第七十五問
玲による『吉井明久お風呂写真集〜成長の記録〜』のお披露目も終わり、瑞希たちがリビングで談笑していた時、
「皆、待たせたな。夕食が出来たぞ」
男衆が夕食の乗ったお盆を提げてキッチンからやってきた。
「ありがとうございます。お客さまなのに、アキ君のお手伝いまでして頂いて」
「いや、気にしないでくれ。料理は嫌いじゃないからな」
「むしろ好きでやらせてもらってるんで」
「(こくん)」
恐縮して頭を下げる玲に、雄二たちは問題ないと返した。
「あ、ありがとうございます…………(ポッ)」
「お、美味しそうね…………(ポッ)」
「姫路さん、美波。どうして僕の顔を見て顔を赤らめるの?」
正確には明久の顔ではなく、それよりも下の方を見ていたのだが。
「このままでは少し手狭ですね。アキ君、物置から予備のテーブルを出してきて下さい」
「ん。分かった」
明久が物置に予備のテーブルを取りに行っている間に、玲と瑞希たちは手分けしてテーブルを拭き、雄二から料理を受けて取ってランチョンマットの上に並べていく。
明久が持ってきた予備のテーブルにも料理が並び、各々がテーブルに着く。
「それにしても、アキ君。アナタはどうしてそんなに落ち着きがないのですか。リビングにまでアナタの大声が聞こえてきましたよ?」
「それは姉さんの行動のせいなんだからね!?」
リビングまで聞こえていたのならアルバムをお風呂写真を見せるのを止めて欲しかった。
「ほら。またそうやって大きな声を出して。カルシウムが足りていないのではありませんか?」
そう言うと、玲は明久の前に置いてあるパエリアをよけて、代わりに空の深皿をひとつ置いた。
「皆さん。貝の殻はこのお皿に入れて下さい」
「何それ!? 僕の夕食は貝の殻だけなの!? カルシウム不足とか言ってるけど、これってただのイジメだよね!?」
「そうですよ」
秀隆が玲を窘めるように口を開く。
「秀隆……!」
「貝の殻は焼いて粉末にした方がカルシウムの摂取率が上がると思いますよ」
「そんな事だろうと思ったよ!」
「確かにそうですね。アキ君。後でお願いしますね」
「しかも僕がやるのかよ!?」
明久は麗しき友情と家族愛に涙を禁じ得なかった。因みに貝殻(炭酸カルシウム)を焼いてできる生石灰(酸化カルシウム)は土質安定剤としてよく使われるが、そのまま薬として飲むことはない。
「姉さん……。もしかして、姉さんは僕のことが嫌いなの……?」
明久が薄々感じていた疑問を玲に投げかける。
明久はよその家の家庭事情は知らないが、少なくとも、弟の女友だちに弟のお風呂の写真を公開したり、夕食に貝殻を食べさせようなんてしないと言うことは分かる。こんな辱めを受けるなんて、自分は実姉から嫌われているに違いない。
そんな明久の疑問に、玲は「心外です」と前置きをしてから答えた。
「何を言っているのですかアキ君。姉さんがアキ君を嫌いなわけないでしょう?」
そんなわけがない、と玲は訴えるが、その割には明久に対する扱いがぞんざいな気がする。
「むしろ、その逆です」
「え? その逆ってことは」
「無論、大好きです」
「そ、そうなんだ」
「はい。姉さんはアキ君のことを愛しています」
「ちょ、ちょっと皆の前で変なことを言わないでよ!」
明久が照れ隠しなのか声を荒げる。
いくら家族とは言え、友だちの前で面と向かって「愛している」と言われるのは思春期の男子高校生として嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。
「――ひとりの異性として」
「最悪だ」
ただ、玲の「愛している」は明久の想像したものとはベクトルが少し違っていた。家族愛や
「最後の一言は冗談だよね!? それならむしろ嫌いでいてくれた方が嬉しいんだけど!?」
実の家族から一異性として見られているなんて地獄以外の何物でもない。
明久は、やはり玲は自分を精神的に追い詰めて社会から抹殺しようとしているようにしか思えなかった。
「日本の諺にはこういうものがありますよね」
「何!? また余計な事を言うつもりなの!?」
「バカな子ほど可愛い、と」
「諦めろ明久。世界でこの人ほどお前を愛している人はいないぞ」
「そうだな。倫理的にどうかとは思うが、かと言ってこれ以上明久のことを想ってくれている人もいないだろう」
「待って! それは遠回しに僕が世界一のバカだって思われているってこと!?」
「遠回しもなにも、割と直接的に言うとると思うが」
「…………否定しようがない」
明久が世界で一番のバカであるということは、もはや共通認識を通り越して常識になりつつある。
「う、ウチだってアキのことを世界で一番バカだと思っているわ!」
「わ、私だって! この世界で明久君以上にバカな子はいないと確信しています!」
「やめて! それ以上皆で僕を傷つけないで!」
玲に対抗心を燃やしたのか、瑞希と美波まで明久を世界一のバカだと言い出し(間違ってはいない)、明久は踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂だ。
「まぁ、そんなどうでもいいことは置いとくとして」
「ど、どうでもいいんだ……。結構僕の人生を左右しそうな会話だったと思うけど」
このままだと、明久の生涯の伴侶が玲になってしまいそうだ。
「とにかく、冷めないうちに頂きましょう」
皆の視線が目の前で湯気を立てる料理に移る。
康太の飾り包丁が光るサラダ。雄二が作ったタコのキュウリのマリネとブイヤベース。そして、明久謹製のパエリア。
玲の言う通り、このまま不毛な議論を続けていても、せっかくの料理たちが冷めてしまう。それは勿体ないので、明久も癪だが玲の言葉に従い、夕食を優先した。
「「「「いただきまーす!」」」」
手を合わせて目の前の料理に取り掛かる。偶然にも、全員が最初の一口にパエリアを選んだ。
「む。これはまた、美味いもんじゃな」
「そうか。口に合ったようで何よりだ」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があったよ」
「腕によりをかけたからな」
「…………(こくり)」
秀吉がニコニコとパエリアを頬張る。
その可愛らしい姿とは対照的に、嬉しさと悔しさが混在したような複雑そうな顔をする瑞希と美波。
「あれ? 2人ともパエリア苦手だった?」
海鮮の臭みやサフランの香りが苦手な人もいるので、明久はパエリアが2人の口に合わなかったのかと不安になる。
「う……いや、嫌いじゃないし、凄く美味しいんだけど……」
「だからそこ、落ち込むと言いますか……」
2人とも今朝の弁当で明久の料理の腕前は理解したつもりだった。なんなら明久は玉子焼きや唐揚げは弁当のおかずとして比較的日頃から作りやすいものだから上手だったのだと思っていた。
しかし、明久の本当の得意料理は今目の前にあるパエリア。その完成度の高さから、明久が本当に料理が上手いのだと思い知らされた。明久の胃袋を掴むつもりが、逆に自分の胃袋を鷲掴みにされた。それは嬉しい反面、得意分野で明久に負けたという悔しさに繋がった。
「……やっぱり、もっとたくさん料理を作って練習しないと……! これに勝つためにも、もっとオリジナルの味を出して……!」
「姫路。お前はまずレシピ通りに作ることを覚えろ」
静かに闘志を燃やす瑞希に、秀隆が冷静にツッコミを入れる。
「上手にできていますね。アキ君の知っているレシピとは違う材料を用意したのに、いつも通りのものなのは残念ですが」
明久の更に海老の殻を入れながら玲が言う。どうやら玲はわざと明久のレシピとは違う食材を買ってきたようだ。
「随分と偉そうに言うなぁ。姉さんは料理が全然ダメなくせに」
明久の家では、その序列が上がるのと反比例して家事能力が下がる。料理の腕前は、玲が下から2番目で1番下は母親だ。
「何を言うのですかアキ君。姉さんだって、アキ君の知らないところで成長しているのですよ?」
「ふ〜ん。成長ねぇ……。どう成長したのさ」
この非常識極まりない姉がいったいどんな成長を遂げたというのか。
「胸がEカップになりました」
「アンタに恥じらいと言う概念はないのか! 料理全く関係ないし!」
誇らしげに胸を張る玲。家族の性的な成長なんて誇るどころか他人には見せたくないくらいには恥ずかしい。
明久は視界の端で見えた、美波がスプーンの柄を握り潰している瞬間を見なかったことにした。
「もちろん、料理だって勉強しましたよ」
「あ、そうなの?」
いくら非常識な姉とは言え、海外で一人暮らしをしていたのたから、多少料理ができるようになってもおかしくはない。
「はい。ついに、ウニとタワシの区別がつくようになりました」
「僕としては、今まで区別がついてなかった方が驚きだよ……」
呆れる明久の横で、雄二が「羨ましい」と呟いていた。
「というか、よくそれでパプリカとかの食材を買ってこれたね」
ウニとタワシほどではないが、ピーマンとパプリカも一見して見分けのつかない食材だ。特に昨今はカラーピーマンの流通も増えてきて、ますます分かりにくくなっている。
「抜かりはありません。レシピを店員さんに渡して用意してもらいましたから」
「結局人任せかいっ」
やっぱり成長していないと明久は呆れたが、よくよく思い返してみると、一緒に住んでいた頃は母親共々そもそも料理を作ろうという気概すらなかったのだから、レシピを用意した分だけ前向きに成長したと言えるかもしれない。
「ところで、皆さん」
スプーンを置き、ココからが本題と言わんばかりに玲が口を開く。
「うちの愚弟の学校生活はどんなものでしょうか? 例えば、成績や
玲は後者をやけに強調して問いかける。
玲が皆を夕食に誘った目的は、明久の生活態度の聞き取り調査を行うためだ。しかし、こんな事もあろうかと、最も脅威となりうる3人は、既にキッチンで口裏を合わせるように言い含めている。
「えっと、明久君はすごく頑張っていると思います。少しずつですが、最近は成績も伸びてきているみたいですし」
「そ、そうね。たまにドキッとさせられる時もあるわ」
流石は瑞希と美波。雄二や秀隆と違い、本人やその家族を前にして、その当人を悪く言うようなことはない。
実際に明久の成績は僅かずつだが良くなっているし、試召戦争では男らしい一面を魅せることもあるので嘘もついていない。
「そうですか。それで、異性関係は?」
「え、えっと、その……よ、よく分かりません……。
「そ、そうね。ウチもあまり知らないわね……。
2人して異性関係を強調しているのが気になるところだが、瑞希も美波も特に何も言う気配はない。となると……。
「異性関係、のぅ……」
顎に指を当てて考え込む秀吉。
秀吉も瑞希たち同様、本人を前に明久を貶めることは言わないだろうし、この前の美波との一件についても話すことはないだろう。
しかし、秀吉は時折明久に対して小悪魔的な態度を取ることもある。直接的にではないにしろ、からかい半分で異性関係を匂わせる発言をする可能性は十分にある。
「秀吉君は何かご存知でしょうか?」
「そうじゃな……。何か、となると」
「秀吉、あーん」
「うむ? あーん、じゃ」
明久は秀吉が発言する前にキノコを刺したフォークを秀吉の前に差し出す。秀吉は何の疑いもなくそれに食いついた。もぎゅもぎゅと口を動かし会話が中断される。
咀嚼中に喋るような真似を良しとしない玲は、秀吉がキノコを飲み込むまで待ってから再度尋ねた。
「秀吉君、それで――」
「はい秀吉。あーん」
「あーん、じゃ」
今度は貝を口に放り込む。こちらももぎゅもぎゅと食べる。
「秀吉君。先ほどの話を――」
「秀吉、あーん」
「あーん、じゃ」
続いてエビ。またしてももぎゅもぎゅと。
「秀吉く――」
「秀吉、あーん」
「あーん」
秀吉にイカを差し出した明久の肘を、玲がごきゅごきゅと反対方向に曲げる。
「ふぬぁぁっ! か、関節がっ!? 肘が逆を向いて次世代型の人体に!?」
「アキ君。邪魔をしないで下さい。酷いことをしますよ?」
「なってるよ! もう既に十分酷いことになってるよ!」
「それで、どうなんですか秀吉君?」
「むぅ。そうじゃな……」
のたうつ明久を無視して会話が続く。秀吉は一瞬だけ明久に意味深な視線を向けた後、
「本人が何も言わんのであれば、ワシから何かを言うわけにはいくまいて」
と、ギリギリの返答をした。
何かあったかは言わないが、何かはあったかもしれない。秀吉は明久の事情を知らないのだから、多少のふくみを持たせた発言をしても問題ないと思ったのだろう。あるいは、何となく事情を察したが嗜虐心が刺激されたゆえの発言か。どちらにせよ、事前に説明できていなかったことが悔やまれる。
「あら、秘密ですか。それでは……今度アキ君自身に、ぼっきりと聞かせてもらうとしましょう」
「それが良いじゃろ」
「良くないよ!? 姉さんも『ぼっきり』ってなに!? 普通そこは『じっくり』とか『ゆっくり』だよね!?」
「分かりました。じっとりねっとり聞きます」
「余計に酷くなった!?」
まさかの関節か貞操かの2択を迫られる。
「明日のおかずは魚にしようかな……」
ならばせめてもの抵抗(?)にカルシウムは補充しておこう。
「まだ今日の夕飯を食べているのに、もう明日の献立を考えているのですか。アキ君は食いしん坊ですね」
「いや、そういうわけじゃないから」
そもそも手遅れかもしれない。
「そう言えば、言い忘れていました。明日から姉さんの食事は用意しなくても結構ですよ」
「え? そうなの?」
「はい。こちらで済ませないといけない仕事があって、明日から土曜日か日曜日までは帰りが遅くなりそうなのです」
明久は玲がどんな仕事をしているか詳しくは知らないが、父親の仕事を手伝っているらしいことは聞いていた。その本拠が日本にあるそうなので、手続だか取り引きだかがあるのだろう。明久からして見れば、両親姉共に忙しなく働いているのは素直に凄いと思っている。
が、それはそれこれはこれ。これですこしは姉の圧力から解放される。
「アキ君。なんだか嬉しそうですね?」
おそらく嬉しさが顔に出ていたのだろう。玲が怪訝そうな顔で明久を睨む。
「ぅえっ!? そ、そんなことないよっ。せっかく日本に帰って来た姉さんがいないのは凄く寂しいよ!」
「英語で言ってみて下さい」
「Happy」
「……………………」
「あっ! 痛っ! ね、姉さっ……! 食事中にビンタは……っ!」
玲が無言で明久に往復ビンタをかます。口の中を切ったのか、明久のパエリアは鉄の匂いがした。
「そろそろ〆のデザートにするか」
料理を粗方食べ終えた後、爪楊枝で歯に挟まった食べカスを掃除しながら雄二が告げた。
「あら、デザートまで作ったのですか?」
玲の買ってきた食材には果物もあったので、てっきりデザートはそれだお思っていた。
「ああ」
「作ったのはお前じゃくて俺だバカ」
さも自分が作ったかの様に言う雄二の頭を秀隆が軽く叩く。
「神崎君のデザート楽しみですね」
「そうですね。明日優子にバレないようにしないと」
楽しそうに声を弾ませる女子2人。体型を気にしつつも、甘味の誘惑には逆らえない。
「んじゃ、取ってくるわ」
秀隆がキッチンに戻る。
「最近の男の子はデザートも作るんですね」
「いや、そこまでするのはアイツとか一部のヤツだけだ」
「けどホットケーキミックス使って何作ったんだろ」
「? ホットケーキミックス使ったんならホットケーキじゃないの?」
「…………違うらしい」
「玉子焼き器使ってたからな」
「ホットケーキミックスに玉子焼き器、ですか?」
「想像もつかんの」
皆が思い思いに予想していると、
「待たせたな」
秀隆が大きめの深皿を持ってやってきた。
「悪いな明久。冷蔵庫と適当な皿を借りたぞ」
「あ、うん。別にいいけど、何それ?」
「見ての通りだよ」
「いや、見ての通りって……」
秀隆が持ってきた皿には、一口大の渦巻き状のパウンドケーキみたいなものが盛り付けられていた。
「パウンドケーキ?」
「にしては少し硬いか?」
「でもクッキーではありませんね」
「…………スポンジでもない」
皆が不思議そうにそれを手に取る中、秀隆は得意げな顔をしている。
「ま、そんな反応になるよな」
「分かってたなら教えてよ」
秀隆は「仕方ないなあ」と言うと、皿の中からひとつを手に取る。
「これなは『穴のないバームクーヘン』だ」
「「「「バームクーヘン!?」」」」
秀隆はえへんと胸を張ってその正体を明かす。
言われて見れば、渦巻きは年輪のようにも見え、バームクーヘンと言えなくもない。
「ま、もどきだけどな。本物は専用のオーブンがいるし」
「それでも、玉子焼き器からこれを作るとはな」
「まっすぐ棒状にするのに丁度いいんだよ。芯棒入れれば穴あきになるし」
そう言うと、秀隆は手に取ったバームクーヘンを齧る。
「うん。我ながら上出来」
「どれ、ワシもひとつ」
つられて秀吉も一口。
「うむ。これも中々美味いのう」
幸せそうにバームクーヘンを頬張る秀吉を見て、皆が一斉に齧りつく。
「美味しいですっ。生地もしっとりして」
「甘すぎないのもいいわね」
「ほんのりバニラも香って、本格的ですね」
女性陣からも好評のようだ。
「しかし、なんで穴なしなんだ?」
2つ目を口に入れながら雄二が秀隆に問う。秀隆の話では、穴の空いた普通のバームクーヘンも作れるはずだ。
「ん? 面倒だから」
「いや、そこは頑張ろうよ」
バームクーヘンなんて面倒なものを作っておいて、穴を開けるのが面倒だと言うのは如何なものかと思う。
「――てのは半分冗談で」
「半分は本気なんじゃな」
「少し気は早いが、願掛け――験担ぎだよ」
「願掛け?」
このバームクーヘンにいったいどんな願掛けがあるのか。一同はしばしバームクーヘンを見つめ、
「……ああ、なるほどな。お前にしては洒落てるな」
「そういうことですか。確かに、少し気は早いかもしれませんね」
雄二と玲の2人はすぐにその意味を理解した。
「2人とも分かったの?」
「ああ。考えてみれば単純な言葉遊びだ」
「悪かったな単純で」
秀隆は口を尖らせるが、得てして、願掛けは言葉遊びからの連想が多い。
「明久。このバームクーヘンは普通のとどこが違う?」
「どそがって、穴が空いてないことだよね?」
「そうだ。そこが肝だ」
「穴がないことが肝、ですか?」
再びバームクーヘンに視線が集中する。
「穴がない……あ! そういうことですね!」
雄二に少し遅れて瑞希も気づく。
「……ウチは降参! 日本語の言葉遊びなんて、ウチには難しくて分かんないわよ」
「ワシもじゃ、考えて過ぎで熱が出そうじゃ」
「…………右に同じ」
美波、秀吉、康太が白旗を上げる。
「明久。お前はどうだ?」
「え? う〜ん……」
明久は少しバームクーヘンと見つめ合った後、
「穴がない。穴が埋まってるから、『答案用紙を全部埋める』とか?」
明久の答えに、雄二たちは目を見開いて驚いた。
「え? 僕、何か変なこと言った?」
「いいや、むしろ逆だ」
「明久のくせに、いい線いってるから驚いてんだよ」
「アキ君。姉さんは嬉しいです」
玲は垣間見た弟の成長に涙ぐんでいる。
「なんだろう……褒められた気がしないんだけど」
「そ、そんなことないですよっ。明久君。『穴のない』って表現は他にどんな場面で使いますか?」
「どんな場面?」
「はい。例えば、試召戦争でAクラス布陣を見た時にどう思いますか?」
「Aクラスの布陣?」
明久たちは試召戦争前のブリーフィングを思い浮かべる。
「Aクラスのことだから、霧島さんや木下さんの事だから、たぶん付け入る隙のないくらいの布陣を敷くから」
「はい。そこです」
「え?」
「……なるほどの」
「…………理解した」
「え? 何なのよ?」
秀吉と康太も察し、残るは明久と美波のみ。
「明久。付け入る隙がない、を言い換えてみろ」
「隙がないを言い換え……?」
「――質問を変えよう。もし俺たちがその布陣を崩す作戦を立てているとして、どんな会話がある?」
「会話?」
明久と美波は腕を組んで想像する。
「まず、坂本か神崎がAクラスの布陣を見て」
「僕らが少し気弱になって」
「その後俺らが言う台詞は?」
「その後は……あっ!」
「「『抜かりない』!」」
「正解だ」
ようやく2人も合点がいった。
「穴がない = 付け入る隙がない = 抜かりない」
「つまり、しっかり勉強して試験に臨もうってことだ」
「なるほどねぇ」
「確かに、アキにしてはいい線いってたのね」
明久と美波は改めてマジマジとそのバームクーヘンを見る。
「でも、僕の答えでもよかったんじゃない?」
「ま、それはそうなんだけどな」
「明久だと『下手な鉄砲数打ちゃ当たる』になっちまいそうだからな」
文月学園のテストは点数の上限がないので、正解すればするほど点数は上がるが、反面間違い続けると点数は出ない。下手に問題を解くより、分かる問題だけを解き続ける方が効率が良い。
「ちゃんと準備してれば、いざ本番となって慌てることもないからの」
「満遍なく勉強することが大切だと思います」
「…………事前準備は大事」
人知を尽くして天命を待つ。今からでもやれるべき事をやりさえすれば、自ずと結果は付いてくる。
「じゃあしっかりと食べないと!」
「アキ君。それはあくまでも願掛けです。そんな事をしても結果は出ませんよ」
勢いよくバームクーヘンを頬張る明久を、玲が窘める。
「……分かってるよ」
気分がノってきた所に横槍を入れられて明久が不機嫌な顔をする。
「ま、明久の姉貴の言う通りだな」
「願掛けなんてもんは、やる事やり切った後の精神的な後押しだからな」
「だから、しっかりとお勉強しましょう。明久君」
「姫路さん……。うん。分かった!」
瑞希の言葉に大きく頷き、明久は勉強への意欲を高めた。
ご感想などお待ちしております。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない