少し進展がかるかも……?
第八十四問
女子部屋が(一方的な)恋バナで盛り上がってる中、ほぼ同時刻に男子部屋では――
「坂本雄二から始まるっ」
「「「イエーッ!!!」」」
「古今東西っ」
「「「イエーッ!」」」
雄二のコールに合わせ他の5人が合いの手を入れて古今東西ゲーム(もちろん罰ゲームあり)が始まった。
「一部生徒で噂になっている明久の恋人の名前っ」
「……へ?」
予想の斜め上のお題に明久が呆けている間に、雄二たちはパンパンと手を叩き勝手にゲームを進行していく。
「【久保利光】!」
「ダウト! それダウト! 久保君は男だから!」
久保利光はAクラス次席の男子生徒。しかし明久の知らぬところで一部(女子)生徒の間で噂になっているのは事実だ。
明久は無効だの抗議するが、抵抗虚しく次番の康太が手を叩き、
「…………【坂本雄二】」
「嫌だぁっ! それはなとなく知ってたけど改めて言われると凄く嫌だっ!」
「俺だって嫌じゃボケ!」
明久と雄二の関係は女子に飽き足らず男子や教師陣の間でもその悪名とともに噂になっている。もはや学園公認とも言っても過言ではないレベルだ。
「え、えっとえっと……わ、ワシじゃ!」
「…………」
「あ、明久!? そこで黙り込んで頬を染められても困るのじゃが!?」
「じゃぁ言わなきゃいいだろうが」
「ついに告白したのかと思ったぞ」
「ワシに男色の趣味は――ない!」
「なんで一瞬間を開けたんだ?」
秀吉は恥を忍んで自分の名を挙げたが、逆に噂の信憑性を高めてしまった。因みにムッツリ商会調べによると【明久×秀吉】のカップリング本の売上は第2位らしい。
続いてトレイズが手を叩く。
「えっと……【神崎秀隆】!」
「うわぁっ! 最悪だぁ! こんな性悪インテリヤ◯ザと恋人なんて死んでもゴメンだぁ!」
「こっちから願い下げじゃクソが!」
トレイズまでもが秀隆の名を挙げる。ここまで4人全員が男の名を挙げまさかの女子はゼロ。明久は自分に浮いた話がないのはこの噂のせいじゃないのかと疑念を抱いた。
「……【清水美春】」
「待って! なんでよりによって清水さんなの!?」
「俺が知るかよ」
初めて出てきた女子の名前がまさかの清水。明久は信じられないようだが、例の一件から『実は清水と島田は明久を奪い合っている』という噂が実しやかに囁かれている。当然件のドリルツインテールの少女も全力で否定してはいるが。
そうこうしてる間に明久の番。といっても本人が自身の噂話など耳にするはずもなく、
「し、【島田美波】!」
「「「罰ゲーム決定っ!」」」
「どうしてっ!?」
この間騒ぎを起こしたばかりだというのに、何故か美波の名前はアウトになった。久保や雄二、清水はセーフなのに、キスまでした上に清水と一騎打ちまでした美波がアウトなのは明久も納得がいかない。
「なんで島田はダメなんだ?」
「結局誰も信じなかったからな。最終的には『Fクラスがただバカやってた』っていつものパターンで決着した」
「それでも一瞬は噂になったんでしょ? ならセーフじゃん!」
「ダメだ。今は噂になってないからな」
「そんなルールはなかったはずだよ!」
「今追加した」
「ずるっ!? いくらなんでも卑怯すぎる!?」
「そんなことはどうでもいいから、早くクジを引け」
「どうでもよくないっ!」
結局のところ、明久に罰ゲームを受けさせたいだけなので、明久の抗議が受け入れられることはない。
「ほれ、早くひくのじゃ」
「うぅ……。なんだか納得いかない……」
「安心しろ。お前以外は全員なっとくしている」
「それは大丈夫なのか?」
「トレイズ、これがFクラスの常識なんだ」
疑問符を浮かべるトレイズにFクラスの常識を説く。
明久は渋々と雄二が突き出した袋に手を入れ、折り畳まれた紙を1枚取り出す。
「えーと……『女子部屋に行って姫路さんの髪留めを戻してくる』って、コレ僕が書いた罰じゃないか」
明久は自分で自分の書いた罰を引き当てたようだ。
「なんだ明久。お前は随分とヌルい罰ゲームを書いたようだな」
「え? でも、女子部屋に侵入だよ?」
常識的に考えてみれば、寝ている女子の部屋に男子が侵入するのだから、夜這いに来たと思われても仕方がない。しかも面子が面子なので、下手をすれば、物理的、社会的制裁を受けるかもしれない。命の保証はない。
「けど、髪留めを返すだけなら、最悪ドアを少し開けて投げ入ればいいだけだしな」
「確かに、そう考えるとまだ優しいか」
明久の罰ゲームの目的はあくまで瑞希の髪留めの返却だから、ドアの隙間からこっそり入れて後で本人に探させるように仕向けてもいいのだ。
「そういう皆はどんな罰ゲームを書いたのさ?」
「俺は『翔子の部屋から婚姻届を奪取してくる』だな。当然、
「お前それは無理ゲーがすぎるだろ」
「ワシは『本気女装集写真集の撮影』じゃな。ワシの苦しみを皆味わうべきじゃ」
「…………『各グッズ用写真の撮影』。ポーズを決めている写真はなかなか撮れない」
「……この2人の罰ゲームじゃなくて本当に良かったよ」
雄二たちの罰ゲームも多分に個人的な思惑が含まれていた。もはや罰ゲームなどではなく、ただの要望である。
「じゃあお前らは何なんだよ」
「俺は『姫路にまともな料理を作れるように指導する』だ。いい加減どうにかしないと死人が出る」
「お主のも十分無理ゲーでないのかの」
「俺は――」
皆がトレイズの言葉に注目する。海外から転校してきたトレイズのことだから、きっとウィットに富んだ罰ゲームを――
「『好きな人に告白する』」
「「「1番鬼畜じゃねぇか!!!」」」
まさかの鬼畜罰ゲームに全員が大声を上げた。
「え? そうなのか?」
「そうだよ! というか、その手の罰ゲームは秀隆が書くと思ってたのに」
「どういう意味だコラ」
「…………日頃の行い」
「なぜそのような罰ゲームを書いたのじゃ?」
Fクラスでもないトレイズが面白半分でそんな罰ゲームを書いたとは思いたくない。
「前に工藤が『日本の罰ゲームでは定番』って言ってたから」
「また工藤さんか……」
「工藤のヤツ、余程俺たちを陥れたいらしいな」
「…………やはりスパッツは敵……っ!」
「スパッツは関係なかろうて……」
「工藤め。トレイズがこういうのに疎いと知ってて唆しやがったな」
やはりと言うか何と言うか、愛子の差し金だった。
「違うのか?」
「違う、とは言い切れないな」
「漫画とかだとよくあるしの」
「…………定番と言えば定番」
「実際にやった人もいるんじゃないかな?」
「やられた方はたまったもんじゃないけどな」
罰ゲームによる告白は漫画ではよく見かけるシーンで、そこから恋愛に発展、なんてこともあるが、現実は漫画のようにはいかない。
「いいかトレイズ。告白は本人の真摯な気持ちでするから尊いのであって、罰ゲームなんかでされて喜ぶヤツはほとんどいないし、そんなんでできた関係が長続きするわけない。お前だって、リリアからの告白が罰ゲームだったって分かったら嫌だろ?」
「そ、そうだよな……。ごめん」
「分かってくれたらそれでいい」
「なんで日本ではそんな罰ゲームが定番なんだろうなって思ってたんだ」
「そこまで分かってたんなら書かないで欲しかったかな……」
「やっぱ工藤と関わると碌なことにならないいな」
「…………やはりスパッツは」
「スパッツは関係ないと言うとろうに」
愛子の悪癖にも困ったものである。
「ま、今ワシに想い人などおらぬからの。ワシが引いたとて意味はなかったの」
「…………同じく」
「どうせトレイズと雄二、明久は成功するだろうから、どの道意味のない罰ゲームではあるか」
「あははっ。何を言ってるのさ秀隆。雄二とトレイズはともかく、僕が成功するわけないじゃないか。そもそも秀隆には言われたくないよ」
「まったくだ。俺は死んでもゴメンだ」
「お主ら全員人の事を言えた立場ではなかろう」
「…………五十歩百歩」
現状告白する相手のいない秀吉と康太がヤレヤレと首を振る。
「何を言ってんだ? 俺も相手なんていないぞ?」
「はいはい。いつものね」
「お前のその答えもマンネリ化してきたな」
「…………もう聞き飽きた」
「だから何でそうなるんだよ」
「……姉上も大変じゃの(ボソッ)」
「本気で言ってる風なのがまたなぁ」
秀隆のお決まりの台詞も、もはやお家芸とかして誰も信じていない。
「さて、秀隆の朴念仁は置いといて」
「朴念仁はお前らだろ」
「アイツらが寝静まるまで適当にダベるか」
「おいコラ無視するな」
「そうじゃな。今日は勉強詰めで疲れておるじゃろうし、小一時間もすれば眠っておるじゃろう」
「おいだから人の話を聞け」
秀隆の台詞は華麗に聞き流され、女子が眠るまでまた雑談の時間となった。
「…………お題は?」
「そうだな。まずは『人生で1番恥ずかしかったこと』からいくか」
「んじゃ、サイコロがあるからこれで決めるか」
「それがいいな……じゃあ、1が出たら俺、2が秀隆、3が秀吉で4がムッツリーニ、5がトレイズ、6以下が出たら明久って感じでどうだ?」
「「「オッケー」」」
「オッケーじゃない! それだと僕が絶対に喋らないといけないじゃないな」
「違うぞ明久。お前は道連れにされるだけだ」
「余計に悪い! それにそんな事言って、難癖つけて僕だけに話をさせる腹づもりだな!」
「ちっ。明久のクセに勘がいいな」
「ほらやっぱり!」
「うるさいぞ明久。ほら、最初に振る権利はお前にやるからとっとと振れ」
投げ渡されたサイコロを明久が空中でキャッチする。
「ふん。余裕ぶっていられるのも今の内だよ。全員『人生で100番目に恥ずかしかったこと』まで話させてやる!」
「んなことしてたら朝になるだろうが」
「いっけーっ!」
明久が勢いよく腕を振り、床にサイコロを投げる。投げられた賽はコロコロと転がり――
「6だな」
「6じゃな」
「…………6」
「紛うことなき6だな」
「綺麗に6で止まったな」
「なんでぇええーーーっ!!!」
見事に6の目を出した。
「初っ端から引くとは流石の運だな」
「ふ、不正だ! インチキだ!」
「自分で振っておいてインチキも何もなかろうに」
「…………往生際が悪い」
「ほれ。とっとと話して楽になっちまえよ」
「悪いな吉井。これもルールだから」
「うぅ……。分かったよ。えっと、アレは僕が中学一年生の頃なんだけど――」
「「「ふむふむ」」」
それから約一時間後。
「さて。そろそろ頃合いじゃぞ、明久」
「そうはいかないよ! 僕は『人生で16番目に恥ずかしかった話』までさせられたのに、皆は何も話してないなんて不公平だ!」
「それはお前の運がなさすぎるからだろ」
「…………超絶に運がない」
1番恥ずかしかったことを離した後、明久はもう一度振ってまた6を出し、サイコロを変えても6を出し、全員で順番に振っても6がで続けた。それでも納得のいかない明久はまた自分で振り続け、立て続けに6が出る。とはやこのサイコロには6の目しかないのかと疑うレベルの運のなさだ。
「ゴチャゴチャ言ってないで、いいから行くぞ明久」
「うぅ……分かったよ――って、雄二も行くの?」
「ああ。俺は俺でやることがあるからな」
そういうと雄二は康太から借りたガラス用のカッターを掲げてみせた。ズボンのポケットには秀隆から借りたであろうハンマーも見える。目的は例の婚姻届の奪取に違いない。
あの見るからに分厚くて頑丈そうなガラスケースを相手にするには少々心許ないような装備だが、ないよりマシという考えなのだろう。あるいは自慢の力でゴリ押すか。
「無駄だと思うけどな」
「うるせぇ! やってみないと分かんねぇだろうが!」
呆れる秀隆に噛み付く雄二。是が非でも盗み出したいようだ。
「ならば、ワシは廊下から見ておくかの」
「…………同行する。面白いハプニング、期待してる」
「ハプニングなんて、冗談じゃないよ」
明久たちは立ち上がり、音を立てないようにドアを開ける。
「あれ? 2人は行かないの?」
「流石に廊下に4人は多いだろ」
「俺は先に寝させてもらうよ――ふあぁ……」
大あくびをするトレイズ。既に普段寝る時間からはだいぶ遅くまで起きている。もう限界なんだろう。
「そっか。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「覚えたら骨は拾ってやる」
「安心しろ。その時は化けて出てやる」
軽口を叩きあった後、明久たちはそっとドアを閉じて廊下に出ていった。
「んじゃ、俺は便所行ってくるわ。先に寝ててくれ」
「分かった。おやすみ」
「おやすみ」
秀隆も寝る前にトイレに、と明久たちから少し遅れて廊下に出た。
「はぁ……。まったく……。紅茶を飲みすぎたわ……」
ところ変わって女子トイレ。優子が洗面台で手を洗っていた。
瑞希たちの質問攻めから逃れるために紅茶をハイペースで飲んだせいで、就寝後にトイレに起きてしまったのだ。因みに瑞希たちも疲れからか、途中で糸が切れたように眠ってしまっていた。
「はぁ……」
ハンカチで手を拭いている間もため息が零れる。まさかあんな目に合うことになるなんて思いもよらかった。
「……アンタは本当にアイツが――」
鏡に映る自分に問いかけようとして、やめた。考えても詮無いこと、いや、考えるまでもないことだ。
「……ホント、我ながら難儀な性格してるわ」
思わず自嘲気味な笑みが出る。
瑞希たちに言われたからではないが、『そんな気持ち』がなかったわけではない。それなら、わざわざ外出に誘ったり、バイト先に通い詰めたり、あまつさえあんな台詞まで吐いたりはしない。
離れていた時期もあった。憎んでいた時もあった。二度と会いたくないと思っていた。
それでも、噂を聞けば耳を傾け、ふとある毎に思い出し、会えた時は心臓が高鳴った。
身勝手だと思った。今更何を思っているのだと自分に腹が立った。向こうも同じだと思っていた。
「あ」
そんなことを思っていると、廊下に彼がいた。無防備にこちらに横顔を向けて、廊下の窓の向こうに視線を眺めている。
「よう」
こちらから何か言う前に、向こうが気づいた。いつもの笑みで。
「こんな時間まで起きてるなんて、悪い子ね」
「おばけでも出てくるのか?」
自然と歩み寄って横に立つ。おばけとは昔読んだ絵本のことだろう。夜遅くまで寝ないで起きている子どもを攫っていくおばけ。小さい時はその独特な絵とストーリーが怖くて、読むと逆に眠れなくなってしまった。
「アンタがおばけを怖がるわけないでしょ」
「ヒデェな。人を鉄仮面かなんかだと思ってんのか?」
「なに? 怖いの?」
「目の前のヤツの方がよっぽど怖え」
失礼なことを言う彼に一発蹴りを入れる。「痛え!」と叫んでいたが気にしないことにした。
「まったく。お前はすぐに手か足が出るな。本当に優等生やれてんのか?」
「ご心配なく。アンタたちより上手くやれてるわ」
「それでよく俺のことを詐欺師呼ばわりできるよな」
呆れているようだが、そんな事はどうでもいい。今は瑞希たちによって触発されたこの鼓動を鎮めなくては。
「……ねぇ」
「あん?」
「4月の試召戦争の事覚えてる?」
「……忘れるわけねぇだろ」
アレは苦い経験だ、と彼は言う。勝利目前で敗北したのだからその通りなのだろう。
「私と賭けをしたことも?」
「させられた、な。あん時は頭に血が上ってどうかしてたわ」
ボリボリと後頭部を掻く。そうか。覚えているのか。
「――もしも」
「うん?」
「もしも、あの時アンタが勝っていたら――何を言うつもりだったの?」
試召戦争の賭け。負けた方は勝った方の言うことを聞くという他愛もない無慈悲な賭け。あの時は優子が勝ったものの、もし優子が負けていたら――
「…………それは」
「――ごめん。やっぱなし。変なこと聞いたわ……忘れて」
口を開きかけた秀隆の台詞を優子が遮る。秀隆は「そうか」とだか呟きそれ以上は聞くこともなく、また窓の外に目をやった。
「…………」
やってしまった、と優子は後悔した。あの賭けは自分が勝ったのだから、そのままにしておけば良かったのだ。もしも負けていたらなんて想像もしたくない。その時に彼がなんて言うつもりだったかなんて、知りたくもないのに。それを聞いたら、もう戻れないかもしれないのに。
「…………」
チラリとその横顔を見る。薄暗さでその表情全体は分からないが、物悲しく見えるのは月明かりのせいだろうか。
「…………に」
「え?」
不意に秀隆が話しかけてくる。顔を優子にむけぬまま、呟くように。
「合宿ん時に、お前言ってたな」
「何を?」
「『星が綺麗だな』って」
「あ……」
確かに言った。あの時は雰囲気もあってつい口が滑ってしまったが、今思うと浅はかだった。秀隆がその意味を知っているかどうかではなく、それを受け入れてくれるかどうかと言う意味で。
「……言ったかしらね?」
「自分でガキの頃の思い出振っといてよく言うぜ」
「忘れたわ」
「記憶力お婆ちゃんかよ」
また蹴りを入れる。窓の外に映る星は、郊外だけあって自分の家の近所よりはよく輝いているが、合宿所や、あの時の輝きよりはやはり劣る。
「……それで、それがどうしたのよ?」
「いや、その、な」
秀隆には珍しく口ごもる。煮え切らないような、躊躇っているような、口に出すのを憚っているように見える。
「アンタらしくないわね。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
「そう急かすな。こういうのはタイミングがだな」
「今更タイミングも何もないでしょ。早くしてよ。眠いんだから」
優子が口に手を当ててあくびひとつ。秀隆は少し呆れたように軽くため息を吐くと、優子の顔を見ないままに口を開く。
「……行くか?」
「……え?」
気を抜いたせいで聞こえなかったのか、はたまた言ったことが信じられなかったのか、優子が聞き返す。
「今は……まだ、無理だけど、その……いつか行こうぜ。また一緒に星を見にさ」
「…………」
「ま、お前が俺と行きたいなんて思うわけ」
「行く」
即答。なんなら秀隆の台詞に被せるように、優子は反射的に返事をした。
「行く。絶対に行く。何にが何でも行く。いや、むしろ私が無理やりにでも連れて行く」
「おいおい随分――っととっ。分かった。分かったから押すなよ」
「あ、ごめん」
勢い余って、優子は秀隆の胸にすがるように手を押し当てていた。慌てて手を離すが、顔がやたら熱い。
「ははっ。そんなに星を見たかったのか?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
尖らせた口から不満が漏れる。天体観測自体は嫌いではないが特段好きでもない。家族で行ったプラネタリウムも、感動はしたが何故か一味足りない感じがした。それはおそらく――
「――と行くからよ」
「何か言ったか?」
「いいえ。何も」
それでも、今はこの気持ちはしまっておこう。秀隆の誘いがあの時の返事とは限らない。単純に自分が見に行きたい口実にしたいだけかもしれない。けど、もし優子の願い通りなら……優子は顔がニヤけるのを必死で抑え込んだ。
「? 変なヤツだな」
「……アンタに言われたくないわよ。それで、いつ行くの?」
「んー。 そうだなぁ……」
秀隆は顎に手を当てて逡巡した後、
「……試召戦争で俺たちが勝ったら、かな」
「……なによそれ。本当に行く気あるの?」
「ヒデェ言われようだな」
「そりゃそうでしょ。その結果が前の試召戦争じゃない」
「舐めるなよ。次の試召戦争では目にもの見せてやるかよ。だから――」
秀隆は一呼吸置いて、
「――首を洗って待ってろよ」
「楽しみにしておけ」じゃないのかと優子は少しがっかりしたが、 その顔はいつも以上に真剣な顔。いつもの人を食ったような顔ではなく、何かを決意したかのような顔だ。
「……そう。なら早くしてよね。首が長くなりすぎて、洗いにくくなるから」
「言ってろ」
今度はいつのも笑み。挑発的で好戦的な顔。人を小馬鹿にしたような笑みなのに、なぜか安心する。
「んじゃ、そろそろ俺も寝るわ。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
2人はそれじゃ、と軽く手を上げたあと、それぞれの部屋に戻るために背を向ける。
秀隆が廊下の角を曲がったことを確認すると優子は、
「やったっ!」
と小さくガッツポーズした。秀隆の思惑は分からない。けど、口実ができたのは事実だ。言質もとった。後は覚悟だけだ。
「待ってなさい秀隆。必ず私が」
新たな期待と決意を胸にした優子の足取りは軽かった。
一方秀隆は、
「あー……顔が熱ぃ」
廊下を曲がったすごのところにドカッと座り込み、右手で顔を鷲掴むように覆う。
「くっそ。コレじゃ雄二のことバカにできねぇじゃねぇか」
結局、自分はあの時のガキのままだと思い知らされた。プライドだけが一丁前の、無知で無力な子どものまま。
「……しゃぁねぇ。気合入れますか」
天に吐いた唾は飲み込めない。ならば宣言通り勝てばいあだけ。優子との約束のために、己のケジメのために。そのための戦力も策もまだないが、これから作るのだから問題ない。
「ったく。我ながらクソ面倒な性格してるわ」
自嘲気味に天を仰ぐ。過去と決別できない自分も、素直さのかけらもない自分も嫌になる。それでも、捨てきれなかったこの感情だけは、今は大事にしまっておこう。いつか伝えるその日まで。
その後、深夜の霧島邸に、とある少年の悲鳴が響いたのは言うまでもない。
ご感想などお待ちしております。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない