第八十一問
「……そろそろ夕飯だから、別の部屋に来て」
皆が勉強に集中している最中、気がつくと翔子の声がした。時計を確認すると現在時刻は午後6時を過ぎた頃。ついさっき休憩がてらにザッハ・トルテと紅茶を食べたばかりだと思っていたのに、気づけば3時間も経っていた。
「よし。島田、秀吉。とりあえず古典はこのくらいでいいだろう。飯にしようぜ」
「そうね。秀隆も地理はこの辺にしときましょう」
「うぅ……。活用形ってなんなのよ……。知らなくても生活には困らないのに……」
「まったくじゃ……。能や狂言を演るわけでもあるまいし……」
「んだよインドネシアとポーランドの国旗の違いって……。上下反転させただけじゃねぇか……」
美波、秀吉、秀隆の3人は雄二と優子にみっちりとしごかれたようで、傍からみてもかなり疲弊していた。3人とも一番苦手な科目を徹底的に解かされて精神的負担が大きかったようだ。
「明久君。よく頑張りましたね」
「姫路さんの教え方が上手かったからだよ」
「リリアはもう少しだな」
「うん。何とか頑張ってみる!」
対して明久とリリアは瑞希とトレイズの教え方が良かったのか、3人よりも疲弊は少ない。むしろ今までで一番集中できたと言える。
「…………生き残った……」
「ムッツリーニ君。またあとで、じっくりとボクと勉強しようね」
「…………断る」
康太と愛子だけは別次元の死闘を繰り広げていた。
「ん〜……しょ、と……」
明久が立ち上がり、背筋をグッと伸ばす。固まった関節が解れ、バキバキと小気味よい音を奏でる。いつも関節が鳴る時は酷い目に合っている時だが、今回ばかりはこの音も心地よい。
「……案内するから、ついてきて」
「「「はーい」」」
翔子を先頭に部屋を移動する。移動しながら雑談にも花が咲いた。
「いやー、最近はまともな食事が摂れて嬉しいよ」
「明久君はもう少し生活を見直すべきだと思いますけど……」
「そうかな? 一応掃除や洗濯はきちんとしてるつもりなんだけど」
「いえ。主に食生活です。お姉さんが帰って来るまでは、お金があってもインスタン食品やコンビニのお弁当で済ましてたんじゃないですか?」
「まぁ、そっちの方が楽だし」
「ダメですよ。そんな食生活では栄養が偏ってしまいます。明久君は、その……お料理が上手なんですから、きちんと自炊した方がいいですよ?」
瑞希は少し言い淀みながらも明久に自炊を促す。
「う〜ん。……けど、一人暮らしの自炊って意外と割高なんだよね」
一人暮らしの一食分の食費は、自炊もコンビニ弁当もそんなに変わらない。場合によっては外食の方が安上がりだったりする。それこそ、美波の家で食べた宅配ピザなどはその典型例だ。もっとも、その宅配ピザですら明久にとっては贅沢品だ。
「秀隆に教えてもらった作り置きも結局すぐに食べ切っちゃうし」
雄二ほどではないにしろ、明久も食べ盛りの高校生男子。タッパー1つ分の作り置きなどあっという間に食べ切ってしまう。それに作り置きは複数の料理をしなければメニューが一辺倒になりすぐに飽きてしまう。
結果、かかる食費と手間を考えると、どうしても自炊するよりもインスタント食品やコンビニ弁当ばかりになってしまうのだ。
「前から言ってますけど、やっぱりお弁当だけでも私が作って」
「それはダメだよ姫路さん。そんなことになったら、僕の命が危ないから」
「Fクラスの皆さんはそういうのに厳しいですもんね」
「いや、それもあるんだけど……」
瑞希の特製弁当は、明久を二重の意味で命の危険に晒す可能性を秘めている。
そんなこんな部屋を出て歩いて行くと、徐々に鼻腔をくすぐるご馳走の良い香りが漂ってきた。
「……この部屋」
翔子がとある部屋の前で立ち止まる。どうやらそこがダイニングのようだ。
翔子が扉を開くと、先ほどからしていた香りが一層強くなった。
「す、凄い……っ!」
「わぁ……」
「これはまた、贅沢じゃな」
「これが、晩飯?」
「とてもじゃないけど、信じられない光景ね……」
おおよそ一般家庭では見ることのない大きなダイニングテーブル。その黒檀の天板の上には所狭しと並べられた料理の品々。
赤銅色に輝く焼き目と香ばしい芳香と放つ北京ダックの姿焼きからは肉汁が滴り、トロリと濃厚な黄金色のスープに浮かぶ鱶鰭は本場では排翅と呼ばれる大きく立派な姿煮だ。
その他にも青椒肉絲や回鍋肉、八宝菜に麻婆豆腐とお馴染みの中華料理も大皿に山程盛られ、それぞれの席には小さな蓋付きの茶碗も置かれている。
とても来訪した一介の友人のために用意された夕食とは思えないほどの贅の数々に、明久たちはただただ圧倒された。
「アキがこんなの食べたら、慣れない味でお腹壊しちゃいそうね」
「あははっ。本当だよ」
美波の冗談に明久は笑って答える。冗談ではなく、本当に食べ過ぎでお腹を壊しそうだ。明久の口からは止めどなく涎が流れている。
「わ、私、ちゃんと食べきれるでしょうか?」
「俺も自信ないな……」
リリアとトレイズも、目の前の料理をちゃんと食べれるか不安になっている。
「ま、気にすることねぇよ。早く食べようぜ」
唯一雄二だけが気にすることなく、ズカズカとテーブルに着く。
「ところで、ここで食事を摂るのはワシらだけかの? 霧島の家族はおらんのか?」
「……うん。私たちだけ」
この部屋にいるのは今日の勉強会のメンバー12人のみ。普段なら大人数だが、勉強部屋と同じくダイニングもかなり広いので狭さを感じさせない。
「じゃぁ、この料理は誰が?」
「霧島の母親にしろ専属の料理人がいるにしろ、この量を作るのは骨が折れるな」
青椒肉絲や回鍋肉はともかく、北京ダックや鱶鰭の姿煮なのどの手間のかかる料理もある。とても一人二人で作れる量ではない。
「……大丈夫。父が懇意にしている中華レストランから」
「ケータリングってわけか。にしても凄い量」
「……シェフを呼んだ」
「「「…………」」」
想像の斜め上だった。
「翔子の家はそれぞれが自由に暮らしているからな」
「……うん。だから気兼ねしないで好きに過ごしてほしい」
「気兼ねしないでって……」
雄二部屋があるくらいだから、翔子を含め本当に自由に暮らしているのだろう。とは言うものの、このおもてなしを前に、気後れするなという方が難しい。
「んじゃ、遠慮なく食わせてもらうか」
「そうだね。僕もう待ち切れないよ」
「…………楽しみ」
「食べ過ぎですぐに寝てしまいそうじゃな」
Fクラスには無縁の言葉だったようだ。
「アンタたちねぇ……」
「あははは……。けど、じゃあ翔子ちゃんはこの家に1人で住んでいるんですか?」
「……うん」
「え? 寂しくないんですか?」
「……うん。もう慣れたから」
驚くリリアに、翔子は本当に何でもないかのように慣れたと言う。それを聞いた瑞希たちの方が少し寂しい思いをした。
「おい。早く座れよ。せっかくの料理が冷めちまうぞ」
「……うん。それじゃ、皆適当に座って」
雄二に促される形で全員が各々席に座る。
「「「いただきまーすっ」」」
皆で手を合わせ、いよいよ楽しい夕食タイムが始まる。
「これはまた、絶品じゃな……!」
「本当ね。こんな高級中華料理なんて食べたことないわ」
「お、美味しいです……! うぅ……また食べ過ぎちゃいます……」
「ほっぺが落ちちゃいそうです!」
「僕の好物のカロリーがこんなにたくさん……っ!」
「こらアキ、そんなにガッツがないの! 服にタレが付いちゃうでしょ!」
「…………鉄分補給」
「翔子。なぜ俺に取り分けた料理だけ毒々しい紫色をしているんだ?」
「……おかしな薬なんて入ってない」
「なぁ、北京ダックってどうやって食べるんだ?」
「皮の部分を削ぎ落として、この餃子の皮みたいなやつに香味野菜と一緒に巻いて食うんだよ」
「ボク中華料理大好きなんだよねー」
高級中華レストランの味なだけあって料理は全て絶品だった。忙しなく箸を動き回る。
「吉井君。ボクが食べさせてあげるよ。はい、あーん」
「アキッ! 何やってんのよ! そっちよりこっちの方が美味しいわよ!」
「明久君っ! お行儀が悪いですよっ! それに、こっちの方がカロリーが高くて美味しいですよ!」
「ふ、2人ともなんでそんなにムキになってるの?」
「あはははっ。2人とも可愛いー」
「もうトレイズ。口の周りがタレでベトベトじゃない」
「ん? あ、悪いなリリア」
「翔子。なぜ俺のコップに注いだ飲み物だけ毒々しいピンク色をしているんだ?」
「……怪しい薬なんて入ってない」
「ムッツリーニ。このスープに浮いとるのは何じゃ?」
「…………ツバメの巣。美味しい」
「ねぇ。この貝の姿煮ってもしかして」
「もしかしなくても干し鮑だな。しかも相当デカいぞこれ」
滅多にどころか人生で何度食べられるかも分からないようか高級食材に舌鼓を打ちつつ、勉強の疲れを癒していく。
最後の締めにデザートの杏仁豆腐を味わっているところで、翔子が雄二に話をかけてきた。
「……雄二」
「なんだ翔子?」
「……勉強の進み具合はどう?」
「全くもって順調だ。心配はいらねぇ」
「……本当?」
「ああ。次のテストではお前に勝っちまうかもしれないぞ」
「……そう」
「そしたら俺は晴れて自由の身だ」
楽しげに笑みを浮かべる雄二を見て、翔子の目がスッと細くなる。
「……そこまで言うのなら」
「ん?」
「……勝負、する?」
翔子が珍しく、挑発の目で雄二を見やる。その様子に、秀隆と優子は嫌な予感がした。
「勝負だと?」
「……うん。雄二がどの程度できるようになったのか、見てあげる」
「ほほぅ……。随分と上から目線で言ってくれるじゃねぇか」
雄二の顔つきが獰猛になり、翔子に牙を剥く。明久たちも何だか雄二が乗せられているような気がしてきた。
「……実際に、私の方が上だから」
「くっ。上等だ。勝負でもなんでもしてやろうじゃねえか! 本当の実力の違いってやつを見せてやらぁ!」
売り言葉に買い言葉。雄二は完全に翔子に乗せられてしまった。
「……分かった。それなら、この後に出題範囲の簡単な復習テストで勝負」
「おうよ! 今までの俺と思うなよ!」
「……それで、私が勝ったら、雄二は今夜私と一緒に寝る」
「……は?」
雄二の目が点になる。頭に血がのぼって、その後の展開をよく考えていなかったようだ。
「バカだな雄二。霧島が考えも無しにお前に勝負を挑むわけがないだろ」
「相変わらず、代表の前だと坂本君も形無しね」
秀隆と優子が呆れたようにボヤく。新学期の時からまるで成長していない。
しかし、美人でスタイルの良い翔子と同じ部屋で寝るということは、一般的な男子からは嫉妬や妬みを買うわけで、
「霧島さん。杏仁豆腐を食べるのにナイフを貸してもらえないかな? 包丁や日本刀でもいいんだけど」
「……今持ってくる」
「待て翔子! 今のコイツに刃物を持たすな! 俺の命に関わる!」
危険を察した雄二が翔子を止めにかかる。雄二に勘づかれて明久が盛大な舌打ちをする。それを見て、瑞希と美波がジトッと明久を睨んだ。
「……代わりに、雄二が勝ったら吉井と寝ることを許してあげる」
「驚く程俺にメリットがねぇぞ!」
元々今夜は男女で別れて寝る予定だったし、雄二にとって翔子と一夜を共にするのは肉体的、精神的、社会的に死に直結する。
「いいな〜。そういうの、面白そうだよね。ボクも何かやりたいなぁ」
