バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回もオリジナルシーンです。シリアス(重め)な展開が続きますがもう少しお付き合い願います。


第六十四問

第六十四問

 

秀隆たちが校内を探し回っていた頃、美波は街中をひとりポツポツと歩いていた。

「…………」

 

俯いて亡者の様に彷徨う美波。大分傾いてきた西日も相まって、彼女の影をより濃くしたいた。

 

「……はぁ」

 

もう何度目かも分からぬ深いため息。いくら後悔してももう遅い。羞恥と悔恨。美波の胸中に渦巻くのはこの2つのみ。

 

――チリン! チリン!――

 

「ひっ!」

 

背後から聞こえた自転車の呼び鈴に慌てて横に飛び退く。

避けた先の、パチンコの看板から隠れた形で道を覗うと、気の抜けた表情の警察官が、あくびをしながら自転車で通り過ぎていった。

 

「ほっ……」

 

自転車が見えなくなったのを確認してホッと一息つく。

当然ではあるが、美波は別に犯罪を犯しているわけではない。ただ、今自分が抱えている後ろめたさが、自分が咎人であるかのように錯覚させていた。それほど、美波の神経はすり減っていた。

 

「なにやってるのよ?」

「ひゃぁっ!」

 

急に後ろから声をかけられて、美波は飛び上がって驚いた。

 

「ゆ、優子?」

 

恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは優子だった。

 

「こ、こんなところで何をしてるの?」

「何って、買い物帰りだけど? というかそれ私の質問なんだけど?」

 

優子は手に持った紙袋を見せる。ガサッという音からして、そこそに重量のあるものらしい。

 

「う、ウチは……別に……」

「ふ〜ん。別に、ねぇ」

 

優子がジロジロと無遠慮な視線を美波に向ける。その目線が段々と下に下がっていく。

 

「制服なのにカバンも持たず、オマケに靴は上履きのまま。それで別に、ねぇ」

「あぅ……」

 

美波が捨てられた子犬のような涙目になる。

秀隆によると、優子も今朝の騒ぎは知っているようだが、その後美波たちがどうなったかまでは知らないはずだ。まして、今の美波の心境など。

美波が状況を説明できずオロオロとしていると、

 

「はぁ。まぁ、いいわ。それより、今時間あるわね」

「え?」

 

優子は決めつけるように言うと、美波の手を掴んでスタスタと歩き出した。

 

「ち、ちょっと優子! どこ行くのよ!?」

「ちょっと付き合いなさい」

 

美波の静止も返答も聞かず、有無を言わせず、優子は目的地に美波を引っ張っていった。

 

「マスター、ごっそさん」

「まいどあり」

 

いつも閉店間際まで居座る常連客を見送り、喫茶フランドールのマスターはグッと肩を揉んだ。

この間初孫が産まれたばかりのマスターは、己の老いに辟易しながらも、労働の後の心地よい疲労感に浸っていた。

 

「こんにちは」

「……こん、にち、は……」

 

と、そこにドアベルを鳴らしながら入店してきたのは、優子と美波。優子はいつもの様子だが、美波は伏し目がちでオドオドしている。

マスターは日が沈もうとしている時間の来客、しかも女子高生2人、に目を見開いた。

 

「優子ちゃん? どうしたの?」

「ごめんなさい。2人いいかしら?」

「こんな時間にかい?」

 

部活か塾などの用事でもない限り、本来なら家に帰っているはずの時間である。優子は紙袋をかかえているから買い物帰りだとしても、美波の方は……。

 

「優子、やっぱり……」

 

美波が優子の袖を引っ張る。優子は美波に「大丈夫よ」と優しく微笑むと。マスターに尋ねた。

 

「席、座っても?」

「あ、ああ。構わないけど……」

 

しかし、ラストオーダーの時間はとうに過ぎている。それは優子も承知のはず。

 

「……ちょっと待ってて」

 

マスターはエプロンを脱ぐと、店のドアを開け、かけてあった『OPEN』の看板を『CLOSED』にひっくり返した。

 

「これでよし、と」

「いいんですか?」

「さっき最後のお客も帰ったからね。どうせ後は閉めるだけだしね」

 

マスターは茶目っ気たっぷりに優子と美波ウィンクひとつ。

つまり、ここからはマスターのプライベートな時間というわけだ。

 

「コーヒー? 紅茶?」

「紅茶で」

「オーケー。じゃあ、適当な所に座ってて」

 

マスターはオーダーを聞くと茶葉の入った缶を開ける。

 

「私、先にお手洗いに行ってくるから先に座ってて」

「え? あ、うん……」

 

優子は言うだけ言うとカバンを持ったままトイレに向かう。「逃げないでよ?」

 

釘を刺すことを忘れなかった。

 

「…………」

 

美波がどうしたらいいのか分からず立ち尽くしていると、

 

「島田さん、だったよね?」

「は、はいっ!」

「そこの窓際の席、さっきテーブル拭いたばっかりだから使っていいよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

少し大げさにお礼を告げる美波に、マスターは軽く手を振って答えた。

 

「お待たせ」

 

トイレを済ませ、優子が美波の正面に座る。

美波は相変わらず俯いたまま。優子はまたため息を吐く。

 

「それで、吉井君と何があったの?」

「え!? な、なんでそう思うのよ?」

「美波が思い詰めるほどのことなんて、大体が吉井君絡みでしょ?」

 

図星を突かれ、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうなくらい真っ赤になる。

それを見て、優子が少し吹き出した。

 

「ちょっと! 笑わないでよ!」

「ごめんごめん。美波ったら分かりやすいからつい」

「もう……っ!」

 

唇を尖らせて抗議する美波。だがそれも一瞬のことで、また表情が暗くなる。

 

「お待たせ」

 

と、そこにマスターが紅茶のカップとティーポットを持ってやってきた。

カップには既に紅茶が注いであり、ポットの蒸気口からも湯気が覗いていた。

 

「はい。これもね」

「え!?」

 

マスターが紅茶と共に置いていったのは、ガトーショコラだった。グラサージュされた表面が鏡のように艶を帯びている。

 

「あ、あの、これ」

「今日のケーキが少し余っちゃったんだ。もったいないからついでに食べていって」

「そんな。ウチ――私、ちゃんとお金払います!」

「美波、アンタ財布持ってるの?」

「あ」

 

慌てて代金を支払うと言ったものの、今の美波は手ぶら。財布も携帯電話もカバンの中だし、そのカバンは今文月学園にある。

 

「お代はいいよ。在庫処分だと思ってくれれば」

「でも……」

 

それはそれで後味が悪いと感じているのか、美波も頑なになっている。優子は「はぁ」と深ため息を吐くと「じゃあこうしましょう」

 

「マスター。秀隆にツケといて」

「ええ!?」

「ああ。それならそうしようか」

「そんなアッサリと!?」

 

後で秀隆が聞いたら怒るんじゃないかと思ったが、美波の心配とは裏腹に、2人とも気にした様子はない。

マスターはお盆を空にすると、じゃごゆっくり、とカウンターに戻っていった。

 

「じゃ、いただきましょうか」

「う、うん……」

 

答えはしたものの、流石に手をつけれる心情ではない。

優子は紅茶に角砂糖を入れると、「さて」と話を切り出す。

 

「アナタが()()()なのは、今朝のキスが原因でしょ?」

「う……」

 

優子がまた無遠慮に痛いところを突いてくる。

その様子は、取り調べて中の刑事と犯人、または推理を披露する探偵のようだ。

 

「今朝はDクラスの方も騒がしかったから、清水さんも関わってるわね」

「…………」

「Bクラスの代表がウチの代表に何か伝えた途端、代表が血相を変えてFクラスに行って坂本君と早退。これも関係ある?」

「…………」

 

美波からの返答は一切ない。それでも、優子は淡々と持論を展開していく。

 

「考えられるパターンはいくつかあるけど、今朝のキスで清水さんが嫉妬。DクラスがFクラスに試召戦争(武力干渉)を仕掛けて、Bクラスが漁夫の利を狙ってる。そんなところかしら?」

「…………」

 

当たらずとも遠からず。強化合宿の時もそうだったが、断片的な情報から道筋を立てていく優子の推理力には舌を巻く。やはり将来は探偵が向いてるんじゃないか、と場違いな感想を抱くほどに。

 

「けど、そう仮定すると疑問があるわ。仮にDクラスとFクラスが試召戦争をしたとして、その後にBクラスが試召戦争を仕掛けるメリットがないの。どっちが狙いでも、どっちが勝っても負けても、試召戦争後は点数の補充期間が設けられるから、万全の状態の相手と戦うことになるわ。Bクラスの代表が噂通りの人なら、Dクラスはともかく、Fクラスとまともに戦いたくないはず。和平で済んでるとは言え、一度負けてるわけだし」

「…………」

「それにBクラスがDクラスを狙う意味はないはずよ。基本的に下剋上が目的の試召戦争で、上位クラスが下位クラスを狙うメリットはない。敗けた時のリスクが釣り合わないからね。だから、Bクラスが狙うとしたらFクラスでしょうね。Fクラスの方なら、開戦する理由もあるでしょうし」

「…………」

「それを踏まえて、Fクラスの立場で考えると、最悪のシナリオは()()()()()でBクラスと戦うこと。合宿の後に試験召喚システムのメンテナンスが続いてた影響で補充テストもまともに受けれてない。他のクラスに戦争をしかけようにも、Fクラスはその権利がない。敗色濃厚な現状で戦争を回避する術がない」

 

歪に組み上がっていたパズルが、ドンドンと修正されていく。聞いている美波はまさに『犯人』のような気分だった。

 

「けど坂本君もバカ(Fクラス)だけどバカじゃないわ。必ず戦争を回避する方法を考えたはずよ。現状で1番手っ取り早いのは……そうね、『Bクラス以外から宣戦布告されること』。というか、それ以外手がないわね」

 

優子のランスが喉元に届いた気がした。

 

「そう考えると、秀隆たちが午後の自習時間中に新校舎をほっつき歩いてた理由も納得できるわ。Bクラスを油断させるためね」

 

優子が不満げに鼻を鳴らす。自習時間なら寝ているはずの秀隆が新校舎に居たから怪しいと思ってたのだ。

優子は紅茶で唇を湿らせると推測を続けた。

 

「じゃあ、どこに宣戦布告されるのがいいか。Aクラス(ウチ)は代表が二つ返事で受けるだろうけど、私含めて他の生徒が納得しないことは目に見えてる。Cクラスも4月に私たちに負けてるから権利なし。Eクラスは試召戦争に消極的。そもそもFクラスと戦う理由もない。とすれば――」

 

美波の心臓の鼓動が、太鼓の様に激しくなる。

 

「Dクラス。Dクラスには清水さんもいるし、今朝の騒動でFクラス、正確に言えば吉井君を狙う理由もあるわけだしね」

 

優子は「当たってる?」と美波の顔をのぞき込む。

もう隠し立ては無意味。美波も大人しくコクンと頷いた。

 

「そう」

 

優子がまた大きく息を吐く。それが推論が的中した安堵なのか、Fクラスの状況に呆れているのか、下を向いた美波には分からなかった。

 

「まったく。坂本君も酷いことするわね。乙女心を利用するなんて」

 

今度はハッキリと呆れているようで、優子は紅茶をズズッと乱暴にすすった。

 

「それで、Dクラスとはどうなったの?」

「……(フルフル)」

 

優子の質問に、美波は首を横に振って答えた。

 

「でしょうね。肝心の美波がココにいるもの」

 

美波が膝の上でギュッと拳を握る。

優子は決して美波を責めているわけではない。しかし、優子の言葉に棘を感じてしまう。

 

「美波と清水さんとの間に何があったかは知らないけど、もしそれで吉井君と喧嘩になったのなら、アナタの取れる行動はひとつよ」

 

優子が次に言うであろう台詞を、美波は容易に想像できた。

 

「早く吉井君と仲直りすること。それしかないわ」

 

予想通りの言葉を置いて、優子は静かに紅茶を飲んだ。

明久と仲直りする。美波だってそうしたいし、そうするのが良いなどということは分かりきっている。

けど、自分は明久に酷いことを言ってしまった。心に溜まったモヤモヤを、理不尽に吐き出してしまった。

自分の勘違いから発展した事とは言え、原因を作ったのは向こう。無論、向こうに悪気がなかったことは理解している。明久が悪意を持って美波を傷つけることはないことも。

それでも、アレは傷ついた。溝ができてしまった。できることなら、このまま時間が解決してくれれば。

 

「言っとくけど、時間が解決してくれるって思わないことね」

 

優子が美波の心情を見透かしたかのように告げる。

 

「ああ言うのわね、お互いに無意識に『許し合ってる』から言えることなの。そうでないなら、溝は深まるだけだし、壁はドンドン高くなっていくの。気付いた時には、どうしようもないくらいに」

 

カップのカチャリという音が嫌に大きく聞こえる。

美波だって分かってる。これが自分の淡い願望、甘い考えだということは。けれど――

 

「…………よ」

「……」

 

美波の口から出る言葉を、優子は黙って聞いた。

 

「……分かってるわよ。……ウチだって、本当はアキと仲直りしたい。またアキや瑞希と遊んだり、勉強したい」

 

美波の声が、段々と大きく、涙を帯びてくる。

 

「ウチはアキや瑞希に酷いこと言った。八つ当たりだって分かってる。けど、どうしたらいいか分からない! どんな顔をしてアキや瑞希に会えばいいのか分かんないのよ!」

 

美波の目から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。

美波のすすり泣く様子をじっと見ていた優子は、静かに口を開く。

美波は心のどこかで優子が慰めてくれたり、同情してくれることを期待していたのかもしれない。けど、そんな淡い期待は見事に打ち砕かれる。

 

「そこまで分かってるなら、やることは簡単よ。素直に謝ればいいのよ」

「え?」

 

こともなげに、アッサリと優子は解決策を提案する。

 

「そ、そんな簡単にっ!」

「簡単よ。お互いに『さっきは言いすぎた。ごめん』で終わりよ」

「それが出来たら苦労しないのよ!」

「それをする苦労もしないでどうするつもりなのよ?」

 

優子の正論というナイフが、美波の心にグサグサと刺さる。美波の声が、涙声から怒りの声に変わっていく。

 

「なんでそんな風に言えるのよ! 少しはウチの気持ち考えてよ!」

「それで解決するならそうするわ。けど、アンタの気持ちに寄り添って慰めて、それで吉井君との関係は修復されるの? 誰かに共感してほしい気持ちは分からなくもないけど、それじゃ何の解決にもならないわよ?」

 

なぜ優子はこんなにも冷たいのか、美波が苦しんでいるのに、どうして寄り添ってくれないのか。優子を睨む美波の目に、憎しみが混ざり始めた。

 

「……んに」

「なによ?」

「アンタなんかに、ウチの何が分かるって言うのよっ!」

 

バンっとテーブルを両手で力いっぱい叩く。テーブルの紅茶はこぼれはしなかったが、陶器がぶつかる甲高い音が響く。

今にも噛みつきそうな美波を優子は真正面から見据え、ふっと寂しそうに笑った。

その笑みに美波は不審なものを感じたが、それも一瞬のことですぐにその笑みは消えた。

 

「分かんないわよ」

「優子?」

「分かるわけないでしょ、アンタの気持ちなんて。ちっぽけな自尊心ばかり気にして、何の行動も起こさない。ウダウダと言い訳ばかりで誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってるだけ。自分からは『助けて』って手を出そうとしてないのに」

 

呆然とする美波に、優子は淡々と続ける。

 

「世界中で自分だけが不幸みたいな顔して。甘ったれるんじゃないわよ! 悲しみを振りまいてるだけじゃ前に進めないのが分かってるなら、悩んで、悩みぬいて、多少周りを巻き込んででも、地べたを這っててでも、血反吐を吐いてでも動きなさいよ!」

 

ひとしきり説教をした後、優子がポツリとこぼした。

 

「……私はそうしたわ」

「あ……」

 

そこで美波はやっと気付いた。目の前の少女は、自分よりも長い間、友だちとずっと喧嘩――ほぼ絶縁状態だったのだ。その間、優子はどんな気持ちでいたのだろう。何を思っていたのだろう。喧嘩に明け暮れていた秀隆はなぜそうなってしまったんだろう。

分かっていなかったのは、美波の方だった。

 

「アナタたちは少しボタンをかけ違えただけ。まだいくらでもやり直せるわ」

 

けど、と優子は続ける。

 

「時間が経てば経つほど、それは難しくなる。それだけは覚えておいて」

 

優子は最後に、美波に向けて優しく微笑んだ。自分たちのようになってほしくない。その気持ちは、美波にも痛いほど伝わった。

 

「……優子は、どうして神崎と仲直りしようと思ったの?」

「え?」

「あ、えっと……そんなに長い間喧嘩してたのに、どうしてかなって……」

 

普通なら二度と顔も見たくないと思うはずだ。美波ですらそうなのだから、優子は相当だったはずだ。それなのに、なんで仲直りしようと思ったのか。

 

「……見ちゃったからね」

「見ちゃった?」

「……アイツの()()()顔見ちゃったら、どうしようもないくらい心が苦しくなって、居ても立ってもいられなくて、それで……」

「それで?」

「アイツが選んだんなら、私も選ぼうと思ったの。なんだか……アイツひとりにしたら、壊れちゃいそうだったから」

 

少し寂しそうな、遠くを見るようにカップに目を落とす優子。彼女はいったい何を見たのだろうか。

 

「ま、そこからかなり回り道したけどね。お互いにわだかまりも残ってたし、意地張ってたし。……そういう意味では、美波に偉そうなこと言えるような立場じゃないわね」

 

と、優子は気恥ずかしそうに笑った。

たぶん、あの説教は、自分の経験と、後悔と、自分への戒めのためでもあったのだろう。

友だちに、美波に、同じ轍を踏んでほしくなかったのだ。

 

「……優子って、強いわよね」

「強くなりたかったわけじゃないわよ。ただ、強くならなきゃと思っただけ。本当はこんな可憐な乙女なのに」

「それ、本気で思ってるの?」

「当たり前じゃない」

「……ふふっ。なにそれ?」

 

大真面目な顔で言うのものだから、美波も思わず吹き出してしまった。

 

「あ、やっと笑った」

「え?」

「やっぱり、美波は笑顔の方が似合ってるわよ」

「えぇ〜」

 

気障ったらしい台詞を吐く優子に、美波は少し引いた。

 

「なによ? そんなに変なこと言ってないでしょ」

「いや、なんて言うか……優子って女子人気高そうよね」

「……美波ほどじゃないわよ」

 

ちなみに文月学園新聞部の調べによると、この2人が『女子生徒に聞いた恋人にしたい女子生徒ランキング』の1位(美波)と2位(優子)である。

 

「まあ、本当は美波の気持ちも分からなくもないのよ? 謝っても前みたいに一緒にいられるか不安んでしょう?」

「うん……優子もそうだったの?」

「もちろん」

 

何年も絶縁状態だったのだから、それはそれで当然だ。

 

「お気に入りの靴みたいなのもね。いつも一緒で何回も喧嘩して、その度に仲直りしてた。けど、ある日とうとうそれもできなくなったの。それから他の男友だちと遊んでも、違和感が凄かった」

「そこからずっと?」

「ええ。その時初めて気がついたの。その靴の履き心地の良さに。やっとね」

 

優子は少し冷めてしまった紅茶に口をつける。

 

「どうしてかしらね。あんなに一緒だったのに、なんだか夕暮れが違う色に見えたの」

「違う色?」

「ええ。色褪せた、とも違う感じ。同じ夕日なのに、なんだか別の世界にいるみたいだった」

「別の世界……」

 

美波は想像してみた。明久と喧嘩ままの世界を。いつものメンバーから自分か明久がいなくなった未来を。その時の夕暮れを。

 

「……なんか、イヤね」

「そう思うなら、早く仲直りすることね」

「分かってるわよ。けど……」

「切欠がって言うんでしょ?」

「なんで分かるのよ?」

「テンプレじゃない。切欠なんて、案外そこら辺に転がっているわよ。あとはどれを選ぶかだけ」

「選ぶだけって……」

 

そのゴロゴロ転がっているであろう切欠を探すのに苦労してると言うのに。

 

「そうね。ヒントを上げるとしたら……先人に倣う、とかかしら?」

「せんじんにならう?」

「似たような経験した人のマネをするってことよ」

 

優子が澄ました顔で紅茶をすする。果たして美波がマネをできる人がいくら居るだろうか。

 

――コン コン――

 

ふいに、窓を叩く音が聞こえてきた。2人が窓の方を向くと、そこには見慣れたピンク髪の少女がいた。

 

「瑞希っ!?」

 

2人がこちらに気づいたと分かった瑞希はホッと胸を撫で下ろす。

 

「どうやら、カバンを持ってきてくれたみたいよ?」

「え?」

 

言われてよく見ると、確かに瑞希はカバンを2つ持っており、そのひとつには、美波がいつもカバンに付けているキーホルダー、前に明久と3人でゲームセンターに行った時に取ったキャラクターが付いている。

 

――コン、コン――

 

今度は優子が内側から窓を叩いた後、入り口の方を指さした。その意図を理解した瑞希は、パタパタと駆けて行く。

マスターが瑞希を招き入れるためにドアを開ける。

 

「こんにちは!」

「瑞希、こっちよ」

 

瑞希が少し息を弾ませて入ってくる。

優子は瑞希に手を振ってこっちに来るように言った。

 

「お邪魔しますね」

 

瑞希が美波の隣にちょこんと座る。

 

「美波ちゃん、はい」

 

瑞希が美波にカバンと、コンビニのビニール袋を渡した。

 

「これは?」

「美波ちゃんの靴です。美波ちゃん、履き替えずに出ちゃったでしょう?」

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

 

少し戸惑いがちに受け取る美波に、瑞希はいつもの様に微笑んだ。

 

「……」

「……」

 

気まずい沈黙が流れる。優子は黙ってその様子を見守った。

 

「「あのっ!」」

 

2人同時に口を開いて、2人同時に口を閉じた。

 

「あ、瑞希から……」

「いえ、美波ちゃんから……」

 

お互いに遠慮して発言権を譲り合う。言うべき言葉など決まりきっているのに。

 

「「ごめんなさいっ!」」

 

そして、2人同時に謝った。

 

「ごめん。ウチ、瑞希に嫉妬してた。アキにあんなに優しくしてもらえる瑞希が羨ましくて」

「それは私もです。いつも明久君の隣を歩いている美波ちゃんが眩しくて」

 

同じ時代に産まれ、同じ時を過ごす2人。奇跡的に出会い、友だちになり――同じ人を好きになった。

そして、同じ様に羨望していた。

 

「……ウチら、前世でも友だちだったのかもね」

「そうですね。その時も、同じ人を好きになったのかもしれません」

 

お互いに笑い合う2人。その笑顔に、うれし涙が添えられている。

 

「もう、瑞希もウチの気持ち知ってると思うけど」

「はい。美波ちゃんも私と同じですよね?」

「うん。だから――」

 

美波は瑞希に右手を差し出す。

 

「これからも、友だちとして、ライバルとして、ウチと仲良くしてくれる?」

「美波ちゃん……もちろんです」

 

瑞希もその手をしっかりと握った。

 

「一件落着、かしらね」

 

優子は今度こそ安堵のため息を吐いた。

 

「じゃあ、これからは抜け駆けしても文句はなしで」

「そ、それとこれとは話は別ですっ!」

「なんでよっ!」

「とにかくダメです! 今朝のキスの件だって――!」

 

せっかく仲直りしたのに、また喧嘩が始まってしまい、優子は呆れ返った。

 

「……ケーキの追加持ってきたんだけど?」

 

瑞希の分のケーキと紅茶を持ってきたマスターと、優子は苦笑いするしかなかった。




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