強化合宿最終日その1です。
第四十九問
「ふあ……あふ……」
明久が自分でもだらしないとと思うほどの大きなあくびをする。連日連夜の西村教諭による指導のおかけで寝不足がピークに達していた。朝食さえなければそのまま昼まで眠りこけていただろう。
「流石に眠いぞこら……」
雄二もしきりに目を擦っている。体力には自信のある雄二も、3夜連続の教育的指導(拳)には堪えたとみえる。
「お主らも災難じゃったのう……」
秀吉が申し訳無さそうにしている。彼も指導は受けているとはいえ、明久たちより程度は軽く、昨夜の騒動に関してはお咎めなしだった。それもあって、明久たちを気の毒に思っていた。
「気にするな。こいつらの自業自得だ」
「その通りだがお前に言われるのは納得できねえ」
雄二が非難するが声に力がこもっていない。明久も眠気のせいで箸を取り落としそうになっている。
「弱ったのぅ。お主らがそのようでは今夜の作戦はとても……」
「別にまったく寝てないわけじゃないから、気合を入れればなんとか――ふああぁぁあっ……」
という明久も、食事中に船を漕ぎ出しそうになっている。
「俺もダメだ。全然気が入らね――ふおぉぉおっ!」
頭をコックリコックリと揺すっていた雄二が突然奇声を上げて覚醒した。そちらに目をやると、康太が何かの写真を雄二に見せたようだ。
「…………効果は抜群」
「よう康太。遅かったな」
秀隆たちより康太は遅れて食堂に入った。手には雄二に見せたもの以外にも何枚か写真を持っている。
「…………プリントアウトしていたら少し遅れた」
「何を見せたの?」
「雄二がえらく興奮しているように見えるのじゃが?」
「…………魔法の写真」
康太に尋ねる2人に、康太は自信満々に答えるとその魔法の写真を見せてきた。
「魔法の写真だって? 何を言ってるんだか。僕ももう高校生なんだからそんな写真なんかで気合なんて入らふおぉぉおっ!」
「ほう。これはまた……」
そこに写っていたのは瑞希と秀吉のツーショット。2人と少し前屈みになって上目遣いでこちらを向いている。ほんのりと赤く染まった頬と潤んだ瞳がなんとも扇情的だ。胸元が少し開いている以外は、ほとんど露出がないのに、露出以上の色気がある。
「僕、生きててよかった……」
明久も感動のあまり涙を流している。
「明久よ。2枚目は何が写っておるのじゃ?」
「えっと……」
明久が2枚目を捲ると、今度は浴衣姿の翔子と美波だ。2人とも布団に潜り込もうとしたせいか衣服が少し乱れている。そこがまた良い塩梅となっている。
「凄いっ! 凄いよムッツリーニ! 僕は今心から君を尊敬している!」
「確かに凄いのう……。うまく明久と雄二が写り込まぬように撮影しておる。もはやプロの業じゃな」
明久と秀吉が手放しで康太を褒め称える。男勝りな美波ですらか弱い女性らしい色気を放っている。これならば必ず男子は皆覗きに興味を抱くだろうと明久は確信した。
「して、3枚目は?」
「あ、うん。3枚目は――」
更に写真を捲ると、そこに写っていたのは――浴衣姿ではしゃぐ明久だった。
「…………」
明久は目頭を押さえる。なぜ瑞希たちの素晴らしい写真に混じって自分の浴衣姿の写真があるのか。これが分からない。
「ほう。良く撮れておるの」
「ま、まあそうだね……」
確かに良く取れている。知らない人が見たら高校生男子の楽しい一面として映るだろう。問題は出来栄えではなく写真そのものの存在意義なのだが。
「…………ついでに撮っただけで他意はない」
「そ、そう?」
引っかかる言い方だが、今は問い詰める時間もないので追求しないことにした。
「驚いたぞムッツリーニ。まさかここまで凄い写真を撮るとは」
雄二が康太を労いながら写真を秀隆に回す。秀隆も写真を見ると「へぇ」と感嘆の声を上げた。
「本当に良く撮れてるな。そこら辺のグラビアなんかより余程良いな」
「秀隆がそこまで言うなら間違いないね」
普段から硬派をきめている2人が褒めるのだから出来栄えは相当なものだ。これで欲情しない男子はいないだろう。
「これで増援も期待できるというわけじゃな」
これを見せて協力を仰げば皆惜しみなく参加してくれるだろう。
「……これ、他の人にも見せなきゃダメかな?」
明久がオドオドとそんなことを聞いてきた。
「何を言ってるんだ? その為の写真だろう」
「そうなんだけどさ……」
明久はできれば自分のものにしてしまいたい。そう思っているようだ。
「明久。俺たちの目的を忘れるな。大局を見誤る人間に成功はないぞ」
雄二が厳しい目で明久を睨む。
雄二の言う通り、目の前の欲望に屈して目的を見失っては大成はなしえない。
「まあそうがっかりするな明久。写真なんだから後で焼き増ししてもらえばいいだろう」
「……そうだね。うん。ごめん雄二。僕が間違っていたよ」
秀隆に諭されて明久が雄二に謝った。珍しく殊勝な心がけだ。
「分かってくれればそれでいい」
「うん。この写真は目的のためだし、未練は断ち切るよ。後で1グロスほどムッツリーニに焼き増ししてもらうだけで我慢するよ」
まったく断ち切れていなかった。
「1グロスは多すぎだろ」
「未練タラタラじゃな」
「ほっといてよ」
未練がましい明久は放っておいて、雄二は写真の裏になにやら殴り書きしていく。
『この写真を全男子に回すこと。女子及び教師に見つからないよう注意! 尚、パクった奴は坂本雄二と神崎秀隆の名の下に制裁を下す』
書き上がったのは乱暴な注意書きだった。こうでもしないと誰か(特にFクラス)に一瞬で盗まれてしまう。
「おい須川。コレを男子に順番に回してくれ」
雄二が近くで食べていた須川に写真を渡す。渡された須川は訝しながらもソレを受取り、
「ふぉおおおおお――――!」
覚醒していた。
「ところで雄二。僕の写真はちゃんと抜いておいてくれた?」
「当たり前だ。あんなもの混じっていたら士気がダダ下がりだ。キッチリ抜いておいた」
「なら安心だね」
明久も瑞希たちの写真に混ざって自分の写真が男子の目のあたりにされるのは気持ちが悪い。
「うん? ムッツリーニよ。まだ他にも写真を持っておるのか?」
秀吉が康太の手元を見ると、まだ1枚写真を持っていた。
「どれどれ。何が写っておるのじゃ?」
「あ、僕にも見せてよ」
明久が秀吉の横から写真を覗き込む。
そこに写っていたのは――キスが出来そうなほど接近した明久と雄二の安らかな寝顔だった。
「離して秀吉! 僕はこのバカの頭をかち割らないといけないんだ!」
「落ち着くのじゃ明久!」
「…………今は多様性の時代」
「黙れこのバカ野郎! 脳髄を引き出してやる!」
「だから雄二も落ち着くのじゃ!」
「康太お前――コレのどこに需要があるんだよ?」
「…………意外と人気」
「……さいですか……」
騒ぎを聞きつけた西村教諭が制裁に来たものの、明久たちの気力は最高潮に達していた。
――カチッ カチッ――
しんと静まり返った部屋に、時計の秒針が嫌に響く。
緊張のせいかやたら気持ちがフワフワしている。明久は終始落ち着かないようで部屋を行ったり来たりとソワソワして忙しない。
「明久。今更ジタバタするな。補充テストも受けたし、写真も回した。やるべきことは全てやったのだから、あとは何も考えずに戦うだけだ」
「人智は尽くしたんだ。あとは天命を待つだけさ」
部屋の隅では雄二が目を瞑りドッシリと構え、秀隆も緊張した面持ちはない。こういった時の雄二の神経の太さや秀隆のふてぶてしさはとても頼りがいがある。
「D・E・Fクラスは昨日に引き続き参加のようじゃな。あとはA・B・Cクラスがどれほど協力してくれるか、じゃな」
補充テストに時間を費やしたので根回しはほとんどできていない。写真の効果のほども、作戦開始後でないと分からない。
「…………今日こそ借りを返す」
康太が静かに闘志を燃やす。例の写真は会心の出来だったようで、補充テストもかなりの勢いで解いていた。今日の彼は一味違う。
「作戦開始も近い。最後の打ち合わせを始めるぞ」
瞑っていた目を開け、雄二が部屋の中央に進む。それに合わせて明久たちも集まった。
「俺たちがいるのは3階だから、3階・2階・1階・女子風呂前の計4ヶ所を突破しないと目的地にはたどり着けない」
部屋割りは3階のFクラスから順番に2クラスずつ割り当てられるているため、明久たちの部屋が女子風呂から1番遠い。
「3階の敵はE・Fクラスの仲間が抑えてくれる。2階はDクラスが抑えてくれる手筈になっているが……」
「まあDクラスだけじや厳しいわな」
教師陣も各クラスの生徒の強さに応じて戦力を配置しているので、Dクラスだけでは苦戦は必至だ。
「でも、ここまできたらやるしかないよ」
「もちろん、そのつもりだ。それで2階を突破すると――」
「…………高橋先生」
「そうだ。高橋女史率いる1階教師陣だ。ここにはおそらく翔子や姫路、工藤愛子も配置されているだろう」
消耗したところを1階の強大な戦力で一気に刈り取る。教師陣にとっての防衛の要であり、明久たちにとっての大きな課題の一つだ。
「明久とムッツリーニを通す一瞬の隙は俺と秀隆で作る」
「けど高橋先生たちをいつまでも抑えておけるわけじゃない。そのまま足止めをするのは不可能だ」
いかに知略に富んだ2人とはいえ、学生主任と首席に次席相当を止められるわけではない。その3人以外にも、Aクラス生徒もいるはずだ。
「じゃが足止めできねば……」
「ああ。明久とムッツリーニが挟まれて終わりだ。作戦は失敗。俺は翔子に残りの人生を奪われ、明久は変態として生きていくことになる」
「作戦が失敗しても大して現状が変わらん気がするんじゃが……?」
秀吉が身も蓋もないことを言う。
「まあ何にせよ、高橋先生は気合いでどうにかするしかないな。A・Bクラスが協力してくれたらちぃとはマシだが」
「ふむ。Aクラスはともかく、Bクラスは大丈夫じゃろ。きちんと全員が、特に代表格が女子に興味を持っているからの。写真の効果はあるはずじゃ」
「やだなあ、秀吉。その言い方だと、まるでAクラスの男子代表格が女の子に興味ないみたいだよ?」
「「「「…………」」」」
明久の何気ない一言に、全員が気不味そうに目を逸らした。
「そこまで行ったら後はお前らの仕事だ。分かるな?」
「…………大島先生を倒す」
「そして僕は鉄人、だね?」
難所を突破すればまた難所が待ち受けている。大島教諭も西村教諭も点数もさることながらフィジカルが強い。特に西村教諭は召喚獣を素手で殴り倒すほどだ。
戦力以外の不確定要素も多く、今まで以上の厳しい戦いになるだろう。
「…………大丈夫。きっとうまくいく」
「うん」
「当然だ」
「じゃな」
「やれることをやるだけだ」
しかし明久たちに不安はない。いつものこのメンバーなら、なんだってやれる気がする。不可能を可能にできる気がする。
――ピピッ――
20時を告げる電子音が鳴る。作戦開始の法螺貝だ。
「……よし。テメエら、気合いは入っているか!」
「「「「おうっ!」」」」
「教諭も女子も、AクラスもFクラスも関係ねえ! 男の底力、とくと見せてやろうじゃねえか!」
「「「「おうっ!」」」」
「これがラストチャンスだ! 俺たち5人から始まったこの騒動、勝利で幕を閉じる以外の結果なんてありはしねえっ!」
「「「「当然だっ!」」」」
「強化合宿第四夜・最終決戦、出陣だ!」
「「「「よっしゃあーーっ!!」」」」
強化合宿4日目。覗きを巡る戦いが、今始まろうとしている。
『いたわっ! 主犯格の5人よ!』
『長谷川先生! あの5人をやります!』
明久たちが部屋を出てすぐの所に、長谷川教諭率いる女子守備隊が展開されていた。敵も当然、明久たちを徹底的にマークしている。
「ふんっ、 雑兵どもが。俺に敵うと思うなよ。――試獣召喚!」
先行の女子2人に対して雄二が召喚獣を展開する。見たところ相手はEクラスのようだ。2ヶ月前ならいざ知らず、今の雄二の敵ではない。
Eクラス 古川あゆみ & 源凉香 数学 83点 & 77点
VS
Fクラス 坂本雄二 数学 224点
「勉強してから出直しやがれっ!」
『『きゃあああーっ!』』
雄二の召喚獣が瞬く間に急接近し、それぞれに拳を叩き込む。一撃で決着はついた。試召戦争の、まともに召喚獣を操作した経験のないEクラスが勝てる道理もない。
『くっ! これなら』
「そうは問屋が卸さねえよ」
『え?』
Eクラス 伊藤宏美 数学 79点
VS
Fクラス 神崎秀隆 数学 198点
長谷川教諭の陰から雄二を弓で射ろうとした女子生徒を秀隆が斬り伏せた。
「助かったぞ」
「どうってことねえよ」
「坂本君! 待ちなさい!」
倒れた女子生徒に遅れて長谷川教諭が追い縋ってくる。だが、判断が一歩遅かった。
「長谷川先生。残念ながらここは通しませんよ」
須川たちFクラス男子が割って入る。
「吉井、坂本! ここは任せて先に行け!
『『『
須川たちが壁を作るように召喚獣を並べる。
「頼むよ須川君!」
「任せろ! それより、きちんと鉄人を倒しておけよ! でないと後で覗きに行けないからな!」
「分かってるよ! 女子風呂でまた会おう!」
字面だけ見れば最低な約束をして、明久たちは後を須川たちに託し廊下を走る。後ろからは教師を前にして一歩も引かないFクラス戦士の怒号が響いてくる。
『翔子たん! 翔子たん! はぁはぁはぁああっ!!』
『島田のぺったんこぉおーーっ!』
『姫路さん結婚しましょおーっ!』
『優子様罵ってくださぁあいっ!』
これがまかり通って良いのだろうか。
「凄い勢いじゃなあ。これなら3階の制圧は問題なさそうじゃ」
「皆の気持ちが一つになってるからね」
「ベクトルが問題だがな」
ともかく3階は問題なく突破。問題はここからだ。Cクラスが参加しているか、そこにかかっている。
階下では戦闘の気配がある。Dクラスだけで戦っているなら時間も戦力も足りない。もし制圧されていたら、その時点で詰みだ。
「…………躊躇っている時間はない」
「そうだね。行こう!」
広めの階段を2段飛ばしで駆け下りる。踊り場を曲がり見えた先には――
『俺たちの覗きの邪魔はさせない!
『先生、覚悟してもらいます!』
『き、君たちまで参加していようとは……』
化学教師 布施文博 化学 663点
VS
Cクラス 黒崎トオル & 野口一心 化学 144点 & 132点
Cクラスの2人が布施教師と対峙している。待ち望んだ援軍が来たのだ。
「Cクラスの皆、来てくれたんだ!」
「D・Cクラスの野郎ども! 協力感謝する! 2階――俺たちの背中はお前らに預けた!」
雄二がD・Cクラスを鼓舞するように声高に叫ぶ。
『協力なんざ、ったりめえだっ!』
『女子風呂覗かねえで何の為の男でぇっ!』
『テメエらこそしくじるんじゃねえぞ!』
士気が高過ぎて一部べらんめい口調になっている。D・Cクラスのノリの良さが現れたいた。
「秀隆!」
廊下を進んで行くと見知った顔がいた。聡と平賀だ。
「悪いな2人とも! 任せた!」
「おうともさ!」
「割に合わなかったら承知しないよ!」
D・Cクラスのおかげで2階も無事に突破できそうだ。
「あのさ、なんかこういうのって凄く嬉しいよね」
「そうじゃな。仲間が増えていく喜び、とでも言うべきじゃな」
明久が感慨深そうに呟く。昨日の敵は今日の友と言うべき状況に込み上げてくるものがある。
「まあ目的は覗きだけどな」
「それに仲間だった女子が敵だしな」
「それは考えない方向で」
2階もクリアし、残るは1階と女子風呂前のみ。
「これなら、A・Bクラスもきっと協力してくれて射るよね!」
「さて、それはどうだろうな」
更に階段を駆け下りる。1階で両クラスが参戦していれば突破も夢ではないのだが、
『……護……してくれ……』
『……メだ! ……倒的すぎる……っ!』
1階から聞こえてくる声に、明久は顔を綻ばせる。
「やった! 賭けは僕らの勝ちだ! これで1階の制圧もうまく――」
「いや、違う! 様子がおかしいぞ!」
踊り場で折り返し1階の様子を確認する。そこには教師女子生徒連合に押されているBクラス男子の姿があった。
Aクラス 霧島翔子 & Fクラス 姫路瑞希 総合科目 4762点 & 4422点
VS
Bクラス 加西真一 総合科目 1692点
圧倒的な戦力差を前に為す術もなく次々と仲間が倒れていく。
「…………雄二、悪戯はそこまで」
「明久君。ここは通しませんよ」
「……翔子かっ!」
「姫路さん……っ!」
地下へと続く階段の前、目の前に立ちふさがるのは秀隆と雄二の予想通り、2年生最強コンビの翔子と瑞希。
彼女たちの周りには既に倒された召喚獣が死屍累々と転がっている。
「Aクラスがおらんようじゃの……」
周囲をつぶさに見回して、秀吉が口惜しそうに呟く。1階にいる男子は明久たちを除けばBクラスのみ。そのBクラスも、大半が瑞希たちの足元に横たわっている。
「オマケに随分と用心深い布陣だな、クソっ!」
階段前の敵の布陣を見て雄二が吐き捨てる。
階段中央に高橋教諭が配置され、そこを動く気配がない。その周りを、瑞希に翔子、その他Aクラス女子が囲っている。高橋教諭はあくまでも階段を突破しようとする生徒を打ち倒すだけのようだ。
強固な戦力に露払い。考え得る最悪の布陣だ。
「どうするのじゃ? このまま突破しても挟まれる未来しか見えんぞ?」
秀吉の首筋に冷や汗が流れる。高橋教諭を階段前から引っ張りださないと、西村教諭はおろか、大島教諭の元にすらたどりつけない。
「んなこたあ最初から承知の上よ。その為に俺がいる」
秀隆が一歩前に踏み出す。その動きを見逃さないよう、瑞希と翔子が身構える。
「やはり、貴方がきましたか」
眼鏡の鼻当てをくいっと上げながら高橋教諭が秀隆を見据える。
「ああ。やっぱり警戒されますか」
「当たり前です。貴方も吉井君、坂本君同様、Fクラスの要注意人物ですから」
明久並の操作能力に雄二並の頭脳。そして2人以上に働く悪知恵。教諭からしたら警戒しない理由がない。
「ですが……少し、意外でした」
「意外?」
「貴方はこのような事に参加しないと思っていたので」
秀隆は明久たちと一緒になって馬鹿騒ぎはするものの、このような露骨な犯罪行為に加担することはない。高橋教諭も西村教諭も、その点だけは彼を評価していた。
「失望しました?」
「本音を言えば、少しばかりは」
「まあ褒められものじゃないですらかねえ」
悠々とまた一歩進む。その足元に、高橋教諭の鞭が走った。
「っ!」
それと同時に秀隆の頬に鋭い痛みが走る。一瞬の内に、鞭は二度振られていたのだ。
「気をつけて。高橋先生の鞭、すっごく痛いから」
「……ご忠告どーも」
明久の遅すぎる忠告に、秀隆は苦笑する。掠めただけでこの痛み。直撃を受けようものなら悶絶は必至だ。
「見て避けるのは無理、か」
「ええ。貴方たちに勝ち目はありません」
冷淡に告げる。自惚れではなく、確かな事実として淡々と告げているにすぎない。それほどの戦力差が彼我にはある。
「まあ、普通なら諦め案件っすね」
「なら降伏しなさい」
降伏を促す高橋教諭を、秀隆は鼻で嗤う。
「悪いですけど、諦めの悪さが俺たちなんでね!」
秀隆が召喚獣を突っ込ませる。その行動は、あまりにも無謀。
「まったく――少し痛い目を見てもらいます!」
高橋教諭が鞭を振るおうと振りかぶる。
「裂空斬!」
その瞬間を狙って、秀隆の召喚獣は縦方向の空中回転斬りで鞭の一閃を躱し、一気に距離を詰める。着地したのは伸び切った鞭の上だ。
「しまった!」
引き戻そうとした鞭を踏まれ、高橋教諭の召喚獣が大きく体勢を崩す。
「もらった! 空破絶掌撃!」
その隙を逃さず、更に踏み込んで剣を突き出す。明久たちも勝利を確信し、拳を握る。
――ギィン――
だがその一撃は無情な金属音に阻まれた。
「――まあ、そうなるよな」
会心の一撃は、瑞希の大剣と翔子の刀に防がれた。返す刃で瑞希が大剣を振るう。
「おっとと」
大きく飛び退って追撃を躱す。瑞希と翔子が高橋先生の前に立ち、他のAクラス女子も脇を固めるように武器を構える。
「ありがとうございます。姫路さん、霧島さん」
「いえ」
「……問題ない」
秀隆の虚を突いた攻撃も躱され、帰って布陣を強固なものにしてしまう。
「秀隆!」
「こっちに来るな! お前らは突破することだけ考えろ!」
「けど……っ!」
近寄ろうとした明久に秀隆が怒鳴る。いくらなんでも、この状況を秀隆一人で打開するのは不可能だ。
「この状況で、なぜ貴方たちは覗きに固執するんですか?」
かねてからの疑問を、高橋教諭は投げかけた。普通ならば初日の失敗で懲りて大人しくしてるはずだ。それなのに明久たちは、大人しくなるどころか日に日に戦力を増強し挑んできた。それが不思議でならない。
『確かにそうだ。こんなんじゃ覗きなんてできやしない』
『だいいち、姫路や霧島が入っていない風呂なんて覗く価値がないじゃないか』
「諦めちゃダメだ! 姫路さんや霧島さんがここに居るってことはまだ美波や木下さんが入っている可能性がある! 覗く価値は十分にある!」
絶望的な状況下で、士気の下がっていく仲間たちを鼓舞するように明久が叫ぶ。
「明久。お主そこまで……写真のためにそこまでの覚悟が……」
「ううん。秀吉。違うんだ」
写真の為でも、盗撮の真犯人を探す為でもない。確固たる目的意志が明久にはある。
「――たとえ許されない行為だとしても、自分の気持ちを偽れない。正直に言おう。今、僕は――純粋に己の欲望の為に女子風呂を覗きたい!」
「お主はどこまでバカなのじゃっ!?」
感動しかけた秀吉が怒りの声を上げる。その横では秀隆が腹を抱えて笑っていた。
「明久君。そうまでして私じゃなくて美波ちゃんのお風呂を覗きたいんですね……! もう許しません! 覗きは犯罪なんですからね!」
「……雄二。私じゃなくて、優子の裸を見るのは、許さない」
「んなことは一言も言ってねえ!」
「世間のルールなんて関係ない! 誰にどう思われようとも、僕は僕の気持ちに正直に生きる!」
そもそも2人とも自分の裸は見せても良いと言っていることに気づいていないのだろうか。
明久と雄二も2人を迎え撃つべく召喚獣を喚ぶ。
「――もう分かりました。貴方たちにはキツいお灸が必要なようですね」
眼鏡の奥で高橋教諭の瞳が冷たく光る。それを総攻撃の合図と取ったのだろう。女子生徒たちが武器を構える。
「――来るぞっ!」
攻撃の気配を悟って雄二たちも構える。万事休すだ。
『良く言った、吉井明久君っ!』
聞き覚えのある声が廊下に響く。
「だ、誰ですかっ!?」
気勢を削がれた形になり、女子たちが声の主を探す。
「待たせたね、吉井君。君の正直な気持ちはこの僕が受け取った!」
「久保君っ! 来てくれたんだね!」
現れたのはAクラスの久保利通。その後ろには、鳳誠をはじめとしたAクラス男子の姿もある。
「よう誠。来てくれたのか」
「正直まだ反対だけどね。けど、あんな啖呵切られちゃったし。うちの男子代表も乗り気だし」
誠は肩を竦める。気は進まないが、友だちの為なら話は別だ。
「恩に着る」
「止めてよ気持ち悪い。どうせ君の筋書き通りだろ?」
「酷いこと言うなよ。――正直賭けだったさ」
秀隆とて自分の作戦が完璧だとは思っていない。最悪高橋教諭との相討ちも覚悟だった。
だが予想に反してAクラスの協力を得ることができた。これで勝機ができた。
「さあって、こっからが本番だ」
秀隆の笑みが、一層邪悪さを増した。
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