明久が妬ましさに雄二に椅子を振りかぶろうとしていると、そう愛子が楽しげに言った。
「……愛子も勝負する?」
「それもいいけど、折角だから――」
わざと一呼吸置いて明久に視線を向ける愛子。そのいたずらっ子の様な笑顔に、明久の危険予知センサーがビンビンに反応する。
「――そのテスト、皆で受けて、その点数で部屋を割り振ろうよ」
愛子は明久に向かって片目を瞑って見せた。つまりこれは愛子からのお誘いと言うことだ。男子たるもの据え膳食わぬは何とやらということで、
「よしっ! 望むとこ――」
「だ、ダメですそんなことっ! 明久君には、その、まだ早いと思いますっ!」
「そうよ! アキには10万年早いわ!」
「それ、お前らも刺さってるからな」
思わぬ方向から後ろ弾を撃たれて、明久が胸を押さえる。
「でも、保健体育のテストのためにも吉井君がボクと実戦を経験しておくのはイイコトだと思うよ?」
「ダメですっ! そんなのいけませんっ!」
「アキがそっちレベルについて行けるわけないでしょ」
「分からないよ? 案外ついてこれるかもしれないよ? それに、もしそうなら、尚更ボクが吉井君に保健体育のお勉強を教えてあげたいな」
「ダメったらダメですっ! 絶対にダメです!」
「そうよ! そんなこと、ウチが絶対に――」
「工藤さんがそんなことをしようとするのなら……私が明久君と一緒に寝ますっ!」
「そうよ! ウチもアキと――え?」
「えぇぇええっ!? 姫路さん何言ってるの!?」
どうやら瑞希も、愛子に乗せられて思考がバグっているようだ。
「み、瑞希! 何言ってるのよ! そんなのダメに決まってるじゃない!」
「でも、美波ちゃんだって明久君のHな本を見たなら分かるはずですっ! 明久君だって男の子なんです! Hなことに興味津々なんです! 工藤さんと一緒に寝たら大変なんです!」
「確かに、アキの持っていた本の四冊目にはショートカットのコも載っていたけど……」
「待ちたまえ。なぜ君たちは僕のトップシークレットをどこまで知ってるいるのかね?」
おそらく明久の家に行った時に玲から見せられたモノだろう。つくづく、あの姉は碌なことをしないと明久は痛感した。
「ですから、明久君を守るために、私が一緒に寝ます!」
「そ、そうねっ。アキを守るために、ウチが一緒に寝てあげないとねっ!」
明久の同意も得ずに、話がどんどんとおかしな方向に進んでいく。
「いやいや、お主らは慌てすぎじゃ。別にこの提案に乗らなければ済むだけの話じゃと」
「勝負です工藤さん! 私、明久君の(貞操の)ために負けません!」
「そうね! アキの(貞操の)ためにもウチがアキと一緒に寝るとするわ!」
「お前らと一緒でも危なそうだけどな」
「済む……話じゃと……思うんじゃが……」
秀吉の提案は華麗にスルーされてしまう。勉強ができるのいうことと頭が良いということはイコールではないと明久は実感した。
「トレイズ、どうしよう?」
「大丈夫だ」
「本当?」
「ああ。リリアは俺が守るから」
「トレイズ?」
トレイズも混乱しているようだ。
「はいはい落ち着きなさい皆。そんなこと許されるわけないでしょ」
優子も手を叩いて落ち着かせようとするが、誰も話を聞いていない。
「ほら、アンタも何とかしなさいよ。このままだと大変なことになるわよ?」
「んー?」
1人我関せずと杏仁豆腐を食べていた秀隆に、優子が皆を止めるよう急かす。秀隆は口の中のものを飲み込んだ後、
「別にいいんじゃないか? 面白そうだし」
「アンタねぇ……」
「さっすが神崎君。話が分かってる〜」
とケロっと言ってのけた。そう言えはこういうヤツだったと、優子は頭を抱えた。
「……じゃあ、まだ開けてない新品の模擬試験を持ってくる」
「待て翔子! 俺はまだ承諾してないぞ!」
