女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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初の同日連続投稿。
なお質と量はいつも通り。


エミヤと下姉様

 日はとうに落ち、満月が空を支配する時刻、夜の帳が下りた海を黄金の鹿(ゴールデンハインド)号は進む。夜当番の見張りと総舵手以外は、疲れからか眠りについている。

 先の戦いでの収穫から、『契約の箱』を探しださなければならないことが分かった。立香達は、イアソンよりも早くそれを成さなければならない。

 今では落ち着いて航海ができているが、日中はアルゴ号に乗船していた、名の知れた神代の英雄達と交戦し、紙一重で凌ぎ切ると立香達は戦線を離脱した。

 無事に、とはお世辞にも言えない、雷光(アステリオス)という大きな犠牲を払ってしまったのだから。

 

 右舷──船縁の低い部分に腰掛け、足を海側に投げ出しているのはエウリュアレ。ゴルゴンの三姉妹が一柱の神霊である。

 夜風に髪を靡かせ、眼を閉じて歌うエウリュアレは月明りに照らされ、その周囲は切り取られたかのように、この世から隔絶した雰囲気を醸し出している。

『ここにいたのか、探したぞ……エウリュアレ』

 そこへ踏み入るのは、赤い外套を同じく夜風に靡かせるエミヤ。エウリュアレの不在に気付き、見回っていた。

 声を掛けられたエウリュアレは、歌を中断すると不敵な笑みを浮かべて答える。

『こんな時間に声をかけるのは感心しないわね、襲いにでも来たの?』

『それは違う。それと……すまなかった』

 エウリュアレの問いかけを即答に否定すると、エミヤは謝罪した。

『私には……彼を守る術があった、だが──』

『アステリオスのことなら、謝らなくてもいいわ』

 ためらいがちにも、言葉を述べようとしたエミヤを制すると、エウリュアレは先を読んで答えを返す。

『あの子のことだもの、助けなくてもいい、って言っていたんでしょう?』

 その言葉の通りだった。

 

 アルトリア(セイバー)を含めて頭数が多くとも、宝具の余波を考えれば、船上の戦いでヘラクレスを倒しきることは流石に容易ではなく、大英雄一人にそこまでの人員は割けない。

 全滅の回避とエウリュアレの死守のために、何としてでも撤退戦に持ち込まなければならない。

 その最中(さなか)の出来事だった。

 アステリオスが捨て身の策でヘラクレスとヘクトールを無力化し、立香達の逃げる時間を稼いだ。

 ヘクトールの宝具『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』が飛来したとき、エミヤは即座に『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を投影しようとしたが、アステリオスの叫びに止められた。

 そして、アステリオスの目を見たエミヤには、彼の思惑と言いたいことが伝わってきた。

『えうりゅあれ、まもって』

 ただエミヤがそう思っているだけかもしれない。

 だが、決意を固めた表情のアステリオスは、最後に笑っていた。過ごした時間こそ短かったが、アステリオスの人柄をエミヤが知るには十分だった。

 だからこそ、そう思った。一瞬の視線の交錯で、アステリオスの伝えたいことを。

 

 仲間を切り捨てることの選択を、立香は強いられた。その辛さを取り除くことのできないエミヤは、もどかしさを感じた。

 だがアステリオスとの別れは、エウリュアレにとっては、また違った意味を持つ。彼を(メドゥーサ)に重ねていた、エウリュアレには。

『私のせいで、アステリオスは死んでしまった』 

 物憂げな表情をした、エウリュアレの呟くような独白を、エミヤは黙って聞く。

『私が召喚されたから、アステリオスは死んでしまったの。私が居なければ、あの子が死ぬことはなかった。でも……私に何が出来るか、ようやく思い出したの』

『────あの子のためなら、命を差し出せるって』

 船縁から手を放し、エウリュアレは海に飛び込む────ことはできなかった。

 いつの間にかエウリュアレの背後まで近づいていたエミヤが、間一髪の所で、船縁から手を放した華奢な右腕を、しっかりと掴んでいたから。

 エウリュアレが纏っていた、薄氷を踏みしめているような危うさ。それを感じたエミヤの悪い予感は、残念なことに的中していた。

『……放して、エミヤ』

『それはできない、彼との約束を破ることになる』

 身投げしようとするエウリュアレに対し、頑として譲らないエミヤ。

『だってそうでしょう? 私が居なければ、イアソンの目的も──』

『────アステリオスは、君に生きていてほしかったんじゃないのか?』

 エウリュアレの言葉を遮り、冷静なエミヤらしくない感情の込められた言葉に、エウリュアレは思わず目を見張る。

『現界をやめることをとやかくは言わん。しかしその選択なら、マスターもアステリオスもやろうと思えば出来た。だが、君はこうして生きている。────二人が君に生きていてほしいと願っているから』

『……でも』

『私のことは嫌っても構わん。だが、君を姉のように慕っているアステリオスを、悲しませないでほしい』

 エウリュアレから手を放すと、背を向けるエミヤ。最後に残した言葉からは、彼のやりきれない哀しさが伝わってきた。

 エウリュアレは無意識の内に、エミヤの掴んでいた右腕に左の掌を乗せていた。

 

 連続召喚でカルデアに召喚されたエウリュアレを右肩に乗せ、眉間に皺を寄せたエミヤが廊下を歩く。

「なぜ、私がやらなければならないのだ?」

「あら……不満でもあるの、勇者さま? あの時みたいに抱き止めて歩いてもいいのよ」

 ヘラクレスから逃げる時、エミヤは転んだ立香ごとエウリュアレを抱き止めたことがあった。

 必然というべきか、当時居合わせたセイバーが、カルデアの留守組に愚痴をこぼし、希望者をお姫様抱っこして回る羽目になったことは記憶に新しい。

 このような冗談を言うほど、エウリュアレがエミヤに懐いた経緯といえば。

 仕留め切れていなかったヘクトールが最後の最後にあの宝具を使い、無防備なエウリュアレを狙ってきたが──

『オジサン、びっくりしちゃったねぇ。まさか本当に持ってくるなんて』

 エウリュアレと同じく警戒していたエミヤは、今度こそアイアスを投影して守り抜き、英雄(アステリオス)との約束を果たしたくらいである。

 そして別れの時、エミヤを屈ませたエウリュアレは、お礼と称して頬に口づけをしていたし、カルデアに召喚された後はステンノが不在の時、エウリュアレの方からエミヤに会いに行くほどだった。

 

 悲しいことにいくら頭を捻っても、エミヤには懐かれた理由が分からなかった。あの時の口づけを、額面通りに受け取っているエミヤには。

 そして特異点から帰還した夜、枕元で『エミヤ絶許』というどこかで聞いたはずのとある海賊の声が聞こえていたが、エミヤは気のせいとして処理した。

 

 




 寂しさで自暴自棄だった私を引き留めた勇者さま。不思議なことに、彼の言葉を受け止めて特異点を生き抜いた。
 それに、守ることに特化しているなんて、まるでメドゥーサのようね。
 早くアステリオスも来ないかしら。……ちゃんとお礼を言わないと。
 なぜこんなにも気に入っているのか、(ステンノ)も分かっていないけど、あの子(メドゥーサ)も懐いているようだし、私たち三人に混ぜてあげましょうか? ………勇者さま(エミヤ)
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