第五十二問
明久たちの脅迫から始まり、盗撮、覗きと連鎖した波乱の強化合宿は、真犯人(清水美春)の捕縛により終局を迎えた。
「清水、立てるか?」
西村教諭が清水の背中を優しくさする。しかし清水はすすり泣くばかり。困った西村教諭は高橋教諭の方へ視線を送る。
「西村先生。ここは私が」
「すみません高橋先生。頼みました」
「はい。さあ、清水さん。行きますよ?」
高橋教諭がすすり泣く清水の腕を取り、優しく立ち上がらせる。女将のタックルと関節技で完全に戦意を喪失した清水は、涙で腫らした瞼をこすりながら大人しく従った。
彼女が落ち着くのを待って、改めて事情と事の顛末を詰問するつもりのようだ。
「とりあえず、お前たちの処分は追って学園から通達される」
「やっぱお咎めなしとはいきませんか?」
「当たり前だ。事情があったとはいえ、あれだけ盛大にやらかしたんだからな。一応俺も学園長にかけあってはみるが、停学は免れないだろう」
「ですよねー」
半ば予期してたとは言え、真犯人が捕まっても明久たちの処遇は変わらないようだ。こればっかりは受け入れるしかない。
「ともかく、今日は補習はなしにしてやるから、もう休みなさい」
「いいんすか?」
「流石に今日はな。せめてもの温情だ」
今日一日で前日までよりもかなり精神的に疲れたのだろう。西村教諭は肩を鳴らすと、明久たち男子にすぐに出ていくように指示し、自分も特別指導室に行くべく脱衣所を出ていった。
「美春……」
脱衣所を出ていく清水を、美波は複雑な面持ちで見送った。歪んでいるとは言え、清水が美波を好いていることは紛れもない事実だ。彼女が自分を本心から慕っていることも分かっている。
それでも、これはやり過ぎだ。盗撮だけでなく、その犯人に明久を仕立て上げようとし、あまつさえ脅迫までしていたのだ。とうてい許されるべきではない。しかし、許したい自分もいる。
秀隆や雄二が知ったら「なにを甘いことを」と呆れられそうだ。それでも、美波は清水を『悪』と見ることができない。大切な人を傷つけられたのに。そんな自分がいやになるくらいに。
「美波? 大丈夫?」
「ひゃいっ!?」
物思いに耽っていた美波は急にかけられた声に素っ頓狂な反応をしてしまった。慌てて顔を上げると、明久が心配そうな顔でこちらを見ている。その後ろには瑞希も同じように不安げな様子でいた。
「あ、アキ、脅かさないでよ!」
「ごめん。なんだか思い詰めてたようだから」
そう笑う明久の笑顔もどこかぎこちなく見える。目の前であんな事があったから無理もないだろう。しかも明久は被害で、原因は自分なんだ。その責任の重さに、美波は押しつぶされそうになった。
「……ごめん。なんでもない」
「いや、そうは見えないんだけど」
普段は鈍感な明久ですら、今の美波がまともな状態でないことは察せる。明久はどうにか美波を元気つけようとするが、その優しさが今の美波には辛い。
「……ごめんなさい」
「え?」
「……美春が酷いことして、アキたちに迷惑かけて、本当にごめんなさい!」
「美波……」
「美波ちゃん……」
美波が明久たちに向かって深々と頭を下げた。下げられた明久は当惑してしまう。
「なんでお前が謝るんだ?」
頭を下げたままでいる美波に秀隆が投げかける。その声は、苛立ちに満ちていた。
「これは清水の責任だ。あいつが暴走した結果なんだ。お前が謝る必要がどこにある?」
「でも……」
「もしお前が今回のことで責任を感じているんなら、清水とは縁を切れ」
「……」
秀隆の言う通り、自分が責任を取るとしたら清水との関わりを断つしかない。けど――
「……そんな言い方はないんじゃない?」
秀隆に反論したのは、明久だ。美波が顔を上げると、明久が怒りの眼差しで秀隆を睨んでいる。
「アキ?」
「清水さんは少しやり過ぎただけだよ。鉄人たちから補習を受けて反省すれば今後は――」
「明久。お前、お人好しも大概にしろよ。その甘っちょろい考えで、最終的に傷つくのはお前なんだぞ? 清水だって反省したとして今後もお前を攻めないとは限らないんだ」
「そうよアキ。神崎の言う通りだわ。今回ばかりは――」
「ダメだよ。そんなこと言っちゃ」
秀隆と美波に、明久は頑として異を唱える。
「人は誰だって暴走する。今回の僕たちだってそうだ。もっと上手いやり方があったのかもしれない」
「清水もそうだっつうのか? だとしても許す理由がどこにある?」
「許す許さないじゃないよ。彼女はもう十分罰を受けたんだ。それでいいじゃないか」
「だからそれが甘えつってんだよ!」
我慢の限界とばかりに、秀隆は明久の胸ぐらを掴み上げる。吊られてつま先立ちになっても、明久は怯まずに秀隆を睨む。
「よすのじゃ秀隆!」
「待ちなさい秀吉」
秀隆に駆け寄ろうとした秀吉を、優子が手で制する。
「姉上!」
「……暫く言い争わせておきなさい」
そう言い放つ優子も、奥歯を噛み締めている。
「ああいった手合いの輩は何をしたって変わらないんだ! こっちが優しくしたところで、反省するどころか調子に乗ってつけ上がるに決まってる! そうなったらずっと搾取され続けるんだぞ!」
「だからって恨んで恨まれてを繰り返してたら、なんにも解決しないじゃないか!」
力強く反論する明久に、美波も雄二も動揺を隠せない。
「おいお前ら、何をそんなにムキになってるんだ? もう終わったことだろう。あとは鉄人たちに任せておけばいいじゃないか」
「そうよアキ。今回は美春が悪いんだから……仕方ないのよ」
「ダメだ」
諦めろという2人に、明久は頑なに首を横に振る。
「アキ! もういいのよ!」
「じゃあなんで美波はそんなに苦しそうなんだよ!」
明久の叫びに、秀隆はハッとした顔をする。
「アキ……」
「仕方ないって諦めるんなら、なんで美波は苦しんでるんだよ。おかしいじゃないか。本当は諦め切れないんでしょ? 清水さんを恨めないんでしょ?」
「だから許すってか? そんなことでアイツの罪は消えねえぞ」
「罪が消えないっていうなら僕らだって一緒だ。彼女が許されないなら僕らも許されるべきじゃない」
「てめぇ……」
臆せず反論を続ける明久に、雄二も舌を巻いた。
「あの明久が秀隆に対して理詰めで反論だと? いったいどうなってやがる?」
「…………明久らしくない」
いつもなら言い組められるか、しどろもどろな反論しかできないのに、今の明久は整然としている。
「いい加減分かれ! 世の中には分かり合えない奴はいるんだよ!」
「わかってるよ! 清水さんと分かりあえるとは僕も思ってない。それでも、こっちからそれを止めちゃったら清水さんはひとりぼっちになっちゃうじゃないか! 美波もそれが分かってるから悩んでるんじゃないか!」
「お前の言ってることは性善説の理想論でしかねえんだよ!」
「理想くらい見たっていいだろ! だいいち、理想をなくしたら夢も希望もないじゃないか!」
「この……っ!」
明久が言っていることは所詮は理想論だ。理屈をこねれば反論はいくらでもできる。だというのに、その言葉が出てこない。明久の圧に完全に蹴落とされていた。
秀隆は悪態をつくと明久を乱暴に離した。
「もういい。勝手にしろ」
「秀隆……」
「被害者はお前らだ。清水を断ずる権利はお前らにある」
「秀隆だって脅迫されてたじゃないか」
「あんなもんは脅しの内に入らねえよ。――お前はお前のやりたいようにやりゃあいい」
「けど――」
「だけど忘れるな。お前の甘さは、いつかお前と、お前の大事な人を傷つける。せいぜい覚悟しておけよ」
「うん。分かった」
正直なところ、秀隆の言葉の真意は明久には分からなかった。秀隆が真剣だったから、それには応えなければと思った。
秀隆も短く笑うと、「先にシャワー浴びて寝るわ」と脱衣所を出た。
「待てよ」
出ようとしたところで、雄二が秀隆を呼び止める。
「お前、結局何がしたかったんだ?」
「別に。ただの賢しさ振りかざしたいバカが推理ごっこしただけだよ」
「とぼけるんじゃねえよ。お前が感情的になるなんてよほどだぞ。しかも明久絡みなんて――いったい何を考えてやがった?」
「買いかぶり過ぎだ。目の前で起きたことが全部だよ」
「またお前はそうやって――」
「雄二」
秀隆の肩を強引に掴む雄二の腕を翔子が取る。雄二は翔子を睨むが、翔子は黙って首を横に振った。もういい、というわけだ。
「ちっ」
雄二は舌打ちをすると秀隆の肩から腕を離す。秀隆は何も言わず、今度こそ脱衣所を後にした。
「秀隆」
「私が行くわ。アンタは吉井君を」
「しかし姉上」
「大丈夫よ。アイツもそんなヤワじゃないわ」
秀隆を追従しようとした秀吉を優子が止め、変わりに後を追っていった。
「木下姉も、何だかんだ秀隆よりだよな」
「…………阿吽の呼吸」
「お互いの考えていることが分かっている感じですよね」
「漫画に出てくる名コンビって感じです!」
皆口々に2人の関係性を褒めるが、秀吉は泣き笑いのような顔をする。
「秀吉?」
「……なんでもないのじゃ。それよりも良いのか明久よ」
「なにが?」
「清水のことに決まっておろう」
明久は本当に清水を許す気なのだろうか。
「うん。正直あまり関わり合いたくはないけど、今回のことは写真のデータさえ消してくれれば良いかなって。最初の目的はそれだったし」
「まあ、俺も音源を消しさえすれば後はどうでもいいからな。そこはお前に任せる」
「ありがとう。雄二」
「よせよ気持ち悪い」
雄二は本当に気持ち悪そうに肩を震わせた。
「しかし秀隆ではないが、お主の甘さも難儀な性格じゃな」
「…………お人好しが過ぎる」
「そのうち寸借詐欺にでも合いそうで心配です」
「そこは大丈夫だろ。どうせやらかして詐欺師が逃げていく」
「アレ? 褒められたつもりがバカにされてる?」
自然と湧き上がる笑い声。その輪の中心には、いつも彼がいた。どうしようもなくバカでお人好しで変態で――誰よりも優しくて他人のために怒れる人。それが自分が好きになった人だ。どうしようもなく好きなんだ。
「み、美波っ!?」
どうしようもなく感情が溢れてきて、美波は明久を後ろから抱きしめた。明久はそのままバックドロップを覚悟したが、美波は明久の背中に顔を埋めてギュッと抱きしめたまま。
「美波?」
「お願い。もう少しこのままでいさせて」
「あ、うん」
女の子からこんな風に抱きしめられたことがなかったので明久はどうすればいいか分からなかった。ただ背中に感じる美波の体温と、微かな膨らみに理性を抑えるので精一杯だった。
他のメンバーは「あとはお二人で」とばかりに連れ立って脱衣所を出た。瑞希は後ろ髪を引かれる思いだったが、ここは彼女に譲ることにした。
「ごめんね。アキ」
「だから美波が謝る必要ないって」
「それでも、ごめんなさい」
「困ったなあ」
明久は本当に困ったように腕を組んで考える。秀隆に啖呵を切ったものの、後先は考えていなかったのでこうなった時にどうすべきか本当に分からない。ただ思い詰めている美波を慰めたいだけなのに。
「……なんでアキはそんなに優しいの」
「え?」
「美春にあんなに酷いことされて、どうして許そうなんて思えるの? 私だって嫌われたっておかしくないのに」
「僕が美波を嫌う? そんなことあるわけないじゃないか」
「だって、美春が暴走したのはウチが原因だし」
「美波がそうしたわけでも、そうしたかったわけでもないでしょ? ていうか、僕だって覗きをしたんだから美波に嫌われたっておかしくないよ」
「そんなことない!」
思わず腕の力が強くなる。鳩尾を締め上げられて明久がうめき声を上げた。
「美波、苦しい……」
「あ、ごめん」
力が緩んで呼吸が楽になる。
「とにかく、ウチがアキを嫌いになることなんてないから! ――トモダチだし」
最後に煮えきらないのが美波のヘタレたるゆえんだが、明久がそんなことに気づくはずもなく、そのままの意味で受け取った。
「ありがとう。だったら、清水さんも嫌わないであげて。美波に嫌われちゃったら、悲しいと思うから」
「……分かった」
納得できたとは言い切れない。けど明久が許そうとしているのだ。だったら自分は明久を信じるだけだ。それが今自分にできる精一杯だ。
「ねえ、アキ」
「なに?」
「もしも、もしもね――ウチがアキのことをトモダチ以上に思っていたらどう思う」
「ええ!?」
明久の脳裏に、昨夜の美波の姿がよぎる。勘違いメールが発端とはいえ本当に浴衣姿で来たのだから、その気があるのではと想像もしたが、まさか本当に――
「そ、そうだったら……嬉しいかなって」
美波の身体がビクリと跳ねる。明久も自分でなにを言ってるんだと自らを罵りたくなる。そんな妄想は昨夜の内に払拭したはずだ。自惚れるのも大概にしないといけない。
耳まで真っ赤にした明久は、まともに美波の顔を見れるか今更不安になった。
美波は深呼吸すると、意を決した。
「アキ。このまま聞いて」
「う、うん」
「あのね、ウチ――ワタシはアキのことが――」
「それ以上はいけません!」
バァンと勢いよく脱衣所の扉が開かれ、瑞希が乱入してきた。瑞希はドスドスと足音を鳴らしながら2人に近づくと、明久から美波を引き剥がした。
「ちょっと瑞希! 邪魔しないでよ! せっかくいい雰囲気だったのに!」
「ダメです! 抜け駆けは協定違反ですよ!」
「瑞希だってアキとツーショット写真撮ったじゃない!」
「それとこれとは話が別です!」
喧々と喧嘩を始めた2人に、明久は美波が調子を取り戻したと勘違いをした。
「じゃあ美波も元気になったみたいだし、僕はもう行くね」
「あ、アキ、ちょっと待って!」
「ダメです! もう遅いんですからお風呂に入って寝ますよ! その前になにをしてたかちゃんと話してもらいますから!」
「聞き見立ててたんでしょ!」
「2人ともお休み。また明日ね」
「はい!」
「アキ待って!」
追いすがる美波を瑞希に任せて、明久も脱衣所を出た。脱衣所から美波の叫びが聞こえたような気がしたけど、きっと勘違いだろう。今日は補習もないからゆっくりお風呂に入ろうと、呑気に考える明久だった。
一方その頃、明久たちと別れた秀隆は、売店の自販機コーナーにいた。自販機から水を買うと、近くの長椅子にどっかりと腰を落とし、買ったペットボトルに口をつける。
「……」
一口だけ水を飲むと、封をして腰を曲げて俯いた。ペットボトルを握る両手に力が入る。
「なに燃え尽きてんのよ」
不意に声がかかるが、顔を上げはしなかった。おそらく来るだろうと思ったし、来なかったら来なかったでどうでもよかった。
「……風呂はいいのか?」
「後で入るわよ。なんなら部屋のシャワー浴びるわ」
優子はそう答えると、秀隆の横に座った。天井を見上げると、蛍光灯の灯りがチラチラとしている。
「作戦、失敗したわね」
「なに言ってやがる。真犯人が見つかったんだから成功だろうが」
「表向きはね」
上と下。お互いの顔を見ないまま会話は続く。
「どういう意味だ」
「アンタの本当の作戦は失敗したってんのよ」
「本当もなにも、清水に自白させるために一芝居うっただけじゃねえか」
「そうね。それで清水さんがどう出るかも考えた上でね」
さすがに、優子には誤魔化しは効かないようだ。
「アンタの本当の目的は清水さんを逆上させて攻撃させるとこ――反撃する口実を作ること。違う?」
「清水が攻撃したのは結果論だろ。そのまま大人しくお縄についたかもしれねえだろ」
「それならあんな回りくどいことしなくても十分じゃない。証拠集めて西村先生たちに報告して終わりよ」
「……」
「けどアンタはそうしなかった。証拠を集めた上で清水さんに暴露して言い逃れできない状況を造り出した。そうすれば、清水さんの性格からして逆上すると踏んだから」
「仮にそうだとして、なんの理があってそんなことするんだ」
「美波に清水さんの本性を突きつけるため。ひいては美波と清水さんの仲を引き裂くため。その結果彼女がどうなろうともね」
違う? と優子は俯く秀隆に問うた。秀隆は答える変わりに、上を向いてふうと息を吐く。
「一つ追加」
「なに?」
「俺は清水を殴り殺そうとした。少なくとも病院送りにはするつもりだった」
あまりにも自然に告げられる私刑宣告。それでも優子に驚いた様子はない。むしろ納得したようだ。
「やっぱりね。過剰とはいえ正当防衛の大義をアンタが逃すわけないもの」
「それも女将さんに止められちまったけどな」
もしあの時女将が清水にタックルをしていなかったら、清水がそのまま攻撃していたら、確実に秀隆は清水をどうにかしていた。女将は清水を取り押さえたのではなく、秀隆から救っていたのだ。
「女将さんも分かってたんじゃない?」
「だろうな」
でなければあのタイミングで割って入ってはこなかっただろう。
「吉井君たちを守るため?」
「別にそんなんじゃない。清水はノイズだった」
「ノイズ?」
「明久たちが平和に学園生活過ごすには清水は障害でしかない。だから排除しようとしたまでだ」
清水はなにかと美波につきまとい、明久を目の敵にしていた。今回の真犯人が清水と分かったときは内心歓喜したくらいだ。これで堂々と、清水を消すことができる。
「アンタだってやり過ぎじゃない」
「目には目を、悪意には悪意を、だ。明久には無理だからな。俺がやるしかねえよ」
例えどんな結末になろうとな、と秀隆は表情のない顔で言った。
「それ、吉井君たちに言った?」
「言えるわけねえだろ。アイツらは悪ぶれるが悪党にはなれない。全力で止めに来るさ」
「でしょうね。で、アンタは悪党になれるの?」
「もうなってんだよ」
もう選んだ道だ。今更変えることはできない。
「……呆れた。アンタも清水さんと同じじゃない」
「あ?」
「吉井君たちの気持ち無視して勝手にやって。本当に吉井君たちがそれを望んだの?」
「関係ねえ。俺がやるって決めたんだ」
「それでアンタが傷ついて悲しむのは吉井君なのよ?」
「んなわけねえだろ」
「そんなわけあるわよ。現に吉井君は美波が思い詰めたことに心を痛めた。だからアンタに反論したんじゃない」
「だから甘ったれるなって言ったんだ」
「甘ったれてるのはアンタでしょ。自分が傷つくと言っといて、吉井君の気持ちを考えもしない。吉井君の優しさに胡座をかいてるのはアンタの方よ」
「うるせえっ!」
ドン、と秀隆は壁を殴りつける。
「んなこたあ分かってんだよ。アイツのバカさ加減も、優しさも、どうしようもないくらいのお人好しだってことも」
「だから吉井君の邪魔になるものは排除するっての? とんだヤンデレ騎士ね。今時流行らないわよ」
「んなんじゃ、ねえよ」
「どこがよ。やってることがまるっきり清水さんと一緒じゃない。チンピラとインテリヤクザの差でしかないわ」
その例えはどうかと思うが妙にしっくりくる。
「……いい加減目を覚ましなさいよ」
「あん?」
「アンタは楽になりたいだけなのよ。自分の過去を吉井君を守ることで清算したいだけの、ただの言い訳よ」
「そんなことーー」
「じゃあ、なんで吉井君の反論に答えないのよ。私を言いくるめられないのよ。アンタだって本当は分かってるからでしょう」
「てめぇ……」
「アンタが月華凶刃? 笑わせないで。アンタは自分が傷つきたいだけの、ただの卑怯な臆病者よ!」
「優子っ!」
秀隆が握った拳を、優子は毅然と見据える。
「殴りたければ殴りなさい。それでアンタの気が済むなら、顔でもお腹でも差し出してあげるわ」
「お前……っ!」
「でも覚えておくことね。その拳で本当に殴っているのは、殴りたいのは誰なのかを」
毅然として自分を睨む優子の瞳に自分が映る。その顔のなんと情けないことか。
秀隆はもう一度拳を固く握るが、ふっと力なく腕を下ろした。
「……だよ」
「うん」
「お前の言うとおりだよ。俺は俺が傷つく理由が欲しいだけだよ。不幸になりたいだけだ」
壁に背を預け、ぐったりと項垂れる。そこにはいつもの秀隆の面影はない。
「バカね。アンタが不幸になって誰が喜ぶのよ」
「俺に幸せになる資格はねえ。だったら、ダチには幸せになって欲しいだろ」
「だからアンタが不幸になるって――ふざけるんじゃないわよ」
優子は立ち上がって秀隆の前に仁王立ちする。
「自分の幸せを願えない奴が、他人を幸せにできるわけないでしょうが」
「じゃあどうしろってんだよ。この汚れた手で、なにを掴めったんだよ!」
「掴む必要なんてないわよ」
身体の横に投げ出した秀隆の手を、優子は掴み上げる。
「アンタの手は私が掴む。アンタはただ握り返してればいいわ」
「お前、なに言ってるのか分かってんのか?」
「分かってるわよ。アンタの業は私も背負う。アンタだけ不幸になんてさせない」
「行き着く先は地獄かもしれねえぞ」
「上等よ。天国だろうと地獄だろう、とことん付き合ってあげるわ。というか付き合ってもらうわよ」
不敵に笑ってみせる優子。それにつられて、秀隆の口角も上がった。
「お前には敵わねえな」
「あら、今更気がついたの? 結構鈍いのね」
「そうらしいな」
秀隆は優子の手を取ったまま立ち上がると、そのまま優子を抱きしめた。
優子もそれを拒むことなく優しく抱き返す。
「ありがとうな」
「どういたしまして」
それだけ、交わすと2人は距離を離した。
「とりあえず、直近の地獄はコレの処罰か」
「それはそっちでどうにかしなさい」
「おいおい。付き合ってくれるんじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれよ」
「酷えなあおい」
悪態をつくが、その顔は笑っている。久しぶりに、穏やかに笑えた気がした。
――合宿明け――
「美波ちゃん、リリアさん、おはようございます」
「あ、瑞希おはよう」
「おはようございます!」
学園の門を3人でくぐる。一週間ぶりの学園に、何だかんだか懐かしさを感じる。
「明久君たちは、結局処分は免れませんでしたね」
「まあ、やったことがやったことだからね。仕方ないわね」
「報告を受けた学園長も驚いたみたいです」
「そりゃあ男子全員で覗きだもの」
「最初は明久君たちだけだったのに、段々と大事になってしまいましたね」
「美春も同じ初文で済んだみたい」
「よかったですね」
「まったく。アキはほんっとうにお人好しなんだから」
「それが明久君ですから」
「ですね!」
話しているうちに、Fクラスの教室前に着いた。
「じゃあ、今日から一週間は3人だけだけど、よろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「お願いします!」
初文通知
文月学園第二学年 男子生徒 総勢149名
同上 清水美春
上記の者たち全員を一週間の停学処分とする
文月学園学園長 藤堂カヲル
ご感想などお待ちしております。
次回は如月ハイランド編を予定しています。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない