バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回は原作第5巻エピローグ。テスト結果を玲に伝えると……。

一応オマケで秀隆と優子のワンシーンもあります。


第八十六問

第八十六問

 

2日間に渡る期末テストが終わった週末。

 

「さて、何か申し開きはありますか? アキ君、いえ、アレクサンドロス大王くん?」

「面目次第もございません」

 

玲が土下座して謝罪する明久の頭上で世界史の答案用紙をヒラヒラと揺らす。

結局、試験当日は何とか誤魔化せたものの、テストが返却された今日、玲に詰め寄られて答案用紙を提出せざるを得なくなった。結果、現在に至る。

 

「まったく、貴方という人は……」

「う……。て、点数はそれなりに良かったと思うんだ。ただ、無記名で0点になっちゃっただけで……」

 

明久の言う通り、本来ならば世界史の点数は試験召喚大会の時の点数を上回っていた。それ以外の科目もそれなりには向上していたので、玲の理不尽な減点を弾き返すレベルまで総合点数は確実に伸びていた。

だがそれは『世界史の点数が加算されてれば』の話だ。

 

「もし名前をきちんと記入していたら高得点だったとして、それがどうしたと言うんですか。『もしも』、『たられば』の話に意味はありません。アレクサンドロス大王くんは受験の本番で同じミスをしてしまったら、そうやって試験官の人に言えば許しを請えると思っているのですか?」

「うぐ……」

 

玲の辛辣な言葉に返す言葉もない。

当然、受験の本番でそんな言い訳は通用しない。文月学園常には実社会で通用する生徒の育成をスローガンにしているので、本番で通用しない言い訳には一切耳を貸さない。だからこそ、振り分け試験での瑞希の退室にも再試験などの温情が与えられなかったのだ。

明久の言い分など受け入れらるはずもない。

 

「うぅ……。僕なりに頑張ったのに……」

「ですから、頑張った結果がこれなのでしょう?」

「ごめんなさい」

「別に謝る必要はありません。姉さんは最初から飽き君には何も期待していません」

「うぅぅ……」

 

そうだとは思っていたが、面と向かって言われると()()ものがある。

 

「一応、努力したことは評価に値すると考えていますが」

「え? そ、そう?」

「ですが、結果を残せないようでは意味がありません。努力というものは結果のための過程に過ぎず、例えその行動がどんなに尊いものであろうとも、過程自体を誇るようになっては何の意味もないのです」

 

どんなに努力しようとも、最終的には結果が全てだ。

例え、毎日毎日コツコツ勉強しても本番で失敗したらそれは失敗。逆に殆ど勉強してなくても、本番でヤマが当たり行動を出せば高得点なのだ。

素晴らしい景色を見るために険しい山道を登っているのに、険しい山道を登ることに満足してしまってはいつまで経っても辿り着けない。努力は成功のための手段であって、努力を目的にした時点で成功はないのだ。以前学園長が言っていた『試験召喚システムを履き違えている』とは正にこのことだ。

 

「そもそもアキ君。貴方が常日頃から勉強を疎かにしているからこのような事態には――」

 

くどくどと玲のお説教が続く。竹を割ったような性格の母親と違い、玲は問題点を次々と(あげつら)ってくる。この性格の差も、明久が玲を苦手としているゆえんだ。

 

――ピピピッ――

 

と、お説教の言葉を遮るように、時計の電子音が鳴った。

 

「――あら。もう7時ですか。お説教に夢中になっていて時間が経つのを忘れていましたね。そろそろお夕飯にしましょうか」

「た、助かった……」

 

明久はこれで玲のお説教から解放されると安堵したが、

 

「明日はお休みですし、続きは明日ゆっくりしましょうか」

「まだ続けるのっ!?」

「当たり前です。だいたいアキ君は姉さんの話を――」

「分かった! 明日お説教を受けるから今日はもう晩ご飯を食べようよっ!」

 

お説教を再開しようとする玲を慌ててせいする。このままにしておくと、明日どころか今夜一晩中お説教が続きそうだ。

 

「おっと、そうでしたね」

「はぁ……。じゃあ、何か簡単なものでも作るよ」

「……いえ、週末ですし、今日は外食にしましょう。時間も時間ですし。――アキ君の好きな物を頼んでいいですよ」

「え? 本当っ!?」

「はい。世界史はともかく、他の教科は一応上がっていましたので、その分のご褒美です」

「やったーっ!」

 

両手を上げて喜ぶ明久。明日はお説教地獄だというのに現金なものである。

 

「行きますよ、アキ君」

「あ、うん分かっ――あ!」

 

リビングから玄関に出ようとして、明久は何かを思い出したかのように短く叫んだ。

 

「アキ君?」

「ごめん姉さん。先に行ってて。僕もすぐに行くから」

「? 分かりました」

 

玲は財布の入った小さな鞄を提げるとリビングを出て行く。

反対に明久は急いでキッチンに向かった。

 

「いけないいけない」

 

明久は冷蔵庫から余っていた生肉を取り出した。まだ消費期限には少し時間があるとはいえ、足の早い生物は早めに冷凍していた方がいい。その事を直前になって思い出したのだ。

 

「あれ……?」

 

キッチンに入った明久は、ひとつの違和感を覚えた。

 

「換気扇が回ってる……。消し忘れかな……?」

 

とりあえず換気扇のスイッチをオフにする。今朝も玲が先に起きていたから、玲が着けて消し忘れていたのだろうか。

ゴミ袋の件といい、ここ最近時々感じていた小さな違和感が脳裏を過る。

 

「そう言えばあの時……」

 

期末テストの前日、玲と喧嘩した日。明久は秀隆に玲の事を愚痴った。その時に違和感の事を伝えたら、秀隆はその違和感の正体に気づいたようだった。あの時ははぐらかされてしまったが、確か秀隆は――

 

「冷凍庫がどうとか言ってたけど」

 

秀隆の言葉を思い返しつつ、肉を冷凍するため冷凍室の取っ手を引く。

「あ――」

 

その瞬間、明久の脳内で渦巻いていた疑念が全て氷解した。

 

「そういう事だったんだ……」

 

それら一つ一つは、取るに足りない、なんてことはない小さな疑問の集合体だ。

なぜ、来客の予定もないのに玲が大量の食材を買っていたのか。

なぜ、数年ぶりに帰国した玲が日本食を所望しなかったのか。

なぜ、玲は明久がいつも作っていたパエリアとは違う食材を用意したのか。

なぜ、玲は明久を台所に立たせようとしなかったのか。

それら疑問の答えが、今明久の目の前に在る。

 

「姉さんったら……」

 

明久が冷凍室で見つけたのは――黒焦げになったパエリアだった。

思わず笑みが零れる。まったく。こんな事をしてもいつかはバレるのに。玲にしては稚拙とも言える行為にいじらしさを覚える。秀隆も、教えてくれたらいいのに。

 

なぜ、大量の食材を買い込んだのか。

――失敗した時の事を考えて多めに用意したから。

 

なぜ、日本食じゃなくてパエリアだったのか。

――明久の大好物だと覚えていたから。

 

なぜ、明久の知っているレシピではなかったのか。

――玲は『レシピを用意した』と言っていた。向こうで本格的なパエリアの作り方を知っている人、それこそスペイン人の友人にでも教わったのだろう。

 

なぜ、玲は明久が台所に立つのを良しとしなかったのか。

――単純明快。玲が明久のために好物を作って振る舞おうとしたから。そして、その練習している所を見られたくなかったからだ。

 

「姉さんったら、いっつも一言足りないんだから」

 

玲は人にも自分にも厳しい人だ。明久の事を期待していないと言いながら、誰よりも明久の努力を認めている。

明久に向けた厳しい言葉の数々は、全て自分にも向けた戒めの台詞だ。仕事や移動の疲れを言い訳にせず、不慣れという理由すら良しとしない。そのくせ、その努力をおくびにも出さない。

 

「そっか……。全部、僕のためだったんだね」

 

明久に頑張って欲しいから、明久に喜んで欲しいから、自ら喜んで汚れ役を買って出たのだろう。明久の模範となるように。

苦手だから努力して克服しよう。玲は自らの行動で明久に証明しようとしたのだ。正しい努力の使い方を。

 

「……参ったな……。姉さんに、色々と酷いことを言っちゃたよ……」

 

知らなかったとは言え、玲の好意を無碍にしていたのは明久の方だった。後で謝らなくては。

 

『アキ君。何をしているのですか? 行きますよ?』

 

先に外に出たはずの玲の声が玄関から聞こえてくる。いつまで経っても来ない明久が心配になって戻ってきたのだろう。

 

「ごめん! 今行くよ!」

 

手にしたままの生肉を冷凍室に押し込んで、明久も慌てて外に出る。

玄関を出ると、マンションの通路に玲の姿はなかった。明久の台詞を聞いて先に行ったようだ。明久も急いで追いつくためにエレベーターではなく階段を2段飛ばしで駆け下りる。

 

「ごめん、お待たせ」

 

既にマンションの敷地から出ていた玲に駆け寄って後ろから声をかける。

 

「時は金なり、と言います。あまり人を持たせるものじゃありませんよ」

「うん。気をつけるよ」

 

自分がせっかちなだけでしょ、というデリカシーのない言葉を寸前で飲み込んで、明久は玲の3歩後ろについて歩く。

玲は特に明久の方を振り返ることもなく、淡々と歩いていく。

 

「あのさ、姉さん」

「何ですか」

 

明久は歩幅を広げて玲の横に並ぶ。玲はまだ明久の方を見ない。

玲は良くも悪くも淡白だ。そして最小限のコミュケーションしかしない。故に身内にすら誤解されやすい。

しかしその裏で、明久も想像できないほど色々なことを考えている。

喧嘩した日も、『明久が食事を用意する必要はない』と言っただけで、明久の気遣いが無駄だとは言っていない。あれは『夕食は自分が用意するから明久は勉強に集中しろ』という玲なりの気遣いだったのだ。本当に、言葉が足りずに誤解を生んでしまったが、玲は自分なりに明久のことを案じていたのだ。

そう考えると、無性に嬉しくなって、つい口元が緩んでしまう。

 

「……ははっ」

「? 何ですか、アキ君。人を呼び止めておいて笑い出すなんて失礼ですね。何か言いたいことがあるんじゃないのですか?」

 

玲は突然笑い出した明久を不思議そうに見やる。

 

「あ、うん」

 

明久はここで何と言うべきか悩んだ。先ほどは謝らないとと思ったけど、冷静に考えると、今明久が紡ぐべき台詞は謝罪の言葉ではない。今謝ったことろで、玲は何に対して謝られているか分からないだろうし、嬉しいとは思わないだろう。

だから、気持ちを込めて本心を素直に伝えることにした。

 

「あのね、姉さん」

「はい」

 

小さく息を吸って、玲の横顔に話しかける。

 

「その……。色々と、ありがとう。僕――姉さんのこと、大好きだよ」

「にゃにを」

 

コホン、と咳払いひとつ。

 

「いきなり何を言い出すのですか。公衆の面前で愛の告白だなんて」

「そんなわけないでしょ!? 家族としての好き、『like』の方だよ!」

「なんだ、そうですか」

 

本気なのか冗談なのか分からない顔で答える玲。こんなことなら素直に言うんじゃなかったと明久は後悔した。

 

「ですが、そんなことを言ってご機嫌を取っても、明日のお説教はやめませんからね」

「そっか。それは残念」

「当然のことです」

「当然、ね」

「当然です」

「……」

「……」

 

それきり押しだまり、夕暮れの道を2人して歩いていく。こうして2人分で出掛けるなんて、実に何年ぶりだろうか。

 

「……そのうち」

「ん? なに、姉さん?」

「そのうち気が向いたら、姉さんが夕食をつくってあげましょう」

「え? 本当?」

 

少しわざとらしく驚いてみせるが、玲が気づいた様子はない。

 

「ええ。美味しすぎてアキ君が驚くようなものを作ってあげます」

「そっか。それは楽しみだなね」

「ただし、本当に気が向いたら、ですが」

 

おそらく、気が向くことになるのは当分先の事だろう。

あの謎のゴミ袋も、玲が失敗作を詰め込んだものなのだとしたら相当練習しているはずだ。けど結果を追い求めるあまり、まだ人前に出せるレベルではないと考えているのだろう。

潔癖で完璧主義な側面が あり、物事を杓子定規で考える玲は気づいていないのだ。どんな料理でも劇的に美味しくなる方法を。料理において最も重要な、たったひとつのものを。

 

「姉さんは料理の一番のスパイスって、何だか知ってる?」

「一番の調味料……塩、でしょうか?」

「う〜ん……。そういう意味じゃなくてさ」

「そういう意味じゃない、ですか。 そうなると……空腹、でしょうか。生存本能に刺激された食欲は、この上ない調味料になるはずです」

「なるほど。姉さんらしい答えだね」

 

思考回路のお硬い玲らしい、現実的な答えだ。

 

「その様子だと、どうやら空腹も違うようですね。正解はなんですか?」

「あははっ。なんだろうね?」

 

普段のお返しとばかりに明久がいたずらっ子のよつに微笑む。

 

「……さてはアキ君。料理が苦手な姉さんをからかって遊んでいますね」

 

玲が拗ねたように目を細めつつ、非難めいた目で明久を睨む。

料理の最高のスパイスなんて、空腹が違うとなると答えは一つしかない。なまじ頭が良すぎるのも考えものだと明久は思いながらも、緩んだ頬を抑えきれない。

 

「……まぁ、いいでしょう。そうやって笑っていられるのも今の内だけです」

 

玲が不機嫌そうに宣告する。

 

「明日はアキ君の身体に答えをボッキリと聞かせてもらいます」

「だからそこは『ジックリと』だよねっ!?」

「アキ君が泣いて謝るまで拷問してあげます」

「本当にボッキリとだった!? 内容がお説教から拷問に変わってるんだけどっ!?」

「嫌なら、チュウでも構いませんよ? アキ君は姉さんが大好きなようですから」

「殴ってください! 泣いて謝るまで!」

「変態ですね」

「弟にキスをしようとするアンタに言われたくない!」

 

結局、いつものような調子で口論しながら歩いていく。

前方に揺らめく逃げ水が夏の訪れを告げていた。

 

――時間は少し戻って、明久が土下座謝罪をキメている頃

 

「――てなわけで、明久は世界史を落としたってわけだ」

「なんともまぁ、吉井君らしいわね」

 

秀隆と優子は喫茶『フランドール』でコーヒーを飲んでいた。

夕方の日差しが2人の顔を照らす。

 

「ま、アイツなりに努力したみたいだが、本番でミスってりゃ世話ねぇな」

「そんなこと言わないの。吉井君なりに頑張ったのよ?」

「頑張っても結果だせなきゃ意味ねぇよ」

 

自棄気味にコーヒーをすする。せっかくのアドバイスも、活かせなければやり損だ。特に今回はミスがミスだけに、明久は当分『Fクラスのアレクサンドロス大王』として弄られるだろう。

 

「そう言うアンタはどうなのよ?」

「問題ない。ギリAクラス並の点数だ」

「振り分け試験の時ならね」

 

したり顔をする秀隆に、優子が苦言を呈す。

 

「あん?」

「成績が上がってるのが、アンタたちだけだと本気で思ってるの?」

 

優子が呆れたように言い、カップに口をつける。

 

「そりゃ思ってねぇけどよ」

「なら、油断しないことね。そう安々と寝首を掻けると思ったら大間違いよ」

「分かってるよ」

 

不貞腐れたように椅子に沈む秀隆を、マスター夫婦が苦笑いして見ている。

 

「まぁまぁ。皆頑張ったんだから、それで良いじゃないか」

「ダメなんだよそれじゃ。俺たちはAクラスを倒すんだからな」

 

乱暴にコーヒーをがぶ飲みする。Fクラスは打倒Aクラスを掲げているのだ。こんなところで躓いてはいられない。

 

「ま、せいぜい頑張りなさい」

 

余裕そうに構える優子。4月の試召戦争では一騎打ちだったとはいえAクラスが勝ったのだ。本格的な試召戦争でも、負ける気はしなかった。それ程に、個はともかく、群としての戦力差は歴然だった。

 

「ただし、約束は守ること」

「分かってるよ。――てか、お前はそれでいいのかよ?」

「それはそれ、これはこれよ」

「我儘なヤツだな」

 

平然と言ってのける優子に、今度は秀隆が呆れる番だ。

約束を果たすために、優子が手を抜くとは思えないが。

 

「あの2人。何かあったのかしら」

「どうだろうね」

 

2人の間の空気を察した老夫婦が、微笑みながら2人を見ていた。

 

〜〜同日、文月学園にて〜〜

 

「……学園長。これは何ですか?」

「そう非難がましい目をするんじゃないよ西村先生。ちょっとシステムの調整に失敗しただけじゃないか」

 

床に鎮座する()()に、学園長と西村教諭がそれぞれ真逆の反応を示す。

 

「……これのどこが()()()()ですか?」

「ちょっと見てくれが悪いだけさね」

「ほほぅ。そうですか」

「ああそうさ」

「「…………」」

 

呆れた目で睨む西村教諭の視線を避けるように、学園長が窓の外に目をやる。

 

「…………夏、だねぇ…………」

「学園長。遠い目をしてもダメです」

「はいはい、分かってるよ。それじゃ、復旧作業を進めるから手の空いてる教師を全員連れてきな」

「それは構いませんが、コレが生徒に発覚したらどうするつもりです?」

「どうもこうもないさね。さっきも言った通り、悪いのは見てくれだけだからね。ガキどもが騒ごうが、特に気にすることもないさ」

 

生徒にバレた時の事を心配する西村教諭とは逆に、学園長はドンと構えていた。

 

「ということは?」

「なるようになる。それだけさ」

「やれやれ……。これだからこの学園は……」

 

西村教諭はもう何度目かも分からない、諦めの溜め息を吐いた。




ご感想などお待ちしております。

次回は番外編を挟んでの原作第6巻の予定です。

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