バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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清水との決着の行方は。そして美波のとった行動とは……。



第六十七問

第六十七問

 

「君は、失うのが怖いんだね。美波を、美波の中にいる自分を」

 

明久の指摘に、清水の思考が硬直する。

 

「な、何を……世迷い言を……。そんな、そんなわけが、ありえません……」

 

強がってみせるが、その声は上擦って震えている。図星を指されているのは明々白々だ。明久は自分の感じたことが間違いなかったんだと悟った。

 

「やっぱり」

「いったい何を根拠に言ってるんです!?」

 

我に返った清水が更に声を荒げる。その剣幕は、後ろで見ていた布施教諭が肩を震わすほどだ。

 

「別に、根拠があるわけじゃないけど、何となくそう思ったんだ」

「カマをかけたと言うのですか!」

「違うよ」

 

明久は静かに首を横に振る。

 

「君と美波がどう出会って、何があったかは知らないけど、君が美波を好きだってことは、痛いほど伝わってくる」

「当たり前です! 去年のあの日以来、美春の心はお姉さまのモノなんですから」

「だったら尚更、『僕』に固執する意味がないよね?」

「どういう意味です?」

 

明久は清水に、『自分は美波ではなく明久に固執している』と言う。そんなわけはありえない。

 

「ありえません! 美春がアナタのようなクズに執着するなどっ!」

「そうだね。君は僕自身には興味ないだろうね」

「さっきからわけの分からないことをゴチャゴチャと」

「君が欲しいのは美波の心と、僕の立ち位置――君の居場所だ」

 

清水がヒュッと息を飲む音が聞こえた。

 

「君は美波に好意を抱いて恋人になりたいと思った。けど、それには僕が邪魔だった」

「そ、そうです。だから目障りなオマエをっ!」

「けど、それならやっぱり変だよ。僕を排除しようとしなくても、僕を無視して美波と交友を深めればいいんだもん」

 

こいつは本気で言っているのか、 と清水は呆れ返った。あれほど美波の心を奪っておいて、どういう教育を受けたらここまで自己評価を低くできるのか。

と、そこまで考えて清水は頭を振った。今はそんなことを考えている時じゃない。

 

「僕なんて、なんの甲斐性も取り柄もないような男なんだし、その辺の石ころだと思って無視すればいいんだ」

「吉井君、さすがに自分を下に見過ぎでは?」

 

これには布施教諭も思わず口を出した。しかし、お構いなしに明久は続ける。

 

「僕は運良く美波と友だちになれて、それなりに仲良くしてた……つもりだった。だから君が嫉妬する気持ちは何となくわかるよ」

 

僕だって、雄二に嫉妬することあるし、と明久は素直に答えた。

 

「けど雄二を排除しようとは思わない。別にそれで霧島さんと仲良くなれるわけじゃないし」

 

布施教諭は内心感心した。バカだバカだと思っていた明久も、それくらいの分別はできるのだと。

 

「その割にはかなり殺意を抱いているような気がしますが?」

「やだなぁ清水さん。それとこれとは別ってやつだよ」

 

清水の疑問を、笑って流す明久。布施教諭は先ほどの感心を後悔した。

 

「でも実際、僕は雄二になりかわろう、雄二の居場所に立とうとは思わない。だって僕は雄二じゃないし、どうころんでも雄二にはなれない」

 

霧島翔子にとって、吉井明久は吉井明久でしかなくて、彼女の恋焦がれる坂本雄二はこの世にひとりしか存在しないのだ。誰かが取って代わることはできない。

 

「だから考えたんだ。どうして君は僕に固執するのか。どうして僕に成り代わろうとするのか」

 

清水の心臓がギュッと縮こまる。心を鷲掴みにされたような、嫌な汗が流れる。

 

「君は美波の隣に居場所を求めたんだ」

 

後頭部をハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。

明久はバカだ。バカな上にお人好しときた。他人の言葉をろくに考えもせずにそのまま聞き入れてしまう。しかし、言いかえれば人の言葉を素直に受け取れるということだ。

 

「これは僕の勝手な想像だから間違ってるかもしれないけど……」

 

以前秀隆が言っていた。人の気持ちを考えるとは、自分がその人の立場になって考えると言うことだと。

清水を待っている間に時間があったから、明久も試しに実践してみた。

 

「君はDクラスの女子をまとめ上げれるくらいに発言力が強いわけだから、君を良く思わない人からは敬遠されていたんじゃないかな?」

 

ズケズケと人の心に踏み入ってくる。普段の明久ならここまでの事はしないが、今日だけは違った。

 

「たぶん、君を良く思ってない人たちから何か嫌がらせを受けたのかもしれない。そんな時に、美波が助けてくれたんじゃないの?」

「…………」

 

今度は清水が沈黙する番になる。

 

「孤立していた時に、誰かが助けてくれると嬉しいもんね。救われた気がするのもわかるよ」

「なにを知った風な口を」

「だから、君は美波の隣に居たいと思ったんだ」

「…………」

 

あの日、美波がしたことは彼女にとっては何でもない事だったのかもしれない。もう忘れているかもしれない。それでも、清水は鮮明に覚えていた。たとえ美化された記憶だとしても。

 

「最初は普通に仲良くなりたかったんじゃないかな? 一緒に勉強したり、どこかに遊びに行ったり」

 

あの日以来、美波を想わない日はなかった。彼女の笑顔を想像しては、幸せな気持ちで満たされた。それを――

 

「けど、君が欲しかった場所に僕がいた」

 

目の前の男に奪われた。自分が居たはずの場所。居るべき場所。自分だけが居ていい場所。

 

「君は、君に向いたと思った美波が他に向くことを嫌った。それが僕のせいだと思った」

 

だから、奪い返すのは当然だ。自分を弾き出しておいて、のうのうと光を浴びることなど、到底赦されるものではない。

 

「だから、僕を恨んだ。僕がいなくなれば、今度は君がソコに居れると思ったから」

「そうです。私とお姉さまは愛し合っていました。それを……それをオマエが!」

 

だから排除する。どんな方法を使ってでも、美波を取り戻すために。

 

「それは美波のため? 君のため?」

「お姉さまのために決まっています!」

「本当に?」

 

いつになく真剣な明久に、清水がたじろぐ。

 

「そういって、美波のためだと免罪符を切って、自分を正当化したいだけじゃないの?」

「そんなわけ!」

「じゃあ何であんな事したんだ!」

 

明久の怒声に、清水だけでなく布施教諭も驚いた。

 

「なんです? アナタを脅迫したのがそんな恨めしいですか?」

「そっちじゃないよ。別に僕を脅迫したところで美波が君を好きになるわけじゃないし」

「なっ!?」

「けど盗撮は違う。あれは美波のためになるどころか、他の人も巻き込んで迷惑をかける行為でしかない」

「集団覗きを扇動した輩の言う事とは思えませんね」

「確かにね。けど、君よりはマシだよ」

 

悪友を真似て清水を小馬鹿にしたように笑ってみせる。

 

「いくら好きでも、普通はそこまではしないよ。というか君は女の子で入浴時間も一緒なんだから、美波と一緒にお風呂に入れるじゃないか」

「吉井君、その発言もどうかと思いますよ?」

 

言外に羨ましいと言っているようなものだ。

 

「君のしたことはただ自分の欲望を満たすために美波を利用しただけだ。美波の気持ちなんてこれっぽっちも考えていない」

 

合宿で秀隆が言っていた自分の甘さのツケがコレなのだろうか。

 

「君はただ、自分の居場所を失うのが怖いだけだ。自分を守るために、美波を言い訳にしてるだけだ」

 

それなら、立ち向かう時は今だ。

 

「君は僕と同じ、僕以上に自分の事しか考えてない卑怯者だ!」

「キサマぁー!」

 

堪えきれなくなった清水が、雄叫びを上げながら明久に剣を振る。

 

「言わせておけば! 知った風な口をベラベラと! それで美春を理解したつもりですか! お姉さまを理解したつもりですか!」

「理解できたなんて思ってないよ。けど、僕が美波の気持ちを利用したって言うのなら、君も同じ穴のムジナだ」

「舐めた口を!」

 

ガンガンと、木刀がグラディウスを受ける音が響く。ダメージを受け続けて木刀が折れそうになる。

秀隆の真似をして清水を挑発すれば勝率は上がると思っていたが、想定以上の点数差に消耗が激しい。むしろ勝ち目が厳しくなっていた。

 

「けど、負けるもんか……」

 

これが自分の撒いた種の結果だと言うのなら、なんとしてでも決着を、勝たねばならない。しかし、木刀の軋む音が明久の不安と焦燥を煽る。

 

「どうやら、ここまでのようですね」

 

それを悟ったのか、清水が勝ち誇ったように言う。

 

「美春を相手にあそこまで啖呵を切ったことは褒めてさしあげます」

「なら、勝ちを譲ってくれないかな?」

「それとこれとは話は別ですわ」

 

形勢逆転。戦力で不利な所を精神面でカバーしようとしたことが裏目に出た。激昂は人のパワーを増大させるを身を以て知った。

 

「さぁ年貢の納め時です! 裁きを受けなさい!」

 

明久も万事休すと諦めかけたその時、

 

試獣召喚(サモン)っ!』

 

ひとりの『少女』が立ち上がった。

 

時は少し遡って空き教室前。明久と清水が戦っている最中、Fクラス代表坂本雄二は、数人のFクラス生徒を引き連れて勝負の行方を見守っていた。

 

「中の様子はどうだ?」

「吉井が押されてるが、何とか踏ん張っているみたいだ」

 

空き教室のドアを少しだけ開いて中の様子を窺っていた生徒が雄二に報告する。

 

「よし。もう少ししたら、召喚獣を召喚して()()に攻撃をしかける」

 

雄二が腕時計で時間を確認しながら作戦を告げる。

雄二の作戦は、明久と清水の勝負に乱入して明久を撃破。そのまま清水のサンドバッグにして彼女の怒りを鎮め停戦に持ち込む、というものだった。このために、最初のブリーフィングでクラスメイトを少し残すようにしたのだ。

 

「けど、本当に良いのか?」

 

乱入メンバーのひとりが疑問を呈した。

 

「何がだ?」

「吉井と清水の勝負に水を差すような真似をして」

「構わん。どうせ明久は清水には勝てん。いくら召喚獣の操作技術が上でも、圧倒的な力の差の前には無力だからな」

「それもそうか」

「それに、お前らも昨日の事を赦したわけじゃないだろ?」

「「「当たり前だ!」」」

「だったらついでにその恨みも晴らせばいい」

「「「おう!!」」」

 

雄二の口車に乗せられて、最初は躊躇していた生徒も、今は明久を攻撃することに何の躊躇いもない。このまま行けば、雄二の狙い通りに事が進むはずだ。

 

「(しかし)」

 

雄二は考える。合宿以来、明久の様子がおかしい。いや、おかしいと言うには語弊があるか。以前は女子や自分より強い相手にはすぐに逃げ出すようなヤツだったのに、今や清水相手にでも啖呵を切ってのけるほどになっている。

その成長を、悪友として喜ぶべきか、羨むべきか。

 

「坂本。そろそろじゃないか?」

 

自分を呼ぶ声で我に返った雄二。ドアの隙間から中を窺うと、明久の召喚獣が清水の召喚獣に押し込まれていた。

今乱入すれば、2人とも雄二たちが明久を助けるために駆けつけたと思うはずだ。その隙をつく。

 

「よし、召喚獣を準備しろ」

「おう!」

 

メンバーが召喚獣を喚び出そうとした、その時――

 

「坂本! 退きなさい!」

「は?」

 

そこに美波が現れた。美波は雄二たちを押しのけると教室のドアに手をかける。

 

「おい島田! お前持ち場は」

試獣召喚(サモン)!」

 

雄二たちを無視して、美波は召喚獣を呼び出した。

 

「え!?」

「なっ!?」

 

魔法陣から飛び出した美波の召喚獣は、明久と清水の間に割って入り、グラディウスの一撃を受け止めた。

驚いた清水は攻撃を中断し、召喚獣を下がらせた。

 

「お姉さま!?」

「美波……なんで?」

 

Fクラス 島田美波 化学 56点

 

決して高くはない点数。それでも美波はまっすぐに清水を見据え、召喚獣にレイピアを構えさせる。

 

「お、お姉さま……? いったい何のおつもりで?」

「美春。アンタはここでウチらが倒すわ」

「ダメだ美波! これは僕と清水さんの――」

「うっさい!」

 

美波な一喝して明久と清水を黙らせた。

 

「どいつもこいつも、人の気も知らないで。もうウンザリなのよ! アンタたちが勝手にするなら、ウチも勝手にさせてもらうわ!」

「お姉さま! なぜその豚野郎を庇うような真似を!」

「勘違いしないで。ウチはアキを庇ってるわけじゃないわ」

「でしたらなぜっ!?」

「言ったでしょ。アンタに振り回されるのはウンザリなの」

「そんな! 美春はお姉さまの事を想って」

「それがイヤだって言ってるのよ!」

 

今までにないほどの拒絶に、清水は今度こそたじろいだ。

 

「な、なぜ……なぜお姉さまは美春の、気持ちを……美春の愛を……」

「ウチの気持ちを知りもしないでよく言うわよ。アンタの気持ちは一方通行なのよ!」

 

美波の召喚獣がレイピアを横薙ぎに振るう。

 

「それとアキ!」

「は、はい!」

「アンタもよ! いくら演技とはいえ、ウチを置いてけぼりにして瑞希とイチャイチャするなんてどういう事よ!」

「い、イチャイチャなんてしてないよ! だいだいアレは――」

「言い訳無用!」

「はいぃぃっ!」

 

明久を怒鳴りつける美波。その光景は、いつもの2人の日常だった。

 

「まったく。ほんっとうに、アキにはデリカシーがないんだから」

「うぅ……ごめんなさい……」

 

美波は召喚獣と一緒になって、腰に手を当ててため息を吐く。明久も平伏して平謝りするばかりだ。

 

「……いいわよ。もう」

「え?」

「昨日のことは許してあげるって言ってるの」

「そんな! お姉さま!」

 

清水が非難の声を上げる。

 

「その豚野郎はお姉さまの気持ちを弄んだんですよ!?」

 

清水の言葉を無視して、美波は明久を見やる。明久も困惑したように美波を見返す。

 

「いいの?」

「いいのよ。それに、アキにデリカシーを期待したウチがバカだったわ」

「……なにそれ」

 

口調はまだプリプリと怒ってはいるが、昨日のような雰囲気ではない。明久も思わず笑ってしまった。

 

「でもそうね……アキが納得いかないなら、条件をつけてあげる」

「な、何かな……?」

 

滅茶苦茶なお願いでなければいいけど、と明久が戦々恐々としていると、おもむろに美波は明久に手をさしのべる。

 

「一緒に美春を倒すわよ。そしたら、昨日の演技の件は許してあげる」

「美波……分かった」

 

明久は頷くと、美波の手を取って立ち上がった。

 

「まったく。アキはウチがいないとダメなんだから」

「そ、そんなことないよ!」

「どうだか」

 

周りに布施教諭や雄二たちが居ることを忘れるほどの雰囲気。当然、この光景を快く思っていない人がいる。

 

「……そうですか……そういうことですか……」

 

地の底から這い上がる様な声で、清水が呪詛の言の葉を唱える。

 

「豚野郎も……お姉さままでも……美春をコケにしようというのですか……」

「別にそんな気はないわよ」

「もう分かりました! 美春の愛が届かないならば、届くまで押し通すだけです!」

 

清水の召喚獣が剣を構え直す。

 

「そこの豚野郎と一緒は癪ですが、お姉さまには一度指導室に落ちてもらいます。そこで徹底的に西村先生の指導を受けた後、精神が崩壊したところで美春が助け出して差し上げます。そうして美春が愛を囁けば、お姉さまは美春なしでは生きられなくなるはずです!」

 

本人を目の前に堂々と洗脳すると宣う清水。美波もあまりの恐怖に身震いする。

 

「アンタ堂々となに言ってんのよ!」

「お姉さまがソイツと手を取ると仰る以上、美春に残された道はコレしかありません!」

「普通に友だちとして仲良くはできないの!?」

「美春はそれでは満足できません!」

 

清水は美波の召喚獣に向けて自分の召喚獣を走らせる。

 

「お姉さま、お覚悟!」

「アキ!」

「美波!」

「「いくよ(いくわよ)!」」

 

2人は手を取り合っていた召喚獣を左右にジャンプさせ、清水の一撃を回避する。

 

「お姉さま! 大人しくしてください!」

「あんなこと言われて大人しくできるわけないでしょ!」

 

清水が美波と斬り結ぶ。点数差により、美波が押される形となるが、

 

「隙あり!」

 

今は2対1。背中を見せれば、明久が襲いかかる。

 

「くっ! 忌々しい豚野郎がっ!」

 

今度は明久に狙いを定めるが、

 

「コッチよ!」

 

そうしたら美波のレイピアが襲いかかる。

点数は2人出しても清水の足元にも及ばない。しかし、数的優位と、2人の連携で清水を上回る。

「瞬連塵!」

「ちぃ!」

「はぁ!」

 

明久の連続斬りを避けたと思ったら、その先で美波が連続突きをあびせる。

 

「やぁっ!」

「くっ!」

「閃光墜刃牙!」

 

美波の突進突きを受ければ、後から明久が回転斬りからの突きを見舞う。

アチラを避ければコチラ、コチラを受ければアチラ。明久と美波の途切れぬ連携に、清水の点数が徐々に削られていき、追い込まれていく。

 

「こんな」

 

目の前で起きていることを、清水は理解できずにいた。

 

「こんなことが……!」

 

昨日までいがみ合っていたのに。今朝までそんな素振りも見せなかったのに。まだ自分と同じくらいの時間しか過ごしていないはずなのに。

 

「秋沙雨!」

「たぁっ!」

 

明久の連続突きからの蹴り上げと、美波の斬り上げが重なり、清水のグラディウスを弾く。その反動で、清水の召喚獣の状態が大きく仰け反る。

 

「こんなこと……ありえません!」

「これで!」

「終わりよ!」

 

明久と美波の召喚獣が、交差するように清水の召喚獣を刺し貫いた。

これが致命傷となったのか、清水の召喚獣が光の粒子となって消えていく。

 

Dクラス 清水美春 化学 0点数

 

「清水美春、戦死!」

 

布施教諭が高らかに清水の戦死を宣告し、決着がついた。

 

「そんな……」

 

清水は呆然とし、膝から崩れ落ちる。

 

「勝った……」

「やったわね! アキ!」

 

美波が未だ呆けている明久の両手を取って跳ねながら喜ぶ。

 

「美波」

「なに?」

「ありがとう」

 

明久が美波の方を向いてお礼を言う。その頬は少しだけ染まっていた。

 

「アキ……」

「ありがとう。美波が来てくれなかったら、僕負けてたかも」

「もう。そんなこと言わないの。でも……どういたしまして」

 

一瞬の間の後、2人して笑い合う。本当に昨日までいがみ合っていたのが嘘のようだ。

 

「清水、立ちなさい」

 

いつの間にか西村教諭が空き教室に来ていて、戦死した清水を連行しようとしていた。

 

「美春!」

 

美波が清水の方に駆け寄る。

 

「お姉……さま……?」

 

清水が虚ろな瞳で美波を見つめる。

 

「美春、ごめんね」

「謝らないでください。……お姉さまに嫌われた美春には……」

「別に、アンタのこと嫌いになんてなってないわよ」

「え?」

 

清水も明久も驚いて美波を見る。

 

「そりゃあアンタの――行き過ぎたアプローチ――はイヤだけど。ウチは『普通に男の子が好き』とは言ったけど、()()()()()()とは一言も言ってないわよ」

「でも、なら、なんで豚野郎なんかに……」

「アキの方が……その……クラスメイトとして……大切だから……」

 

美波は明久に聞こえないように少し声を小さくして言った。

 

「じゃあ、お姉さまは、美春を許してくださるのてますか?」

「許す許さないじゃないわよ。反省はしてもらうけど」

 

教室のドアの向こうで、雄二が呆れたような顔をしている。お前もお人好しだな、と言いたいのだろう。

 

「これに懲りたら、今後はもう変な事はしないと約束しなさい。そうしたら昨日と今日の事は水に流してあげる」

「分かりました! これからは(なるべく)変なことはしません(たぶん)!」

「? なんか変なことは言わなかった?」

「いいえ!」

 

清水は当面懲りる気はないようだ。

 

「もういいか?」

「すみません。西村先生。もう大丈夫です」

「お姉さま! 美春は、美春は必ずお姉さまの元に還ってまいります!」

 

西村教諭に首根っこを掴まれてズルズルと引きずられながら、清水は連行されて行った。

 

「まったく。とんだ番狂わせだ」

「雄二?」

 

雄二が教室に入ってきて明久の肩をポンと叩く。

 

「ま、いいもん見せてもらったし、お前のなけなしの勇気に免じて許してやるよ」

 

雄二はそう明久に伝えると、Dクラスと停戦を結ぶと言って教室を出た。

 

「……なんだ、そんな所にいたのか?」

 

空き教室を出た所で、瑞希が廊下に立っていた。

 

「良いのか? 明久の所に行かなくて」

「はい。今は美波ちゃんに譲ることにします」

 

恋愛に興味のない雄二でも、瑞希がやせ我慢していることくらいは分かる。

 

「ま、お前が良いなら俺がとやかく言うべきではない、か」

 

雄二は瑞希にはそれ以上なにも言わず、Dクラスとの休戦を申し込むべく空き教室を後にした。

 

「明久君……美波ちゃん……」

 

自分は、いつか今日の事を後悔するのだろうか。渦潮のように蠢く疑問を、瑞希はそっと胸の内に仕舞った。

 




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