バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

56 / 141
バカとテストと召喚獣の二次創作小説です。木下姉弟と幼馴染の少年『神崎秀隆』が吉井明久を始めとするFクラスのメンバーと打倒Aクラスを目指して奮闘するドタバタ学園コメディです。オリジナルキャラクターが登場、オリジナル設定を含みます。それらが嫌だという方は閲覧をお控え下さい。それ以外の方はゆっくりとお楽しみ下さい。

強化合宿最終日その4です。もちっとだけ続きます。



第五十一問

第五十一問

 

強化合宿最終日。大浴場へ続く階段前の攻防戦は瑞希と翔子が突然の裏切りにより混戦を極めた。

時はそれより少し前に遡る。

 

「――誰も居ませんわね?」

 

無人の脱衣所にコソコソと入り込む人影。特徴的なドリルツインテールをしたその人物は、脱衣所に誰も居ないことを確認すると、物陰をゴソゴソと漁りだした。

 

「まったく。男どものバカさ加減には呆れ返りますわ」

 

かなり奥の方に巧妙に隠していたのか、探し当てるのに苦労しているようだ。

 

「神聖なる女子風呂を覗こうだなんて言語道断ですわ。……お陰で事が上手く運んではいますが」

 

指先にコツンと硬いものが当たる感触があった。腕を目一杯伸ばして目当てのものを掴む。

 

「それにしても、学年首席も大したことありませんのね。こんなことに気づかないだなんて」

 

掌を開いてそれを検める。壊されてもいないようだし、極小の電源ランプが点いているから電池切れもしていない。ミッションは無事に完遂したようだ。

 

「豚野郎どもを犯人にできなかったのは残念ですが、まあこの際よいでしょう。学園に帰ったら『また』脅迫すれば良いことですし。コレさえあれば当分は――ムフフ」

 

思わず厭らしい笑みが浮かんでしまう。垂れてきた涎を拭うと、ソレを大事そうにハーフパンツのポケットにしまおうとした、その時――

 

「何をしているのかしら? 清水さん?」

「!!!」

 

ドリルツインテールの人物、清水美春はその声に慌てて振り向く。今女子生徒は全員が男子討伐に参加しているはずだ。

 

「アナタは――木下優子っ!」

 

清水が振り返ると、脱衣所の入口に腕を組んで佇む優子がいた。入口を塞ぐように立ち、清水を睨みつける。

 

「な、なぜアナタがココに? アナタは1階の守備に就いていたはずじゃ?」

「そうね。『代表の』作戦ではそうだったわ」

 

清水の疑問に、優子は頷く。

 

「けど、それは表向き。アナタを油断させる罠よ」

「美春を油断させる? いったい何のために?」

 

まだバレていないと思っている清水は、手にしたものを背中に隠す。

 

「あら? 分からないの? 案外アナタも大したことないのね」

「ぐぬ……っ!」

 

先程の独り言を聞かれていたのだろう。意趣返しとばかりに優子が挑発する。だがここでボロを出すわけにはいかない。どうにかこの場を切り抜けねば。

 

「な、何のことだかサッパリですわ?」

「なら教えてあげる。アナタが今背中に隠したものの事よ」

「っ!?」

 

バレていた。最新の注意を払い、痕跡の残らぬよう動いていたのに。彼女には通用していなかったのか。

 

「……いつから気がついていましたの?」

 

こうなったら次の手段に出るしかない。

 

「あら。意外と素直に自白するのね?」

「美春はバカな男どもとは違って潔い方ですから」

 

向こうがコチラの油断を誘ったのなら、コチラも向こうの油断を誘うまで。

 

「そう。それなら大人しくしておく事ね。今から電話で先生を呼ぶから」

 

相手が抵抗しないと判断した優子は電話をかけるために携帯電話を取り出す。清水は優子の視線が携帯電話に向いた隙に一気に距離を詰めた。

 

「させませんわ!」

「あっ!」

 

手刀で優子の携帯電話を叩く。突然の襲撃に優子は携帯電話を取りこぼしてしまった。拾おうとしたところで清水が携帯電話を蹴飛ばす。

 

「清水さん、アナタ――っ!」

「ごめんあそばせ。今人を呼ばれるわけにはいきませんの!」

 

清水が隠し持っていたソレを優子に突きつける。優子は寸前でその攻撃を転がって回避した。

 

「アナタそれ、スタンガン!?」

「ご明答ですわ。護身用ですが、威力は十分ですわ」

 

清水が持っていたのはスタンガン。本人は知る由もないが、奇しくも明久が雄二に持たされたものと同じ20万ボルトのものだ。一撃でも受ければ失神は免れない。

 

「やっぱりアナタが盗撮犯だったのね」

「ご明察。本当は豚野郎どもに汚名を被ってもらう予定でしたが、アナタたちが邪魔をしたせいで計画が狂ってしまいました。まあ、豚野郎どもが本当に覗きをしてくれたお陰で事なきを得ましたが」

 

朗々と自慢げに清水は語る。優子は清水の攻撃に警戒しつつ詰問を続けた。

 

「いったい何のために盗撮を? 女のアナタが女子風呂を盗撮しても意味がないでしょう?」

「もちろん。お姉さまの美しい肢体を堪能するためですわ」

 

やはり覗きの目的は美波のようだ。

 

「お姉さまは恥ずかしがり屋さんですから。裸を残せる機会はそうありません。この手を逃すわけがないですわ」

「アナタ、言ってることが滅茶苦茶よ!」

 

盗撮などという性犯罪を犯す理由は碌でもないものばかりたが、清水は群を抜いている。

 

「なにを仰っているのですか? 愛する人の姿を残したいと思うのは当然じゃないですか?」

「だからって、盗撮は犯罪よ?」

「愛の前に法律など無力ですわ」

 

なにを言っても支離滅裂な回答が返ってくるばかり。優子は少しでも説得しようとした自分が馬鹿らしく思えてきた。

 

「そう言えば、先程の質問に答えてもらっていませんでした。いつ美春が犯人だと分かったんです?」

 

スタンガンの電流をバチバチといわせて清水が問う。もはや脅迫も同然だ。

 

「……吉井君たちが犯人じゃないのは最初からわかっていたわ。他の男子にも不可能だってことも」

 

優子は警戒を緩めず自分の推理を説明する。

 

「そうなると先生か女子が犯人になるわ。だから慎重に調べたの」

「この短期間でよく調べられましたわね」

 

優子の調査能力に、清水は素直に賞賛を贈る。

 

「苦労したわよ。なにせ先生が犯人かもしれないもの」

「そこからどうやって私に辿りついたのです?」

「タイミングよ」

「タイミング?」

「カメラが見つかるまでと吉井君たちに疑いがかかるまでのタイミングが良すぎたのよ。普通は先生に報告してから犯人探しが始まるのに、あの時は直ぐに吉井君たちに容疑がかけられた。いくら吉井君が監察処分者とはいえ早すぎるわ」

 

学園でなにか問題が起きた時、大抵は西村教諭に報告がいってから明久たちに疑いがかかる。しかし今回はその工程が省略されている。女子生徒の独断で明久たちが犯人だと断定されたのだ。

 

「だから吉井君たちに恨みがある人が彼らを犯人に仕立て上げたと思ったの」

「そんな人、この学年には山程いますわよ?」

 

清水の言う通り。いつも問題を起こす明久たちをこころよく思っていない生徒は多い。特に女子には康太の存在もあって目の敵にしている生徒もいる。

清水もそれを分かっているので小馬鹿にしたように呆れた。

 

「そうね。けど、わざわざ吉井君たちを陥れるためだけに覗きを自演するのはリスクがあるわ。もし冤罪だと分かったら、今度は自分が痛い目をみるもの」

 

だが優子はそんな清水なぞ気にもとめず推論を語る。

 

「だから吉井君たちに恨みがあってかつ女子風呂を覗く理由がある人を探したのよ」

「それが美春だと?」

「ええ。アナタは日頃から吉井君を口汚く罵っているし、美波に好意を抱いているから。動機としては十分よ」

「それだけでは、証拠としては弱いのではなくて?」

 

好意を抱いているからと言っても、覗きまでするとは限らない。

 

「それに、美春がいつカメラを仕掛けたと言うのです?」

「それこそ、『最初』のカメラが見つかった時よ」

 

優子はカメラが見つかったと同時に仕掛けられたと言う。明らかな矛盾だが、清水の顔に焦りが見える。

 

「どういうことです?」

「簡単な話よ。仕掛けられたカメラが見つかったんじゃなくて、自分でカメラを差し出したのよ」

 

優子はこっそりと移動する。

 

「だとしても、疑われるのは前半組のA〜Cクラスの人なはずです」

「人の心理の隙ね。カメラが見つかれば、そのカメラはそれより『前』にしかけてあったと誰しもが思うわ。そうすれば、『今』居る人や『後』に入る人は疑われない。そうしてアナタはアリバイを作ったのよ」

「それなら、その時に脱衣所にいた誰かが私を見ているはずです!」

 

清水の首筋に冷や汗が流れる。

 

「人の記憶力は案外いいかげんなの。特に外観に特徴がある場合は、その特徴で覚えてしまう。例えば――髪型とか」

「ぐ……っ!」

 

清水は無意識に自分のツインテールを触る。

 

「アナタは人の出入りが多い前半組と後半組の交代時を狙って、髪を解いて脱衣所に入った。その特徴的な髪をタオルで隠してしまえば、誰もアナタだと気づかない。そして、あたかも仕掛けられたカメラをどこかの女子生徒が見つけたように装ったのよ。そうすれば、少なくとも自分に疑いが向くことはないわ。吉井君に嫌疑をかければ尚更ね」

「仮にそうだとして、わざわざカメラを自らバラす意味があるのですか?」

「だから最初に言ったでしょ? アナタが隠したソレ。ソレを隠すためよ。物理的にも、意識の外にも。最初にカメラを見つけさせて、皆が騒いでいる間に本命を仕掛ける。よくあるミスリードトリックね」

 

清水が巧妙に隠していた真実を、優子が解きほぐす。もはや言い逃れはできない。

 

「サスペンス小説なんかでは完璧なアリバイはかえって疑いを持たれるものよ。有名なミステリーでも、物理的に不可能な事象を取り除いていけば、たとえどんな不可解な事だとしてもソレが真実だって書いてあるわ」

「そんなあやふやなもので美春を疑っていたのですか?!」

「吉井君たちが疑われたのと一緒。状況証拠があればこそよ。……アナタはやり過ぎたのよ。坂本君のプロポーズを捏造したり秀隆や吉井君を脅迫したり」

「な、なぜそれを……っ!」

「……ついでに、アナタのお尻に火傷の痕があるのも知ってるわよ?」

「なっ!? いつの間に――覗きは犯罪ですよ!」

 

どの口が言うと優子は心の中でツッコミを入れた。カマをかけたつもりだっが、思いの外べらべらと喋ってくれた。奸計をめぐらせたようだが詰めが甘い。

 

「ありがとう。今確信に変わったわ」

「……はっ! 美春を謀りましたね!」

「そっちが勝手に自白しただけよ」

 

いつか秀吉が演じたような表情で優子が煽る。

 

「坂本君のは別にいいとして、吉井君は美波絡みかしら?」

「そうですわ! あの豚野郎がいるから、お姉さまが美春に振り向いてくれないんです!」

「秀隆を脅迫したのは?」

「あの豚野郎はアナタとつるんでいますから、ぺったんこ好きに決まっています! いつお姉さまが狙われてもおかしくないですから早めに手を打ったまでです!」

 

そのよく分からない動機に、優子は頭が痛くなってきた。

 

「それで、脅迫すれば吉井君が大人しく身を引くと? バカね。同じクラスなんだからそんなこと不可能でしょ。だいたい、美波から吉井君に近づいたらどうするのよ?」

「そんなことはありません! お姉さまも美春を愛しているはずです!」

 

清水が身勝手に吠える。単純に自分が嫌われているとは思っていない他責的な思考。美波が人が良いことに付け入った卑怯な考え。優子は吐き気がもよおした。

 

「それ、ちゃんと本人から聞いたの?」

「聞かずともわかります! 私たちは愛し合っていますから!」

 

妄想もここまでくれば立派なものだと、感心すら覚える。

 

「それで、アナタはその愛する美波のためになにをしたの?」

「もちろんイロイロですわ。愛の告白にプレゼントは当たり前。お姉さまの操を豚野郎から陰からお守りもしました」

「だから、アナタも美波に愛されているはずだと?」

「当然ですわ!」

 

自分が嫌われるはずなどないという根拠なき自信で清水へ言い切った。その確固たる意志に、優子は侮蔑を込めた眼で応える。

 

「……くだらない。よくそんなので愛だなんだと言えたわね」

「なんですって!?」

 

清水の声が怒りで上ずる。

 

「アナタの想像する美波はアナタにどんな声をかけたの? なんて笑いかけるの?」

「美春に愛のことばを囁いてくれて、女神のように微笑んでくださりますわ!」

「現実でも?」

「もちろんですわ!」 

 

優子の眉間の皺が険しくなる。

 

「……ふざけないで。少なくとも、私から見た美波はアンタにそんなものを向けたりはしていない」

「なにを言って――」

「美波はああ見えて純粋で奥手なの。誰よりも彼の幸せを願ってる。たとえ彼が自分を選ばなくても、自分が傍にいれなくなっても、涙を堪えて笑顔で見送る。そんな人よ」

 

優子は怒りで叫びそうになるのを必至で抑える。

 

「アンタの独りよがりな妄言で汚していい人じゃないのよ!」

「貴様ぁーっ!」

 

清水が怒り任せにスタンガンを振るう。優子はそれを横跳びで回避。近くにあった脱衣籠を掴む。

 

「同じ女性だから下手にでたら――もう容赦はしません!」

「最初から下手になんかでてないでしょ!」

 

優子は掴んでいた籠を清水に向かって思い切り投げつけた。清水は咄嗟に両手でかばい、視界が奪われる。

 

「っ!」

 

その隙に入り口に走る。外に出れば西村教諭がいるはずだ。

 

「行かせませんっ!」

 

だが清水の方が一手早かった。すぐに視界を回復させた清水は一足飛びに入り口へ詰め寄り、優子に狙いを定める。

 

「少し眠ってくださいましっ!」

 

スタンガンの電撃が優子に迫る。優子も万事休すと目を閉じた。

 

「――流石にそいつは見逃せねえなあ」

 

その声に優子が目を開けると、優子に向けられたスタンガンの電流は、彼女の身体に当たる寸前で止まっていた。

 

「なっ!?」

 

清水の顔が驚愕に歪む。今この場に来れないはずの、居ては行けない顔が目の前に現れた。目の前で清水の腕を掴んでいる『男』は、1階で髙橋教諭たちと戦っているはずだ。

「だらぁっ!」

「ぐふっ!?」

 

その男は清水の腹を蹴り飛ばした。避けることもままならず、清水はまともに蹴りを受けて後ずさり、衝撃でスタンガンを取り落とした。

 

「遅いわよ。秀隆」

「こういのはタイミングがあるんだよ」

「それ、アンタが格好良く出るタイミングじゃないわよね?」

 

優子のピンチに駆けつけたのは、秀隆だった。

秀隆は文句を垂れる優子に苦笑すると、清水が落としたスタンガンを拾い上げる。

 

「げほっ! ゴホッ!」

「無様だなあ、清水」

 

痛みで目に涙を浮かべむせ返る清水を、秀隆は冷ややかに見下ろす。

 

「こんなものまで持ち出しやがって。どういう了見だ?」

「お、乙女のお腹を蹴飛ばすなんて! どんな神経してるんですか!」

 

苦しみながらも怒り任せにがなる清水。その清水に秀隆の眼光が冷たく刺さる。

 

「被害者面してるとこ悪いが、お生憎と俺は明久と違って博愛主義者じゃねえんだ。善悪の分からねえガキじゃあるまいし、テメエみたいな犯罪者に手心加える優しさは持ち合わせてねえんだよ」

「なにを言って――だいたいどうやってココに――」

 

清水の痛みで思考が回らない頭でも気づくことができた。先程自分が優子に向けて言った言葉。あれが答えではないか。

 

「アナタたち、グルですね!」

「人聞きが悪いわね。仲間と言ってよ」

「2人して美春をハメるなんて、許せません!」

「テメエが勝手にハマったんだろうが」

 

軽蔑と侮蔑。おおよそ同級生に向けられるべきではない感情が清水に向けられる。彼女がその事実と理由に気がつくことはないが。

 

「どうやってココに、だったか? そりゃあ堂々と正面からよ」

「なにをわけの分からぬことを……髙橋先生や西村先生はいったい何を――」

「俺がどうかしたのか?」

 

秀隆をキッと睨みつける清水は、その後ろに立つ大男に気づいていなかった。

 

「西村先生!」

 

西村教諭の姿を認めた清水の顔が喜色に染まる。西村教諭だけじゃない。明久や雄二、翔子に久保といったA、Fクラスの面々に髙橋教諭も居たが、彼女の目には西村教諭しか映っていない。

この状況なら西村教諭は自分の味方をしてくれる。女子風呂に男がいて女子がお腹を押さえているのだから普通ならそう思うのも当然だ。

だが清水とは対称的に、西村教諭の表情は苦い。

 

「西村先生! この豚野郎が――神崎が美春のお腹を蹴りました! 立派な暴行です! すぐに指導室に、いえ警察に突き出してください!」

「……そうだな。その事に関しては後でどうにかしよう」

「でしたら――」

「だがまずは『お前』からだ、清水」

「え?」

 

西村教諭がなにを言っているのかサッパリ理解できない。

 

「盗撮に脅迫。挙句の果ては暴行未遂。これも立派な犯罪だ」

「なっ!?」

 

そんなはずはない。優子を襲ったのは百歩譲ってバレたとしても、盗撮や脅迫は優子以外は知らないはずだ。仮に秀隆が感づいていたとしても、証拠もなしに告げ口することは彼自身が否定的だったはずだ。

なのに何故西村教諭がそのことを知っているんだ。

呆気にとられる清水の視界の端で、秀隆がクツクツと嗤う。

 

「あー。やっぱり気づかないもんだな」

「この豚野郎! アナタいったいなにを――」

「これな〜んだ?」

 

小馬鹿にしたような台詞とともに秀隆が掲げてみせたのは、清水もよく知るものだ。

 

「携帯電話っ!」

 

秀隆は携帯電話を手でもて遊ぶ。

携帯電話を持っているということは、ココでの会話は筒抜けだったと言いたいのだろう。しかしそれでは疑問が残る。

 

「木下優子の携帯電話は取り上げたはずです!」

「優子のは、な」

「どういうことですか?」

「おーい。出てきていいぞー」

 

秀隆は清水の疑問に答える変わりに、明後日の方向に叫ぶ。すると脱衣所の端にある、掃除用具のロッカーがガタッと揺れた。

 

「ぷはぁ〜」

 

気の抜けた声と共にロッカーから出てきたのは――リリアだ。彼女は集音マイクを取り付けた携帯電話を握っている。つまり、秀隆の通話相手は優子ではなく、リリアだったのだ。

 

「リリアーヌ・シュトラウスキーっ!?」

「悪いなリリア。無理させちまって」

「大丈夫です。スパイみたいで、むしろちょっと楽しかったです」

「そりゃあ良かった」

 

長い時間ロッカーの中にいたのだろう。汗で額に前髪を貼りつかせて笑うリリア。なぜロッカーから彼女が出てきたのか、清水の理解が追いつかない。

 

「なぜ……いつから……?」

「んなもん最初からに決まってんだろ」

 

呆然として呟く清水に、秀隆がタネを明かしていく。

 

「最初から? そんな、美春の他には誰も……それに脱衣所は時間までは施錠されていたはずです!」

「だから、時間になってから入ったんだよ」

「はい!」

 

説明する秀隆の横でリリアが元気よく合いの手を入れる。

 

「お前は作戦の関係上、一度2階の防衛に当たらないといけなかった。だからその前に、リリアにはロッカーに入ってもらった」

「Fクラスは全員1階の階段前の守備隊に参加する手筈になっていたはずです!」

「そうね。でも逆に言えば『女風呂にいても違和感がない場所』を担当していたということよ」

「適当な理由つけてコッチに来ても問題ないってわけだ」

 

清水は目の前が真っ白になる感覚がした。計画はすべて順調にいっていた。順調すぎて怖いとすら思っていた。

目の前の男女はそれすら見透かしていた。僅かな情報からコチラの動きを読み取り、先回りして誘導していた。将棋やチェスのプロは相手の1手から何十手先を読むと言われているが、その感覚に近いのだろう。すべてが彼らの掌の上だったのだ。

霞がかる思考の中で、清水はなんとかこの場を打開する手を考えた。

 

「……ありません」

「あ?」

「アナタたちは美春がカメラを回収したと言ってますが、美春がカメラを取ったところは誰も見ていません!」

「なにを言ってるの? 私が見たじゃない」

「アナタが見たのは美春が何かを探しているところです! それがカメラだと、誰が証明できるんですか?」

 

明らかな開き直り。だが優子がカメラそのもの目視していないことを逆手に取った妙案。たとえ身体検査されようとも、隙をみてどこかへ隠すか捨てるかすれば盗撮は回避できる。

最悪脅迫はバレたとしても、未だ実害は出ていないから厳重注意で済むはずだ。

 

「証明できれば良いんだな?」

「当たり前です!」

「だとよ。島田」

「へ?」

 

秀隆が清水の後ろに向かって声をかける。マヌケな声とともに清水が後ろを向くと、そこには今一番居て欲しくない少女がいた。脱衣所に併設されている洗面所。死角となる間仕切りの壁の陰から現れたのは、愛しの美波だ。

美波は怒りに拳を震わせて清水を睨む。

 

「お姉さまっ! いつからそんなところに!?」

「リリアと同じ最初からよ。神崎に言われたときは半信半疑だったけど、やっぱりアンタだったのね!」

「うぅ……」

 

美波に詰め寄られて言葉を詰まらせる清水。だが脱衣所から死角になっているということは、洗面所からも死角になっているはずだ。

 

「アンタの悪行、バッチリと撮ったから!」

 

そう怒鳴って美波が見せたのは、清水もよく見知った黒い直方体の箱。

 

「小型カメラ!? どうしてそんなものをお姉さまが!?」

「アンタが隠していた場所から持ってきたのよ。アンタが回収したのは偽物よ」

「そんなバカな! だってカメラはちゃんと――」

 

慌てて服の中に隠したいたカメラを取り出して確認する。自分が回収したのは確かに自分のカメラのはずだ。その証拠にきちんとランプも点灯している。 

 

「なんだ。ちゃんと本物じゃないですか。お姉さまも嘘をおつきになるなんて人の悪い」

 

清水はホッとしてつい喋ってしまった。それが最後の引き金とは知らずに。

 

「語るに落ちたなあ、清水」

 

ハッとして声の方を見やると、ニヤけた顔の憎き男の姿。

 

「こっちが偽物よ」

 

美波が持っていた直方体の一面を指で押すと、内箱がスライドして中身が現れた。そこには赤い粒のついた木の棒が入っていた。

 

「マッチ箱!」

「そうよ。マッチ箱をマジックで黒く塗りつぶしたの」

「傍から見たらただの黒い箱だ。でも、お前はそれをカメラと誤認した」

「挙句の果てに隠したカメラもご丁寧に出してくれた。もう言い逃れはできないわよ」

「ぐぅ……っ!」

 

なにからなにまで裏目にでた。蟻地獄のように、もがけばもがくほど流砂にのまれる。もはや逃げ道は残されていない。

 

「よくも」

「あん?」

「よくも美春をコケにしましたね!!」

 

すべてを否定され覆された清水に残っていたのは、プライドをズタズタにされた怒りと、完璧な計画を邪魔した秀隆への恨みのみ。

逆上した清水は隠し持っていたフォークで秀隆に襲いかかる。もう周りもなにも見えていない。自分が誰を攻撃しているのかも。

 

「貴様らぁっ!」

 

ソイツがどんな顔をしているのかも。

 

「――刹劇――」

 

清水のフォークが秀隆に迫る直前、秀隆の脇から小さな影が飛び出した。

 

「がっ!」

 

その影は清水に飛びつくと、勢いのまま清水の身体を床に叩きつけた。

 

「女将さん!?」

 

清水を叩き伏せたのは、女将だった。女将は素早く清水の背後に回ると、そのまま腕をねじ上げた。

 

「痛い! 痛いです!」

 

関節を極められた痛みで清水が叫ぶ。痛みのあまり、その手からフォークが落ちた。

 

「冴子さん! もうその辺で」

 

西村教諭が女将の名を叫ぶ。女将は清水が抵抗なしと判断すると、彼女の腕を解放した。

 

「では宗一さん。あとは任せましたよ?」

 

女将は清水を解放すると、そう一言だけ添えて出ていった。

解放された清水は痛む腕を押さえてすすり泣く。それを見た西村教諭は気の毒そうな情けなさそうな、深い深いため息を吐いた。

こうして、嵐のようだった盗撮・覗き騒動が幕を下ろした。

 




ご感想などお待ちしております。

1話分の長さは?

  • 5000字程度(約5分)が良い
  • 10000字程度(約20分)は欲しい
  • 区切りが良ければ何文字でも構わない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。