微妙に長くなった如月ハイランド編もこれにて終幕です。
如月ハイランド編-5
「…………」
誰もいない部屋の片隅で、霧島翔子は蹲っていた。
膝をくの字に曲げて座り、その上で両腕を抱き、腕の交差点に額を乗せて俯く。
外の喧騒は、ゴウゴウと響くモーター音でかき消されているが、おそらく如月ハイランドのスタッフ、特にウェディング体験担当が、大慌てで自分を探していることは容易に想像できた。
「…………」
良くしてくれたスタッフに迷惑をかけるなど、高校生という年齢を加味したとしても、許されるようなことではないと分かっている。理解しているが――
「…………雄二…………」
今の気持ちを整理するには、あまりにも心が乱れている。こんなに動揺したのは、情けない気持ちになったのはいつ以来だろうか。
「……っ!」
気持ちが沈んでいると、嫌なことしか思いつかない。あのカップルの言った言葉。周囲の視線、こちらを見る雄二の視線。それらが全て、矢の様に突き刺さる感覚。絶望と悲しみがフラッシュバックされ、また涙が流れてきた。
「…………雄二…………」
こんな時でも、思い浮かべるのは、ライオンの鬣の様な赤い髪をした幼馴染の顔。ずっと好きだった、今でも大好きな彼の顔。けど、その彼にももう軽蔑されたかもしれない。嫌われたに違いない。自分が異常だったのだという現実を突きつけられ、翔子はもうどうすればいいか分からなくなっていた。
「…………」
ぎゅっと二の腕に爪が食い込むほど手に強く力を込める。いっそ消えてしまいたい。人魚姫のように、泡沫と消えてしまえればどれほど良かったか。
「……やっぱり、ここにいた」
「!」
不意に頭上から声がかかり、驚いて見上げると、目の前には呆れたように腰に手をあてたクラスメイトがいた。
「……優子? どうしてここに?」
「代表を探しに来たに決まってるでしょう」
ため息とともにそう告げると、優子は翔子の横に身体をねじ込むと、自分もちょこんと座った。
「……なに、してるの?」
「ちょっと休憩。代表探し回って疲れちゃった」
そう優子は微笑んだ。けど、それが嘘だとすぐに分った。生真面目な優子のことだから、本当に探し回ったなら必死で駆け回ったに違いない。だと言うのに額にすら汗ひとつかいていない。おそらく最初から当たりをつけていたのだろう。直感か誰かの入れ知恵かはしらないが。
親友にまで迷惑をかけてしまった。そう思うと、ますます気持ちが沈み込んで、顔を上げることができなくなった。
そんな意気消沈した翔子に、優子はなにも言わず、ただ2人でじっと座っていた。
そこからどれほど時間が経っただろう。10分か30分か1時間か、ひょっとしたら5分も経っていなかったか。時計の秒針とモーター音がやたら響く部屋の中で、翔子がポツリと零した。
「……私の夢、変だったのかな……」
蚊の鳴くようなか細い声。それでも優子の耳には慟哭のように聞こえた。
「……ずっと、雄二が好きだった。小学校の頃から、雄二しか見てなかった」
「だから、告白されても断っていたのよね」
そのせいで同性愛者の噂もたったが、それは根も葉もない噂だった。霧島翔子は、ただひとりの男性を愛し続けた一途な乙女だった。
「……だから、ずっと雄二と一緒に居たかった。雄二と一緒に学校に通って、勉強して。休みの日にはお出かけして」
いつになく饒舌に語る。それが感情の裏返しであることは手に取るように分った。
「……それがずっと続くと思ってた。大人になったら雄二と結婚して、子供を産んで、家族団欒で、おばあちゃんになるまでずっと一緒に」
ポツリポツリと語っていたのが、段々と熱を帯びてくる。
「……それが私の夢だった。何よりも代えがたい、小さな頃からの」
翔子が顔を上げて優子を見る。その顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
「……私、変だったのかな?」
目から一筋の涙が落ちる。
優子は翔子の涙を親指でそっと拭うと、「そうね」と一言。翔子はそれを肯定と捉えて怯んだ顔をしたが、それに構わず優子は言葉を続けた。
「……私ね、ケーキ屋さんだったの」
「?」
「小さい頃の夢」
なにを突然言い出すのかと、翔子は困惑した。
「あとお花屋さんと、バスガイド、ニュースキャスターでしょ。それから――お嫁さん」
「……優子?」
指折り数える優子。翔子はわけの分からぬまま、優子の話を聞くしかなかった。
「……けど、全部諦めちゃった。学年が上がっていくうちに、自分には無理だなって思うようになって」
優子は昔から賢い子だ。幼稚園や小学生の頃は、他の友だちと同じように、キラキラ仕事に憧れた。けど早い段階で、どんな仕事にもキラキラした面だけでなく、想像もつかないほどの苦労や暗い面があると知って、自分ではできない、なれないと悟ってしまった。
現実主義で達観したところのある優子らしいと翔子は思った。
「だから今は、夢って言える夢はないの。なんとなく大学に行って、就職してって、ありきたりな目標しかないの」
「……けど、優子らしい」
「……それ、皮肉?」
翔子は「うんうん」と首を横に振る。夢はないと言ったが、優子らしい地に足ついた目標だと思う。それに比べて自分の夢の、なんて浮ついたことか。
「……だから、代表の夢をステキだと思った」
「……」
「ずっと同じ夢を持ち続けるのは凄く大変なことで、それに向かって進むことはもっと大変だと思うから」
例えばプロ野球選手になることが夢だとする。その子は一生懸命練習に励んで、試合に出てまた練習して。
それでも、プロ野球選手になれるのは、全国に数多いる野球少年のほんの一握り。
才能の壁、怪我、その他理由で辞めていく、諦めていく。そんな中でも、プロになれなくても野球を続ける人もいる。
その人たちの多くがこぞってこう理由を述べるのだ――
「好きだから。たぶん、人が夢を見失わないのは、ずっと好きだから。夢そのものが、夢を追う自分が好きだから、ずっと好きでいられるんだと思う」
優子のみた夢はどれも憧れだった。好きになりきれなかった。逆に翔子はずっと好きで居続けた。後ろ指を指されたこともあっただろうに、ずっと見失わずにいられたのは、夢を、自分を、彼を好きで居続けたから。
「だから、私は代表の夢を応援する。あんな奴らに、他の誰かに何を言われたって、私は代表の味方よ」
「……優子」
翔子は改めて優子の顔を見る。優子は穏やかに笑って、胸の奥がじんわりと温かくなってくる。
今までは夢を語っても、おざなりに「応援してる」と言われるだけで、真剣に聞き入れてもらえることはなかった。
優子はそんな自分の夢を、真正面から受け止めて応援してくれると言ってくれた。お世辞でも打算でもなく、友だちとして。それがとても、嬉しかった。
「だから、皆の所に帰りましょう」
「……うん」
少しだけ勇気を貰って、翔子は差し出された手を取った。
「……けど、雄二は……」
雄二は果たして、こんな自分を受け入れてくれるのだろうか。
「坂本君が気になるの?」
「……うん。嫌われちゃったらどうしよう……」
一番気になるのは雄二の気持ち。幻滅されたか、嫌われでもしたら……。
「そんな心配はないと思うけど、気になるなら直接会って聞いてみたら?」
「……そんな……」
「案外、代表が思っているよりも、坂本君も平気ではないと思うわよ?」
「……え?」
優子の言葉の意味を問おうとしたら、優子に無理矢理立たされてしまう。そのまま引っ張られて、翔子は部屋から抜け出した。
「代表!」
「霧島さん! 」
部屋を出ると、扉のすぐ外でリリアとトレイズが待っていた。当然、2人とも心配そうな顔をしている。
「本当にココにいたんだ……」
トレイズが2人の奥、ドアに掲げられたプレートを見て呟いた。
―リネン室ー
ホテルや病院でシーツなどの寝具やタオルなどの洗面道具を収納・保管しておくための部屋。翔子が蹲っていたのも保管されているシーツ棚の隙間だった。
洗濯されたシーツの他にも、洗濯前のシーツもここに集められるため、白いウェディングドレスを着た翔子が隠れるのにはうってつけだった。
『霧島翔子さん!』
『ご無事で良かった!』
リリアとトレイズの後ろには、ウェディング体験のスタッフたちも心配そうに翔子を見ていたが、翔子が無事と分かり、ホッと安堵の表情を浮かべる。
『霧島翔子さん、先ほどは申し訳ありませんでした!』
「え?」
開口一番、スタッフのリーダー、ウェディング体験で司会を務めていた女性スタッフが翔子に深々と頭を下げた。
『手前どもの不手際で、霧島さんに不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした』
『申し訳ありませんでした!』
女性スタッフはチャペルでの出来事を、自分たちの責任だと言い再度謝罪の言葉とともに頭を下げた。それにならい他のスタッフたちも頭を下げる。
「……そんな、アナタたちのせいじゃ……」
『あのような人たちを排斥出来なかったのは私たちの責任です。本当に申し訳ありませんでした』
3度目の謝罪。翔子もどうしたらいいか分からず、困ったように優子に助けを求めた。
「代表も――霧島もアナタたちに不快な思いはしていません。悪いのは、ウェディング体験を台無しにしたあのカップルです。どうか頭をお上げください」
助け舟を出した優子の言葉で、スタッフたちは頭を上げた。表情は責任を感じて固いままだったが。
『よろしいのでしょうか?』
「……はい。私も、勝手に抜け出して、ご迷惑をかけて、すみませんでした」
『いえ、それこそ、霧島さんの気持ちを考えると当然です』
ウェディング体験担当のスタッフたちは、如月グループの思惑関係なく、ウェディング体験に参加したカップルには最高の体験をしてほしいと精一杯準備してきた。それを翔子も感じていて、だから感情的になって逃げ出したことを申し訳なく思っていた。
このままでは謝罪合戦になって埒が開かないので、優子がパンパンと手を叩き、その場を終息させた。
「とにかく、悪いのはあの2人。代表も如月グループも被害者よ」
「……うん」
『そう言っていただけると……』
こうなると、自然と矛先は例のカップルに向かう。
「けど、悔しいな。手出し出来ないなんて」
『本来であればお引き取りいただいて、今後出禁にするなどして対応するのですが』
「下手にネットにでも悪評を書き込まれたりしたから、目も当てられないわね」
『ええ。なので上でも対応に困っておりまして』
このご時世、ネットでの評判は口コミよりも早く広く広まっていく。人の噂も七十五日というが、一度インターネット掲示板に書かれた悪評は残り続ける。なのでクレーマーに厳正に対処しようとしても、かえって評判を落としてしまう危険性がある。
「くそっ!」
トレイズが悪態をつき、両手の拳同士をぶつける。リリアも悔しさで目に涙をたたえている。
「……まあ、あの2人に関してはもう大丈夫でしょけど」
「え?」
『どういうことですか?』
重い雰囲気の中でボソリと優子が呟いた。
「一言で言うなら、私たちには『悪魔』がついているってとこね」
その意味をすぐに理解できる者は、この場にはいなかった。
一方その頃、如月ハイランドの退場ゲートに、トボトボと向かう2つの影があった。
『イテテテ……っ』
『リュータ、大丈夫?』
影の正体は、今日一日(悪い意味で)話題に事欠かないヤンキーカップルの2人だ。
男の方は誰かに殴られたのか、顔に青痣をつくり痛みで顔をしかめている。女がそれを脇から支えて、2人して家路につこうと如月ハイランド外の駐車場に向かうところだった。
『あのクソガキ、今度会ったら覚えとけよコラ』
『うんうん。リュータ、今度こそボッコボコにしてやって!』
『当たり前だ!』
2人は怒りの収まらぬまま、自分たちを襲撃した花婿役へどう復讐するかをぶつくさと考えていた。
「おや。また会いましたね」
「あん?」
前から声がかかる。逆光で見えにくいが、2人の前を遮るように3つの人影が見えた。話かけたのは、その内の1つ。一番前に立つ人影だ。
「誰だ、テメエ?」
「もう忘れたのか? クイズで散々世話してやったのに」
丁寧そうに見えて小馬鹿にしたような物言いに、男が苛立っていると、
『……あっ! リュータ、こいつアレだよ! クイズの時にリュータに恥かかせたやつ!』
『あ! あの時のアフリカ野郎かっ!』
「アフリカ野郎って……」
その人影、神崎秀隆はカップルの覚え方に苦笑した。確かにアフリカに関する問題は出したが、これでは秀隆がアフリカの人みたいである。
『テメエのおかけでコッチは散々な目にあったんだぞコルァ!』
元はと言えば傍若無人に振る舞ったカップルのせいなのだが、そんなことは露とも思っていないヤンキー彼氏は、傷の痛みも忘れて秀隆に詰め寄った。
「んなこたぁ知らねえよ――と言いたいところだが、そうくるとおもって助っ人を用意しておいたぜ」
『助っ人ぉ?』
秀隆が少し横に逸れると、代わって後ろにいた2人が前に出た。
ひとりは如何にもインテリ風な眼鏡にスーツ姿の男性。もうひとりは薄くなった頭頂部にくたびれた背広の中年男性。
2人はカップルに近づく眼鏡の男性が名刺を、中年男性が手帳をカップルに見せつけた。
「はじめまして。私、如月グループの顧問弁護士をしております片岡と申します」
「この地域一帯を担当しとります、生活安全課の十川です」
2人はそれぞれ自分の名前と職を名乗った。眼鏡の男性が弁護士の片岡、中年男性が刑事の十川だ。
カップルが受け取った名刺には、弁護士とは縁遠い2人ですらCMで聞いたことのある法律事務所の名前が書いてあった。見せられた警察手帳も本物のようだ。
『弁護士と警察ぅ? なんでそんな奴らが俺たちに?』
『分かった! ワタシらが楽しめなかったから、弁護士が謝りに来たんだよ!』
『おお! そうだな。オレらオキャクサマが楽しめなかったのはそっちの落ち度だもんな! しゃあないから、入場料を一生タダにしてくれるっつうなら許してやってもいいぜ?』
『トーゼン、結婚式もね!』
勝手に話を進めるカップルに、一瞬眉をピクリとさせたが、片岡は無表情で沈黙を保った。
『んで警察はアレでしょ! あのオトコを逮捕しに来たんだよ!』
『そうだよな! なあ刑事さんよぅ。俺らさっき花婿役のオトコに殴られたんだよ!』
『これって立派なショーガイ事件だよね? 早くあのオトコを逮捕してよ!』
カップルは十川に傷を見せながら自分たちの被害を訴える。訴えられた十川は笑ったような怒っているような微妙な顔をして、
「その件については、後でゆっくり話を聞いて対処しましょう」
とだけ言った。自分たちの訴えが通ったと思ったカップルはまたも燥いでいた。
『アリガトよアフリカ野郎! オマエのおかげで得した気分だぜ!』
『気が向いたら結婚式に呼んであげるからねえ〜』
すっかり自分たちが優位に立ったと思っているカップルは、余裕の表情で笑っている。
そんな2人を、刑事と弁護士は冷ややかな眼で見て、秀隆は嗤って見ていた。
「そいつは良かった。じゃあ、地獄に堕ちようか」
『あん?』
『なに? どゆこと?』
秀隆の言った地獄を、2人はすぐに理解することとなる。
「この度、如月グループは、お二人を威力業務妨害と器物破損の被罪で提訴することといたしました」
『は?』
『え?』
謝罪があると思ったが、いきなり提訴すると言われてカップルは目が点になる。
「既に警察には被害届も提出済みです」
「こちらも同じく捜索中ですが、間違いなく起訴されるでしょうな」
『ち、ちょっと待てよ!』
淡々と事務的に話を進める2人を、ヤンキーカレシが止めに入った。
『なんでオレらが訴えられなきゃなんねえんだよ!?』
『そうよ! ワタシらなにも悪いことしてないでしょ!?』
「アナタたち、本気でそう思っているんですか?」
思い当たる節がないと言うカップルに、片岡は本気で呆れ返った。
「園内で大声で喚き散らす。他のお客様を威嚇したりスタッフに対する恐喝。挙句の果てには遊具を蹴るは殴るは……これで訴えられないと思う方がどうにかしている」
「私も防犯カメラを確認しましたけど、これほどあからさまなのは初めて見ましたよ」
「私も如月ハイランドから連絡があった時は耳を疑いました」
片岡も十川も、ここまで典型的なクレーマーは見たことがないと言う。
『お、オキャクサマはカミサマだろうが!』
「それはサービスを提供する側の心構えであって、享受する側の免罪符ではないのですよ」
『し、証拠はどこよ?』
「防犯カメラを確認したと言ったばかりですが?」
『プライバシーの侵害よ!』
「防犯カメラは文字通り防犯目的に設置されているので。そもそも露骨に見えるように設置してあるのによくこんな事できましたね?」
むしろ我々を挑発しているようだと、片岡も十川も言った。
「というわけで、本日は挨拶がてらお伺いしたまでで。後日正式に文書で通達いたしますので」
「まだ捜査中ですがアナタたちには余罪もありそうなので覚悟しておいてください」
冷淡に言っているが、内心怒りに震えているのが語気でわかる。如月グループとしては一大プロジェクトである如月ハイランドのプレオープンイベントが失敗寸前まで追い込まれたから当然といえる。
まさか自分たちが罪に問われるとは思ってもみなかったカップルは、呆然と立ち尽くした。
「くっくっくっ」
そんな2人の耳に、不快極まりない薄気味悪い笑い声が届く。
「残念だったなあ。結婚式を挙げれなくて」
『こんの、クソガキがぁっ!』
全ての元凶である秀隆を、ヤンキーカレシは力一杯に殴りつけた。殴られた勢いで秀隆は1メートルほど後ろに飛んで倒れた。
『はぁ……はぁ……っ……クソがっ! 思い知ったか!』
『きゃー! リュータかっこいい!』
諸悪の根源である
「あー!」
『!?』
叫び声で後ろを振り返ると、そこには自分たちと同じ、如月ハイランドのプレオープンイベント帰りの学生グループと思わしき男女がいた。
「殴った! 今男の人が誰か殴った!」
「はい! しっかり見ました!」
「ウチも!」
「ワシもじゃ!」
「…………俺も」
学生グループは口々に叫ぶと、何人かは携帯電話を取り出してカメラで写真を撮りだした。
『テメエら止めろ! 撮るんじゃねえ! 見せもんじゃねえぞゴラァ!』
『ちょっとなんなのよアンタたち! マジサイアクなんだけど!?』
カップルも慌てて撮影を止めようと両手を振りかざす。
「あーあ。やっちまったなぁ」
後ろからの声に背中がゾクリとする。そちらを見ると、今殴り飛ばした男がムクリと立ち上がっていた。
「よくもまあ、警察がいるのに、なあ?」
『あ?』
察した時には、もう遅い。
「はい。暴行の現行犯で逮捕ね」
十川が手錠をかけ、ガチャリと無情な音が響く。
『なっ!? こ、これは罠だ! オレたちはハメられたんだ!』
『そうよ! リュータはなにも悪くないし!』
「はいはい。話は警察署でゆっくり聞くからね」
十川はカップルの言い分に聞く耳を持たず、淡々と2人を連行していった。
「秀隆!」
学生グループ、明久たちが秀隆にかけよった。秀隆は殴られた頬を擦りながら、明久たちに笑ってみせる。
「大丈夫?」
「ああ。このくらい、霧島の痛みに比べたら屁でもねえ」
「だからといって無茶しすぎなのじゃ」
秀吉も心配で呆れ返っている。
「本当よ。いくら霧島さんのためだからって」
「別に霧島のためってわけじゃねえさ。アイツらがムカついた。それだけだ」
「素直じゃないんですね」
照れ隠しを指摘されて「ほっとけ」と秀隆はそっぽを向いた。
「ま、あとは警察と弁護士に任せるつてことで」
秀隆は片岡に向けてウィンクを投げた。投げつけられた片岡は、深いため息を吐いた。
「まったく。なんなんですか君は? いきなり事務所に連絡してきたと思ったらこんな小芝居まで」
「それで厄介クレーマーが片付いたんだからいいだろ?」
「あんな連中、防犯カメラの映像だけで十分なんですよ。下手に逃げられないように水面下で動くのが定石ですよ」
言外に余計なことをしやがってという意図が見え見えだった。明久は少しムッとした顔になったが、秀隆はケロッとしている。
「分かってますよ。コレは俺の自己満足。下手すりゃ犯罪の片棒をかついでいた
「理解しているのなら、これからはもっと賢く生きることです。……君たちも、余計な目に会いたくなければもう帰りなさい。アルバイト代は少し『色』をつけておきます」
写真は消すように、と念を押して片岡もその場を後にした。
「色?」
「上乗せしとくってことだろ。まあ、口止め料だな」
「なんか、やな感じの弁護士ね」
「弁護士も聖人君子じゃやってけないだろうしな」
美波はプンスカ文句をたれたが、秀隆は達観した感想を述べた。
「今日は迷惑かけたな。詫びに晩飯奢るわ」
「え! 本当? やった!」
「こらアキ! 調子に乗らないの!」
「私たちの分は自分で払いますから」
「姉上たちにも連絡して、皆で打ち上げと洒落込もうかの」
「…………賛成」
こうして、ドタバタと波乱に満ちた如月ハイランドでの一日が終わりをつげた。
―週明け―
「よう明久。如月ハイランドでは世話になったな」
「おはよう雄二。なんのことかは分からないけど、何かあったの?」
「……そうか。いや、お前がしらを切るならそれでもいい」
「あははは。さっきから変な雄二だな〜」
「……まあいい。ところで、お前にプレゼントがある」
「え? なに急に? どしたの?」
「今話題の恋愛映画のチケットだ。ちゃんと
「3人分? なんか中途半端だね? けど映画のチケットなんてもらっても――」
「因みになんだが、諸事情で一組しか隣同士にならなかった」
「それってひとりだけ離れるってこと? ならますます使い道が」
「じゃあ頑張れよ」
雄二は明久の手に無理矢理チケットを握らせると、明久の席から去った。
『あ、アキっ! そういえば、ウチ週末に映画が観たいって思ってたの――』
『あ、明久君! 私もちょうど観たい映画があって!』
『え? 2人とも目が怖いよ? それにこれは換金して今月の食費に――って待って! 無理矢理チケットを奪おうとしないで! 分かった! 一緒に行くからドサクサに紛れて服を取らないで!』
後ろからの予想通りの喧騒をBGMに、雄二は窓の外を見た。夏の気配を帯びた真っ白い雲が、ヴェールのように浮かんでいた。
ご感想などお待ちしております。
次回はまた3.5巻の内容でいくか、4巻に進むかは未定です。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない