バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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例のあの人の登場はもうしばらくお待ち下さい。


第七十問

第七十問

 

秀吉から逃げおおせた明久は、息を弾ませながら坂を駆け上がる。

そのままの勢いでリズム良く階段を登り2-Fの教室に滑り込む。

 

「おはよ――」

「死ね」

「ぎゃはぁあっ!」

 

教室に入った途端、横から強烈な蹴りをあびて、明久は錐揉み回転しながら吹き飛んだ。

 

「痛ったー! 背中に! 背中に何が突き刺さる痛みがっ!」

「テメェよくもやってくれたな」

 

背中に文房具が刺さり、痛みに悶える明久を蹴飛ばした張本人(秀隆)がさらに足蹴にする。

 

「痛い! 痛いよ秀隆! 僕が何をしたって言うのさっ!?」

「黙れクソ野郎。詫びて死ね。死んで詫びろ。死んでも許さん」

「言ってることが滅茶苦茶だっ!」

 

無表情で恐ろし事を宣いながら自分を踏みつけてくる秀隆に、明久は狂気と恐怖を感じた。

 

「おい秀隆。そのへんにしておけ」

 

それを見かねたのか、珍しく雄二が仲裁に入る。

 

「ありがとう雄二。やっぱり持つべきは友――」

「お前がやりすぎると俺が明久を殺す分がなくなるだろう」

「僕の生死は取り分なの!?」

「いいだろ別に。減るもんじゃなし」

「減るから! 人として一番大事な物が減っていくから!」

 

明久はこの2人は本当に友だちなのだろうかと本気で考えた。

 

「明久。お前さっき何もやってないって言ってたな?」

「え? そうだけど」

 

少なくとも、休み明けの上まだ登校したばかりの明久に、蹴飛ばされる程のヘマをやらかしたという自覚はない。

 

「……俺のこの格好を見てもそう言い切れるのか?」

「雄二の格好?」

 

言われて明久が雄二の格好を見ると、上半身は制服だが、下半身に違和感があった。

 

「……何でズボンじゃなくて体育用のハーフパンツなの?」

 

明久の指摘通り、雄二の格好は、制服にハーフパンツという珍味な姿だった。

 

「テメェのせいだ明久! テメェのせいで俺は、下半身クールビズ仕様で登校する羽目に……! 死んで償えこのクソ野郎っ!」

「えぇぇっ!? だから何なの!? いったい何があったのさ!?」

「黙れ! 死ね! 制服をよこせ!」

「ちょっ!? 秀隆、助けて!」

「雄二。俺の分も取っとけよ」

「しまった! 僕を殺す(そっち)側だった!」

 

明久が支離滅裂な2人の言動に困惑していると、

 

『おい、聞いたか? 坂本の話』

『ああ。なんでも裸Yシャツで登校してきたらしいな?』

『まったく、流石としか言いようがないな……。最近女装は見慣れてきたが、アレには度肝を抜かれたぜ……』

 

そんなクラスメイトの会話が聞こえてきた。

 

「雄二……。何か辛い事があるなら言ってよ。相談に乗るからさ……」

「ち、違う! 俺は自分から進んでそんな格好になっわけじゃない! あと、トランクスは死守したからギリギリでセーフなはずだ!」

「アウトだよ」

「うんうん。辛い事があったから、雄二の精神は斬りまで追い詰められちゃったんだよね……」

「だから違うと言ってるだろ!」

 

明久は噂の真相は、雄二が精神的に追い詰められて奇行に走った事だと信じて疑わなかった。

 

「お前送ってきたメールを翔子に見られたせいでズボンを奪われたんだよこのボケ!」

「ついでに俺は優子の妄想の素材にされたんだよクソ野郎」

 

唾を散らしながら怒りを振りまく雄二。だが明久はその原因がピンと来てなかった。

 

「何言ってるのさ2人とも。男からのメールくらいで霧島さんがそんな事をするわけないし、木下さんが変なこと考えるわけないじゃないか」

「いや。正直、お前からのメールはかなり際どい感じだと思うぞ……」

「腐った女を甘く見るなよ。アイツらは隙あらば生物無機物関係なくくっつけるからな」

 

明久は自分の送ったメールの中身の重大さをあまり深く考えていないようだった。

 

「際どいって、どんなメールだったんですか?」

 

そこに割って入ってきたのはクラスメイトで2-Fの心のオアシスと言われている姫路瑞希だ。3人が騒いでいたのを聞いて、メールの中身が気になったようだ。

 

「どんなって……。別にただの頼み事のメールのはずだけど?」

「アレが()()のなわけねぇだろ」

「そう思うなら、俺たちに送ったメールの文面を大きな声で読み上げてみろ」

「雄二の方でな」

「? 別にいいけど?」

 

普通の文面だと思っている明久は、言われるがままにメールを読み上げる。

 

「えっと、それじゃぁ……コホン。雄二の家に泊めてもらえないかな。 今夜はちょっと……帰りたくないんだ!」

 

――ガラッ――

 

明久がメールを読み終えた瞬間、教室のドアが音を立てて開かれた。

 

「……………………」

 

そこに立っていたのは、引きつった顔のまま硬直した美波。

 

「ウチにはアキの本心が全然分からないっ!」

「え!? なに!? 何で美波は登場と同時に退場してるの!?」

 

美波はトレードマークのポニーテールを激しく揺らして、鞄をその場に放り出して走り去って行った。

 

「な、なんて事を言うんですが明久君っ! そ、そういうのはもっと、その……オトナになってからですっ!」

 

瑞希も明久の言葉に顔を赤らめて動揺している。

 

「というか、それ神崎君にも送ったんですか?」

「うん。そうだけど?」

「そのせいで俺は優子の毒牙にかかったんだぞ」

「その言い方もどうかと思うけどな」

 

明久は自分の書いたメールが、所謂『誤解を招く』内容である事にまったく気がついてないようだ。

こういった無沈着さは、明久も秀吉に負けないくらい抜けている。

 

「相変わらず朝から賑やかなじゃな……。先ほどは明久が走り去って行ったかと思いきや、今度は島田が教室を飛び出していくとは。何があったのじゃ?」

 

そこにようやく追いついた秀吉が入ってきた。いつもの様に明久を中心に起きている騒ぎに、秀吉も少し呆れ顔だ。

 

「いや、別に何もないけど」

「なんじゃ。先ほどの事といい、ワシに秘密かの? それはちと、寂しいのう……」

 

心もち伏し目がちに呟く秀吉。その薄幸の少女のような仕種に、明久は罪悪感を覚える。

 

「聞いてくれ秀吉。このバカがこんな時間から公序良俗に反するような発言をしたんだ」

「そのせいで雄二はズボンを、俺は人としての尊厳を奪われた」

「ズボンと尊厳? 何のことかはさっぱり分からんが。明久……。お主また朝っぱらから助平な事を考えておったのか?」

「ち、違うよ! 僕がムッツリーニみたいにいつもイヤらしい事ばかり考えてるように言わないでよ!」

「…………失礼な」

 

明久が両手を振って否定していると、どこからかムッとしたような声が聞こえてきた。

振り返ると、さっきまでは何の気配を感じなかった場所に、同じくクラスメイトのムッツリーニこと土屋康太が立っていた。

 

「おはようムッツリーニ。どうしたの? ずいぶん荷物が多いようだけど」

 

康太は学園指定の鞄の他に、大きなボストンバッグを両肩から提げていた。今日の時間割に体育はなかったから、ジャージや体操着でないだろう。

 

「…………ただの枕カバー」

「枕カバー? それにしては包が大き過ぎない?」

 

枕カバーなら、手提げ鞄で十分であろうし、数が多いにしてもボストンバッグ1つで済むはずだ。

 

「…………そんなことはない」

 

康太は首をブンブン振って否定するが、かえって怪しさが際立った。

 

「ごめんムッツリーニ。ちょっと中身を見せてね」

「…………あ」

 

大荷物のせいでいつもより動きの鈍った康太から、明久はボストンバッグのひとつを奪いファスナーを開ける。

康太のことだから、どこかでお宝を入手して独り占めしようとしていたのだろうと、明久は怖さ半分期待半分でバッグ中身を取り出す。

 

「さて、中身は何か……な……」

 

ボストンバッグから出てきたのは――等身大の明久がプリントされた白い布(セーラー服着用)だった。

 

「……ムッツリーニ……。なに、これ……?」

「…………ただの()()()カバー」

「ただの、じゃない! 枕カバーと抱き枕カバーには大きな隔たりがあるということをよく覚えとくんだ! っていうかどうして僕の写真なの!?」

「しかもこんな際どいポーズよく撮れたな」

「ついに明久も本格的に女装に目覚めたか?」

「そんなわけないだろこのバカ!」

 

抱き枕カバーに描かれた明久は、明久がシーツの上で手を上にして仰向けになっている構図だが、上目遣いで潤んだ瞳、恥ずかしそうに頬を染めながら少し逸らした顔、モジモジするように内股に重ねられた腿など、やたらと扇情的だった。

 

「…………世の中には、マニアというものがいる」

「何を言っているのさ! 僕の抱き枕カバーなんかを、しかもこんなポーズのなんか欲しがる人なんてどこにも――」

「失礼。土屋君はいるかな? 前に頼んでいた枕カバーを」

 

そこにドアをノックしながら現れたのは、学年次席の久保利通。

 

「あれ? 珍しいね久保君。ムッツリーニに何か用事?」

「――何でもない。少々用事を思い出したのでこれで失礼するよ」

 

久保は来たばっかりだというのに、明久の顔(と持っている抱き枕カバー)を見るなりそそくさと退出していった。

 

「ムッツリーニ、久保とも取り引きしてたのか?」

「(コクン)…………強化合宿以来、お得意様」

「ヤツめ、完全に吹っ切れたな」

「久保といい優子といい、絶対に悪影響出てるだろ」

 

明久は無意識の悪寒に悩まされて後ろで行われている恐ろしい会話に気づくことははかった。

 

「はぁ……。とにかくムッツリーニ。取りあえずその抱き枕カバーは全部没収するからね……。作った分を全部回収して、写真を秀吉に換えて持ってきてよ……」

「明久よ。ドサクサに紛れてワシの抱き枕を作るでない」

「そうですよ明久君。人のモノを勝手に取って、しかも改造するだなんてだめです。……1枚は私の分ですし」

 

おそらく美波も予約済みだろう。

 

「……というか、本当に明久のだけか?」

「え?」

「…………!(ブンブン)」

 

秀隆が疑念の目を康太に向けると、康太はブンブンと千切れんばかりに首を振った。

 

「…………今回の依頼は明久だけ」

「今回『の』ってことは、明久以外にも作ってるんだな」

「…………誘導尋問はよくない」

「テメェが墓穴掘ったんだろうが。……もう一方の鞄も見せてもらおうか」

「…………あ」

 

秀隆がもうひとつのボストンバッグを漁ると、中からまた抱き枕カバーが出てきた。――等身大の秀隆のものと雄二のもの(どちらも裸Yシャツ)が。

 

「テメェ……何てモン作ってんだコラ!」

「翔子がやたら裸Yシャツに拘ったのはこのせいか!」

「なんとも……際どい構図じゃのう……」

2人のポーズは、両手を前に突き出し、抱きしめる寸前の構図だった。こちらは明久とは逆で、攻めっけのある挑発的な笑みを浮かべている。

 

「…………これも顧客のニーズに応えた結果」

「ニーズがピンポイント過ぎんだろ! 誰がこなもん――いや、雄二の方の依頼主(クライアント)は分かるか」

「お前の方もな」

「あははは……」

 

秀隆と雄二が抱き枕カバーの処遇に頭を悩ませていると、

 

「おはようございます」

 

2-F3人目の女子生徒、リリアーヌ・シュトラウスキーがやってきた。

 

「おはようございます。リリアちゃん」

「瑞希ちゃん。おはようございます。皆さん、何のお話をされてたんですか?」

「いや。文月学園の公序良俗について憂いていただけだ」

「?」

 

リリアもまさか学園で秘密裏にクラスメイトの抱き枕カバーが裏取引されているとは思ってもみなかっただろう。

 

「公序良俗と言えば、先ほどのお主らの話は何じゃったかの?」

「あ。えっと何の話してたっけ?」

 

この数分の間にインパクトの強すぎる話が連続して、元々の会話を忘れてしまった。

 

「俺が明久にトランクス姿での登校を強要された、という話だ」

「明久、お主……」

「雄二っ! ワザと誤解を招くような言い方はしないように!」

「明久が俺と一夜を共にしたいという話だったか?」

「秀隆っ! 君は数秒前の会話も理解できていないのかっ!」

 

色々と大事な部分が抜けた雄二と秀隆の説明に、リリアの目が点になっている。

 

「まぁ、それは冗談だが……。要するに、明久の送ったメールのせいで翔子が何かを勘繰って、それが原因で俺が酷い目にあったって話だ」

「俺の方は……まぁ、メールの内容は雄二と同じだが、そのせいで優子が暴走して迷惑を被ったってことだ」

「はぁ……」

 

ちゃんと説明を受けても、リリアは状況がいまいち理解できていないようだ。理解しろと言う方が無理な話ではあるが。

 

「メール? それは今朝の明久の様子がおかしいのと何か関係があるのかの?」

 

秀吉が何気なく放った一言に、明久は心臓が飛び出るほど驚いた。秀吉に疑念を抱かれていたのを忘れていたのだ。

 

「明久君の様子、ですか……? そう言われてみれば、今朝はいつもより顔色がいいですね」

「制服も糊が利いてるのかパリっとしてるな」

「寝癖もないみたいです」

「確かにおかしいな。顔色がいいのはまだいいとして、身だしなみがいつもより整い過ぎているのは妙だ」

「…………明久らしくない」

その場にいた全員が明久の様子を訝しむ。

 

「た、たまにはそういう気分の日もあるんだよ! それより、もうすぐチャイムが鳴るよ! 鉄人が来る前に席につかないと! んじゃ、そういうことでっ!」

 

明久は強引に話を切り上げると、その場から逃げるように自分のちゃぶ台に移動した。

 

「「「「「「怪しい……」」」」」」

 

明久に対する疑念は、増々深まった。

 

『吉井。保健室に行ってきなさい』

 

この台詞を、明久は午前中の4つの授業で7回も言われている。その理由は、明久が真面目に授業を聞き、ノートを板書していたからだ。

 

「まったく、皆失礼だなぁ……」

 

明久は遺憾の意を示しているが、普段まともに授業を受ける姿勢を見せていない生徒が、急にやる気をだしたら、何かを疑うか心配するかが普通の反応である。

とは言え、午前の授業は無事(?)に全て終え、昼休みに入る。明久は授業道具をしまい、鞄から弁当箱を取り出した。

 

「アキ、何かあった? 今朝から様子がおかしいようだけど?」

 

そこに心配そうにやってきたのは美波だ。今朝の言動といい、美波からしても明久の様子は異様に見えたようだ。

先のDクラス戦では嫌われたと思っていたが、明久の予想に反して、雄二たちの言う通り今では以前のように接してくれるようになっていた。

 

「別になんでもないよ。ちょっと真面目に勉強に取り組んでみようと思っただけで」

「アキ。おでこを出しなさい。今熱を測るから」

「だからどうして皆似たようなリアクションを取るんだろう……?」

 

呆れている明久に、美波は前髪を掻き分けて自分の額を明久のおでこに当てようと顔を近づける。

 

「って、流石にそれはマズいっ!」

「きゃっ!」

 

明久が勢いよく飛び退ったせいで、美波が軽く悲鳴をあげた。

 

「ちょっと! せっかく人が心配して熱を測ってあげてるのに、何てリアクションするのよ!?」

「ご、ごめん! こっちにも色々と事情があるんだ!」

 

明久は急いで弁明するが、美波は納得していないようだ。

 

「事情? 何よそれ?」

「あ、えっと……。ほら、また前みたいに清水さんが突撃してくるかもしれないし」

「美春には散々言い聞かせたし、隠しカメラも盗聴器も回収したから大丈夫よ」

 

それでも襲ってきそうなのが清水美春という生物なのだが。明久が咄嗟に考えた言い訳も、美波には通用しなかったようだ。

 

「あ、そう、だね。そ、そうだ!それより、先ずはお昼にしようよ! 昼休みなんて短いんだからさ!」

 

明久は本当に清水を警戒したのか、強引に話題をお昼に持っていく。

だが、明久がちゃぶ台の上で弁当箱を広げていくと、

 

「アキがお弁当だなんて珍しいわね?」

 

美波に新たな疑問を抱かせるハメになった。

 

「明久君、今日はお弁当なんですね」

 

いつの間にやってきたのか、明久の隣では瑞希も自分の弁当箱の包みを持って少し驚いていた。

 

「あ、うん。たまには、ね」

「珍しいな。大抵はコンビニ弁当かスーパーの惣菜や冷食の詰め合わせだろ?」

 

そこに雄二たちもいつものメンバーも加わる。皆明久の弁当に注目していた。

一人暮らしの明久からしたら、料理するよりも惣菜を買ったほうが案外安上がりなのだが、今日は普通の2段重ねの弁当箱を持参しているのが気にかかっていた。

 

「ま、まぁ。いつもそんなのばっかりだと栄養が偏っちゃうし」

「ロクに飯の食えてないヤツの台詞じゃねぇな」

「じゃあ食べようか! いただきます!」

 

明久が秀隆のツッコミを無視して弁当箱の蓋を開ける。

 

「え!?」

「アキ、何そのお弁当!?」

「へ?」

 

弁当箱の中身を見た途端、瑞希と美波が驚きの声をあげる。

 

「何って、普通のお弁当だけど?」

「いえ、確かに普通のお弁当ですけど……」

「それ、結構手がこんでない?」

 

明久の弁当のおかずは、出汁巻き玉子、唐揚げ、金平ごぼう、ほうれん草のお浸し、アスパラガスのベーコン巻き、プチトマトのサラダ、デザートのオレンジ。中身だけ見たら普通の弁当だったが、一人暮らしの高校生が作るには少し手間のかかる献立だった。

 

「うん。まぁ、作るのは少し手間だったけど」

「え? 本当にアキが作ったの?」

 

美波はまだ疑っているようだ。

 

「だからそうだって言ってるじゃないか」

「けど……」

「明久君がこんなお料理を作るなんて……」

 

2人はマジマジと弁当箱と明久を見比べる。明久が料理ができることは知っているが、こんなちゃんとした弁当を作るなんて信じられないようだ。

 

「そう疑うんなら、食べてみる?」

「え!?」

「いいの!?」

「うん。一口くらいなら」

 

そう言うと、明久は出汁巻き玉子を一口切り分ける。

 

「はい。どうぞ」

「「…………」」

 

差し出された出汁巻き玉子を前に、瑞希と美波は互いの顔を見合わせる。

 

「? どうしたの2人とも?」

「美波ちゃん」

「瑞希」

「「じゃんけん、ポン!」」

 

 パー ← 瑞希

 グー ← 美波

 

「やったー!」

「くっ! やるわね瑞希……!」

「2人とも何やってるの?」

 

明久には分からない闘争がそこにはあった。

 

「あ、あの。明久君。それ、私が頂きますね」

「あ、うん。じゃあ姫路さん。はい」

「はい! あー」

「手を出して」

「…………」

 

瑞希が口を開いたまま固まった。

 

「手だと少し行儀が悪いけど、一応ティッシュもあるから遠慮なく言ってね」

「……はい……」

 

瑞希は極端に気落ちしたようにシュンとなり、両手を差し出した。明久は少し訝しみながらも瑞希の手に切り分けた出汁巻き玉子を乗せる。 その様子を、美波が後ろを向いて小さくガッツポーズをしながら見守った。

 

「お、美味しいです!」

 

意気消沈としていた瑞希の顔が、出汁巻き玉子を食べた途端、打って変わって明るくなる。

 

「噛むとジュワってお出汁がにじみ出て、お出汁と卵の甘さのバランスもすごく良いです!」

「え! 何それズルい! アキ、ウチにも一口ちょうだい!」

「え? あ、うん……」

 

明久がまた出汁巻き玉子を切り分けて美波の手に乗せる。

美波もすぐに口に放り込む。

 

「本当だわ! お出汁がちゃんと利いてて、塩加減もいい感じ!」

「そ、そんなに褒められると何だか照れるなぁ」

 

幸せそうに出汁巻き玉子を噛み締める2人に、明久が気恥ずかしそうに後頭部をかく。

その後から、雄二たちも勝手にヒョイッとおかずを一つまみ取っていく。

 

「唐揚げもタレに漬け込んでるのか味が染みてるな」

「金平ごぼうもシャキシャキで鷹の爪の辛味が利いてるな」

「出汁は出汁巻きと同じものかの? ほうれん草にシッカリと浸かっておるのぅ」

「…………アスパラガスも良い歯ごたえ」

「お野菜も新鮮ですね」

「ちょっと! 勝手に食べないでよ!」

 

明久はこれ以上取られまいと弁当箱を体で覆うように隠す。

 

「ま、これで確定したな」

「そうだな」

 

悪びれることもなく、雄二と秀隆は何かを断定させたようだ。

 

「な、何が?」

 

おそるおそる問いかける明久。すでに嫌な予感がビンビンしている。

 

「お前、俺たちに何か隠してるだろ?」

 

明久の身体中から、変な汗が噴き出した。

 




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