深夜、第三の羅将ハンが住う居城にスルリと一つの人影が忍び込んだ。
「おや、随分と緩やかな警備ですね。こうも容易く入り込めるとは些か拍子抜けです」
北斗神拳2000年の歴史において、最も華麗なる技を持つと謳われたトキにしてみれば、警戒厳しい羅将の居城に忍び込む事ですら余りにも容易い児戯でしかなかった。
居城の奥へと進むトキの気配は限りなく希薄であり、足音は当然だが呼吸音、鼓動すら感じさせない。
その隠密性は、トキが警備の者の目の前を通り過ぎても気付かれないほどである。
これなら女風呂の覗きなどやり放題だと思うだろうが、トキはとても紳士なのでそのような不埒な真似は決してしない。
万が一でもバレたらサザンクロスを追い出されるしね。
そうこうしている内にトキは目的の部屋の前に辿り着いた。
(ここがハンの寝室か)
目的地に到着したトキは目を瞑ると、出立前にユリアと交わした言葉を思い返した。
*
羅将ハンが身につけた拳法の名は “北斗琉拳” といい、かつて北斗神拳から分離して発展した恐るべき暗殺拳である。
北斗神拳の達人であるトキといえど、羅将ハンは確実に勝てると言えるほど生易しい相手ではなかった。
その為、命を捨てる覚悟を決めていたトキの前にユリアが艶然と微笑みながら現れた。
「うふふ、トキが教えて欲しいなら北斗琉拳の攻略法を伝授して上げるわよ」
「え? それは本当ですか、ユリアさん」
シンやリュウガが見たなら胡散臭いとしか思えない微笑みを浮かべたユリアは、スッとトキとの距離を詰める。
「ユ、ユリアさん……」
「これは南斗聖拳の奥義につながる秘術だから他の人には絶対に内緒にしてね」
「も、もちろんです。ユリアさん」
トキの耳元に顔を寄せて囁やくユリア。ひそかに想いを寄せる相手に近付かれたトキはもう有頂天になっていた。
そのせいで、シンやリュウガなら絶対に頷かない
「うふふ、トキは素直ね。そうだわ、あなたなら南斗五車星に入れてあげてもいいわよ」
「おおっ、それはとても嬉しいです!」
「へぇ、ほんとに素直ね。じゃあ、あなたの異名として、“鳥のトキ” の名を上げるわね」
「鳥のトキ……なんという語呂の良さ!! ユリアさんっ、貴女の名付けの才能は神憑り的ですね!!」
「うふふ、それ程でもあるわね。鳥のトキ、これからよろしくね。あなたと違って素直じゃない雲のジュウザを捕獲したら彼の教育を任せるわね」
「はいっ、よろしくお願いします!! ジュウザの教育も全力で行います!!」
フフンと機嫌良さそうに笑うユリアへと深々と頭を下げるトキ。彼はもう色々とダメかもしれない。
それからトキは、対北斗琉拳の秘術をユリアから伝授された。
「な、なんという凄まじい技だ。これなら北斗琉拳の圧倒的な魔闘気ですら容易く打ち破れるぞ!!」
「念のためにもう一度言うけど、この技は南斗聖拳の秘術だから誰にも言っちゃダメよ」
ユリアの言葉に「もちろんです!」と返すトキの顔からは、命を捨てる覚悟を決めていた頃の悲壮感は完全に消えていた。
*
トキはゆっくりと目を開けた。
(ユリアさん、貴女が伝授して下さった南斗聖拳の秘術をもって羅将ハンを必ず仕留めてみせます)
ユリアへの熱い情熱を胸にしながらもトキは気配を消したまま南斗聖拳の秘術の準備を進めた。
数分後、トキは準備を終える。
(第三の羅将ハンよ、さらばだ)
トキは素早くその場から退避した。
安全距離を確保したトキは南斗聖拳の秘術を披露する。
「南斗聖拳奥義!! 南斗遠隔爆裂拳!!」
ポチッとプラスチック爆弾の遠隔起爆スイッチを押した。
ドカーンと、遠くから爆発音が聞こえた。
たちまち騒がしくなる城内。
「なんだ、今の轟音は!?」
「大変です!! ハン様の寝室が吹っ飛んでいます!!」
「ハン様は無事なのか!?」
「現在調査中ですっ!!」
トキは混乱する城内を移動して再びハンの寝室へと向かった。到着したそこは粉々となった瓦礫で埋もれていた。
(お、思っていたよりも威力が強いな)
あたり一面のコンクリート壁は崩れ、鋼鉄製の扉でさえ無惨なまでにひしゃげて転がっていた。寝室は最上階にあったため天井は吹き飛んでおり星空が見えていた。
(ハンはどこだ? さすがにこの状況なら重傷を負っていると思うが……ん? この転がっているのは――これはっ!?)
北斗神拳は闘気を操り、その肉体を鋼鉄とすることが出来るが、北斗琉拳はそんな北斗神拳を遥かに凌駕する闘気操作技術を持っている。
北斗琉拳が操る闘気は “魔闘気” と呼ばれ圧倒的なものだった。
そんな圧倒的な魔闘気を纏った北斗琉拳の拳士を倒すことは非常に困難である。
ならば、そんな圧倒的な魔闘気を纏っていない就寝中に倒せばいいんじゃない。そんなユリアの考えのもと、トキに伝授されたのがプラスチック爆弾を用いた南斗聖拳奥義の南斗遠隔爆裂拳であった。
攻撃の瞬間ですら殺気の一欠片すら感じさせない完全なる秘術のため、どれほどの達人相手にも通用する恐るべき南斗聖拳奥義(ユリア発案)である。
ちなみに南斗聖拳の一派である南斗爆殺拳の伝承者ジャッカルでさえ、このユリア発案の奥義には流石にやり過ぎだと恐れ慄いたと云われている。
*
「鳥のトキが羅将ハンの首を取りました。これで残る羅将は二人ですわね」
──羅将ハン、墜つ。
その報に、修羅の国に激震が走る。
今までに何回爆裂させてきたのか、ですか?
うふふ、百回から先はおぼえていません!!