「……決定事項。それに雄二はさっき勝負するって言った。反対意見は認めない」
「ぐ……っ! そ、それはそうだが……!」
「待って代表。今日は男女別で大部屋で寝る予定でしょ? 別れて寝るだけの部屋はあるの?」
「ナイスだ木下姉! そうだぞ翔子。いきなり別れるなんて部屋の準備が」
「……大丈夫。客間はいつもきれいにしているから」
「だろうな。あんだけ部屋があったんだから、客間も相当数あるだろうよ」
烏龍茶をすすりつつ秀隆が他人事のように呟く。
万事休すと雄二が目を泳がせて考え込んでいた雄二は、テーブルの上で目を止めた。そして翔子に見えない角度でジュースの入ったコップを傾けた。
「っと、すまん翔子! 服にかからなかったか?」
「……大丈夫」
翔子がささっと服を確認する。明久たちからも、パッと見は服にジュースがかかったようには見えなかった。
「いや、大丈夫じゃない。お前には見え辛いかもしれないが、服の裾のその辺りかかったみたいだ」
だが雄二は翔子の腰の後辺りを指さして服にかかったと主張する。
「……それは困る」
「悪い。俺の不注意で――」
「あの薬は繊維を溶かすから」
「待て。お前は本当に俺に何を飲ませようとしたんだ?」
溢れたジュースが絨毯と反応して煙を上げている。とても人体に影響がないとは言い難い。
「あれだろ。今流行りの『服だけを溶かす薬』」
「そんなもんが流行ってたまるか! 第一、そういった類の薬は漫画やアニメの中だけで現実にあるわけ――」
「なるほど。それならあり得るわね」
「――頼むから木下姉までボケに回らないでくれ。俺の処理が追いつかん」
珍しくボケた優子に、雄二は目眩を覚えた。
「……着替えてくる」
翔子が着替えるために踵を返す。
「おっとすまん、そうだったな。確かにそうした方がいいだろうが……どうせなら少し早いが風呂にしないか? 腹ごなしも兼ねてな」
翔子を呼び止めて雄二がそう提案した。確かに満腹の状態で勉強をするのは少し辛い。どの道風呂には入るのだから、少し早まったところで問題はない。
食事→風呂のコンボで眠くなるのが不安ではあるが。
「……分かった。それなら先にお風呂にする」
「じゃぁ、模擬試験はその後だな」
「……うん」
他の皆も雄二の提案に賛成し、勝負前に風呂に入る流れになった。
「おい優子」
食事をした部屋を出て、男女で別れる直前に秀隆が優子を呼び止める。
「なに?」
「忘れんなよ」
「? 何をよ?」
「下着とかタオルとか。お前は結構そそっかしいからな」
「うっさいわね! 忘れるわけないでしょ!」
秀隆のデリカシーのない物言いに、優子は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「そうか。ま、出る前によく確認しとくんだな。部屋の隅々まで、な」
「……はいはい。アンタこそ忘れないようにしなさい。裸で彷徨くなんてみっともないから」
「姉上は人のことを言えんと思うのじゃが」
「秀吉? 何か言った?」
「何でもないのじゃっ!」
笑ってない笑顔で優子が秀吉に微笑む。
翔子の案内で男子、女子、秀吉の3組に別れて部屋に入った。
「さて、行くか」
部屋に入って待つこと数分。雄二が立ち上がった。
「了解。覗きだね」
「…………任せておけ」
「お主らはどこまでバカなのじゃ……」
「懲りねぇなお前ら」
「覗きは犯罪だからな」
真っ先に覗きに行こうとする明久と康太に秀吉たちが呆れかえる。ちなみに秀吉は一人部屋からこっそり男子部屋に移動していた。
「違うぞバカどもが。行くのは翔子の部屋だ」
「霧島さんの部屋? 何で?」
雄二が目指すのは翔子の部屋だと言う。翔子の部屋は今は女性陣の部屋になっている。
「決まっている。さっき話にあった模擬試験を盗み出すためだ」
雄二は拳を握りしめてそう宣言した。
「けど、別に僕らは問題を盗む必要なんてないんだけど」
「(こくり)…………それより、覗きが大事」
どうせ明久と康太には勝ち目がないので、どうせならそれよりも欲望を優先させたい。むしろ、形はどうあれ2人にとっては女子と一緒に寝る絶好の機会なのだ。雄二に加担するメリットもない。
「本当にそうか?」
もったいぶって問いかける雄二に、明久は怪訝そうな顔をする。
「どういう意味?」
「明久。お前姉貴から不純異性交遊を禁止されてただろ」
「あっ!」
察しの悪い明久に代わって秀隆が答える。もし明久が女子と一緒に寝たと玲が知ったら、明久も五体満足とはいかないだろう。
「へぇ。吉井ってお姉さんがいたんだな」
「あ、うん。その話はまた今度。でも、姉さんにバレなきゃ問題は」
「協力しなければ俺がバラす」
「外道っ! この腐れ外道がっ!」
雄二は明久の罵倒に「何とでも言え」と返した。
「ま、明久もそうだが、このままだと康太も危険だな」
「…………どうして?」
「出血多量で死ぬ。確実に」
「土屋は誰かに殺されるのか?」
トレイズが不安そうに聞く。
「んにゃ。鼻血で自滅だ」
「……なんだって?」
「…………俺が、死を恐れるとでも?」
康太が無駄に格好つけてキリッと表情を引き締める。
「だが、予想されるテストの順位を考えてみろ。攘夷の人間から相手を選んでいくとなると」
翔子、瑞希の1位2位は揺るがないだろう。だとすると、3位になるは優子、愛子、トレイズの誰か。
「霧島は当然雄二。姫路も明久を選ぶだろうな」
「トレイズはリリアを、木下姉は秀隆を選ぶとしたら」
「工藤愛子は誰を選ぶかのう」
「なんで優子が俺なんだよ? 秀吉かもしれないだろ」
「…………まさか」
秀隆の意見は無視され、康太が結論に至った。
「さっきの言い争いもある。ムッツリーニを失血死させて、保体の王者の座を奪うつもりじゃないのか?」
「…………っ! つくづく、卑怯な……っ!」
「……なぁ。保体の王者ってそんな偉いものなのか?」
「康太と工藤の中じゃそうなんだろうな」
歯噛みする康太にトレイズは疑問符を浮かべるばかり。2人はおかしなライバル関係にあるようだ。
「…………あんなスパッツごときに、殺されるわけには……っ!」
「あ、そっちなんだ」
どうやら死よりもスパッツに殺されることの方が許せないらしい。いったいスパッツになんの恨みがあるのか。
「と、いうわけだ。協力してくれるな?」
「分かったよ。協力するよ」
「…………やむを得ない」
命のかかった2人は雄二に協力せざるをえなくなった。
「ワシも協力しよう」
「え? 秀吉が? どうして?」
「どうしても、じゃ」
「???」
秀吉は何か決意を秘めて雄二に協力するという。
「秀隆とトレイズはどうする?」
「俺たちはパスだ。もし女子の誰かが部屋に来た時に、部屋に誰もいないと怪しまれるからな」
「そうだな。俺たちが部屋にいない理由を説明するためにも居残りは必要だな」
「トレイズはそれでよいかの?」
「ああ。どの道、俺は行く気はなかったし」
元々行く気のなかったトレイズは秀隆の提案に即賛成した。
「んじゃ、俺たちは行くから、お前らは適当に言い訳を考えておいてくれ」
「オーケー。お前ら、死ぬなよ」
「いや死地に行くんじゃないんだから……」
「翔子の口ぶりからして、テスト問題はアイツの部屋にある。そこに忍び込むぞ」
「「「了解」」」
一歩間違えれば社会的に死ぬので死地なことには変わりない。明久たちは明日を勝ち取るために翔子の部屋への侵入を開始した。
ご感想などお待ちしております。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない