バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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オリジナル主人公の神崎秀隆がどうして観察処分者となったかという過酷話です。
バカテスらしからぬ少し暗い展開となりますがご了承願います。


閑話―バカと凶刃と観察処分者―

閑話――バカと凶刃と観察処分者――

 

『おい! 聞いたか? 吉井が観察処分者になったってよ!』

『マジかよ! アイツ馬鹿だとは思ってたけど、とうとうやらかしたか?』

 

ある日の昼休み。そんな会話が廊下から漏れ聞こえた。

吉井明久が観察処分者となってからは、学園中はその話題でもちきりだった。

それもそのはず。観察処分者に処された生徒なぞ、学園開校以来一人としていなかったのだ。それが現れたのだから、その話題は瞬く間に広まった。

他のクラスや上級生が明久を一目見ようと教室を訪れ、新聞部も取材に来て、一躍時の人となった。もちろん、悪い意味で。

 

「アイツも大変だな」

 

クラスメイトの不祥事を、他人事のようにあくびを噛み締めて秀隆がぼやく。今頃教室には、明久を一目見ようと他のクラスや上級生が押し寄せている頃だろう。新聞部も、またとないスクープに目を光らせているはずだ。

 

「どうせ授業もつまんねぇし。しばらくはサボらせてもらうか」

 

と、秀隆があくびをしているのは、もちろん教室ではない。学園の校舎裏に生える木。その人一人がギリギリ寝れるくらいの枝が、秀隆のお気に入りのサボりスポットだ。

図書室や保健室もあるが、そちらはいつ西村教諭が現れるか分からない。

ここなら木陰で程よく涼しく、かつ外から見えにくいので、秀隆は興味のない授業の時は、ここでよく昼寝をしていた。

 

『ちょっと! アンタどういうつもりよ!』

「あん?」

 

秀隆が一眠りしようとした時、下の方から女子生徒の叫び声が聞こえた。

無視しようかとも思ったが、なんとなく気になって、下を覗きこむ。視界の先に、校舎を背にして立つ女子生徒と、それを3人の女子生徒が取り囲むようにしていた。

 

『どういうつもりって何よ?』

『とぼけるんじゃないわよ!』

 

見た目通り、3人が1人に詰め寄っているようだ。秀隆は寝転がった体勢から座り直した。

 

『アンタ、この前立花先輩に告白されてたじゃない!』

『……それ、誰?』

 

詰め寄られた女子生徒は身に覚えがなかったのか、首を傾げる。それを見て、3人はますます怒りを顕にした。

 

『なっ!? サッカー部の先輩よ!?』

『知らないの!?』

『知らないわよそんなの。興味ないもの』

『信じらんない! アンタ、ケイコが先輩狙ってるの知っててワザとそんなこと言ってるんでしょ!?』

 

リーダー格の女子生徒――おそらくケイコが、ツバを飛ばしながら更に詰め寄る。どうやら、憧れの先輩とやらに自分ではなく、目の前の女子生徒が告白されたから嫉妬してるのだろう。しかも向こうはその先輩に興味がない上に告白されたことすら忘れていると言う。そりゃ怒るわな、と秀隆も頷いた。

 

『それで、もう用は終わり? 早く教室に戻りたいんだけど?』

『なっ!? 待ちなさいよ!』

 

もう用は済んだとばかりに女子生徒は3人を無視して教室に戻ろうとするが、その手をケイコが掴む。

 

『……離してよ』

『まだ話は終わってないわよ!』

『終わったでしょ。アナタの憧れの先輩とやらが私に告白して、私はオーケーしなかった。以上よ』

『アンタ、ちょっと勉強できて可愛いからって調子のってんの!?』

『なんでそうなるのよ?』

 

心底どうでもよさそうにため息を吐く女子生徒に秀隆も同意する。女の嫉妬は怖いとは聞くが、まさか本当だったとは。

さてと、と秀隆は思案する。向こうは険悪ムード真っ只中で一発触発と言ってもいい状況だ。面倒なのでこのまま知らぬ存ぜぬを決め込むこともできるが、

 

『僕が守ってあげる』

 

幼き頃の無邪気な記憶がノイズとして走る。

 

「……ちっ」

 

秀隆は舌打すると、懐から『あるもの』を取り出し、3人組に向かって構えた。

 

『きゃっ!?』

 

ヒュン、という風切り音が耳を掠め、ケイコが反射的に耳を塞ぐ。

 

『きゃぁっ!!』

『な、なに!?』

 

取り巻きの女子生徒2人にも、同じような風切り音が襲いかかる。

 

『な、なんなのよ! もう!』

『あ、待ってよケイコ!』

 

止まぬ襲撃に恐れをなした3人は、捨て台詞と共にその場から逃げ出した。

後には、何が起こったのか分からぬままポカンと立ち尽くす女子生徒のみ。

 

『木下さん!』

 

と、そこに女子生徒の名前を叫びながらまた別の女子生徒が駆け足でやってきた。

 

『佐藤さん?』

『木下さん、探しましたよ。次の移動授業始まっちゃいますよ?』

『あ、ごめんなさい』

『こんな所で何かあったんですか?』

『ううん。何でもないの』

 

木下と呼ばれた女子生徒は、辺りを何かを探すようにキョロキョロと見渡す。

 

『木下さん?』

『ごめんなさい。何でもないの。行きましょう』

 

最後に、木下は秀隆のいる木に目をやる。

 

「(やべっ!)」

 

一瞬視線が合ったと思った秀隆は、素早く開いていた窓に飛び移った。

 

『? 何の音でしょう?』

『……カラスでもいたんでしょ』

『カラス、ですか?』

『ええ。真っ黒いカラス。――行きましょう』

『あ、待ってください!』

 

木下と佐藤も、それを最後にその場を後にした。

 

「ふぅ。やれやれ、危なかったぜ」

 

廊下の窓の陰に身を潜めて一息つく。堂々と助けに行っても良いのだが、彼女相手にはそうもいかない。いけない。余計ややこしい事態になるし、なにより――

 

「まだ、顔を合わせるわけにはいかねぇよな」

 

秀隆にはその心構えが、まだできていなかった。

 

「誰と顔を合わせるわけにはいかないと言うんだ?」

「え?」

 

不意に聞こえてきたドスの効いた声に、秀隆がギギギと壊れたブリキ玩具のように首を上げる。そこには、今一番会いたくない顔があった。

 

「神崎。キサマこんな所で何をしている」

「イヤだなぁ鉄――西村先生。昼休みが終わって教室に戻る所ですよ」

「そうか。俺はてっきりお前がまたサボるんじゃないかと心配していたが、勘違いだったか」

 

西村教諭はにこやかに話してはいるが、目と雰囲気は全然にこやかではない。むしろ阿修羅のような覇気を纏っている。

 

「そうですよ。まったく少しは可愛い生徒を信用してくださいよ」

「すまんすまん。ところで、もう一つ質問があるんだが」

「何ですか? 手短に頼みますよ。もう次の授業の準備をしな」

「その手に持っている『もの』は何だ?」

「…………」

 

西村教諭の指した指の先、即ち自分の右手を見る。

秀隆の右手には、おおよそ高校生には似つかわしくない『拳銃』が握られていた。

 

「キサマ。まさか本物ではないだろうな?」

「んなわけないっすよ! エアガンっすよ! エアガン!」

 

秀隆は床に向かって一発撃つと、銃口からは風切り音と共にBB弾が飛び出した。放たれたプラスチック製の弾は、床と廊下の壁に反射して西村教諭の側頭部に当たった。

 

「やべ……」

「なるほど。確かにエアガンのようなだ」

 

爽やかに笑う西村教諭の眉間に青筋が浮かぶ。

 

「……それで、キサマはそのエアガンで何を撃つつもりなんだ?」

「えーと……」

 

まさか既に人に向けて撃ったとは言えない。狙いは外したとは言え、立派な銃刀法違反だ。バレたら補習どころではない。

考えた末に秀隆が出した答えは、

 

「……あ」

「あ?」

「アナタのハートを撃ち抜いちゃうぞ☆」

 

人の拳は時に鉄塊を上回るのだと、秀隆は身を持って体感した。

 

「秀隆、お主何をやらかしたのじゃ?」

「聞くな秀吉。お前には分からんだろうが、男にはどうしても秘密にしておかなきゃならないことがあるんだ」

「ワシも男なのじゃが?」

 

顔面を陥没させた秀隆に、クラスメイトで幼馴染みの木下秀吉が心配そうに声をかける。

昼休みの終わり間際に、西村教諭が教室にやってきて、瀕死状態の秀隆を放り投げて行った。何事かと驚いたが、秀隆の様子から、何かをやらかしたのは間違いなかった。

調理室への移動中も、痛そうに顔を擦っている。

 

「保健室で寝ては方が良いのではないのか?」

「そうしたいんだが、サボったら鉄人に殺される」

「普段から真面目に授業受けておったらこんな事にはならんかったろうて」

「それはそれ。これはこれだ」

 

秀隆の屁理屈に秀吉が呆れていると、前方から「キャー」という悲鳴が聞こえてきた。事件でも起きたのかと思ったが、そういった類の悲鳴ではなさそうだ。

 

「なんじゃ、あれは?」

 

秀吉たちの前から、ひとりの男子生徒を先頭に黒山の人集りが動いていた。さっきの悲鳴は、その男子生徒を取り囲む女子生徒の黄色い悲鳴だった。彼女たちは我先にと男子生徒にタオルやらドリンクボトルやらを差し出している。

 

「誰だ、あれ?」

「あれは……たしかサッカー部3年生の立花とか言う先輩じゃな」

「知ってんのか?」

「前に部長の付き添いで部長会に参加した時にの。と言っても、見かけただけで顔と名前くらいしか知らんが」

「ふ〜ん」

 

あれが例の、と秀隆は目の前からやってくる男子生徒を観察した。

スポーツマンらしく短く切り揃えられた茶髪。健康的に焼けた肌と対比するような白い歯。爽やかな笑顔。体育の授業を終えたばかりなのか、滴る汗を拭う仕種にも色気がある。

なるほど。女性人気が高いわけだ。次から次へと、女子生徒の波が彼に押し寄せる。

 

「あ」

「あん?」

「ぬ?」

 

その立花が、何かに気づいたのか、コチラにやってくる。後に知り合いでも居たのかと後ろを振り向くが、立花に気づく人は居ても、彼に近寄ろうとする人はいなかった。

 

「やぁ。また会ったね」

 

立花な秀隆たちの前で立ち止まると、秀吉の手を取った。

 

「は?」

「この前は驚いたよ。いきなり頬を叩かれたんだもん。びっくりしちゃった」

「おぬ――先輩。誰かと勘違いしておりませぬか?」

 

立花はいきなり秀吉が頬を打ったと言うが、秀吉にはその心当りが全くないようだ。

 

「そんなはずはないよ。僕はこれでも記憶力は良い方なんだ。それに、あんな衝撃的なこと忘れるわけがないよ」

 

どこまでも爽やかに、立花は笑う。秀吉が人違いだと言ってもまるで信じていないようだ。

 

「じゃから人違いじゃと」

「ところで、この前の返事を聞かせてもらえるかな?」

 

秀吉の言葉に耳を傾ける気がないのか、立花はそのまま話を続ける。

 

「返事?」

「そう。この前は『あんな事』になっちゃったから、ちゃんと聞けなかったしね?」

 

立花が秀吉の手を握る力を強め、秀吉の顔が少し歪む。

 

「先輩。手が痛いのじゃが……」

「ごめんごめん。それで、返事を聞かせてもらえるかな?」

 

秀吉の訴えも受け流して、立花は返答を待つ。取り巻きがザワザワとざわめき立つ中、立花は笑顔を崩さない。

その立花の手を、別の誰かが掴んだ。

 

「……何かな?」

「人違いだってんだろ。その手を離せよ」

 

眼光鋭く秀隆が睨む。立花も動じず、秀隆の方には見向きもしない。

 

「僕は『彼女』と話してるだけど?」

「こっちはテメェに用はねぇんだよ」

「それは失礼。けど大丈夫。彼女が返事をしてくれればすぐに終わるさ」

「……先輩。ワシは男じゃ」

「…………は?」

 

ここに来て、立花はようやく違和感に気がついた。

 

「え? だって、君」

「おそらく、先輩が言うとるのはワシの姉上のことじゃ」

「姉、上?」

「コイツには双子の姉貴がいるんだよ」

「双子……?」

 

立花が改めて秀吉をマジマジと見る。よく見ると、確かに佇まいや雰囲気が違う――ような気がする。

 

「そう言えば、彼女はこんな爺言葉を言ってなかったような……?」

「アンタが振られたのはコイツの姉貴だよ」

「なっ!? 振られてなんか!」

「オーケー貰ってないんだろ? じゃぁ振られたんじゃないか?」

「保留中なんだ! 君からも、お姉さんによく言っていてくれ!」

 

人違いだと悟った立花は、乱暴に秀吉の手を離すと、逃げるようにその場から立ち去った。

 

『あ! 待って! 立花君!』

 

それを追って人集りも移動する。後には嵐の後のような静けさが残った。

 

「いったい何だったんじゃ?」

「さあな。……行くぞ」

「う、うむ」

 

釈然としないものを感じながらも、秀吉も移動のため秀隆の後を追う。

 

「ところで秀隆よ。なぜ姉上があの者に告白されたことを知っておるのじゃ?」

「……小耳に挟んだたけだ」

「小耳、のう」

 

小悪魔のように微笑むお馴染みの頭を、秀隆はコツリと小突いた。

 

「……康太。サッカー部の立花って先輩知ってるか?」

「…………男に興味はない」

「だよなぁ」

 

調理実習中。同じ班になった秀隆と土屋康太は、調理の傍らコソコソと話を始めた。周りは包丁やフライパンの音で小声で話せば他の人に気取らる心配はない。

 

「噂程度でも知らないか?」

「…………その程度なら」

「さすが情報屋」

「…………情報屋ではない」

 

康太は持ち前の情報収集能力を活かして『ムッツリ商会』なる怪しい商売をしていた。扱っていものは主に『写真』だが、たまに依頼で情報も売買する時もある。

立花についても、その『仕事中』に噂を耳にすることもある。

 

「どんな噂だ?」

「…………色々」

「白か黒か」

「…………黒よりのグレー」

 

つまり、悪い噂の方が多いと言うわけだ。

秀隆は康太の返答に「そうか」とだけ呟き、玉ねぎをみじん切りにした。

 

「…………その先輩がどうかしたのか?」

「いや、別に」

 

刻んだ玉ねぎを康太が温めていたフライパンに移す。康太が木べらで炒めると、玉ねぎは徐々に茶色く色づいていく。

秀隆の脳裏に、去り際に見せた立花の妙な顔がちらついた。

 

「失礼します」

 

放課後。女子選手が3年生の教室に入る。

彼女はまだ1年生だが、授業終わりの掃除中に、先生が手伝ってほしい事があるとの言伝を受けたのだ。

だが指定された教室には、先生どころか人っ子一人いなかった。

 

「……教室を間違えたかしら?」

 

3年生の教室など滅多に来るものでもない。おそらく教室か時間を間違えたのだろうと、確認のため一度教室を出ようとした時、

 

「こんにちは」

 

目の前を誰かに塞がれた。

 

「……誰ですか?」

「イヤだなぁ。もう忘れちゃったの?」

 

人懐っこそうな笑みを浮かべて道を塞いだのは、立花だった。

 

「すみません。上級生の顔はまだ覚えてなくて」

「いいよいいよ。これから覚えてもらえばいいし。ね、木下優子さん」

 

女子生徒、木下優子は、自身の警戒レベルを一段階上げた。漫画やアニメでこの手の状況は、自分の身に何かが起こるパターンだ。

まさかそれを体感するとは思ってもみなかったが。

 

「けど、少しショックかな。あんな熱烈な歓迎を受けたことはなかったのに」

「……ああ、あの時。あの返事は既にしたはずですよ?」

「またまた冗談を。あの時は動揺してただけでしょう?」

 

立花が教室のドアに後退って、鍵を閉めた。

優子もそれに気がついてもう一つのドアへゆっくりと移動する。

 

「動揺なんてしてません。アレが私の返答です」

「そんなわけないでしょ。――僕の誘いを断る女子なんているわけがない」

 

声のトーンを落とした立花に、優子はゾッとした。元々女子人気の高い先輩だとは聞いていたが、同時に悪い噂も聞いていたから断ったのだ。もっとも、悪い噂がなくても断っていたが。

 

「そんなわけで、君には少し僕に付き合ってもらうよ」

「どんなわけですか?」

「大丈夫。悪いようにはしないよ」

 

立花が不気味な笑みを浮かべたまま、優子に近づく。

 

「やっ!」

 

優子は立花に向かって机を蹴飛ばすと、もう一つのドアに向かって駆け出した。

 

「どこに行くんだい? お嬢ちゃん」

「っ!?」

 

しかし、その寸前、大柄な男が教室に入ってきて退路を塞がれてしまった。一応文月学園の制服を着ているから学園の生徒なのだろうが、とてもそうは見えない。その後ろからもガラの悪い男達が入ってきて、あっという間に優子は囲まれてしまった。

 

「僕、こう見えて顔は広い方なんだ」

「まさか、あの伝言も」

「そう。君をここに呼ぶための罠ってわけ。ああ、心配しなくても、彼女には後でご褒美をあげるつもりだよ」

 

優子は背中に冷汗が流れるをの感じた。

目の前の男は、自分の方やっている事に、何の疑問も罪悪感も抱いていないのだ。今やってることも、彼にとっては些末な事なのだろう。優子は彼に、子供が無邪気に蟻を踏み潰すのと同じような狂気を感じた。

 

「あっ!」

 

逃げる間も、考える間もなく、優子は取り押さえられてしまった。足をジタバタさせて抵抗するが、屈強な男達にはまるで刃が立たない。

 

「やめて!」

「大丈夫。少し我慢してればすぐに終わるから。よく言うだろ? 天井の染みを数えてれば終わるって」

 

ニヤけ顔を崩さず、立花の顔が優子の顔に近くなる。優子も顔を反らして拒絶するが、もはや時間の問題だ。

 

「あ、そうだ。今度は君の『弟』君も誘おうかな。彼、男の割に可愛いし、『需要』ありそうだし」

「アンタ、秀吉にまで手を出したらタダじゃおかないから!」

「それは君次第かな?」

 

立花が優子の首筋を舐める。優子も目をギュとつむり諦めと覚悟を決めた。

 

――バリン――

 

「なんだっ!?」

突然ガラスの割れる音がして、全員の注意がそちらに向いた。

優子も何事かと首を動かすと、黒板のところに黒い何がいた。

 

「テメェ、何モンだ!」

「どっから入って来やがった!」

 

男達が怒声をあげる中、その黒い何かはスクッと立ち上がった。

ホラー映画の様なホッケーマスクをつけたマント姿の男。あまりにも不審者なの姿に、皆が唖然とする。

そのマスクから覗く赤い目が、優子と立花をとらえた。

 

「(え?)」

 

その見覚えのある目が、一瞬微笑んだ気がした。

マント姿の男は、ツカツカと優子と立花に歩み寄る。

 

「何をやっている! 早くソイツを」

「双衝」

 

マント男は一気に立花に接近すると、その腹に膝蹴りを入れ、黒い棒で殴り落とし、更に棒で突き放した。

 

「ぶべぇっ!?」

 

帰るの潰れるような声を上げて、立花が机を巻き込んで吹き飛ぶ。

 

「こっちだ」

「え?」

 

マント男は優子の手を掴むと、ドアに向かって走り出す。

 

「おい! 待てコラ!」

「刹牙」

 

追ってきた暴漢に上中下3発の蹴りを入れ集団に向けて吹き飛ばす。

マント男はその隙にドアの鍵を開け、優子を外に放り投げた。

 

「痛っ!」

「じゃぁな」

 

痛たむお尻を擦る優子に、マント男はそう告げるとまたドアを閉めた。

 

「ちょっと!」

 

優子はドアをドンドンと力一杯叩くが、中からは雄叫びと殴り合う音が聞こえるだけで、いっこうにドアが開く気配はない。

 

「……なんなのよ……」

 

優子が力弱くドアを叩く。

 

「なんなのよ……なんでそうなのよ、アンタは!」

 

優子は最後にドアをドンと叩くと、顔を上げて走り出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

優子は職員室に向かって走る。まだ先生が誰か一人は残っているかもしれない。早くしないと、アイツがとんでもないことになるかもしれない。

 

「なんで」

 

『僕が守るから』

 

「なんで、そうなるのよ」

 

幼い時の記憶のノイズが、恨めしいほどにリフレインしていた。

 

「先生!」

 

職員室のドアを開ける。明かりが点いていたからもしやと思ったが、職員室では西村教諭と高橋教諭らが残業をしていた。

 

「木下さん?」

「木下の姉の方か。どうかしたのか?」

「大変なんです! 3年生の教室で喧嘩が!」

「なんだと!? 高橋先生、ここは頼みます」

「分かりました!」

 

西村教諭が職員室を飛び出し、3年生の教室を目指す。

 

「木下さん。こちらへ」

 

高橋教諭が自分の隣の席を示し、優子を座らせる。

 

「……何があったか、話してくれますか?」

「……はい」

 

優子はポツリポツリと経緯を説明しだした。

 

「ここか……む?」

 

目的の教室についた西村教諭がドアに手をかけるが、鍵がかかっていて開かない。

 

「やむを得んか……むん!」

 

西村教諭が少し力を籠めてドアを引くと、鍵が壊れる音と共にドアがこじ開けられた。

 

「お前ら! いったい何を――っ!」

 

教室に入ろうとしたところで、西村教諭の足が止まる。ドアからドサリと誰かが倒れ込んだのだ。

黒いマントを羽織り、血だらけ、アザだらけの顔には壊れたホッケーマスクの残骸。腫れた目からは赤い目がのぞき、銀の髪もボサボサになっている。

 

「神崎!」

「……よう……鉄人。思ったより早かったな」

「喋るな。今救急車を」

「…………アイツは?」

 

西村教諭は一瞬誰の事かと思ったが、すぐに理解した。

 

「安心しろ。無事だ。今高橋先生と一緒にいる」

「……そっか……なら……よ……か……」

「神崎!」

 

西村教諭の言葉に安心したのか、秀隆はそのまま意識を手放した。

 

翌日。緊急の職員会議が開かれた。議題はもちろん、昨日の集団暴行事件だ。

あれから西村教諭の通知で救急車が呼ばれ、秀隆と立花を含む十余人が病院に運ばれた。

 

「神崎秀隆は元々素行の悪い生徒でした。これを期に、即刻退学させるべきです」

 

開口一番にそう言い放ったのは、教頭の竹原教諭だった。

何人かの先生も、秀隆の素行の悪さを知っているので竹原教諭に同意するように頷いた。

「私は反対です」

 

それに真っ向から異を唱えたのは西村教諭だった。

 

「何故です? 神崎の素行の悪さには西村先生も手を焼いていたでしょう?」

「確かに、神崎は私が目を光らせている生徒の一人です。ですが、今回神崎はひとりの生徒を守るために事件を起こしてしまいました。私は彼の『信念』を信じたい」

「一介の不良程度に、信念もなにもありませんよ」

「そうでしょうか?」

 

西村教諭に同意したのは、高橋教諭だった。彼女も真っすぐに竹原教諭に反対した。

 

「高橋先生。貴女まで何を」

「私はその生徒から直接事情を聞きました。彼の行動理念には、一考の余地があるかと」

 

高橋教諭の言葉に、竹原教諭は話にならない、と天を仰いだ。

職員会議がにわかにざわめく中、ひとりの女性が声を上げた。

 

「とりあえず、決を取ろうじゃないか」

「学園長」

 

竹原教諭が少し驚いたようにその女性、学園長の藤堂カヲルを見やる。

 

「話はそれからだよ」

「……では、神崎秀隆の退学に賛成の者」

 

竹原教諭を含む数人の先生が手を上げる。

 

「……次に、神崎秀隆の退学に反対の者」

 

今度は西村教諭、高橋教諭を筆頭に数人が手を上げる。

 

「賛成4、反対5、無回答1ってとこだね」

 

頭の中で勘定していた学園長が決を告げる。

ギリギリのところで、秀隆は退学を免れた。

 

「……良いでしょう。ですが、お咎めなし、と言うわけにはいきません」

「もちろんです」

 

結果に不服そうだが結果は結果。竹原教諭は多数決を受け入れはしたが、何らかの処罰は必要だと告げた。これには西村教諭も反対しなかった。

 

「それで、いかがするおつもりですか?」

「我が学園には、それ相応の罰に値する『制度』があります」

「……まさか」

 

竹原教諭の眉がピクリと動く。学園長も西村教諭の考えに同意したのか静かに頷いた。

 

その更に翌日。学園の掲示板に張り紙がしてあった。

真っ白い紙には、淡泊な文字で一文だけ記されていた。

 

――神崎秀隆。上記の者を文月学園指定『観察処分者』として認定する――

 

「――てな具合で、俺は晴れて観察処分者になったってわけ」

 

ある日の昼休み。いつものメンバーと弁当をつつきながら、秀隆は自分が観察処分者になった経緯をかいつまんで説明した。本当の事は伏せてぼかしながらではあるが。

 

「あったなぁそんなこと」

 

明久も当時(と言っても1年も経っていない)の事を思い出しながら菓子パンを齧った。

 

「あの時は驚いたよ」

「まったくだ。明久が観察処分者になったと思ったら、今度は秀隆が先輩ごと病院送りになって観察処分者ときた」

「…………怒涛の一週間だった」

 

雄二と康太もその時を思い出す。観察処分者が2人も同時期に出るという波乱の一週間だった。

 

「アンタよく退学にならなかったわね」

「まぁ俺もその辺は覚悟したさ。運が良かったのだけだ」

「西村先生も、神崎君を信じてたんですね」

「姫路。気持ち悪い事を言わないでくれ」

「それで、その先輩はどうなったんですか?」

「退院後に鉄人にこってりしぼられたらしい。そこは俺も同じだが」

 

立花たちも退学は免れたものの、その後は針の筵のような状態で卒業まで過ごしていたそうだ。

 

「ま、後悔はしてねぇよ。おかげで欲しかった『力』も得られたしな」

「力?」

「召喚獣の物理干渉能力」

「それを得るためにワザと観察処分者になったの?」

「どうやったもんかと頭悩ませてたんだけど、向こうから来てくれて助かったぜ」

 

結局、打算があっての事だということか。秀隆らしくはあるが、さっきの感心を返して欲しいと皆ため息を吐いた。

 

「まったく。素直じゃないの。秀隆も姉上も」

「何か言ったか?」

「いや。何も言うとらんよ」

 

秀吉は意味深な笑みを浮かべ、弁当をつまんだ。

 

 

 

 




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