バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回から原作第5巻。吉井玲襲来編となります。
今回はプロローグなので少し短めです。


第五章 襲来吉井玲 編
第六十九問


第六十九問

 

「ふわぁ〜」

 

神崎秀隆は、いつもの様に大口を開けて欠伸をしながら、文月学園に続く坂道を歩いていた。

 

「アンタねぇ……。ちゃんとシャキっとしなさいよ」

 

その様子を呆れながら見ていたの幼馴染みの木下優子。

文月学園でトップクラスの成績を持つ2-Aクラスに在籍する彼女は、周囲からも優等生と評価されるほどの品性の持ち主なので、朝からでもしっかりと背筋を伸ばしている。

 

「……猫かぶりのくせに」

「何か言ったかしら?」

 

優子が笑っていない目で微笑む。優子の本性を知っている秀隆からしたら、『こっち』が本物なのだ。

 

「別に。優等生様は大層なもんっでっ!」

 

皮肉に笑う秀隆の脇腹に、優子の肘が刺さった。他の生徒が見たら驚きそうだが、これが彼らの日常だった。

 

「ててて……。相変わらずの暴力女め」

「アンタが余計なこと言うからよ」

 

優等生ほど、意外な裏面を持っているとよく言うが、秀隆たちの前にもそんな一面を持った少女がいた。

 

「あれ、雄二と霧島か?」

「みたいね。朝から仲良くやってるわ」

 

この会話をすれ違いざまに聞いた生徒の反応は2つ。

 

一つは『どの口が?』

もう一つは『どこが?』

 

前者は秀隆と優子に対する皮肉と若干の嫉妬。後者は――

 

「ぐぉおおおっ! め、目がぁ!? ちくしょう! 歯を食いしばれは何だったんだ!!」

 

2-A代表霧島翔子に目潰しを食らっている、2-F代表坂本雄二に対する疑問だ。

 

「朝からお盛んだな。雄二」

「そ、その声は秀隆か?」

 

目から大量の涙を流しながら雄二が秀隆の方を向く。色々と誤解を生みそうな言い方だが、雄二は目の痛みを堪えるのに精一杯でツッコミを入れる暇がない。

 

「代表。朝から何やってるのよ?」

「……雄二が携帯電話を見せてくれないから」

「携帯電話?」

「……昨日テレビで言ってたから」

「ああ。浮気の証拠は携帯電話に残ってるってやつか?」

「……そう。夫の浮気チェックは妻のつとめ」

「だからお前と俺は結婚してねぇ!」

 

翔子はテレビの影響を受けて雄二の携帯電話の着信やメールをチェックしようとしていたようだ。それを雄二が拒否して目突きを食らったらしい。

 

「また変なのに影響されてんな」

「それはいつものことだけど。坂本君も後ろめたい事がないなら見せてあげたら?」

「馬鹿な事を言うな木下姉。この前やっと修理から戻ってきたばっかなのに、機械音痴の翔子に渡してまた壊されてたまるか」

「……雄二。まだ抵抗するの?」

「あ、当たり前だ!」

 

雄二も雄二とて、いわれのない事で携帯電話を覗かれたくはない。プライバシーの保護を叫ぶ雄二に、翔子は「……そう」と一言呟いた。

 

「……それなら、ズボンとトランクスごと持っていく」

「トラ……っ!? 百歩譲ってズボンはまだしも、トランクスは関係ないだろ!? お前は俺に下半身裸の状態で登校しろと言うのか!?」

「……男の子は裸にYシャツだけの姿が大好きてお義母さんから聞いた」

 

翔子の情報は決して間違ってはいない。が、肝心な部分が抜け落ちている。

 

「違う! 好きだからって自分がなりたいわけじゃねぇ! そこはかなり大事なところだから間違えんな!」

「そうよ代表。それに、代表は重要なところを間違えてるわ」

 

雄二に助け舟を出したのは、意外にも優子だった。

 

「……そうなの?」

「ええ」

 

首を傾げる翔子に優子は大きく頷く。

 

「アレはね。『好きな人のYシャツ』でやるから意味があるの。だから代表のYシャツを坂本君に貸してあげないと」

「……なるほど」

「違う! 確かにそういうシチュエーションは多いがそこじゃねぇ!」

「そのツッコミもどうかと思うぞ」

「あ、でも代表のだとサイズが小さ過ぎるわね。……やっぱり秀隆のかしら?」

「だからYシャツの問題じゃねぇ!」

「お前もう性癖を隠す気ねぇだろ」

 

優子は少々偏った嗜好の持ち主だった。

 

「……雄二。トランクスを渡して」

「お前は変態か!? 目的が変わってるじゃねぇか!」

「……変態じゃない。幼馴染みの私には、雄二の成長を確認する義務があるというだけ」

「そんな義務があってたまるか!」

 

雄二は必死に抵抗するが、それでも翔子は諦めない。

 

「……ある。優子もやっている」

「……は?」

「ぶふっ!? ゴホっ!?」

 

思わぬ飛び火に優子がむせ返る。横で聞いていた秀隆も一歩分優子から離れた。

 

「木下姉……。お前……。」

「ち、違っ! 代表も変なこと言わないでよ!」

「? ……でもこの前は目のやり場にこまるって」

「あ、あれは秀隆が下着姿で玄関に出てくるからっ!」

 

顔を赤めらせて優子が秀隆のせいだと訴える。

 

「秀隆。お前もナニやってんだよ」

「寝てるかゲームに決まってんだろ。つうか、優子が朝がけにアポなしで家に来るからだろうが」

「休日のお昼に行ってもそうでしょうが! ズボンくらい履きなさいよ!」

「最近暑くなってきたからソッチの方が楽なんだよ」

「さすがにだらけ過ぎだろ」

 

秀隆が基本的にズボラなのは知っていたが、まさか1日下着で過ごしているとは思わなかった。もはや中年のおじさんである。

だが、男性下着の中でもゆったりしたものが多いトランクスなら目のやり場に困るというのは分かるが、成長を確認はできないのはずだ。

 

「それに……コイツ、よりにもよってボクサー派だし」

「お前な……」

「トランクスより着心地がいいんだよ」

 

身体にフィットするタイプのボクサーパンツなら、思わずソコに目がいっても仕方ないな、と雄二が呆れている背後から翔子の魔の手が伸びる。

 

「ええい、ベルトに手を伸ばすな! ズボンのホックを外そうとするな! 分かった! 渡す! 携帯電話を渡すから!」

「…………そう」

「なんで露骨に残念そうなんだよ」

 

乱れたズボンを直しつつ、雄二が渋々翔子に携帯電話を渡す。

翔子は雄二の着信履歴やメールの履歴を確認すると、おもむろに雄二のズボンに手を伸ばした。

 

「待て! どうしてズボンに手をかける! 携帯電話はもう渡してあるだろ!?」

「……私より吉井や神崎の方が着信もメールも多い」

「まぁ、遊びやバイトの連絡入れてるからな」

「それがどうかしたか?」

「……つまり、雄二の浮気相手は吉井と神崎ということになる」

「いや、ならないだろ」

「三又だなんて坂本君もプレイボーイね」

「俺を勘定に入れんな」

 

基本的に雄二は明久や秀隆と遊ぶ事が多いから、自然とメールのやり取りも多くなるのだが、翔子はそれにご立腹のようだ。 優子は少し別方向に興奮気味だったが。

 

「……だから、お仕置き」

「どうして俺の周りには性別の差を些細なことと考える連中が多いんだ……?」

「その筆頭がコレだ」

「失礼ね。私はちゃんと大切に考えているわよ」

 

優子は胸を張って答えるが、秀隆は露骨に嫌そうな顔をした。その大切のベクトルが違うといのに。

 

〜♪♪♪〜

 

と、誰かの携帯電話の着信メロディが鳴り響く。

秀隆と優子は自分の携帯電話を確認するが、着信もメールもなかった。

 

「雄二の携帯だな」

「みたいね」

 

雄二の携帯電話のライトが点滅しているから、雄二の携帯電話にメールがあったのだろう。それを見ていた翔子の顔色が変わる。

 

「ん? そうか。おい翔子、確認するから携帯を――いや、違うな。携帯よりも、スリもビックリな手際で抜き取った俺のベルトを返すんだ」

「マジで見えなかったな」

「代表って手品の才能もあるのかしら?」

 

瞬きすら許さぬ間に、翔子は雄二のズボンのベルトを抜き取り、更にはズボンのホックも外していた。

 

「……ダメ。返さない」

「は? 何で――ってうぉっい!? 更にズボンも取る気なのか!? ここは天下の往来だぞ!」

 

翔子はベルトでは飽き足らず、ズボンにも手をかけ一瞬で抜き取った。

 

「ち、ちょっと代表! こんな所で何をする気なのよ!?」

「……お前。それ見えてんだろ」

 

優子は雄二のトランクス姿に手で目を隠すが、指の隙間からガッツリ覗いている。目のやり場にこまるとはなんだったのか。

 

「分かった! 俺も大人だ千歩譲ってズボンは渡してやってもいい!」

「よくないだろ」

「だからせめて、トランクスは、トランクスだけは――!」

「……ダメ」

 

翔子が少し怒気を含んだ声で拒絶する。

 

「お前正気か!? 自分が何をしているのか分かってるのか!?」

「……浮気は、絶対に、許さない……!」

「ちくしょう! さっきのメールには何が書いてあったんだ!?」

 

トランクスを巡る激しい(?)攻防の最中、翔子の手から雄二の携帯電話がポトリと地面に落ちた。

秀隆は携帯電話を拾い上げるとメールの履歴を確認する。

 

「浮気ってことは吉井君かしら?」

「普通は女が浮かぶんだけどな」

 

だが雄二が翔子以外の女子とメールする姿も想像できない。メールの送り主は案の定明久だった。

 

「…………」

 

メールの内容を見た秀隆が何とも言えない表情を見せる。優子もドレドレと携帯電話を覗き込む。

 

「まぁ」

 

内容を見た優子はムフッと厭らしい笑みを浮かべる。

 

『雄二の家に泊めてもらえないかな。今夜はちょっと……帰りたくないんだ』

「あのバカ。島田の時から何も成長してねぇじゃねぇか」

「吉井君ったら見かけによらず結構大胆よね」

 

心底嫌そうな顔をする秀隆とは対称的に、優子ほご満悦そうだ。明久は大胆というより単に言葉足らずで事を大事(おおごと)にしているだけなのだが。

 

〜♪♪♪〜

 

そこに、また誰かの携帯電話に着信があった。秀隆がポケットから携帯電話を取り出すと、今度は秀隆の携帯電話だった。

画面に表示された送り主は、吉井明久とあった。

 

「まさかな……」

 

秀隆がメールを確認し、ピシっという音と共に石化した。

優子が期待に胸を膨らませて優子が秀隆のメールを盗み見る。

 

『秀隆の家に泊めてもらえないかな。今夜はちょっと……帰りたくないんだ』

 

宛名が変わっただけの、雄二のと一言一句変わらないメールだった。

 

「もう、吉井君ったら。坂本君だけじゃなくて秀隆ともだなんて。欲張りさんなのね」

「…………」

 

正気に戻った秀隆が優子に無言のチョップをかます。

その日の優子は、ここ最近で一番の上機嫌だったという。

 

「――送信っと。これでよし」

 

一方その頃、当の明久は雄二や秀隆の状況など露も知らず、メールが送信されたことを確認すると、携帯電話をポケットにしまう。

 

「はぁ……。今日は雄二とゲームの続きをする予定だったのに……」

 

思わぬ『アクシデント』で延期せざるを得なくなった。しかもそのアクシデントで今日は家に帰りたくない。

一応保険で秀隆にも同じ内容のメールを送信しておいた。これでどちらかはオーケーしてくれるはずだ。両方からオーケーされたらそれはそれで困るが。

 

「んむ? 明久?」

 

明久がのんびりと坂を登っていると、後ろから驚きの混ざった声が聞こえてきた。

 

「あ。おはよう秀吉」

「うむ。おはようなのじゃ」

 

トテトテと小動物の様に明久に駆け寄ったのはクラスメイトで優子の双子の弟の木下秀吉。二卵性の双子だが優子と瓜二つの美少女顔で、最近も男子生徒から告白されたという悩みを持っている。

朝から秀吉の可愛らしい姿を見て、明久は今日一日が幸せになるような予感がした。

そんな秀吉が、明久の顔をじっと覗いているように観察している。

 

「? どうしたの秀吉? 僕の顔に何かついてる?」

「いや、そう言うわけではないのじゃが……。明久よ。今朝のお主はいつもと何かが違うような気がするのじゃが……」

「ぅえ!? き、気のせいじゃないかな? 何も変わったところなんてないよ?」

 

明らかに狼狽える明久。これでは後ろめたいことがあると言っているようなものだが、秀吉はそれに気づくことはなく、マジマジと明久を観察する。

 

「普段と違って、今日は今朝から血色が良いように見えるのぅ。珍しくしっかりと朝食を摂ったようじゃな」

「う……っ! ま、まぁ僕だってたまにはちゃんと朝ご飯くらい食べるさ」

 

秀吉の指摘に明久が息を飲む。辛うじて言葉を濁して誤魔化していた。

 

「それにシャツとズボンもアイロンがかかっておるようじゃし」

「そ、それはホラ。今日は週の初めなんだからそれくらい……」

「……怪しいのう」

「ほ、ホントに何もないんだよっ」

 

秀吉に下から覗き込まれて、明久は秀吉の眼から逃れるように体ごと向きを変える。

 

「ならばなにゆえワシから目を逸らすのじゃ?」

 

秀吉が明久の前に回り込んでさらに覗き込む。

 

「だから別に何も」

 

更に向きを変える明久。

 

「ならばこちらを向いても良かろうに」

 

秀吉が更に回り込む。

 

『朝から見せつけてんじゃねぇぞコラぁ!』

『吉井君。そちらの先輩の仰る通りだ。君は木下君ともう少し距離を取るべきだ』

 

そんなこんなしていると、常夏コンビの片割れと学年次席から注意を受けてしまった。

 

「いや、イチャイチャも何も、お主らを含めてこの場には男しかおらんと言うのに……」

 

秀吉の注意が一瞬明久から逸れる。

 

「ごめん秀吉! 僕先に行くね!」

 

その一瞬の隙をついて、明久は校舎に向けて駆け出した。

 

「む。明久め。逃げおったな?」

 

背中から秀吉の悔しそうな声が聞こえる。

追いかける事はなかったが、どうせ行きつく先は同じ2-Fの教室なのだ。明久は秀吉にどう言い訳するかを考えながら教室に入った。

 

 




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