第七十六問
デザートも食べ終えたテーブルをテキパキと片付け、全員がリビングに集まると、瑞希が本日の本題を切り出した。
「そろそろ、お勉強を始めましょうか?」
「そうね。あまり帰りが遅くなっても困るし」
夕食の時間が早かったので現在時刻は夜の7時。まだまだ勉強する時間はたっぷりとある。
明久も本音を言えば気乗りはしないが、自由を勝ち取るため意欲は十分にある。
「ならばワシも一緒に教えてもらうとするかの」
「…………同じく」
秀吉と康太も勉強に前向きな姿勢を示す。西村教諭も、普段からこうした姿勢を見えてもらえていたら苦労はしなかっただろう。
「そうだね。テスト前だからってわけじゃなくて、
明久は玲に勘繰られないように牽制を入れるが、かえって不自然で雄二たちは苦笑を隠せない。
「皆さんお勉強ですか? それなら良い物がありますよ」
「良い物?」
「はい。今日部屋を片付けている時に見つけました。今持っていますね」
玲がトタトタとリビングを出ていく。
「何だろうな?」
「お姉さんが使っていた参考書でしょうか?」
「海外に住んでいたらしいから、向こうの新聞とかか? 英語の勉強になりそうだ」
アレコレ予想していると、玲が一冊の本を持って戻ってきた。
「参考書というものではないですが、役に立つかもしれません」
ということは、やはり海外の新聞や雑誌の類だろうか。
だが、玲がテーブルに置いた本に、明久は見覚えがあった。皆して本のタイトルを見てみる。
【女子高生 魅惑の大胆写真集】
「アキ君の部屋で見つけました」
「僕のトップシークレットがぁーーーっ!!」
玲が持ってきたのは、雑誌は雑誌でも明久所有のエロ本だった。
「保健体育の参考書にどうぞ」
「どうぞ、じゃない! こんな物が参考になるかーっ! あと僕の部屋に勝手に入ったね!? あれだけ入らないでって言ったのに!?」
「いいえ。昨日、アキ君は確かに部屋に入って良いと言いました」
「それってもしかして着替えを取りに行った時のこと!? あの時の会話はこれが目的だったのか! なんて陰湿卑劣迂遠な作戦なんだ!」
昨夜に一悶着あったらしく、玲はそれを口実に明久の部屋をガサ入れした様子。明久も今更ながら玲に口実を与えてしまったことを後悔した。
「そ、それじゃあ、あくまでお勉強の参考として……」
「そ、そうね。ウチも少し勉強しておこうかな……」
「姫路さんに美波!? 無理に姉さんのセクハラに付き合わなくていいんだよ!? というかお願いだから見ないで!?」
表紙を開こうとする2人から、明久はその参考書(エロ本)を取り上げる。
「アキ君。ベッドの下にあった他の参考書も全て確認しましたが、アナタは
「冷静に考察を述べないで! いくら取り繕ってくれてもそれが僕の趣味傾向だってことがバレちゃうんだから!」
「ポニーテール、ですか……」
「大きなバスト、ね……」
瑞希と美波が互いの一点を見つめ合う。美波の目には些かの妬みが込められていたが。
「まったく。アキ君は嘆かわしいですね」
「うぐ……っ。べ、別にいいでしょこれくらい! 僕ももう高校生なんだから!」
「そこで開き直るなよ」
もうバレてしまったのだから取り繕う意味もないので、明久は思い切って開き直って玲に反論した。
「アキ君。アキ君は勘違いしているようですが、姉さんはこの手の参考書を持つことを非難しているのではありません」
「へ? そうなの?」
これは明久も想定外だった。不純異性交遊完全否定派の玲が、エロ本を持つことは許すという。
「アキ君。年頃の男の子がこの手の知識に興味があるという事象は姉さんも理解しています。むしろ行き過ぎた抑圧がその反動を大きくすることも」
実際、その手の犯罪者がそれなりの社会的地位を得ている場合は少なくない。むしろ多い方だと言っても良い。海外の大学ではその原因は
「もちろん、過激過ぎるものは言語道断ですが、この程度なら所持するくらいなら問題ないと思っています」
「……その割には怒ってるように見えるけど?」
許す、とは言っているが、明久には玲が笑顔の奥に静かな怒りを抱いているように見えてならない。
「言ったはずです。姉さんは持つことには反対していません」
「じゃあ何で?」
「アキ君の参考書の中に
「いや、そんなこと言われても」
まさかジャンルでダメ出しを食らうとは思わなかった。
それにショートヘアはともかく、姉物はあまり勉強する気にはなれない。よくある話だが、どうしても実姉を思い浮かべてしまうのだ。
「まあ、この際それもよいでしょう」
「? どういう意味さ?」
「ですから――ココに『本物の姉』がいるわけですから」
「アンタはさっきから何を言ってるんだ!?」
どうやら事態は想定より悪い方向に向かっているようだ。
「アキ君。なぜ姉さんが不純異性交遊を近親しているか分かりますか?」
「どうせまたブサイクとか甲斐性がないからとか言うんでしょ」
「それもあります。ですが、これはアキ君とその女性を守るためです」
「? イマイチ話が読めないんだけど?」
明久はますます混乱していった。
「いいですかアキ君。アキ君は度し難いほどのバカでお人好しです。そんなアキ君が万が一にでも女性から告白でもされたら、ホイホイ付き合ってしまうに違いありません。その人の素性もろくに知ろうともせずに」
「そ、そんなことは……」
ない、と言い切れないのが明久の悲しいところ。
「ですから、アキ君は悪い女の人に騙される可能性が高いのです」
「まぁ、明久の姉貴の言うことももっともだな」
「良くて結婚詐欺からの借金。最悪内臓を売るハメになるだろうな」
「流石に想定が酷すぎない?」
しかし完全に否定することもできない。
「また、奇跡的に普通の人とお付き合いできたとして、アキ君は飢えた狼。
「む。流石にそんなことはしないよ。皆もそう思うでしょ?」
これには明久は異論を示し、皆に同意を求める。
「まぁ、そうだな」
「明久にそんな度胸もないしな」
「逆におなごに食われそうじゃ」
「…………草食系男子」
男子は明久が手を出すことはないと言い。
「むしろ手を出してほしいというか……」
「こっちから手が出そうになるというか……」
女子は明久の紳士さにヤキモキしていた。美波は毎日違う意味で手を出しているが。
「ともかく。アキ君がそうならない、そうしないために姉さんがいます」
「まぁ、確かに姉さんが監視してたらそんな事も起きないだろうけど……」
玲の前でそんな事をしようものなら、それこそ玲から私刑を受けそうだ。
「少し違います」
「何だかさっきから回りくどいね。結局何なの?」
「ですから、
「やっぱ最低だよアンタ!?」
とどのつまり、玲は明久に『一人の異性』として見られていない事に怒っていたのだ。
「なぁ、いい加減勉強しねぇか?」
「時間も押し迫っておるしの」
「そ、そうだね。秀隆たちの言う通りだよ! さぁ、勉強を始めるよ皆!」
このまま玲のペースに持っていかれると、試験勉強ではなく明久の趣味趣向についての勉強会になってしまう。
「そ、そうですね。お勉強をしましょうか。んしょ……っと」
瑞希は(普通の)教科書を開くと、おもむろに後ろ髪を結い上げる。
「み、瑞希っ! どうして急に髪をまとめ始めるのよっ!?」
「べ、別に深い意味はありませんよ? ただ、お勉強の邪魔になるかな、と思って」
「ならウチがやってあげるわ! お団子で良いわよねっ!」
「い、いえ。ポニーテールにしたいと」
「ダメっ! お団子なのっ!」
「美波ちゃん、意地悪です……」
美波が瑞希の髪をお団子に纏め上げる。いつもならこの辺りで秀隆が「明久が好きなのはポニーテールというよりソコから覗くうなじだぞ」と茶々を入れるところだが、時間も時間だし余計に面倒になりそうだから黙っていた。
「ところで、ムッツリーニはどうしたのじゃ? 随分と大人しいようじゃが」
「あ、そう言えば」
「どうせまた鼻血出してぶっ倒れてんだろ」
エロ本がでてきたのに、康太が反応を示さないのはおかしい。
「…………(キョロキョロ)」
だが明久たちの予想に反して、康太は何かを探すように部屋中をキョロキョロと見回していた。
「? どうしたのムッツリーニ?」
「…………明久」
「ん?」
「…………あと1999冊は?」
「ええ!? 2000冊以上のエロ本って話を本気にしてたの!?」
「…………エロ本なんて興味ない」
「まだ言うのか」
「つうか2000冊なんて物理的に無理だろうが」
台詞とは裏腹に、子犬の様にしょんぼりと肩を落とす康太。2000冊以上を現実のものとして捉えているあたりが康太らしい。余談ではあるが、仮に1冊の重さを約500グラムとした時、2000冊の総重量は約1トン。一般的なマンションが耐えれる重さではない。
「明久のエロ本は置いといて、勉強するならさっさと始めようぜ」
雄二が呆れたような言う。雄二が真面目に見えるくらいには今の状況は混迷していた。
「お勉強なら、宜しければ私が見て差し上げましょうか?」
「え? お姉さんが、ですか?」
玲の台詞に瑞希が目を丸くする。
「はい。日本ではなくボストンにある学校ですが、大学の教育課程を昨年修了しました。多少はお力になれるかと」
「ほ、ボストンの大学だと……っ!? それってまさか、世界に名高いハーバード――」
「よくご存知ですね。その通りです」
「「「えぇぇっ!?」」」
美波たちが今日一番の驚きの声を上げる。
さっきまでの言動から、玲がハーバード大学出身だとは到底思えない。しかし、明久が何も言わないからその事は事実なのだろう。
「なるほど。出涸らしか……」
「雄二。その言葉の真意を教えてもらえないかな?」
明久に憐れむような視線が刺さる。
「秀隆、ボストンがどこにあるか分かるか?」
話題を逸らすためか、雄二が唐突に秀隆に質問をふる。
「おいおい。いくら俺が地理が苦手だからってバカにするなよ?」
この質問には秀隆もヤレヤレと首をふる。
「そうだな。流石にこれくらいは――」
「地球だ」
ドヤ顔で出来る解答ではない。
「日和ったってレベルじゃねえな!?」
「アンタ、その答えはどうなのよ?」
「…………範囲が大きすぎる」
「流石に冗談ですよね?」
雄二たちもドン引きしている。
「流石に冗談だ。アメリカだろ」
「まだ範囲が大きいが、まぁ正解だ」
イギリスと2択で迷ったとは言えない。
「――もう少し詳しく答えてもらおうか。アメリカ何州だ?」
「――ン」
「あん?」
「――ボストン州」
「マサチューセッツ州だバカ」
流石の答えに呆れも出てこない。
「何でだよ!? 日本だって東大は東京都に、京大は京都にあるだろうが!?」
「なら神戸大学は神戸県にあるのか?」
「……雄二。ひっかけ問題はよくないぞ」
「お主も大概図太いの」
「そうだよ秀隆。ボストンがマサチューセッツ州にあることくらい僕でも知ってるよ」
「なにぃっ!?」
明久が知っている事に秀隆は驚愕した。
「明久が……知識で俺に勝るだと……?」
「どうせ明久の事だ。姉貴から定期的にエアメールが来て住所覚えたとかだろ」
「バレたか」
「そうでもなければ、お前が分かるわけないからな」
雄二も何を当たり前の事を、という顔をする。
「ま、話が本当ならせっかくだし教えてもらおうぜ。本場の英語とか、こっちの教師には教えてもらえないようなことも色々知ってそうだしな」
「…………頼もしい」
「そうだな。じゃあ今日は英語をメインに」
「お前は地理だ」
「何でだよっ!?」
「お前は得意を伸ばすより弱点をなくす方が効率が良いだろうが」
「イヤだ! 俺も康太みたいに得意科目で教師超えを目指す! 両刀マ◯ダよりA特化ガ◯に俺はなる!」
「ええいワガママを言うな! それにお前はどっちかって言えばC特化だろうが!」
「地味に上手いことを言うのう」
やいのやいの騒ぐ秀隆たちを、玲がパンパンと手を打って沈める。
「皆さん。お喋りはソコまでにして。まずはご要望通り英語あたりから始めましょうか」
「そうだな。よろしく頼む」
「「「よろしくお願いします」」」
その後、明久たちは10時くらいまで玲の講義を聞き、その日は解散となった。
ご感想などお待ちしております。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない