バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回は喫茶店バイト回です。
3.5巻をベースにはしていますが原作と異なる内容となっています。
シリアス(?)展開が続いていたので息抜き回です。


閑話―バカと凶刃と喫茶店―

バカと凶刃と喫茶店

 

「なあお前ら、バイトに興味はないか?」

 

ある日の朝、登校したばかりの秀隆が明久たちにバイト話を持ちかけてきた。

 

「バイト? 怪しい仕事じゃないよね?」

 

明久が警戒して聞き直す。同級生だが中身インテリヤクザな秀隆のことだ、甘言で誘い出して儲けをピンハネするに違いない。

 

「んなわけあるかよ。俺のバイト先の喫茶店で短期のアルバイト募集してんだよ」

「秀隆のバイト先?」

「たしか、フランドールと言う店名の喫茶店じゃったかの?」

「ああ」

 

文月学園の近郊には人気の喫茶店がいくつかあり、その中でも良く話題に上がるのはケーキやクレープが美味しくて値段も手頃な『ラ・ペディス』と、秀隆のバイト先であり、本格的なサイフォンコーヒーや手作りケーキが味わえる『フランドール』。前者は主に中高校生の、後者は大学生や社会人の憩いの場として広く知られている。

 

「あの老夫婦がやってる喫茶店か」

「けどあそこって結構こじんまりしてたよね? バイトが必要なほど人手が足りないの?」

 

明久はどちらにも一度(美波や瑞希に連行されて)行ったことがある。その時の印象としては、ラ・ペディスの方はちょっとしたファミレスくらいの広さがあり、テーブルでは学生たちがお喋りに花を咲かせていた。一方フランドールの方はカウンター席といくつかのテーブルがあるだけの純喫茶といった感じでが数組の客がポツリポツリと読書したりパソコンをイジっていた記憶しかない。

 

「時間帯にもよるが、ランチタイムは結構混むんだよ。それに普段は娘さん夫婦と一緒に切り盛りしてるから、バイトも俺含めて数人が日替わりでやってる感じなんだ」

「と言うことは、その娘さん夫婦になにかあったの?」

 

家族経営している喫茶店の急な人手不足なら身内になにかあったからだろう。秀隆も明久の質問を肯定した。

 

「ああ。実は今その娘さんが妊娠中で、出産予定日が近いんだそうだ」

「え? そうなの?」

「それはめでたいのう」

 

てっきり事故か病気にでもなっていたのかと思っていた明久たちもほっと胸をなでおろす。

 

「妊娠中なら、店には出れないな」

「それで週末には郊外の病院に入院するらしくてな。それに旦那さんとマスターの奥さんもついて行くそうだ」

「なるほど。それで人手不足か」

 

娘さんはギリギリまで店に出ると言ったそうだが、マスターの奥さん(母親)の話に何が起こるか分からないと言われて早めに入院することにしたそうだ。

 

「出産はかなりメンタルが不安定になりやすいというからの。旦那さんや母親が居てくれたら心強いじゃろう」

「ああ。逆にマスターは働いていた方が落ち着くからギリギリまで店を開けるらしい。さすがに予定日前日からは閉めるらしいけど」

「…………それで短期のバイト」

 

事情は飲み込めた。あとは明久たちのやる気次第だ。

 

「どうだ? やるか?」

「そうだな……時間と時給はどれくらいだ?」

「朝10時〜夕方6時まで。時給1100円の日当で8800円相当。交通費支給。制服貸与。賄いあり。高校生以上未経験歓迎」

「高校生で未経験歓迎にしては破格だな」

 

コンビニやレストランのバイトだと時給900円以下も多い中1000円を超えるているのは学生にとってはありがたい。交通費や賄いが出るのも魅力的だ。

 

「秀隆もいつもそれくらい貰ってるの?」

「んなわけ。臨時手当込みの時給だよ」

「孫ができて浮かれているのかもしれないな」

 

マスターも初孫だから、無意識に浮ついているのかもしれない。

 

「かもな。それで、やるのか? やるなら連絡しとくが?」

「やるよ。ちょうど仕送りが心もとなかったんだ」

「また無駄遣いしたようじゃな」

「こ、今月は急な出費が多かったんだよ!」

 

ただしゲームや漫画である。

 

「俺も行こう。ちょうど入用の買い物をしたかったからありがたい」

「入用? 家電かなにか買うのか?」

「少し違う。自分の部屋に鍵をつけたいんだ……とびきり頑丈なやつを」

「また霧島に侵入されたのか……」

 

鍵付きの一人部屋を持つことは思春期の学生なら誰しも憧れることだが――雄二の様な特殊な理由はそうそうないだろう。

 

「秀吉と康太は?」

「…………カメラ代の足しになる」

「もちろん参加させてもらうぞい。演技の幅も広がるじゃろうし。恥ずかしながらワシも今月は物入りでの」

「なんだ秀吉も散財したんじゃないか」

 

さっきのお返しとばかりに明久が秀吉を笑う。

 

「珍しいな。優子はともかくお前が金欠になるなんて」

「いや姉上や明久のように漫画に費やしたのではなくて……携帯電話の修理代じゃ」

「あー」

 

恥ずかしそうに下を向いてボソリと呟く秀吉。秀隆は疑問符を浮かべたが、事態を理解した雄二は気まずそうに頷いた。

 

「それは、まあ、仕方ないな」

「うむ。あの後姉上にも親にもこっぴどく叱られてしもうての。立て替えてもらった修理代を工面せねばならんのじゃ」

「何かあったかは知らんが、とりあえず全員応募でいいな?」

 

全員が頷いたことを確認すると、秀隆は携帯電話を取り出してマスターに電話をかけた。

 

「あ、マスター。神崎です。例のバイトの件ですがーーはいーーはい。分かりました。ーー人数は4人で――はい分かりました。伝えておきます。はい。では失礼します。よしお前ら今日の放課後――ってなんて顔してんだ?」

 

電話を切って鞄にしまう。店側からの伝言を伝えようと明久たちの方を見ると、皆が驚いた顔をしていた。

 

「いや、お前ってそんな声と口調で喋れたんだな」

「よし分かった。思い知らせてやるから歯ぁ食いしばれ」

 

あわや大惨事となりかけたが、寸前のところで西村教諭が教室にはいってきたので明久たちは一命をとりとめた。

放課後。秀隆の紹介で面接を受けた明久たちは、全員採用となり土曜日の朝からの出勤になった。

 

土曜日。開店1時間前にやってきた明久たちを、喫茶フランドールのマスターは快く出迎えてくれた。

 

「せっかくの休みの日に急なお願いをしてごめんね」

「いえいえ」

「俺らもバイト探していたからありがたかったっす」

 

 

開口一番で申し訳無さそうに言われて、明久も慌てて首を横に振る。

 

「お役に立てるよう精一杯頑張らせてもらうのじゃ」

「…………頑張ります」

 

皆意気込みは十分なようで、マスターもホッとしていた。

 

「じゃあ制服を渡すから、ロッカールームで着替えて来てね。ちょっと狭いけど」

 

マスターが明久たちにクリーニングの袋に包まれたままの制服を渡す。通常時はバイトも少ないのでロッカールームの広さは大人が3人も入れば満杯になってしまうそうだ。

 

「なら順番に着替えようか」

「そうだな。俺はフロアの掃除があるから着替えたら来てくれ」

「ん。了解」

 

一足先に出勤して着替えも済ませていた秀隆は掃除道具入れからバケツとモップを取り出すとマスターと掃除に取りかかる。

先ずは明久と康太が入り、支給された制服に着替えるためにロッカールームに入った。

制服は所謂ギャルソンスタイルで、ワイシャツの上から黒いベストを羽織り、黒の前掛け風のエプロンを腰に巻く。最後に蝶ネクタイのピンを首元につければ完了だ。

 

「こうしてみると、僕らって喫茶店に縁があるね」

「…………清涼祭を思い出す」

 

清涼祭で明久たちはコスプレ喫茶を催した。あの時は模擬店だが今回は本物の喫茶店。勝手は違うだろうが、多少は経験が活かせるだろう。

 

「もしかして、秀隆が喫茶店をやろうって言ったのもバイトしてたからかな?」

「…………かもしれない」

 

面倒くさがりで抜け目ない秀隆の事だ。勝手の分からないオバケ屋敷みたいなものや興味の薄い展示より経験のある喫茶店で楽をしたかったのだろう。実際はキッチンとフロアの両方に割り当てられて全く楽できなかったが。

 

「お待たせ」

「…………待たせた」

 

軽く雑談をしている内に着替えも終わり、2人はロッカールームを出た。

 

「ははっ! 意外と似合うもんだな。それっぽいじゃないか」

「中々に男前じゃぞ」

「そ、そうかな?」

「…………照れくさい」

 

清涼祭ではコスプレ喫茶だったため、本物の喫茶店の制服はちょっと気取った感じがして恥ずかしさもあったが、そう言われると悪い気もしない。

 

「では、ワシらも着替えるとするかの」

「そうだな」

「あ、ちょっ――」

 

続いて雄二と秀吉がロッカールームに入る。慌てて明久が止めに入るが、間一髪間に合わずドアが閉まる。

 

「バカ雄二! なに堂々と秀吉と一緒に着替えようとしてるのさ!」

「…………万死に値する……っ!」

 

明久と康太がバンバンとドアを叩き抗議するが、雄二は聞く耳を持たない。

 

「なに言ってやがる。秀吉は男だろうが」

「そうじゃ。男同士が同じ部屋で着替えてもなんら問題はないのじゃ」

 

ロッカールームから少し嬉しそうな声がする。普段から他生徒はおろか教師陣からも『性別:秀吉』として扱われているので、雄二や秀隆のように男として扱ってくれる存在は秀吉にとってはありがたいのだ。明久たちにとってはそれどころではないが。

 

「……お前らなにしてんだよ」

 

騒ぎを聞きつけた秀隆がモップを片手に様子を見に来た。

 

「あ、秀隆っ! 雄二のやつが秀吉と一緒に着替えようとしてるんだ!」

「…………やつは協定に違反しているっ!」

「なんの協定だよ。んなこと言ったら俺なんてガキの頃に一緒に風呂入ったぞ」

「秀隆。今すぐ出頭しよう」

「…………今なら情状酌量の余地はある」

「人を犯罪者呼ばわりするんじゃねえ」

 

秀隆はモップの柄で明久と康太の頭をコツンと叩く。

 

「お前らがそういう扱いするから、秀吉が肩身の狭い思いをするんだろうが」

「だって……」

 

秀吉は二卵性とは思えないほど、姉の優子に瓜二つの美少女顔。知らない相手なら間違いなく女性と間違われる。だからこそ、秀隆はキチンと秀吉を男として扱っている。

 

「だいいち。雄二に『その気』があってみろ。今頃どうなってると思う?」

「え?」

 

明久と康太は顎に手を当てて雄二の未来を想像する。

 

「……樹海の奥……いや湖の底?」

「…………健康な臓器は高く売れる」

「テメエら勝手に俺の死体を処理するんじゃねえ」

 

勢いよくドアが開き、中から雄二が抗議してきた。既に着替えも終わっている。

 

「死ぬことは否定しないんだな」

「少なくとも五体満足とはいかねえよ」

 

悲しいかなそれが雄二の現実である。

 

「まったく。いつになったら明久はワシを男と認めるのじゃ?」

 

雄二の後ろから、秀吉が呆れた声で漏らした。こちらも着替えは終わっていた。

 

「やだなあ秀吉。そんな戸籍上の記録を鵜呑みにするなんて」

「事実としてワシは男じゃ!」

「はいはいそこまで。お前らも着替え終わったんなら掃除手伝え」

「へーい」 

 

秀隆はモップを明久に投げ渡し、着替えの終わった全員を連れてフロアに出た。

 

「やあ。サイズはどうだい?」

「問題ないです」

「そうかい。なら早速だけど掃除を頼むよ。坂本君と神崎君はモップがけ。他の人はテーブルを拭いておくれ。布巾はそこにあるから」

「分かりました」

「承知しましたのじゃ」

「うっす」

「…………了解」

 

そこからは開店前の掃除が始まり、掃除が終わったら軽く業務の説明をして、営業開始時間になった。

 

「じゃあ吉井君と木下君は接客を。坂本君と土屋君はキッチンをお願いします。神崎君は僕とカウンターね」

「「「「はい」」」」

 

ーカラン カランー

 

開店時刻になり、来客を知らせるドアベルが鳴る。

しばらくはモーニング目当ての客がチラホラと来ていたが、ランチタイムが近づくと一気に客足が増えてきた。

その間は秀隆もキッチンに入り、慌ただしく時間が過ぎていった。

 

「ありがとうございました!」

「また来るよ」

 

2時過ぎ。ランチタイムも一段落し、最後のお客さんも満足そうに店を後にした。

 

「とりあえず、一旦休憩にしようか」

「「「「はーい」」」」

 

マスターがドアの標識を『closed』に回して、束の間の休憩時間となった。明久たちは疲れからかどっとテーブルやカウンターに突っ伏す。

 

「疲れた〜」

「結構ハードだったな」

「量もそうじゃが密度も濃かったの」

「…………大変だった」

「お疲れ様」

 

マスターが水の入ったグラスを配る。すっかり喉が渇いていた明久たちは一気に飲み干して「くぅ〜」と一息つく。

 

「喫茶店ってこんなに大変なんだね」

「だな。てっきりグラス磨いてコーヒーやケーキ出すだけかと思ってたぞ」

「それ専門ならそうかもな」

「うちは一応モーニングやランチサービスもやってるからね」

 

少しばかり愚痴を漏らす明久と雄二にマスターも苦笑する。

 

「まあ僕も最初は君たちみたいに思ってたよ。始めて喫茶店で働いた時は目が回りそうだったなあ」

 

マスターも覚えがあるのか懐かしそうに笑った。

 

「やっぱりそういうもんなんっすね」

「そうだよ。どんな仕事でも、やってみないと分からない苦労や楽しみがあるものさ」

 

人生経験の豊富なマスターの言葉には実感がこもっている。

 

「ほらお前ら、メシだぞ」

 

と、そこにお盆を持った秀隆がキッチンからやってきた。お盆から湯気がたっているので、賄いの皿が乗っているようだ。

 

「待ってました!」

 

腹ペコの明久がいの一番に食いついた。

 

「お前が作ったのか」

「いつもは義理の息子が作ってるんだけどね」

「あ、そうか。今は奥さんに付き添っているから」

「そういうこと。ほれナポリタンだ」

 

テーブルに置かれた皿には、赤みの強いオレンジ色に染まったパスタ。具材も玉ねぎ、ピーマン、ウインナーの『喫茶店のナポリタン』だ。

 

「タバスコと粉チーズは好みでかけてくれ」

「いただきます!」

 

目の前に出された皿に、明久は勢いよく食いついた。マナーも関係なくズルズルと麺をすする。

 

「おい明久。もっと静かに食えよ。ケチャップが跳ねるだろ」

「ほへんほへん」

「食ってから喋れよ」

 

口の中のナポリタンをモゴモゴと咀嚼し飲み込む。口いっぱいにケチャップの甘みと酸味、バターの風味が広がる。ウインナーの油気、ピーマンの苦味、後からかけられた胡椒のピリ辛さもよいアクセントになっている。

 

「美味しい!」

「確かに美味いな」

「さすがじゃの」

「…………ちょっと嫉妬する」

 

口々に美味いと言う明久たちに微笑みながら、マスターも自分の分のナポリタンを一口すする。

 

「うん。美味しい。ちょっと味付け変えた?」

「パスタに少し焦げ目がつくように炒めてみました」

「ああ。ブルチャーティーっぽくしてみたのか。いいね。今度マネしてみようかな」

「あざっす」

 

腹ペコだった明久たちはすぐに食べ終わりおかわりまで所望したが、ティータイムの開店時刻が近づいて2杯目にはありつけなかった。

 

「いらっしゃいませってあれ?」

 

ティータイムの最初のお客さんは、よく知った顔ぶれだった。

 

「アキ、やっほ」

「来ちゃいました」

「こんにちは吉井君」

 

来店したのは美波、瑞希、優子の3人だ。3人とも(当然だが)私服で、手には大きな手提げカバンを持っていた。

 

「3人なんて珍しいね?」

 

この組み合わせなら、たいていもう1人いるはずなのだが。

 

「ああ。代表なら」

『……雄二。妻への隠し事は浮気の始まり』

『なんだ!? 居るはずのない翔子の声が聞こえるぞ!? 呪か!?』

「あそこに居るわ」

「なるほど」

 

いつの間にかキッチンに乱入して雄二を驚かせていた。一瞬で雄二の居場所を把握する嗅覚といい、姿どころか気配すら気取らせずに雄二の元に瞬間移動するのはさすがである。

 

『霧島。そっちは関係者以外立ち入り禁止だ』

『……大丈夫。私は雄二の妻だから関係者』

『なら大丈夫か』

『んなわけあるかっ!?』

 

雄二は翔子をキッチンから追いやると後始末を秀隆に投げつけた。仕方ないので秀隆も翔子を猫のように入り口まで連行する。

 

「優子。雄二から伝言」

「なにかしら?」

「『手綱を離すな』だと」

「『それはアナタの役割』って伝えといて」

「分かった」

『聞こえてんぞ!?』

「ほらほら店員さん。ぼーっとしてないで早く案内してくれる?」

「あ、うん。こちらへどうぞ」

 

少しSっ気を見せた美波にそそのかされ、明久はテーブルに4人を案内し、秀隆もカウンターに戻った。

 

「すみません。騒がしくて」

「いや、構わないよ。君たちくらいの年頃の子はあれくらい明るい方が見ていてこっちも気分がいいよ」

 

恐縮する秀隆にマスターもいやいや、と手を振る。

 

『それでは、ご注文をお伺いします』

『そうですねえ。……じゃあ明久君をテイクアウトで』

『あ、2人分ね』

『ゑ?』

『……私は雄二を店内で』

『お前は何をする気だ!?』

「今の子は大胆だねえ」

「っとにウチのバカどもがすみません!」

 

気を抜けばこれである。

 

「吉井君が困っているみたいだから行ってあげて」

「すんません。すぐ戻ります」

「あと午前で手作りチーズケーキは売り切れちゃったから、それも伝えておいて」

「分かりました」

 

秀隆が瑞希たちのテーブルに行くと、明久がどうしていいか分からずフリーズしていた。瑞希と美波はそんな明久を少し意地悪そうに眺めている。

 

「姫路。島田。今は営業中だから勘弁してくれ。」

「あ、すみません」

「ごめん」

 

明久の反応が面白くてついついからかってしまった。

 

「それに明久は賞味期限切れだ」

「キサマは僕が腐りかけだと言いたいのかっ!」

 

マスターに助けるよう言われたはずだったのに。

 

「なら食べ後ですね」

「姫路さん。君は僕をお肉か魚と勘違いしてない?」

「ふふ。冗談ですよ」

 

冗談と言われても。腐りかけと言われて良い気はしない。明久も抗議して唇を尖らせた。

 

「まあ、明久をからかうのは今は止してくれ」

「分かりました」

「今じゃなくても止めてね?」

「なお営業時間『後』の明久は自由にしていい」

「分かりました」

「そこは分からなくていいからね!?」

 

明久に安息の時間はないらしい。

 

「んでご注文は? 一応今はケーキセットのサービス中だが?」

 

秀隆がメニューにあるケーキセットを指さす。15時から17時までは800円から600円に割引されている。

 

「じゃあケーキセットにします」

「ウチも」

「……私も」

「私も」

 

全員が割引と聞いてケーキセットを注文した。

 

「あいよ。飲み物とケーキは?」

「おすすめはなんですか?」

「ここは手作りチーズケ――」

「あー悪い。おすすめは手作りチーズケーキなんだが今日はもう売り切れててないんだ」

「あ、そうなんだ……」

 

秀隆はちらりと優子を見やる。優子は一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。

 

「じゃあ私はショートケーキとミルクティーで」

「ウチは季節のフルーツタルトとアイスティー」

「……ガトーショコラ。飲み物はストレートティー」

「私はモンブランとレモンティーにするわ」

「OK。ショートケーキ、フルーツタルト、ガトーショコラにモンブラン。飲み物はミルクティー、アイスティー、ストレートにレモンな」

 

秀隆は素早くメモを取るとカウンターのマスターにオーダーを伝える。

 

「明久。ケーキ出すの手伝ってくれ」

「ん。了解」

「じゃあ明久君。頑張ってください」

「アキ。頑張りなさいよ」

「ありがとう2人とも」

 

笑顔でエールを送る2人に明久も笑顔で返す。青春だなあ、と秀隆は小さくひとりごちた 。

 

「ケーキはそっちのケースだ。俺はマスターと紅茶を淹れる」

「分かった」

 

明久がガラスケースから注文のあったケーキをひとつひとつ皿盛りつける。手作りケーキ以外は近くのケーキショプから仕入れたものでどれもかなり美味しそうだ。

 

「持っていっていいの?」

「ああ。すぐにポットも持っていく」

 

許可を得た明久は先にケーキの乗った皿を瑞希たちの前に出した。

 

「お待たせしました。ケーキセットのケーキです」

「ありがとうございます」

「ありがと、アキ。どれも美味しそうね!」

 

ケーキはどれもパティシエが腕をかけて作ったものだから見た目から美味しさが伝わってくる。

 

「ここのケーキは商店街でも評判なお店のケーキだから味は絶品よ」

「そうなんですか?」

「詳しいのね」

 

得意げに説明する優子に、瑞希と美波は疑問符を浮かべる。

 

「前に来た時にマスターに教えてもらったの」

「あ、そうなんですね」

「よく来るの?」

 

美波の質問に、優子は曖昧な笑みで返した。

 

「……少し怪しい」

 

翔子が優子の態度を訝しんでいると、

 

 

「よく来るどころか、常連だぞコイツ」

 

後ろから答えが飛んできた。秀隆が飲み物の入ったグラスとカップ、それに大きめのティーポットをお盆に乗せてきたのだ。

 

「常連? そんなに来るの?」

「ほぼ週一」

「だいぶってレベルじゃないわね」

 

3人から呆れ顔で睨まれる。優子は澄ました顔で水を飲んで誤魔化した。

 

「そうでもないわよ?」

「スタンプカードまで作っといてよく言うったぁっ!?」

 

余計な情報をバラした秀隆のお尻を優子が力一杯つける。あやうくカップから飲み物が溢れそうになった。

 

「ってぇな! 危ないだろ! こっちは飲み物持ってんだぞ!」

「アンタが余計なこと言うからよ」

 

つねってきた優子に文句を言いながら、秀隆は飲み物を配り、テーブルの真ん中にポットを置いた。

 

「ポットはおかわり用。マスターからのサービスだ。島田の分のカップも置いとく」

「本当? 悪いわね」

「ありがとうございます」

「……ありがとう」

 

瑞希たちはカップを磨いてるマスターにお礼を言い、マスターもそれに笑顔で頷いた。

 

「そういうわけだから、ゆっくりしていってくれ」

「はい」

 

秀隆はヒラヒラと手を振るとカウンターに戻った。

 

『それで、優子ちゃんはどうして通うようになったんですか?』

『……別に大した理由は……紅茶とケーキ、コーヒーが美味しいからで――』

『嘘ね』

『……優子。嘘はよくない』

『嘘じゃないわよ!』

 

「姫路さんたち、楽しそうだね」

「まあ、喧嘩してないなら別にいいさ」

 

質問攻めにあう優子をよそに、穏やかな時間が過ぎていった。

 

「今日はありがとうございました」

「ケーキと紅茶、すっごく美味しかったです!」

「……今度は雄二と2人でくる」

 

しばらくお喋りに興じて、よい時間になったため、瑞希たちはお開きにすることにした。レジで対応する明久にお礼を言いながら代金を支払う。

 

「ありがとうございました」

「明久君は次はいつバイトなんですか?」

「あ、僕は今日だけのバイトなんだ」

「なんだ、そうなの」

 

明久たちは臨時のバイトのため今日だけの出勤だ。それを知って瑞希と美波は少しがっかりした。

 

「吉井君さえよければ、またバイトに来てよ」

 

カウンターからマスターの声がかかる。

 

「いいんですか?」

「もちろん。他の子たちもいつでも来てくれていいからね」

「あざっす」

「それはありがたいのう」

「…………ありがたい」

 

マスターのありがたい誘いに、雄二たちも喜んだ。年頃の高校生はなにかと急な出費があるので、こういった短期のバイトを確保できるのは大きい。

 

「じゃあその時はまた遊びに来ますね」

「次は手作りケーキを食べてみたいわね」

「んじゃ、多めに焼いとくわ」

 

ケーキを食べたいと言った美波に、秀隆がさらりと応えた。その言葉に、瑞希たちの目が皿になる。

 

「え? 手作りケーキって神崎が焼いてるの?」

「たまにな。マスターたちにレシピ教わって焼く時もある」

「……なるほど」

 

瑞希たちの視線が優子に集中した。

 

「……なによ」

「いえ、別に」

「優子がスタンプカードまで作って通う理由が分かったわ」

「……優子も隅に置けない」

「だから違うって言ってるでしょ?」

 

全力で否定する優子に、秀吉が首を傾げる。

 

「はて? 姉上はよくカレンダーの土曜日に印をつけておったがまさか――あ、姉上! その関節はそっちには曲がらな――っ!」

「ふーん」

「へー」

「……優子も大胆」

 

瑞希たちが優子を見る目が厭らしくなる。

 

「だから違うわよ!」

「あ、姉上! 違うなら腕を離してほしいのじゃ!」

「止めろお前ら。他の客に迷惑だろうが」

 

秀隆が優子と秀吉を引き離し、秀吉は秀隆の背隠れた。

 

「まったく」

「ごめんなさい。それじゃあ、お暇しますね」

「あ、うん。皆また学園でね」

 

ドアを開ける瑞希たちを、明久は手を振って見送る。

 

「はい。明久君、また『後で』」

「アキ、また『後で』ね」

「……雄二、後で話を聞かせてもらう」

「秀吉。帰ったら覚えときなさい」

 

そう告げると瑞希たちはドアを潜った。

 

「……また後で?」

「秀隆。この店に裏口はあるか?」

「秀隆。今夜一晩泊めてほしいのじゃが」

「……諦めて覚悟決めとけ」

 

夏がこようとしているのに、背中に薄ら寒いものを感じる明久たちに、午後の日差しが眩しくつき刺さった。




ご感想などお待ちしております。

次回から原作第4巻の予定です。

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