメールじゃなくて、ちゃんと言葉にして欲しいっていうか……」

 

美波がモジモジとしながら明久の言葉を待つ。どうやらメールの真意を問い質しに来たようだ。普段とは真逆のしおらしさと色香に、明久の理性が吹き飛びそうになる。

 

「(このままだとまずい!)」

 

しかしここで、秀隆から過去に問題が起きたこと聞いたことを思い出した。このままだと同じ轍を踏むことになる。なんとか理性を保とうと美波から目を逸らし周りの様子を観察する。

 

・可愛らしい秀吉の寝顔

・カメラを構える康太

・雄二の布団に潜り込もうとする浴衣姿の翔子

・熟睡している秀隆

 

「…………」

 

冷静にはなれたが、色々と間違ったものが見えた気がする。もう一度見てみよう。

 

・あどけない秀吉の寝顔

・静かにシャッターを切る康太

・慌てふためく雄二をよそに帯の紐を緩めようとする翔子

・爆睡している秀隆

 

「ダメだ。碌なものがない」

「その前に俺を助ける気はないのか!?」

 

正直明久にとって雄二の貞操など小石ほどの価値もないので気にもとめていない。過去に問題が起きたのも学生だったからで、夫婦の夜の営みを咎める者はいないだろう。

 

「ちょっと! 木下と神崎以外は起きてたの!?」

 

美波が慌てて明久から距離を取る。とりあえず、明久の理性は保たれた。一先ずは美波を落ち着かせて部屋に帰ってもらえば――

 

「お姉さま無事ですか!? 美春が助けに来ました!」

 

ややこしい奴が乱入してきた。

 

「み、美春!? どうしてアンタがココに来るのよ!?」

「さっきお姉様のお布団に入ったら誰もいなかったから、もしやと思ったら……! やっぱりここに探しに来て正解です!」

 

普通は同室でない生徒の布団に潜り込もうとしないし、誰もいなかったからといって男子の部屋に探しには来ない。動機も判断も行動も常識を逸している。

 

「あ、危なかったわ……。昨日で懲りたと思って完全に油断してたもの……」

 

おまけに初犯ですらないらしい。

 

「お姉さま! 男子の部屋に来るなんて不潔です! おとなしく美春と一緒に裸で寝ましょう! いえ、もちろん、イロイロするので寝かせませんけど!」

 

しかもそっちがタチなのか。

 

「止めるんだ清水さん! それ以上の会話はムッツリーニの命に関わる!」

「…………!!」

 

既に手遅れのようだ。

 

「……雄二。いいから続き」

「翔子、お前は本当にマイペースだな!」

 

この状況でおっぱじめようとする翔子の胆力も中々である。

 

「な、なんじゃ!? 目が覚めたら女子が3人もおる上に雄二は押し倒されてムッツリーニは布団を血で染めておるぞ!?」

 

騒ぎで目を覚ませた秀吉も混乱している。まさに状況は混沌と化していた。

 

「あああっ! 皆してそんなに騒いじゃダメだよっ! このままじゃ鉄人に気づかれるか、秀隆が――」

「俺がなんだって?」

 

低く冷たい声に、女子3人以外の肩がビクッと震えた。ギギギっと壊れた人形のようにそちらに首を向けると、布団から秀隆がムクリと起き上がった。俯いているのでその表情は読めない。

 

「……お前ら、今何時だと思ってるんだ?」

「よ、夜中の2時くらい、かな……?」

「そ、そうじゃな。俗に言う丑三つ刻じゃな」

 

ボソボソと尋ねる秀隆に、明久と秀吉が引きつった笑みで答える。

 

「そうかそうか。で、お前らはそんな時間に何やってんだ?」

「し、翔子が布団に潜り込んできたんだ。不可抗力だ」

「そうそう。美波たちがメールの内容を真に受けちゃってさ。まったく困ったもんだよ」

「…………!!(コクコク)」

 

なんとか秀隆を宥めすかそうとするが、

 

「お姉さまを豚野郎の魔の手から救い出しに来たのです!」

 

明久と雄二が普段女子に向けないような顔で清水を睨む。

秀隆の顔がユラリと上がる。ホラー映画に出てくる怨霊のような冷たい表情に、美波は「きゃっ!」と悲鳴を上げた。

 

「もーいー。とりあえずお前らそこに並べ。今から睡眠の大切さをミッチリと教えてやる」

 

秀隆の講義(というなの説教)は見回りにきた西村教諭に止められるまで続いた。

 

「……くっそ。目が覚めちまった」

 

特別指導室から出た秀隆は頭をかきながら文句を垂れる。明久、雄二、秀隆の3人は、女子3人の男子部屋侵入騒ぎの発端を作ったという名目で西村教諭から教育的指導(拳)を受けていたのだ。

秀隆は主犯ではないと判断されて早々に解放されたものの、すっかりと目が覚めてしまった。

 

「ちぃと散歩してから戻るか」

 

とは言っても館内から出れるわけもない。せいぜいの気晴らしとばかりに、中庭を見ることにした。

 

「夜の日本庭園も中々に乙だ――ん?」

 

自分一人とばかり思っていたのに、中庭を眺めるロビーのガラス張りの壁に先客がいた。秀隆は足音を立てぬようコッソリと先客の背後に回る。

 

「お嬢さん。こんな夜更けにどうしましたか?」

「ひゃっ!」

 

突然後ろから声をかけられて、その人は悲鳴を上げて一歩飛び退った。その様子を見て秀隆がケタケタと笑う。

 

「ちょっと! おどかさないでよ……」

 

尻すぼみになりながらも抗議の声を上げたのは優子だ。月明かりに照らされた顔が少し赤らんでいる。

 

「悪い悪い」

 

秀隆は片合掌で謝りながら優子の横に並んだ。

旅館時代からしっかりと管理されているという日本庭園は、小さいながらも枯山水が敷かれ動いていないが鹿威しもある。月明かりに白砂が輝き、水瓶に張られた水面が月を映している。

 

「良いもんだな。夜の日本庭園」

「そうね。とても幻想的ね」

 

昼間になんとなく見ている中庭も、夜の月下で見るとまた趣が変わってくる。思わず2人してうっとり見惚れるほどだ。

 

「んで。こんな夜中にほっつき歩いていた悪い子は何してるんだ?」

「それはこっちの台詞よ。アンタこんな時間になにやらかしたのよ?」

「俺は被害者だ。明久たちの騒ぎで叩き起こされた上に、理不尽にも鉄人の鉄拳制裁食らって目が覚めちまったんだよ」

「やっぱりやらかしてるんじゃない」

 

予想通りの回答に優子がため息を吐く。本当に騒がしいクラスだ。

 

「お前はどうなんだよ?」

「普通にトイレに起きただけよ」

 

用を済ませた後に中庭が目につき、せっかくだから見にきたのだという。確かに、トイレにでも起きないと夜の日本庭園など見る機会はないだろう。

 

「……星が綺麗ね」

 

優子が夜空を見上げて呟く。つられて空を見上げると、満天の星と月が広がっていた。

 

「……そうだな」

 

秀隆の素直な返答に、優子は人知れず嘆息した。

 

「思い出すわね」

「何を?」

「小学校の時の林間学校」

「……何かあったか?」

 

とぼける秀隆に、優子は悪戯っ子のようにふふっと笑う。

 

「忘れたの? 2人でテント抜け出して星を見に行ったじゃない」

「……あったかなあ」

「あったわよ。夜中にいきなり起こされたと思ったら『星見に行こう!』よ? 忘れるわけないじゃない」

 

バツの悪そうに頭をかく秀隆。優子はそれを気にしないかのように続ける。

 

「眠い目を擦って夜の森進んで行って、迷うんじゃないかって気が気でなかったわよ」

「悪かったな。でも、良いもん見れただろ?」

「……そうね」

 

目を瞑って思い出す。あの日の星空を。初めて見た目いっぱいに広がる星々を。

 

「……まあ、その『後』が大変だったけど」

「先生にソッコウでバレてしこたま説教されたな」

「次の日聞きつけた秀吉も拗ねちゃったし」

「『何で僕も連れて行ってくれなかったの!?』ってな。3日は口きいてくれなかったな」

「お母さんたちがプラネタリウムに連れて行ってくれてやっと機嫌なおったんだから」

 

懐かしむように笑う2人。あの頃はいつも3人でいて、勉強も遊びもずっと一緒だった。

秀隆の表情が少し曇る。そんな大切な時間を壊したのは、他でもない自分だ。今更懐かしがる資格があるのか。

 

「ねえ」

「うん?」

「明日――というかもう今日ね、で終わるの? この騒動」

 

秀隆の推理は既に聞いた。その可能性が高いことも理解した。それでも、不安は残る。

 

「終わらせるんだよ。じゃないと、割に合わねえ」

 

その為の策は練った。根回しもした。あとは計画通りに動いてくれるのを祈るばかり。こればっかりは天命に託すしかない。

 

「じゃあさ、アレやってよ?」

「アレ?」

「拳を突合すやつ。吉井君たちともやってるでしょ?」

「ああ。アレか」

 

確かに、男子組で大事な局面を前にやることは偶にある。気合入れと、互いの健闘を祈る意味で。 

この騒動には計らずとも優子も関わっている。漫画好きの彼女のことだから、そのマネをしたいのだろう。

秀隆が優子の前に拳を出す。優子は嬉しそうにその拳に自分の拳を重ねた。

 

「そんじゃ。作戦開始と行きますか?」

「ええ」

 

コツンとぶつかる拳と拳。明久たちとは違う女の手を、秀隆は確かに感じた。

 

「じゃあ、お互い頑張りましょう」

「おう。そっちも気をつけろよ」

 

それだけ伝えると2人は踵を返してそれぞれの部屋に戻る。

部屋に戻る前、廊下の窓から見えた月を見て、秀隆がぽつりと呟いた。

 

「星が綺麗、か」




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