女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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考えていたよりも湿っぽい話になった。


エミヤと陽の眼を持つ女

 自室に侵入者が居ることにも慣れ、多少のことでは動じないと思っていた、対応力に定評のあるアーチャーのエミヤ。しかし本日の先客は、彼の予想をはるかに上回っていた。

 何を隠そう、その先客の名はマタ・ハリ。ある時は扇情的な踊り子、またある時は情報を引き出すスパイとして、近代史に名を残している有名人である。

 彼女が何をしたのかといえば、普段の踊り子の洋装を肌蹴させて、何とも際どい恰好でエミヤを出迎えたのである。

 エミヤは扉を開け、室内を一目見た瞬間こそ動揺したものの、思考停止状態から立ち直った後の行動は早かった。

 急いで部屋に入ると扉を閉め、薄い毛布を投影してマタ・ハリに被せる。この一連の工程には、一切の無駄がなかった。

 

「全く、君はお茶目が過ぎるぞ。……で、用件は何かな?」

 エミヤはやんわりと注意すると、ようやく服を着直させたマタ・ハリに部屋を訪れた目的を訊ねる。

「驚かせちゃったかしら。ブーディカの話を聞いて、私もあなたに膝枕したくなったの……ダメかしら?」

 エミヤへの唐突なサプライズはこのための余興だったらしく、マタ・ハリの真のお願いは膝枕だった。

 蠱惑的な表情で小首をかしげるなど、女性の魅力を十全に用いてお願いしてくる様は、エミヤでも思わず見惚れてしまうほどだが、その内容は意外にも庶民的だった。

 エミヤに膝枕する英霊は、このカルデアでは数少ない。アルテラの独特な寝かせ方を数に含めるならば、ブーディカとの二人だけである。

 同じ日に重なることなく、ブーディカとアルテラの二人は膝枕を提供してくるが、膝枕される側になるのは何度経験しても慣れるものではなく、エミヤはむず痒さを感じてしまう。しかし、それで二人の気が済むなら、とここで断らないのは彼のお人好したる所以である。

 マタ・ハリは、召喚当日の歓迎会で気の合ったブーディカからいろいろと聞いていた。その際、膝枕した時の安堵感について語られたため興味を持ったのである。

「…………まあ、いいだろう」

 腕を組んでしばらく悩んだ末に、エミヤは返答する。当然の帰結で、やはり余程の事でない限り、頼まれ事をエミヤが断ることはない。

「ふふ……じゃあ、こっちに来て」

 ブーディカにやり方を教わった通り、マタ・ハリはベッドの枕元に腰掛けると、その膝の上にエミヤの頭を乗せる。

 加えて、膝枕中に頭を撫でるのも格別だ、とブーディカは言っていた。その言葉通りに優しく頭を撫でる。

「……そこまでしなくてもいいのではないか?」

「あら、頭を撫でるのはおかしいの? こういうことは、雰囲気が大事なの。甘やかしてあげるわ。うふっ」

 エミヤの野暮な指摘に、マタ・ハリは微笑みながらも口を尖らせる。そういうものか、と観念したエミヤは、目を閉じると黙ってされるがままとなる。先日はエリザベートを撫でていたが、今日は撫でられる日らしい。

 

「ねえ、エミヤ」

「なにかな?」

「エミヤは……他に何かして欲しいことってある? 何でもいいのよ?」

 互いに沈黙し、撫で始めてからしばらく経った後、マタ・ハリはエミヤを撫でながら顔を覗き込み、唐突な質問を投げかける。

 マタ・ハリが膝枕を提案した理由は、決して興味本位だけではない。エミヤとは監獄城チェイテで初めて会ったが、洞察力のあるマタ・ハリが彼を一目見た時、心が酷く摩耗していたように感じられたからだ。

「……特にないな、つまらない男だと笑ってくれ」

 目を開けたエミヤは、やや自嘲気味に答える。

 無論マタ・ハリの知るところではないが、生前のエミヤは常に誰かのために働いていた。しかし、彼は享受する権利のある感謝や報酬を一切受け取らなかった。いや、受け取ろうとしなかった。

 マタ・ハリが生前に会った男は自分本位が多かったが、エミヤはどこまでも他人本位だった。彼女の知るところとなったのは、エリザベートの依頼で踊り子としてのもてなしを行った後、チェイテの案内役として行動を共にした時だった。エミヤは、立香達の盾役から掃除の指南に至るまで、率先して誰かのために行動していた。故に、彼の振る舞いから察することができた。

 そうなった経緯を知らないマタ・ハリからすれば、ただの同情なのかもしれないが、他人本位なエミヤの在り方は彼女の心の琴線に触れた。打算からではなく、本心から癒したいと思った。

 その一方で、性的欲求を解消する方法で癒すのではなく、ありふれた膝枕を選んだのは、マタ・ハリの心に秘めた願いが作用した。数多(あまた)の男から宝石を貢がれたことのあるマタ・ハリでも、終ぞ手に入れることの叶わなかった幸せな家庭──マルガレータ(マタ・ハリ)のささやかな願い。

「もう少し、欲張ってもいいのよ?」

 男運の悪いマタ・ハリがカルデアで出会った男性(エミヤ)は、とことん欲がないため、押し付けた上で頼まなければ、彼は遠慮して受け取ろうとしない。

「……こうしてもらっているだけでも、贅沢すぎるな。これ以上を望むわけにもいくまい」

「……そう」

 何がエミヤをここまで駆り立てていたのか、一体己を何に捧げていたのか、マタ・ハリは未だにその経緯を聞いたことはないが、その理由も彼女の宝具で聞けば瞬く間に知ることができる。それでも、使う気にならなかった。何よりも、エミヤ自身の意思で話してほしい。

 

 会話はそこで終わり、二人は口を閉ざしたが、この時間は宝石よりも価値がある。

 男達の欲望に翻弄されたことを起点として、激動の人生を歩んだマタ・ハリに(もたら)された穏やかな時間。

 ようやく手に入れることができた、カタチのない幸せな時間を噛みしめ、マタ・ハリは一瞬の幸せを永遠の記録(おもいで)として刻みこんだ。

 




『役立たずなものか、君にしかできないことを極めれば、それは一流にも届く。それに、君は綺麗な目をしている。欲なんぞに囚われていないさ』
 監獄城の案内中に、英霊としては役立たず、生前は多くの男に抱かれた女、そう自虐した私の目を見てエミヤは言い切った。あんなに真っ直な目で見られたのは、今までにあったかしら。
 理由は分からないけど、エミヤに対して私の宝具で魅了しきれないし、使うつもりもないから、私自身の技量で魅了しましょう。それが、マタ・ハリとしての矜持。
 傍に居てくれる? ……エミヤ。
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