バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回は暗殺(?)回です。


第六十二問

第六十二問

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。危ないところだった……」

「ま、まさか、鉄人が、あんなところに、いた、なんて……」

「ぜぇ、ぜぇ……。こっちは、テメェらの、せいで、とばっちりだぞ、クソが……」

 

おそらく、教室から明久たちの乱闘を見ていた誰かが先生に通報したのだろう。

明久たちはどこからともなく駆けつけた西村教諭により鎮圧され、死闘から鬼ごっこへと変更を余儀なくされた。

どうにかこうにかFクラスまで帰還した明久たちは息も絶え絶えでちゃぶ台に身体を預けていた。

 

「けど、まあ、これで一応目的は達成できたな」

「そうだな。鉄人が出てきたってことは、見ていた誰かが通報したってことだからな」

 

元々新校舎をうろついてたのは『Fクラスが暇そうにしている』ことをA〜Dクラスに印象付けるためだ。

実際、西村教諭がやって来るまでに窓や廊下にまで出て明久たちの死闘を見学している生徒が何人かいた。目的は達成できたと言えるだろう。

 

「そう言えば、さっき聞きそびれたんだけど」

 

息を調えた明久が秀隆に尋ねた。

 

「なんで姫路さん、あんな滅茶苦茶な料理になってるの?」

「そうだな。前は普通に出来ていたんだろ?」

 

議題は、やはり瑞希の謎料理だ。

 

「お前らが言ってるのは合宿の移動中の時のだろ?」

「そうだけど?」

「そん時姫路が言ってただろ。『母親と一緒に』作ったって」

「それがどうした? 火を使うから火加減を見てもらっただけだろ?」

 

高校生とはいえまだ子供。いくら普段からの手伝いで家事に慣れているとはいえ、火の取り扱いのある料理は一般的に大人の目が必要だ。明久も雄二もそう解釈していた。

 

「火の取り扱いもあるが、姫路の場合はそこじゃない」

「じゃあなんなの?」

「姫路の『悪癖』への監視だよ」

 

瑞希の悪癖。それは明久たちがさっき目の当たりにしたとんでも食材の投入だ。

 

「でもそれを克服したからあのお弁当ができたんじゃ……?」

「前に島田が言ってただろ。『油断してると目を離した隙に薬品を入れる』ってな」

「つまり、何か? 姫路は『誰かと一緒』だと普通に料理できるが、『ひとり』だと例のトンデモ料理スキルを発揮するってことか?」

「そういうことだ。その上誰かの監視下でしか料理できてなかったからフラストレーションが溜まってたんだな」

「それを雄二が本気を出して良いって言ったから」

「その言葉通り、全力を出し切ろうとしたんだな」

 

秀隆の予想に明久は「なるほど」と頷くと、

 

「どうしてくれるんだ! 雄二のせいでとんでもないことになったじゃないか!」

「すまん。まさかそこまでになってるとは思わなかった」

 

想定外の瑞希の料理に、雄二も素直に頭を下げた。

 

「まあ、姫路の料理が必要なら結果オーライじゃないか?」

「そうだな。あとはムッツリーニが上手く偽情報を流してくれていれば」

「…………ただいま」

 

ちょうどそこに康太が帰ってきた。

 

「お、戻ってきたか。偽情報はどうだムッツリーニ」

「…………首尾は上々」

 

淡々と成果を報告する康太。その姿は正にプロの仕事人のようだ。

 

「…………それで、次の仕事は?」

「ああ。今姫路が料理をしている。それが出来上がって戻ってきたら次の行動に移ろう」

 

明久たちが西村教諭から逃げ帰った時にはまだ瑞希は戻っていなかった。ゼリー作りに精を出しているのだろう。明久としては少しばかり手を抜いてほしい気持ちもあるが。

 

「そう言えば、わざわざ手料理なんて作ってもらってどうするの?」

 

明久は雄二から瑞希の料理が作戦に必要だと聞いているが、具体的にどう使うかは聞いていなかった。

 

「姫路の料理は暗殺用の武器だ」

 

瑞希が聞いたら泣き出しそうな理由だ。

 

「暗殺用? 誰を?」

「Bクラスの奴だ」

「Bクラスってことは根本君? けど、根本君が僕らの出したものを簡単に口にするかな? きっと凄く警戒していると思うよ?」

「下駄箱に小山の名前で入れとけばいけるだろ」

「いや、ターゲットは根本じゃない。今更根本を暗殺したところでBクラスは止まらないだろうしな。それに下駄箱に入れたとしても食べるのは下校してから。それだと遅すぎる。放課後に宣戦布告されたら終わりだ」

 

雄二は暗殺のターゲットは根本ではないと言う。また、Bクラスの点数補充のペースから逆算して放課後まで悠長に待つ時間もないとも判断していた。

 

「狙いはBクラスからDクラスに派遣される使者だ。おそらくBクラスはDクラスに同盟を申し込むはずだからな」

「なるほど。そのための偽情報か」

「同盟って?」

「ムッツリーニの偽情報でDクラスに狙われていると知ったら、Bクラスの連中はその対応をする必要があるだろう。その場合に考えられるのがBクラスとDクラスの同盟だ。使者を送るだけで戦争が回避できるなら、それに越したことはないからな」

「Dクラスは今朝の騒動である程度の補充試験を終わらせているからな。もとはFクラスと戦うためだったが、今はBクラスが偽情報を信じる理由に一役買っているってわけだ」

「…………BクラスがDクラスと同盟を結ぶ可能性は高い」

 

Bクラスとしても連戦は避けたいはずなので、Dクラスと同盟を結んでおけば少なくとも片方は抑えられる。あとは本命のFクラスに集中すれば良いだけだ。

 

「ってかなりマズイんじゃない? Dクラスに話をしに行かれたら『DクラスがBクラスを狙ってる』っていうのが偽情報だってバレちゃうじゃないか」

「だからこそ、その同盟を申し込みに行く使者を狙う。同盟に向かった使者が襲われたとなれば、Bクラスは間違いなくDクラスに敵意を向けるだろう。そうなれば同盟は成立しないし、連中の疑心は深まるはずだ」

「少なくとも、Dクラスも奴らの警戒対象になってこちらへの注意が薄れるはずだ。そうなったら俺らの作戦の成功率も上がる」

 

流石は雄二。卑劣な作戦を考える時の頭脳はAクラスをも凌駕する、と明久は内心思った。

 

「けど、暗殺のためならスタンガンとかでもよくない? わざわざ姫路さんの手料理を使わなくても」

「スタンガンだと悲鳴を上げられる。周りに気づかれるわけにはいかない」

「それこそ顔バレしたら意味がないからな」

「じゃあ口を手で押さえるとか、覆面するとか」

「アホか。自分も感電するだろうが」

「覆面なんかしてみろ。一発でウチだとバレるわ」

「でも」

 

明久はあの手この手で瑞希の料理を暗殺に使わせるのを阻止しようとするが、弁の立つ2人にことごとく言いくるめられてしまう。

 

「食い物を粗末にするな、と言いたい気持ちも分かるが、今回は場合が場合だ。大人しくBクラスの使者に馳走してやろう」

「まあ気にするな明久。姫路の料理にしたのは俺の趣味だ」

 

つまり、ついでに明久の苦しむ顔を拝んで楽しもうというわけだ。雄二がそんな外道めいた発言をしていると、

 

「え? 坂本君、私の料理が好きなんですが?」

 

ちょうど教室に戻ってきた瑞希に聞かれてしまった。

 

「ひ、ひめ、じ……?」

 

ギギギ、と油の切れたブリキの玩具のように首を回す雄二。

雄二の背後には両手に抱えるほどのゼリー飲料のパックを持った瑞希が居た。

 

「よかった。そう言ってもらえると嬉しいです。けど、霧島さんに聞かれたら怒られちゃいますよ?」

「は、はは、は……そう、だな……」

 

嬉しそうに微笑む瑞希と対称的に切なそうに笑う雄二。明久はそんな雄二を慰めるようにそっと肩に手を置き、

 

「ウェルカム(グッ)」

 

地獄に引きずり込んだ。

 

「テメェ、そのムカつくほどに爽やかな笑顔はなんだ……!」

「なんでもないよ? ただ雄二と一緒に姫路さんの手料理が食べれて嬉しいだけだよ?」

「そんな、嬉しいだなんて……」

 

明久の真意を知らない瑞希は嬉しそうに頬を染めて俯いた。

 

「とりあえず、ソレはもらっとくわ」

「あ、はい。どうぞ」

 

秀隆が瑞希から容器を受け取とる。「ほれ」

 

「っとと……。あ、ありがとう姫路さん。後で食べるね」

「お、俺も後で腹が減った時でも食べよう」

「…………感謝」

 

明久たちも絶妙な表情でソレを受け取る。

 

「いいえ。これくらいならお安いご用です」

 

瑞希の屈託のない笑顔が明久たちに眩しく光る。

願わくば、瑞希の料理の腕が少しでも上達するようにと明久は内なる神に願った。

 

「んじゃ、行くぞお前ら」

「了解」

「ん」

「…………分かった」

 

それぞれの武器を手に、明久たちは再びA〜Dクラスのある新校舎の3階へと向かった。

 

「来たな」

「わ。本当に出てきた」

「そうだな。どうやら俺の読みは当たっていたか」

 

Bクラスから死角になる階段の近くに身を潜めて観察していると、Bクラスから1人男子生徒が出てきた。

 

「1人っていうのも予想通りなの?」

「まぁな。連中は点数補充に忙しくて使者に人員を割けるわけがないからな。立場のなさを考慮しても、男子生徒1人で向かうのは予想通りだ」

「その使者ですら、やる気ないみたいだがな」

 

秀隆の言う通り、使者となった男子生徒はブツブツと文句を垂れながら歩いている。文句を言いながらも真っすぐにDクラスに向かっているのは一応上位クラスの生徒といったところか。

しかし、明久が周囲を見渡すと、大勢ではないがチラホラと人影や人集りが見える。この中ではたして暗殺など可能なのだろうか。BクラスとDクラスの距離は決して長いものではない。数分とかからぬ内に使者は目的地に到達するだろう。

 

「雄二、大丈夫なの?」

 

明久が不安げに雄二に問う。Dクラスまではあと3メートルを切ろうとしていた。

 

「大丈夫だ。ムッツリーニを信じろ」

「けど、もう距離が」

 

Dクラスまであと1メートル、というところで、明久の目の前を何かが通過した。通過したその何かはカッという鋭い音を立てて廊下の壁に突き刺さった。

 

「え?」

 

明久が目を凝らして音のした方を見ると、壁にカッターナイフが刺さっていた。それだけでなく、カッターナイフの先には1枚の紙のようなものが貫かれている。

 

「あれは?」

「康太の仕業だな。形を変えた矢文ってところか」

『なんだ、アレ……?』

 

その矢文に気がついた生徒が1人2人と壁に近づいていく。

 

『先に何か貼ってあるな』

『何かの写真、かしら……?』

 

写真を中心に人集りが出来る。その最後尾に、例の使者の姿もあった。

元々使者の役目に乗り気でなかったところにこの矢文騒ぎだ。ちょっとだけという好奇心で首を突っ込んでしまった。彼はこれから『好奇心は猫を殺す』と言うイギリスの諺を体感することとなる。

 

『…………(ススッ)』

 

その男子生徒の背後に音もなく忍び寄る康太。周囲はカッターナイフと写真に集中しているので、康太の動きに気づく者はいない。当然、Bクラス使者も。

 

「…………(ガッ)」

『――っっっ!!!』

 

使者の男子生徒が暢気に写真を覗き見ようと背伸びをしていたところを、康太は後から羽交い締めにして手で口を塞ぐ。突然の事態に使者も目を白黒させて驚くしかなかった。

そして、康太の手には凶器――瑞希特製のゼリー。

 

「…………(グッ)」

「――っ! ――っ!」

 

指の隙間から使者の口へとその劇薬を流し込む。

その強烈な味に、拒絶反応を起こす使者。これ以上は侵入させまいと抵抗する。

皆が写真に集中する中、その背後では命を賭した静かな攻防戦が繰り広げられていた。

 

「ムッツリーニ、大丈夫かな?」

「康太ならヤれるさ」

 

明久たちが固唾をのんで見守る中、ついに決着の時が来た。

 

――ゴクリ――

 

明久たちのいる場所からも聞こえるほどの嚥下の音。ついに使者はその毒を飲んでしまった。

 

『か……は……っ!! きさ……ま……ムッツ……』

「…………(ググッ)」

 

末期の寸前に憎しみのこもった視線を向けてくる使者に対し、康太は無慈悲にもパックの残りを更に流し込む。

使者の身体が一度ビクッと跳ね上がった後――そのまま動かなくなった。

 

「…………任務完了」

 

使者の男子生徒の死体(まだ死んでない)を担ぎ康太が明久たちの待つ階段までやって来た。

 

「流石はムッツリーニだ。惚れ惚れする手際だった」

「…………この程度、何の自慢にもならない」

 

雄二の賞賛に対しても眉ひとつ動かさない。康太にとっては、この程度の暗殺など本当に造作もないのだろう。

康太はそのまま男子生徒の遺体(まだ死んでない)をDクラスからは見えず、Bクラスからは見える位置に押し込んだ。

 

「…………これでBクラスが最初に見つけるはず」

「なら、バレない内に早いとこずらかるか」

「そうだな。もうここに用はない。教室に戻るぞ」

「了解。次の手を考えないとね」

 

明久たちは何事もなかったかのようにFクラスの教室に帰還した。

 

『なあ、このメイド服の娘、結構可愛くないか?』

『そうだな。でもなんかFクラスのバカに似ている気がしないか?』

『まあ、私はそれならそれでも良いと思うわ。可愛いし』

 

廊下で交わされる会話に、明久が気づくことはなかった。

 

暗殺を終えて様子をみることしばらく。時刻は6限目の途中。康太の情報によると、Bクラスは雄二の思惑通り、疑心暗鬼に陥っているようだ。

 

「これで時間稼ぎには成功したのかな?」

 

現在もFクラスの授業は自習となっているため、明久たちは雄二のちゃぶ台に集まって作戦会議を進めていた。

 

「そう長い時間は無理だが、明日くらいまでは稼げるはずだ」

意識を失ったBクラスの使者が目を覚ますのは早くても放課後。それまでは暗殺の黒幕がFクラスだとばれることはないが、明日になれば真犯人の情報が根本にも共有され、Bクラスは改めてDクラスに事情を確認しに行くだろう。暗殺が通用しないような大人数で。

 

「タイムリミットは今日一杯。正確には下校時間まで。それまでに清水を挑発し明日の朝一番でDクラスに宣戦布告させれれば作戦成功だ」

 

再度雄二が作戦の目的を確認する。例えBクラスの時間を稼いでも、DクラスがFクラスに宣戦布告しなければ意味がない。

つまり、現時点での懸念点は、

 

「あとは上手いこと清水を挑発するだけ、だな」

 

Dクラスとの交渉は放課後に旧校舎2階の空き教室。そこで清水を挑発し、Dクラスに開戦の宣言をさせなければならない。

 

「秀吉。島田は説得できたのか?」

「うむ。最初は渋っておったが、何とかDクラスとの交渉に付き合ってくれるそうじゃ」

「そっか。良かった」

 

正直断られるかとも思ったが、これでFクラス側の問題は解決した。

 

「それより雄二よ。Dクラスを開戦に踏み切らせる作戦はあるのかの?」

「もちろんだ。とっておきの作戦がある」

 

秀吉の疑問に大きく頷く雄二。今回の作戦は雄二もかなり自信があるようだ。

 

「ただし、明久は余計な口を挟むなよ。一応お前と島田がいないと挑発にならないから連れて行くが、下手なことを言われると取り返しのつかないことになるからな」

「分かってるよ。その辺は全部雄二に任せるよ」

 

演技の時で反省したのか、明久も雄二の指示を大人しく聞いた。

 

「俺は交渉の場に居ないほうがいいか?」

「ああ。お前は明久と違って余計なことを言わないだろうが、挑発しすぎて余計ややこしくなるからな」

「ん。了解」

 

清水を毛嫌いしていり秀隆が交渉の場に着こうものなら、余計に話が拗れて開戦云々ではなくなりそうだ。

 

「…………ひとつ、気になることが」

 

近くで何かの機械を弄っていた康太が口を開いた。

 

「どうした、ムッツリーニ。なにかあったのか?」

「…………根本がAクラスに何かの情報を流していた」

「根本がAクラスに? いったい何の情報だ?」

「…………そこまでは分からなかった」

 

康太の情報に雄二と秀隆が眉をひそめる。Bクラスがいったい何の情報を流したというのだろうか。しかも代表の根本自らAクラスに赴いてまで。

 

「妙だな。Dクラスの動向が気になっている現状でAクラスを巻き込んで何をしようっていうんだ?」

「仮に巻き込めたとしても膠着状態が続くだけだ。しかも康太すら掴んでない情報をどうやってBクラスが?」

 

雄二と秀隆がBクラスの意図を探ろうと頭を捻っていると、

 

――パンッ――

 

大きな音を立てて、Fクラスのドアが勢いよく開かれた。

 

「……雄二……っ!」

 

ドアの向こうにいたのは翔子だった。いつも表情を変えずクールで落ち着いているはずの彼女が、今はひどく焦っている様子だった。

 

「翔子? そんなに慌ててどうした?」

「……どうした、じゃない。……雄二こそ、どうしてまだ学校にいるの……!」

「どうてもなにも、まだ授業中だぞ?」

 

当然の疑問を呈する雄二に、翔子は少し苛立っているようだ。

 

「……お義母さんが倒れたっていうのに、どうして様子を見に行かないの……っ!」

 

どうやら翔子は雄二の母親が倒れたことを伝えに来たようだ。

 

「はぁ? あのおふくろが? 風邪ひとつ引かない全身健康体だぞ?」

 

明久たちも、雄二の母親が病弱だとは聞いていないし、むしろ健康体過ぎると雄二から愚痴を聞くほどだ。

 

「おい待て霧島。その情報どこか――」

「……いいから早く、家に……」

「お、おいっ! ちょと待て! 俺は今から大事な作戦が――」

「今はそんなこと言ってる場合じゃない!」

 

普段からは考えられない翔子の怒声に、明久の背筋が思わず伸びる。驚いたのは明久だけでなく、Fクラス中の視線が翔子と雄二に向いていた。

 

「だから待て翔子! 何かがおかしい! どうして俺より先にお前が」

「いいからっ!」

「翔子、落ち着――」

「待て霧島! 話を――」

 

雄二の抵抗にも秀隆の声にも耳を傾けず、翔子は強引に雄二を引っ張って行った。

 

「「「「…………」」」」

 

連れ去られて行く雄二を、明久たちは呆然として見送ることしかできなかった。

 

「…………今の話は、おかしい」

「ああ。絶対に裏がある」

 

ボソリと呟いた康太に秀隆が同意した。

 

「え? おかしいってどこが?」

「家族の誰かが急病とかで倒れたら、先ず身内に話がいくだろ」

「あ、そうか。お母さんが倒れたなら雄二が知らないはずないもんね」

 

いくら翔子が雄二の嫁(自称)だとしても、身内の不幸は真っ先に雄二に届くはずだ。翔子が雄二より先に聞いているのはあり得ない。

 

「雄二に連絡がつかなかったのじゃろうか?」

「んなわけねぇだろ。出席取ってんだから学校側も雄二がまだ校内にいることは把握できていたはずだ」

「校内放送で呼べば良いだけだもんね」

「…………鉄人もいる」

 

雄二が学校をサボって校外に出ていたならともかく、そうでなければ校内放送か、西村教諭を派遣すれば済む話だ。

たが、そんな校内放送も、西村教諭が怒鳴り込んでくることも一切なかった。

 

「つまり、これは根本の罠だっ!」

「え!? じゃあさっきの根本君がAクラスに流した情報つて!」

「…………雄二の母親が倒れたという偽情報」

「なんじゃと!?」

 

秀吉がガタンとちゃぶ台に両手を叩きつける。

 

「クソったれがっ!」

 

この事態は想定外だったのか、秀隆も苦虫を噛み潰したような顔で悪態をついた。

 

「根本君の目的は霧島さんを使っての雄二の無力化? でもなんでこのタイミングで?」

 

もし雄二を無力化する必要があったのなら、もっと前からできていたはずだ。それがなぜ今になって。

 

「ねえ! 代表来なかったっ!?」

 

と、開け放たれたままのドアから顔を覗かせたのは優子。彼女も霧島同様に慌てていた。

 

「優子か。霧島ならさっき雄二を引っ張ってどっか――いや、雄二の家に行ったぞ」

「坂本君の? なんで?」

「雄二のお母さんが倒れたっていう情報を聞いたみたいで」

「坂本君のお母さんが? けどそれなら最初に坂本君に話がいかない?」

「そうなんだけど――」

 

事情を説明しようと口を開いた明久を、秀隆が手で制した。秀隆はそのまま明久にだけ分かるように廊下に視線を送る。

明久が目だけでその視線の先を追うと、物陰からこちらの様子を覗う人影があった。

 

「…………たぶん手違いだ。それより、どうしてお前はここに?」

「どうしてって……さっきBクラスの代表がウチの代表に用があるって言いって、少し話した後代表が血相を変えて教室を飛び出して行ったから」

「そうか」

 

これで秀隆たちの予想が当たっていたことが証明された。

 

「いったい何だって言うのよ」

「それは俺らにも分からん。けど、お前は早く自分の教室に戻ったほうがいい。もうすぐ終わるとはいえまだ授業中だ」

「……そうね。お邪魔したわね」

「気にしないで。こっちも突然のことで何も分からないんだから」

 

渋々帰っていく優子を見送った後、康太が素早く廊下側の窓に移動する。廊下の様子をしばらく見て、静かに頷いた。

 

「今の生徒って」

「Bクラスだな。たぶん、作戦が成功したか確認しに来てたんだろ」

「しかし、今更霧島を使って雄二を学校から追い出して何をする気なのじゃ?」

「まさか、僕らの作戦がバレていた、とか?」

「…………そんなはずはない」

 

作戦は伝達も最小限で秘密裏に速やかに実行された。Bクラス含め外部に漏洩した可能性は極めて低い。

 

「バレてはいないだろうな。けど、勘ぐられてた可能性はある」

「どういうこと?」

「根本からしたら、Dクラスの行動は『でき過ぎ』てたんだよ」

「でき過ぎているじゃと? 不自然じゃった、とでもいうのかの?」

「そうだ」

 

秀吉の疑問に、秀隆は悔しそうに頷いた。

 

「根本からしたら、状況があまりにもFクラスに有利すぎる。裏で糸を引いている可能性は考えたはずだ」

「けど、僕らの作戦はバレてないんだよね?」

「…………任務は完璧に遂行した」

「俺らからしたらな。けど、奴からしたら全てのタイミングが良すぎたんだ。こっちが密かに何らかの行動を起こしていると思っていてもおかしくはない」

「しかし、それならなぜ宣戦布告しなかったのじゃ?」

「根本が言っていた宣戦布告の条件のひとつは『FクラスがBクラスの意図に気づいたから』だ。根本の権威が地に落ちた今、確証もなしに宣戦布告はできなかったんだろう」

「けど、それと霧島さんに雄二を連行させたのがどう繋がるの?」

「確証がない以上宣戦布告はできない。けど俺たちが関与している可能性は捨て置けない。だから雄二を追い出したんだ。FクラスとDクラスが共謀していようがいまいが、雄二さえ退かせばFクラスは動けないって判断だろう」

 

実際今そうなってしまっている。徹底して身を潜めた結果が、皮肉にも根本の警戒心を煽り過ぎてしまったのだ。

 

「それで、霧島さんを」

「雄二を退場させるには、本人に何かするより霧島を使った方が手っ取り早いってことだ。実際そうだしな」

 

明久たちほど雄二と翔子の関係性を知らなくても、2人の噂くらいは根本も耳にしていたはずだ。今回はそれを利用されたということだ。

 

「まんまとしてやられたというわけじゃな」

「…………卑劣」

 

明久たちの口の端にも悔しさが滲み出る。

 

「奴の警戒心の強さを甘くみていた。すまねえ」

「秀隆のせいじゃないよ」

「そうじゃ。これはワシら全員の責任じゃ」

「…………気にすることはない」

 

頭を下げる秀隆を、明久たちは慰める。

 

「しかし、Dクラスとの交渉はどうするかのぅ」

「交渉内容は全部雄二に任せっきりだったからね。ムッツリーニは何か聞いてないの?」

「…………(フルフル)」

 

誰も雄二から作戦の容貌を聞けてはいなかった。

 

「まさか、情報管理を徹底したのが裏目に出るなんて」

「どうするのじゃ?」

「……俺が行くしかないだろう」

 

雄二が退場した以上、作戦指揮の後を引き継げるのは同じように奸計を巡らせるのが得意な秀隆しかいない。

 

「清水相手に大丈夫かの?」

「そこは上手くやるさ。雄二がどう清水を挑発する気だったかは分かんねえが、何をやろうとしたかは大体予想がつく」

「いや、心配なのは清水の身の安全の方なのじゃが……」

 

ともかく、雄二が強制退場させられた今、もう雄二抜きで作戦を進めるしかないのだ。

明久たちは一抹の不安を覚えながらも、放課後を待った。




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