バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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先週は体調不良でお休みして申し訳ありません。

島田家での勉強会の続きからになります。


第七十九問

第七十九問

 

勉強会を開始して約2時間後に頼んだピザが届き、それを食べてからまた勉強を再開。開始直前に多少のトラブル(?)はあったものの、それ以降はなんのトラブルもなく、わいわいと雑談を交えながら勉強会は進み――

 

「ん? もうこんな時間か。今日はこれで終わりにするか」

 

雄二の台詞に皆が時計を確認すると。時計の針は9時半を指していた。それを機に、皆ペンを置く。

 

「なんじゃ。あっという間じゃったな」

「…………集中してた」

「肩も腰もバキバキだ」

 

秀隆が肩を回すとパキパキと音が鳴る。途中の夕食を合わせて都合4時間半も座りっぱなしで勉強していたのだ。流石に筋肉が固くなっていた。

 

「外ももうすっかり暗くなってますね」

「そうですね。かなり集中して勉強しましたね」

 

雄二や瑞希の教え方が上手かったこともあり、サクサクと勉強を進めることができた。これなら明久だけでなく、最初は自信なさげだった秀吉や康太も少し自信がついてきた。

 

「続きはまた今度にして、今日は帰ろうぜ」

「そうだな。遅くなるとまた明久が減点されそうだ」

「そんな不吉なこと言わないでよ……」

「大丈夫ですよ明久君。今日もちゃんとお勉強したんですすから、お姉さんも分かってくれますよ」

「だと良いんだけど」

「美波ちゃん。今日はありがとうございました」

 

瑞希たちは勉強道具を鞄にしまって帰り支度を始める。

 

「あ、ううん。こっちこそ色々とありがと。ほら葉月、皆にお礼を言いな――葉月?」

「Z z z ……」

「あはは。葉月ちゃん、疲れちゃったみたいだね」

 

いつの間にか、葉月は明久の膝の上でスヤスヤと寝息を立てていた。

 

「もう、葉月ってば……。アキ、悪いけど葉月をこっちに寝かせてもらえる?」

「あ、うん。そうしたいのは山々なんだけど……」

 

明久が苦笑しながら腕を上げると、葉月は明久のシャツの裾あたりを握りしめていた。これではソファーに寝かすどころか、動くことすらままならない。

 

「こら葉月、起きなさい。アキが帰れないでしょ?」

「んぅ……」

 

美波が葉月の肩を軽く叩く。すると葉月は少し目を開けるが、

 

「帰っちゃ、嫌です……」

 

逆に明久のお腹に頭を埋め、シャツを更に強く握ってしまった。

 

「葉月。あんまりわがまま言うと、お姉ちゃん怒るからね」

 

美波の口調が少し強くなる。美波は葉月には少し甘い印象があったが、叱る時はきちんと叱る良い姉をやっているようだ。決して嫉妬が混じっているとは信じたくない。

 

「……お姉ちゃんには、分からないです……」

「え? 何が?」

 

目を閉じたまま葉月がポツリと呟く。

 

「……お姉ちゃんは、いつも一緒にいられるからいいです……。でも、葉月はこういう時しか、バカなお兄ちゃんと一緒にいられないです……」

「「「…………」」」

 

寝ぼけているからこそ聞けた葉月の本音に、明久たちは思わず顔を見合わせる。

当たり前の話だが、小学生である葉月が明久と一緒にいる機会は滅多にない。明久が美波の家に遊びに行くこともないし、美波が葉月を誘って明久と遊ぶこともない。文化祭などのイベントでもない限り、葉月が明久と会うことは叶わない。

会いたいけど会えないのに、姉である美波は毎日顔を合わせて、帰ってきては明久の話をする。それは葉月にとって楽しみでもあり、羨ましくもあった。「お姉ちゃんは、ズルいです……」

 

葉月は最後にそう呟くと。再び眠りの淵に落ちた。明久は明久たちの思っている以上に、葉月から慕われていた。

 

「あのさ、美波。良かったら、僕はもう少しここで勉強しててもいいかな?」

「え? でも……」

「だな。今の台詞を聞いちまったら、明久はここに残るべきだ」

「そうじゃな。明久よ、モテる男は辛いのぅ」

「…………人気者」

「なんなら、泊まってってやれよ」

「流石にそれはやりすぎだと思いますよ?」

 

皆が口々に明久をからかうが、明久も悪い気はしていない。最近は常軌を逸したような性格をしている玲を筆頭に、一癖も二癖もあるアクの強い人間とばかり接していたので、葉月のような気分を和ませてくれる、純真無垢な好意が

素直に嬉しかった。

 

「そ、それじゃぁ、悪いけどもう少し『葉月』に付き合ってくれる?」

「うん」

 

なぜ美波が葉月を強調したのか、なぜ後ろで(瑞希以外の)皆がニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべているのか分からないが、美波の許可も得たので明久はもう少し残ることにした。勉強の方も区切りが悪かったので丁度良かった。

 

「あ、あのっ、それなら私も……」

「え? 姫路さんはダメだよ。女の子があまり遅い時間に出歩いてちゃ危ないからね。雄二にでも送ってもらって早く帰らないと」

「でも、心配なんです。その、イロイロと……」

「心配なのは分かるけど」

「いいえっ。明久君は私が何を心配してるのか全然分かってませんっ」

「???」

 

瑞希はムキになって反抗するが、明久はおそらく、瑞希が葉月のことを心配していると思っているのだろう。それもないわけではないが、肝心な所で勘違いをしている。もちろん、その事に明久が気づく気配は全くない。

 

「秀吉は秀隆が送るとして、俺が姫路を送るなら、ムッツリーニはリリアを送るってことでいいか?」

「いいんじゃないか?」

「…………任された」

「少々釈然とせんが、致し方あるまい」

「土屋君、よろしくお願いします」

 

送迎の組合せも決まり、皆鞄を手に持つ。

 

「あ、あのやっぱり私も……っ!」

 

それでも、瑞希だけが尚も食い下がる。

 

「ダメだよ姫路さん。葉月ちゃんが心配なのも分かるけど」

「やっぱり明久君は何も分かってませんっ。 私も残りますっ」

「いくら言っても、ダメなものはダメだからね、姫路さん」

「でもでもっ」

「でももヘチマないよ。最近は危ない人も多いんだからね? こういったことはきちんとしないと」

「だったら明久君が」

「諦めろ姫路。こうなると明久は考えを変えないぞ」

「……うぅ……。そんなぁ……」

 

瑞希は諦めがつかないのか、今にも泣き出しそうな声を出す。

 

「ごめんね、姫路さん。優しい姫路さんのことだから、葉月ちゃんに寂しい思いをさせたくないのは分かるんだけど、ここは僕に任せてもらえないかな?」

「う……。それはそう……なんですけど……」

 

人の良さそうな明久の笑みに、瑞希が一瞬たじろぐ。

 

「だから諦めろ姫路。コイツは馬鹿の一つ覚えで頑固なのはお前も知ってるだろ」

「秀隆、『みたいに』が抜けてるよ?」

「じゃぁな、島田。助かったぜ」

「大勢で押しかけてすまなかったのぅ」

「…………ありがとう」

「美波ちゃん、吉井君、また明日」

「美波ちゃん。今日はありがとうございました……」

 

未だに納得のいっていない様子の瑞希を含め、皆が玄関に向かう。

 

「待って外まで送るわ」

「じゃ、皆また明日」

 

明久は座ったままで皆を見送り、美波は玄関の外まで皆を見送る。

 

「皆、今日は葉月のためにありがとう!」

「気にするな」

「体よく利用させてもらっただけだ」

「こちらも頗る勉強が捗ったからの」

「…………win-win」

「私も葉月ちゃんとお勉強できて楽しかったです」

 

皆が美波にお礼を言って帰路につこうとする中、

 

「み、美波ちゃんっ!」

 

瑞希だけは最後にどうしても美波に伝えておきたいことがあった。

 

「何? 瑞希?」

「ぬ、抜け駆けは協定違反ですからねっ!」

「分かってるわよ」

 

瑞希の台詞は余裕そうな笑みを浮かべ、

 

「けど、『向こう』から手を出してきたらその範疇じゃないわよね?」

「――やっぱり私ものこ」

「あのバカにそんな度胸ないから心配すんな」

 

尚も居座ろうとする瑞希の首根っこを押さえ、雄二は瑞希を引きずるようにして島田家から離れた。

 

「それじゃ、お前らも気をつけて帰れよ」

「わーってるよ」

「それでは皆の衆、また明日なのじゃ」

「…………また明日」

「皆さん、今日はありがとうございました」

 

美波の家からの少し離れた交差点で、それぞれが自分の家の方向に向かって別れる。

 

『坂本君、やっぱり私葉月ちゃんが心配なので』

『明久に島田もいるから問題ないだろ』

『いえ、明久君たちにお夜食を作ろうかと』

『それだけは止めてやれ』

「まだやってんのか」

「姫路にとっては気が気でないのじゃろうな」

 

背後で繰り広げられる無意味な攻防を聞きながら、秀隆と秀吉も歩き出す。

 

「しっかし、いつぶりだ? こんな時間に帰るのは」

「なんじゃ。お主の事じゃからてっきりこの位の時間に帰るのは茶飯事だと思うておったが」

「…………まぁ、中学の時はな」

 

荒れていた時は、日付けが変わる頃に帰宅して、親と喧嘩したこともしょっちゅうだと言う。

 

「ボロボロで帰っては父さんに怒鳴られ母さんに泣かれて――今思えば碌でもねぇ息子だな」

 

当時を回顧して自嘲的な笑みを浮かべる。あの頃は全てがどうでも良かったのに、今ではまるで普通の高校生のような生活を送っている。

 

「――人は変われるものじゃ。雄二も島田もムッツリーニも、明久と出会って皆変わった。無論、ワシもじゃ」

「俺もか?」

「当たり前じゃ」

 

去年の事を懐かしむように秀吉はそう言った。

 

「……確かに、アイツの前だと自分の悩んでたしがらみが馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だ」

「なぜこのような単純な事に頭を悩ませていたかのかと」

「いや、アイツに比べたらマシだ、の方かもな」

「言えとるの」

 

2人でそんな風に笑いながら歩いていると、

 

「アンタたち、こんな時間に何やってんのよ?」

「あん?」

 

後ろから声がかかる。振り返ると、そこには秀吉と瓜二つの顔。

 

「なんじゃ。姉上じゃったか」

「なんだ、じゃないわよ。いったい今何時だと思ってんのよ? 今まで何してたの?」

 

矢継ぎ早に質問する優子に、秀隆は辟易すると同時に、嫌な予感もした。

 

「何ってそりゃ――」

「まさか……逢引?」

「島田の家で勉強会だよ!」

 

嫌な予感通りにとんでもない事を言い出す優子に、秀隆が全力で否定した。

 

「冗談よ」

「お前の場合は冗談に聞こえねぇんだよ」

「姉上よ。実の弟を前にその発言はどうかと思うのじゃが」

 

ケロっと言ってのける優子に、秀隆も秀吉も呆れ顔だ。

 

「と言うか、美波の家でしたの? てっきりまた吉井君の家だと思ってたけど」

「最初は雄二の家のつもりだったんだが、事情が変わってな」

「事情?」

「島田の妹が1人で留守番することになっての。寂しい思いをさせまいと場所を変更したんじゃ」

「美波の妹さんって葉月ちゃん? 確か小学5年生だっけ? それは心配ね」

「だろ? んで、一緒になって勉強してたらすっかりこの時間ってわけよ」

「なるほどね」

 

裏事情としては雄二が皆を母親から遠ざけたかったというのもあるが、わざわざ説明する必要はない。

 

「んで、そっちの不良娘は何でこんな時間までドコほっつき歩いてんだ」

「誰が不良娘よ。私は塾よ」

「塾? こんな時間までか?」

「今週はテスト前だから多めにコマを取ってもらってるの」

「うへぇ」

 

優子の返答に、秀隆が嫌そうな顔をして舌をだす。

 

「Aクラスのくせに、まだ勉強すんのかよ。どうなってんだそっちのクラスは」

「これくらい普通よ」

「塾はそうかもだけどよ、時間割増やすのはバカだろ。大人しく素の学力に胡座かいて油断しとけよ」

「お生憎様。どっかのバカ連中が油断してたら寝首をかこうとするから、警戒は怠らないようにしてるの」

 

またうへぇ、と舌を出す秀隆に、優子は澄まし顔で答えてみせる。

 

「お前らもう頭打ちじゃねぇのかよ」

「何言ってんのよ。授業で新しい所習うんだから、伸び代しかないわよ」

「知識じゃなくて知能の方を言ってんだよ」

 

やいのやいのと言い合う2人を見て、思わず秀吉がふふっと笑う。

 

「どした?」

「いや。妙に懐かしい気がしただけじゃ」

「…………そうかもね」

 

優子も昔を懐かしむ様に目を瞑る。

放課後の帰り道、夕焼けを背後に3人で並んで歩いた。

授業の話。給食の話。休み時間の話。今日のアニメの話。たくさん話していたらすぐに家に着いて、別れるのが寂しくて、公園で遊んで帰った。

そんな遠い思い出の日々にはもう戻れない。

 

「……ま、いいさ。どうせ最後に勝つのは俺たちだ」

「そうじゃの」

「聞き捨てならないわね。私たちが負けるわけないわよ」

 

戻れないなら、また作ればいい。今の自分たちにしか作れない思い出を。あの頃とは変わった、あの頃と変わらぬ3人で。

 

翌日。登校してきた秀隆が教室のドアに手をかけると、何やら中が騒がしい。一瞬不審に思ったが、よく考えればいつもの事かと気にせずにドアを開ける。

 

「うぃーす。お前ら朝っぱらから何」

「アキ! 話を聞きなさい!」

「大丈夫だよ美波。僕は写真のことは誰にも話してないから」

「だからその写真について話を」

「美波も思春期だもんね。多感なお年頃だから他の人とは『少し』感性が違ってるのかもしれないね」

「お願いだから弁明させて!」

 

珍しく、美波が明久に泣きついていた。しかも明久は美波から若干の距離を保つように移動している。

 

「……本当に何やってんだお前ら」

「あ、神崎! アンタもアキの説得に強力しなさい!」

「えぇ〜……」

 

状況は読めないが、明久が美波に対して何らかの勘違いをしているらしかった。

 

「アキがウチの部屋にあった写真を見て勘違いしちゃったの!」

「島田の部屋の写真? あんだけ明久に見るなって言っておいて?」

「あ! あれは、その……」

 

ジト目で睨む秀隆に、美波がしどろもどろになる。要は、抜け駆けに失敗したのだ。

 

「はぁ……。お前が普段からもう少し素直になっときゃ良かっただけだろ」

「う、煩いわね! アンタには乙女心ってもんが分かんないの!?」

「生憎とこちとら野郎なんでな」

 

秀隆はヒラヒラと手を振ると、美波を無視して明久の席へ行く。

 

「よう明久。朝っぱらから何島田とイチャついてんだ?」

「言葉に気をつけるんだ秀隆。今の一言で皆がカッターナイフをこっちに構えている」

 

飛んでこないだけ恩情と言うべきか。

 

「島田の部屋の写真見たんだって?」

「どうしてそれを?」

「島田から聞いた。んで、何を見た? ま、女子の部屋だからな。アイドルのブロマイドか何かか?」

「あ、うん。それなら良かったんだけど……」

 

秀隆の問いに明久は曖昧に返す。

 

「? 歯切れが悪いな。まさか類人猿の写真でも飾ってたんじゃあるまいし」

「…………」

 

笑いながら言う秀隆に、明久はスッと視線を逸らした。

 

「…………マジ?」

 

その様子を見た秀隆は、美波のいる方に視線を移すと、美波も気まずそうに視線を逸らす。

 

「お前らあの後何があったんだよ」

 

秀隆の呟きに、答える者はいなかった。

 

昼休み。明久たちはちゃぶ台を寄せて昼飯の弁当を食べていた。

 

「姫路さん、昨日は大丈夫だった?」

 

そう言えば、と明久が瑞希に尋ねる。すると瑞希はしゅんと俯いてしまう。

 

「それが……凄く怒られてしまいました……」

 

どうやら遅く帰ったことを父親に咎められたらしい。しかも2日連続だ。娘一筋の瑞希父が怒らないわけがない。

 

「おかけで週末までの間学校以外は外出禁止にされてしまいました……」

「あらら。そりゃまた可哀想に」

 

一人暮らしの明久には縁遠い悩みだ。

 

「自業自得だろ。まったく。電話くらい出てやれば姫路の親だって安心しただろうに」

「そうですよね……。反省してます……」

 

罪悪感からか、瑞希の背中がますます小さくなる。

 

「なんじゃ。明久はともかく、雄二と姫路はあの後すぐに帰ったのではないのか?」

「僕が帰る頃になっても、2人ともまだ美波の家からそう遠く離れてなかったよね?」

「帰るには帰ったんだが、姫路が色々と駄々をこねてな」

「昨日の帰る前の言い争う声はそれか」

「す、すいません……」

 

瑞希がまた肩身が狭そうに身を縮める。

 

「リリアは平気だったのか?」

「うちは両親よりか……」

 

言葉を濁らせるリリアに、全員が「あぁ」と察した。

 

「トレイズか」

「はい。昨日勉強会前に携帯電話の電源を切ってて、入れ直したら凄い量の着信が」

「それは、また、マクスウェルらしいわね」

 

美波も苦笑いで呆れていた。

 

「んじゃ、リリアは暫くはトレイズと一緒か」

「すみません……」

 

トレイズが幼馴染であるリリアを大切にしていることは分かるが、少し過保護すぎるところがある。

 

「雄二は大丈夫なの?」

「ん? 俺の親は何も言わなかったから大丈夫だぞ」

「いや、そうじゃなくてさ」

「なんだよ?」

「2日も連続で夜遅くまで出かけている上に、昨日は途中までだけど夜道で姫路さんと2人きりでしょ? 霧島さんは怒らないの?」

「……………………」

 

この時の雄二の表情を表すなら『やってもうた』の一言に尽きる。

 

「大丈夫じゃなさそうだな」

「ま、まぁ、大丈夫だろ。バレなきゃ何の問題も」

「……雄二。今の話、向こうで詳しく聞かせて」

 

天網恢恢疎にして漏らさず。

 

「まぁ待て翔子。お前は勘違いをしている。お前の考えているようなことは何も起きてないし、そもそも俺がお前に責められる言われはないと」

「……うん。言い訳は向こうでゆっくりと聞かせてもらう」

 

翔子に連行され、雄二が退場する。

その直後明久の携帯電話からメール着信音が鳴り響く。

 

『たすけて』

 

開いたメールには平仮名4文字のメッセージ。おそらく『助けて』と書きたかったのだろうが、変換すらできなかった雄二の憐れな末路に涙を禁じえない。

 

「ふむ。こうなると、放課後の勉強会は厳しそうじゃな」

「そうね。瑞希も坂本もリリアまでいないとなると、神崎だけになるし」

「俺1人でお前らの面倒見ろって? 冗談きついぜ」

「…………人員不足」

 

何より、秀隆は3人に比べて教えるのが上手い方ではない。雄二たち抜きでは勉強会の質がガタ落ちだ。

 

「ごめんなさい。昨日私がワガママを言ったばっかりに……」

「私もトレイズがご迷惑を……」

「ああいや、姫路さんたちは全然悪くないよ。自分の勉強を置いといて僕らに教えてくれてるんだから、むしろ感謝してるくらいなのに」

「トレイズも、どうせ自分が仲間外れにされてムキになってるだけだろうしな。気に病む必要はねぇよ」

 

とは言っても、明久たちにとって、勉強会ができないのは痛手だ。どうしたものかと考えていると、

 

「……吉井」

「うわっ!?」

 

不意に後ろから声がかかった。驚いて振り向くと、そこにはシャツの所々に赤いシミをつけた翔子がいた。

 

「き、霧島さんか。びっくりした……。どうしたの?」

「……勉強に困ってる?」

「あ、うん。実はそうなんだよ」

「……それなら、私も協力する」

「え? 協力って?」

「……週末に、皆で私の家に泊まりにくるといい」

 

泊まりがけ、つまり遅くまで勉強できると言うわけだ。しかも学年首席の翔子が勉強も教えてくれるという。

 

「いいの、霧島さんっ?」

「(こくり)……吉井にはいつかお礼をしたいと思っていた」

 

日頃から雄二の人生を売り渡していた恩恵が巡ってきたということか。何にせよ、明久にとって翔子の提案は渡りに船。最後のスパートにはもってこいの環境だ。

 

「皆で、ということはワシラも良いのかの?」

「……もちろん」

「なら、断る理由もねぇな。ありがたくお言葉に甘えさせてもらおう」

「週末ってことはウチも行けそうだし、お邪魔しちゃおうかな。瑞希はどう?」

「た、多分大丈夫です。ダメでも、なんとか両親を説得してみせます!」

「…………参加する」

「私もお願いします。多分、トレイズも一緒ですけど」

「……問題ない。他にも何人か声をかけるから」

 

全員が参加に前向きな意思を示す。問題は――

 

「雄二は参加できるのかな?」

 

この場にいない雄二だけが参加表明をしていない。雄二のことだから問題ないとは思うのだが。

 

「……大丈夫」

「あ、そうなの?」

「……雄二なら、先に行ってるから」

「そっか。それは良かった」

 

雄二に代わって翔子が雄二の参加を告げ、これで晴れて全員参加となった。皆でにこやかに頷き合い、週末の勉強会を楽しみに待つこととなった。

 

…………………………………………先に行ってるとは?

 




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