バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回は番外編、秀隆と優子の思い出話になります。

幼き日に、天の川の下で交わした2人の約束とは……


番外編――秀隆と優子と天の川の約束――

秀隆と優子と天の川の約束

 

それは――小学校5年生の林間学校の時だった。

 

「はーい。みさーん! 今日はここ、如月高原キャンプ場でキャンプをします!」

 

学年主任の中年女性の先生が、体育座りに整列した生徒たちに向かって声を張り上げる。

今日から3日間、神無月小学校5年生の生徒たちは如月高原での林間学校に入る。キャンプ場と言っても近くには少年自然の家もあるので、テントで寝泊まりする以外は炊事も入浴も基本的に少年自然の家の施設を使うことになる。今で言うグランピングだ。

 

「では、キャンプ場のルールをこちらの管理人の――」

「えー、皆さん、こんにちは。今日は――」

 

先生の音頭で管理人の初老の男性がルールを説明しだすが、肝心の生徒たちは前後左右のクラスメイトたちとのお喋りに夢中で、話の半分以上は聞き流されていた。

 

「皆少し静かにして! 管理人さんの話が聞こえない!」

 

と、一人の少女が手を上げて誰よりも大きな声で、皆に聞こえるように注意を促した。その声に、一瞬の静寂が起きたが、そんなのはお構い無しにとまたお喋りがすぐに再開される。

その鶴の一声に管理人も教師陣も面食らっていたが、すぐに柔和な笑顔に戻り、パンパンッと手を叩く。

 

「はいはい、皆さん! 木下さんの言う通りですよ。キャンプ場には危ない場所もあります。ちゃんと管理人さんの話を聞きましょうね」

 

学年主任の先生が生徒たちに行き渡るようにとおりの良い声で窘める。2度目の注意に今後こと全員が静まり返る。

 

「すみません」

「いえいえ、子どもは元気が一番ですから」

 

管理人は恐縮すり先生に気にしないように言い、注意事項の説明を再開した。

 

「優子ちゃん、優子ちゃん」

 

前の方から優子を呼ぶ声がする。顔を上げると、すぐ前に座る少年が身体をねじって優子の方に顔を向けていた。

 

「なに? 秀隆君?」

「大丈夫? あんな言い方して」

「平気よ。人の話を聞かない方が悪いの」

 

ふふん、と鼻を鳴らす優子。正しい事をしたのだから、自分が悪く言われる筋合いはないという自信に満ち溢れている。その不遜とも取れる様子に、少年、神崎秀隆は深い溜め息を吐く。

 

「はぁ……。揉め事は止めてよね」

「私は揉め事なんて起こしてないわよ」

「あのね。仲裁する身にもなってって言ってるの」

 

優子は正義感の強い子だ。その性格ゆえに学級委員にも率先して手を挙げたし、クラスの悪ガキどもを懲らしめたこともある。

だが、それ故に敵を作りやすくもある。特に気の強い女子は男子からも女子からも反発されやすい。クラスメイトと衝突したことも何度もある。その度に、秀隆や、優子の弟である秀吉が間に入っていた。

 

「はぁ……」

 

そのため、秀隆の心労は絶えない。さっきの優子の注意にしても、周囲から何人かが非難めいた目を優子に向けていたし、小声で不満を吐いていたのも聞こえた。今回もトラブルが起きそうだ、と秀隆は起こり得る未来に不安しかなかった。

 

「はい。では先ずテントに移動しますよ。皆さん、遅れないようにしっかりと先生についてきてください」

 

先生の号令で生徒の列が移動を開始する。テントと言う単語に男子生徒の足取りが軽い。反対に、森の側のキャンプ場ということで、虫を気にして女子生徒の殆どは嫌そうな顔をしている。

 

「テント楽しみだね。お姉ちゃん。秀隆君」

 

別の列から優子と同じ顔をした男子生徒、秀吉がトテトテとやってきた。秀吉はそのまま合流すると、優子の隣を歩く。

 

「ダメじゃない秀吉。自分のクラスの列に戻りなさい」

「え〜。どうせ隣のクラスなんだし、少しは良いでしょ?」

「ダメよ」

「まぁまぁ」

 

今年の神無月小学校の5年生は3クラス。優子と秀隆が1組で、秀吉が2組だ。双子のためにクラスを分けられた2人だが、いつも秀隆を加えた3人で一緒だった。

 

「秀隆君、秀吉を甘やかせないで。ルールは守らないと」

「けどキャンプ場は一緒だし、先生につい行くようには言われてるけど、クラスを離れちゃダメだって言われてないよ?」

「屁理屈言わないで。テントは男女別、クラス別なんだから自分のクラスにいないとダメでしょ」

 

と秀隆と優子が少し口論していると。

 

『またやってるよ』

『ヒューヒュー。お熱いねぇ、お2人さん』

 

後ろから2人を囃し立てる声がする。後ろを向くと、いつもの悪ガキグループがニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。

 

「アイツら……」

「気にしないの秀吉。アイツら正面から言う度胸もないから陰口叩くしか脳がないのよ」

「聞こえてるぞ!」

 

優子の小馬鹿にしたような台詞に、グループのリーダー格がズカズカと優子たちに近寄ってきた。

 

「なに? 本当のことでしょ?」

「なんだとっ!?」

「まぁまぁ」

 

今にも噛みつきそうな2人の間に秀隆が割って入る。

 

「落ち着きなよ池田君」

「なんだよ神崎。また木下の味方するのかよ」

「そうじゃないけどさ。ムキになってると図星だと思われるよ?」

「ず、ずぼし?」

「本当は自分でもそう思ってるってことよ」

「そ、そんくらい知ってるし!」

 

 

優子にまた小馬鹿にされたことで優子たちを茶化した男子生徒、池田雄馬がまたムキになる。

雄馬は4年生の時に秀吉に意地悪をしていたのを優子に咎められて以来、優子を目の敵にしていた。

 

「か、神崎も! 自分がちょっと頭良いからって調子に乗んなよ!」

 

そしてその矛先は、いつも一緒にいる秀隆にも向けられる。

 

「別に調子に乗ってるわけじゃないけど。それに僕、そんなに頭良いわけじゃないし」

「嘘つけ! この前のテスト、木下と並んで満点じゃったじゃんか! どうせお前も俺らのことバカにしてんだろ!」

「バカにするわけないじゃん」

 

唾を飛ばしながら怒鳴る雄馬に秀隆は苦笑する。秀隆に池田をバカにしているという意識はない。

 

「本当か?」

「うん。だって意味ないし」

「?」

「池田君バカにしても僕に何の得もないじゃん。だからバカにしないよ」

 

そもそも、最初から眼中にないというわけだ。婉曲しているとはいえ優子かそれ以上にバカにしているのだが、秀吉は雄馬がそれに気づいて更に怒るのではないかとヒヤヒヤした。

 

「……なんか、余計にバカにしてないか?」

「してない、してない」

 

首を傾げる雄馬に秀隆は手と首を横に振る。池田は「そうかなぁ」と疑問に思いつつも、結局は理解できずにそのまま鵜呑みにした。

 

「秀隆君。そんなヤツの相手なんてまともにしてるとバカが伝染るわよ」

「なんだとっ!?」

「まぁまぁ」

「よしなよ、お姉ちゃん」

 

秀隆が雄馬を、秀吉が優子を抑える。どうにもこの2人は馬が合わない。去年雄馬が秀吉をいじめていたせいもあってか、互いに敵視し合っている。加えて、2人とも自己主張が強いというのも拍車をかけていた。

 

「そこの君たち、なにを騒いでいるのですか?」

「っ!」

 

騒ぎを聞きつけた副担任の先生が優子たちに駆け寄ってくる。それを見た雄馬は大きく舌打ちをして踵を返す。

 

「くそ! 覚えとけよ」

 

お約束の台詞を吐いて、雄馬は自分のグループに戻った。

 

「何かあったのですか?」

「先生、池田君たちが」

「何でもないです! もう解決したんで!」

 

雄馬たちとのやり取りを先生に報告しようとした優子を、秀隆が遮る。横にいた秀吉もうんうん、と首を大きく縦に振る。

 

「? そうですか? なら、お喋りは程々にしてちゃんと歩いてくださいね」

「「はーい」」

「……はい」

 

秀隆と秀吉は元気よく返事をして、優子は不承不承といった風に頷いた。自分が悪いわけではないのに、怒られたような気がして納得がいかない。

 

「何で邪魔したの?」

 

先生が持ち場に戻った後、優子は秀隆を問い詰めた。

 

「あそこで先生に言ったて何にもならないよ」

「だからって、言わないわけにはいかないでしょ」

「言ったところで、どの道喧嘩両成敗で終わりなんだから

結果は一緒だよ」

「そんな事言って、秀隆君が 面倒臭いこと避けたいだけじゃない」

「分かってるなら相手を挑発するようなこと言わないでよ。だいたい優子ちゃんは――」

「なによ。秀隆君だって――」

「やめなよ2人とも……」

 

2人の口論はキャンプ場に着くまで続いた。

 

「はい、皆さん。今から夕食までオリエンテーリングをしますよ!」

 

一度テントに荷物を置いた後、キャンプ場の広場に集合し、先生が今日のレクリエーションの説明をする。

オリエンテーリングとは地図とコンパスを用いて、山野に設けられたいくつかのチェックポイントを通過してゴール到達までの時間を競うスポーツだ。今回は少年自然の家が管理する山道にある子ども向けのコースを四人一組になってゴールを目指す。

 

「チェックポイントは全部で5か所あります。チェックポイント毎に問題がひとつ置いてあるので、それの答えを地図と一緒に配られたプリントに記入してください。ゴールした時に答え合わせをして、正解1問につき1つ食材を渡します。その食材を使って夕食のカレーを作ってください」

 

レクリエーションと言っても、課外学習の一環なのでもちろん勉強要素もある。しかも正答数によって使える食材が増えるのだから、皆真剣にならざるを得ない。

 

『カレーなら4つじゃないの?』

『隠し味かも』

『デザートの追加だったらいいなぁ』

「はーい! それでは4人組を作ってください」

 

先生の号令で4人組が作られる。各クラス40人なので、クラス毎に10組、計30組の班が出来上がった。と言っても、班決めは自由ではなく、先週のクラス会で既に決まってるのだが。

 

「ちぇ〜。よりにもよって木下と水戸と一緒の班なんて」

 

あからさまに不服そうな声を上げるのは雄馬。クラス会のくじ引きで、池田は優子、秀隆、そして水戸早苗という女子生徒と一緒の班になっていた。

 

「それはこっちの台詞よ」

「なんだとっ!」

「落ち着きなって2人とも。喧嘩しても始まらないでしょ」

 

今にも喧嘩しそうな2人を秀隆が止める。班が決まった時からこうなることは分かっていたが、たぶんずっとこの調子なんだろうなぁ、と秀隆は内心嘆息した。

 

「ふん。おい水戸! 足引っ張んなよ!」

「う、うん……」

 

雄馬の高圧的な態度に萎縮したように早苗がか細い声で返事をする。

 

「池田君やめなさい。水戸さんが怖がってるでしょ」

「あん? コイツがビビリなのが悪いんだろ」

「なんですって!?」

「やめなよ2人とも。水戸さんも、池田君の大きな声にちょっと驚いただけでしょ?」

「う、うん……」

 

人見知りなきらいがある早苗に、秀隆が優しく声をかせる。

 

「ね。池田君ももう少し声を抑えてね。君の声はよく通るから、少し小さくても十分聞こえるよ」

「お、おう……」

「水戸さんはもう少し声を大きくしてね。山道は町中より静かだけど、風の音とかで聞こえにくい時とあるから」

「分かった……」

 

秀隆が雄馬と早苗の間をとりなす。この程度のトラブルなら慣れたものだ。

 

「次の班の人ー! 地図を取りに来てくださーい!」

「はーい! じゃ、行っか」

 

秀隆が早苗の手を取って先生の方へかけていく。

自然な様子で早苗の手を取る秀隆と、秀隆に手を握られて頬を薄く染める早苗を、優子は羨ましそうな不機嫌な目で見ていた。

 

オリエンテーリング自体は特段のトラブルもなく、順調に進み、チェックポイントの問題も難なく全問正解し、秀隆たちはタイムは9番目、総合6位入賞となった。男の子らしく1番を目指していた雄馬は少し不満げだったが、賞状を受け取る時の顔は誰よりも自慢げだった。

その後は獲得した食材で作ったカレーの夕食、夜のドリル学習、入浴と進み、あっという間に就寝時間。皆興奮で中々眠れたい、寝たくないと思っていたが、オリエンテーリングの疲れかすぐに寝息を立てた。

優子も友だちとのお喋りの途中で眠ってしまったのだが。

 

「ーーゃん」

「…………ん……」

 

誰かが優子を揺さぶる。優子は無意識にその手を煩わしそうに払った。

 

「――ちゃん。お――て――」

「うぅ……ん……」

 

その誰かはしつこく優子を起こそうとする。優子は寝返りをうってやり過ごそうとするが。

 

「……優子ちゃん。朝だよ」

「え!?」

 

朝、という単語に反射的に跳ね起きる。寝坊したかと慌てて周囲を見渡すが、皆寝入ったままで、周りも暗いままだった。

 

「え?」

「おはよう。優子ちゃん」

 

横を見ると、男子テントで寝ているはずの秀隆がいた。

 

「ひ――秀隆君、なんでここに?」

 

びっくりして大声を出しそうになるのを寸前で堪え、優子は囁くように秀隆に尋ねる。

 

「優子ちゃん。外に行こ」

「え? でもまだ夜だし、暗いよ? それに先生たちにも夜中はトイレ以外行かないようにって」

「いいからいいから。ほら、星を見に行こうよ!」

「ち、ちょっと待ってよ!」

 

秀隆は少し強引に優子の手を取ると、急かすように優子をテントの外に連れ出した。

 

「よっと」

 

秀隆はどこから取り出したのか、手にした懐中電灯の灯りをつけて足元を照らす。

 

「どこに行くの?」

 

秀隆に引っ張られる形で恐る恐る歩きながら優子が目的地を聞く。

 

「こっちこっち」

 

懐中電灯と僅かな星明かりの下で山道をずんずん進んでいく。次第に優子の頭に迷子になるのではないかと不安が過る。今迷子になったら……。

 

「ねぇ、戻ろうよ。先生に見つかったら」

「大丈夫。トイレですって言えばいいよ」

「トイレと方向が違うんだけど……」

 

優子の不安をよそに秀隆はドンドン歩みを進める。

 

「本当にこっちで合ってるの?」

「大丈夫。オリエンテーリングの時に地図は確認したから」

「おばけ出てこない?」

「んー……たぶん?」

「そこは大丈夫って言ってよ!」

 

喋りながらも歩みは止まらない。

そうこうしているうちに、小高い丘のような開けた場所に出た。

 

「…………うわぁ……」

 

そして景色が一変。鬱蒼とした木々の森から、満点の星空が目の前に広がった。雲一つない、月すらない夜空に数え切れないほどの眩い星々が瞬いている。

 

「きれい……」

「良かった。喜んでくれて」

 

星空に見惚れる優子に、秀隆はホッと胸を撫で下ろした。

 

「ねぇ! アレって天の川?」

「そうだよ」

 

星空の一部が川のように雲状の帯になっている。天の川。地上から観測できる銀河系の形で、地球を含む太陽系も天の川銀河の一部だ。

優子もテレビや絵本で天の川を見たことはあるが、肉眼で、しかもこんなにはっきりとは見たことがなかった。

 

「ねぇ」

「なに?」

「知ってたの? 今日天の川が見れるって」

「う〜ん。それは半分半分かなぁ」

「半分半分?」

「うん。お父さんからキャンプ場は周りにビルとかがないから星空がキレイなんだって教えてもらったんだ」

 

天体観測は周りに障害物のない所で行うことが好ましく、また建物などの照明、いわゆる光害がない条件が求められる。キャンプ場などは郊外に造られることが多いため条件を満たしやすい。

 

「けど、天の川まで見れるとは思わなかった」

 

天の川を見るにはさらに条件が厳しく、月の出ていない、つまり新月の夜が最も見やすくなる。今日はたまたま新月だった。

 

「凄いね」

「うん……」

 

2人はしばらく無言のまま、手を握り合って天の川を眺めていた。

 

「ねえ」

「うん」

「織姫さまと彦星さまって、あの天の川を渡らないと会えないんだよね」

「うん。七夕の日に天の川に橋ができて、その時だけ橋を渡って会えるんだ」

 

七夕の伝承は中国から伝わり、内容は多少異なるが年に一度、7月7日にしか会えないということは変わりない。

 

「……なんだなか悲しいね」

「うん。でも、それが2人の罰なんだから仕方ないよ」

 

天帝の娘である織姫は、天帝に見初められた彦星(牽牛)と結婚するが、あまりにと仲が良すぎたため、仕事をせずに遊び呆けるようになってしまった。神々からの苦情もあり、天帝の怒りを買った2人は天の川の両岸に引き離されてしまう。だが悲しみに暮れる織姫を憐れに思った天帝は年に一度、7月7日にのみ彦星に会うことを許した。

これが有名な七夕の伝承のあらすじだ。この事から七夕は星合いや愛情節とも言われ、七夕の日に振る雨は催涙雨とも言われる。

秀隆はそれを2人の罰と言い、優子はそれを悲恋と捉えた。切なそうに天の川を見上げる優子に、秀隆も少し悔しそうに唇を結ぶ。せっかく抜け出して星空を見にきたのに、悲しい思いをさせては意味がない。秀隆は優子を握る手に力をこめる。

 

「ねぇ、優子ちゃん」

「なに?」

「織姫と彦星は年に一度しか会えないけどさ、僕らはずっと一緒にいよう」

「……ずっと?」

「うん。大きくなっても、大人になってもずっと」

 

優子に向かってニカッと笑ってみせる。その無垢な笑顔に優子にも笑みが溢れる。

 

「じゃぁ、約束して」

「約束?」

「うん。大人になったら、また天の川見に連れて行って……2人で」

「2人で? 分かった! 絶対に行こう!」

 

無邪気に約束を交わす秀隆。恋愛に疎い秀隆が優子の真意に気づくのはいつになることやら。けど優子はこの日の約束をずっと覚えていようと固く誓った。大きくなっても、大人になっても。

 

「じゃ、約束」

「うん! ゆーびきーりげーんまーん――」

 

この幼い頃の約束がどうなるか、こと時の2人にはまだ知る由もなかった。

 

 

〜〜5年後〜〜

 

「――覚えてるわけないか」

 

月日な流れて現在。高校2年生になった優子は、机に広げたパンフレットを眺めながらひとりごちた。朝刊にたまたまたついてたとあるツアーの広告。優子が目についたのは、岡山県で行われる天体観測ツアーだ。毎年七夕の時期に開催され、東北、沖縄と並び星空の名所として名高い。

ツアーを主催しているのは大手ツアー会社で、その他多くのツアーの一つとして七夕ツアーも広告に載っていた。だが数あるツアーの中でもその七夕ツアーに目を引かれ、優子は思わず広告を手に取っていた。

 

「結局、その『後』が大変だっのよねぇ」

 

こっそり帰ったつもりが、たまたまトイレに起きていた先生に見つかってしまい、2人してこってり絞られた。しかもそれがすぐに学年中に広まって、雄馬たちから誂われるやら女子生徒からは詮索されるやら。[[rb:終 > しま]]いには秀吉が一緒に行けなかったことに駄々を捏ね始める始末。あの時の淡い思い出が、苦い思い出と一緒にはっきりと脳裏によみがえる。

 

「ほんと、なにが『ずっと一緒にいる』よ。――嘘つき」

 

普段から詐欺師呼ばわりしているが、優子が個人的に1番の詐欺だと思った幼き日の約束。ひとつはもう反故にされたが、もうひとつは――可能なら叶えたい。かと言って、自分から誘うのも、何だか負けた気がする。

 

「姉上。風呂が空いたぞい」

「ぴゃっ!?」

 

自室のドアがいきなり開けられ、優子は飛び上がるほど驚いた。

 

「ぴゃ?」

「な、何でもないわよ! というか、ノックくらいしなさいよ!」

「今更なにを言っておるのじゃ。そもそも、その台詞はそっくり返したいのじゃが」

 

普段から漫画やら何やら勝手に部屋に入っては持って行く優子に、秀吉は辟易していた。流石に優子に言われる筋合いはない。

 

「うっさい! 用がないなら出てってよ!」

「じゃから風呂が空いたと」

「分かったから出ていきなさい!」

 

納得のいってない秀吉を部屋の外に追いやる。

 

「分かったの――ん? なんじゃこれは?」

「あっ!?」

 

秀吉が足元に落ちていた広告に気づいて拾い上げる。優子も気づいて手を伸ばすが、一足遅かった。

 

「なになに……『アナタも織姫と彦星になりませんか? 七夕天の川ツアー』?」

 

無意識にペンで丸をつけいたそれを見られてしまった。読まれてしまった。

 

「なんじゃ。姉上も存外乙女な所もあるの――」

 

ならば、やるべきことはひとつ。

 

「……天の川? ……はて? そういえば、昔なにやらそんな記憶が……」

「――さい」

「?」

 

記憶を手繰ろうとする秀吉の肩と腕を優子ががっしりと掴む。

 

「今すぐその記憶を消すか、腕をへし折られて記憶を消されるか選びなさい」

 

秀吉の記憶を消すために。

 

「いきなり何を言うのじゃっ!?」

「お黙り! いいからその記憶を早く消しなさい!」

「なにをそんな理不尽な――待つのじゃ姉上。その関節はそっちには曲がらな――っ!」

 

薄れゆく意識の中、この織姫は悲恋に涙することはないだろう、と秀吉は思った。

 




次回から原作第6巻の肝試し編になります。

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