闘技場から再び城門前に戻ると、先程とは打って変わりガルガンダの兵たちが大勢いた。
そしてその中央には、周りの武骨な者達とは一風変わった司祭のような格好の男が立っている。
「はあっ、はあっ、お、遅れて申し訳ありません」
「いえいえ、若者らしく元気で良いと思いますよ。 それに、元はといえばこちら側の勝手が原因ですしお気になさらなくて結構ですよ」
柔和な笑みで男はそう返す。
七十……いや、初老くらいだろうか。
「ありがとうございます。…ところで、話では約束は正午と聞いていたのですが、何かあったのですか?」
「はっはっはっは、申し訳ない、お恥ずかしいことに式に必要な祭具の準備が滞っておりまして、正午では間に合わなかったのですよ」
「それはどのようなものなのですか?」
不思議半分にアイリスが尋ねると。
「なあに、アイリス様も直にわかりますよ……ええ、直にね…」
ん? なんだ今の含みのある言い方。
「申し遅れましたが私はこの国の宰相、ランターク…おや? こちらの少年は?」
「この方は私のお兄様です」
お姫様のあり得ない発言に周囲がザワッとする。
「ア、アイリス様、公の場で流石にそれは」
「ご紹介にあずかりました、アイリスの兄のカズマです。以後よろしく」
「ええっ! 姫様の兄君はジャティス様と聞いていたはずですが…」
突然の告白に驚きを隠しきれない宰相。
「いいえっ、俺こそが真の第一王子にしてその他もろもろの事情によって隠されていたアイリスの本当の兄!!」
またしてもあり得ない発言にいよいよこっちの護衛兵達ですら困惑し始めた。
「なん…だと、ではあなたがベルゼルグの…」
「そのとおり!! 次期王だ!! 者ども、王を前にして頭が高いぞ! ひかえおろー」
「「「「「ははーー!!」」」」」
皆思ってたよりノリがいいな。
なんか楽しくなってやっちゃったけど、このままなっちゃおうかな。
「「って、んなわけあるかーー!!」」
「ドゥブワッ!」
謎の空気の中いち早く我に返った二人の貴族のドロップキックが全弾命中し、カズマさん現在空中遊泳中。
そのまま10メートルほどフっ飛ばされた。
「本っ当にうちのバカが申し訳ない!」
大貴族二人が課長に怒鳴られてペコペコ謝る平社員のようになっている。
「ええっ!? まったく関係ない? それなら良いのですが。それでは彼は一体?」
「ふっ、我こそは、あの邪悪な魔王を討ち倒しこの世に平和をもたらした勇者!」
「「お前はもう黙ってろ!!」」
「ドゥゲフッ!」
今度はダブルラリアット……ガフッ。
「ええ、今度は騙されませんよ」
「「あっ、それは本当です」」
「ええ―――――――っ!!」
「…つまり、この方がかの魔王を討ちとった英雄カズマ殿、で間違いありませんかな?」
「「そうです」」
「なるほど、道理でさっきからただものならぬ雰囲気を纏った青年だと思っていましたよ」
いや、あんた途中まで俺の存在すら気にしてなかっただろう。
さっきのことといい、なんかきな臭いなこの宰相。
「おや、私の行動に不備でもありましたかな、英雄殿」
表面上は温和な表情を保ちながらも、またもや俺の疑惑に敏感に反応してくる。
「じゃあ、単刀直入に聞くけど…魔王軍とつながってたりしない?」
「はぁ?」
全員が今度こそ「コイツ何言ってんだ?」的な視線を送ってくる。
「いやね、ある国では宰相が魔物だったりするし、領主が悪魔だったりするからさ。さっきからなんかきな臭いんだよね、あんた」
「お、お兄様!? 流石にそれは…」
俺の余りにも不躾ないいように宰相もプルプルしている。
おっと、今にも殺してやる的な目ですね。
「おいカズマ、いい加減にしろ。どうしたというんだ一体、お前はこの国に戦争でも吹っ掛けるつもりか?」
「違うんだよ、さっきから見ててなんかこのおっさん怪しいんだよ。きっと裏で何かを」
「【スリープ】」
ガクッ
「本当に本当にうちのバカが失礼しました」
「え、ええ、そうですか。いやはや、流石英雄殿の考えることは凡才の身たる私では理解できませんよ」
冷や汗を流しながら先ほどまでの殺気を引っ込めて再び宰相は温和な雰囲気に戻った。
「ちょっと待ってもらおうか、私のカズマに何してくれるんですか?」
「め、めぐみん? 落ち着こう、取りあえず落ち着かないか?」
ダクネスの説得も柳に風、紅魔族特有の紅い目が爛々と輝いている。
間違いなくアレをやろうとしている。
「戦争か? ならば受けてたとう。我が名はめぐみん! 紅魔族一の魔法使いにしてこの国を滅ぼすもの! 我が魔道の力を見るがいい、【エクスプロ―】」
「【スリープ】」
ガクッ
「よし、ナイスだレイン。こちらも失礼した。もうさっさと始めましょう宰相殿」
「そ、そうですね」
亡国の危機をさも小事のようにさらっと流すクレア。
仕方ないのだ、だってもう謝り疲れたし。
「では…これよりベルゼルグ第一王女アイリス様の受け渡しを!」
大音量の音楽…ではなく、歓声が鳴り響く。
「ふぅ、では行きますか…」
スリープを食らって未だに睡眠中のカズマを膝枕しながらアイリスは呟く。
「最後の最後で眠ってしまっているなんて、あなたらしいといえばあなたらしいですけどね。……でも、こういうときは「行かないでくれ」とか言ってくれるものなんですよ勇者様」
でも大丈夫、だって約束してくれたから…。
「いつまでも、いつまでもあなたのご返事を待ち続けています」
最後に、少年が旅の途中からさりげなく身に着けていたあの指輪と彼がくれた指輪を見つめて…。
「さようなら…」
ほどなくして王女の受け渡しは滞りなく進行し一行は城の中に消えていった。
「これで儀は完了です。あとは明日の縁定の儀をもってベルゼルグとガルガンダの同盟は完全に締結されます」
ようやく一仕事終えたといった様子の宰相。
「そうですか、では明日はどこで挙式をあげるのですか?」
「あなた方がそれについて知る必要はありませんよ」
「なんだと!? それはどういうことだ宰相殿」
両国の高級士官が揃わずして結ばれる同盟などあろうものか。
今度はあちら側からの突拍子のない返答に驚きを隠せないダクネスとクレア。
「別に貴殿らを排そうとしているのではない。我が国において縁定の儀とは決して外部の者にはさらすことのできぬ秘伝の儀。それ故に同盟だからといっておいそれと儀への参列を許可するわけにはいかないのだ。無礼を承知だとは思うがここはひとつ了承してもらいたい。お詫びというわけではないが我が国で一番の宿を手配してある、そこで今回の疲れをとるといい」
「いや、そういうわけではなくてはだな」
なおもなかなか引き下がらないクレアに対し宰相は顔を渋らせながら。
「まあ、無理にとは言わんよ。ただし、同盟がどうなってもよいのならばな」
さっきまでの温和な雰囲気はどこに行ったのかと思わせるほど、どこか剣呑な態度に宰相は一変する。
「ぐぬっ」
さすがクレアも同盟の事を出されると出るに出れなくなってしまう。
「我らを脅しているのですか?」
「脅すだなんてとんでもない、ただ理解してほしいとお願いしているだけだよ。それで、返答はいかがかな?」
「ぐっ…了解した」
クレアの返事に満足したのか再びにこやかな笑みで。
「そうですか、理解が早くて助かります。使いの者が皆さんを宿までお送りするので、それでは」
そう言って宰相自身も城の中にさっさと引っ込んでしまった。
「……どう思うダスティネス卿」
道中でふとクレアはダクネスに尋ねる。
「どう…とは?」
「決まっている。相手方のあの対応についてだ。いくら何でも横暴すぎるというものだろう」
「そうだな、なにもなければよいのだが…」
そんな二人の杞憂は残念ながら杞憂に終わることにないのを、このときの二人に知るすべはなかった。