女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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次からタイトル回収です。


エミヤと盾の少女

 エミヤは暇を持て余していた。料理長を務める食堂は営業が終わり、夕食の片付けも早々に終わってしまった。職員全員の人数が少ないからこそそうなってしまうのだが、多いなら多いで手が回らない。

 それなら代わりにと、最近始めた各部屋の清掃も夕食前に終わっている。残るは朝食の仕込みだけであり、その時間まで何をしようかと無意味にカルデアの廊下を散歩するばかりだった。

「あれは……」

 そんな中、エミヤの目を止めたのは、箱を持った少女の姿だった。

 薄い紫にも見える白い髪に、眼鏡をかけ白衣を纏う少女、彼女は藤丸立香の相棒(パートナー)、デミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトに相違ない。

「マシュ、また書類の箱を運んでいるのかね?」

「こんばんはエミヤ先輩。最近レイシフトしてばかりでしたから、書類が溜まってしまったんです」

「なら、半分は私が持とう。なに、時間の心配はいらんよ、今は手持無沙汰なものでね。手伝わせてもらえるとありがたい」

「なら、お言葉に甘えます。ありがとうございます、エミヤ先輩」

 エミヤの問いにはにかんだ笑顔で答えたマシュは、首肯した。彼女が重ねていた二つの箱の内、エミヤは上の箱を取り上げる。

 サーヴァント──マシュの場合はデミ・サーヴァントとなり力が増したのは良いが、完全な英霊ではないため、怪我をするときは怪我をする。要するにエミヤは、心配だから手伝いを申し出た。

 マシュが先を行くと、後から歩幅を合わせたエミヤが並ぶように連れ立って歩く。

 

 エミヤは箱を持ってから改めて実感するが、意外にも中身が詰まっており、ずしりとした重量を感じさせる。忘れられがちだが、カルデアは(れっき)とした国連の機関であり、レイシフトはそもそもカルデアの独断で行っていいものではない。

 今は緊急事態で、人理焼却の阻止という大義名分はあるものの、人理修復の聖杯探索(グランドオーダー)が完遂すれば、待っているのは報告書の山だ。なぜかといえば、焼却中の記憶がない人に言葉だけで説明しても、単なる与太話で終わってしまう。証拠がなければ人は信用しない。だからこそ、裏付けるための報告書が必要となる。

 そんな激動の渦中で報告書を作成するのは、職務上の義務だからという訳でもない。箱の中の書類には、必ず完遂までサポートするという職員の覚悟と藤丸立香(マスター)への期待が込められている。絶体絶命ともいえる状況で、誰一人として弱音を吐くことはない。立香がそうであるように、職員も彼女と同様に奮起している。

 しかしながらエミヤは、二人の少女と職員ばかりに重荷を背負わせるつもりは毛頭ない。大層なことはしていないが、僅かばかりでも力になると立香に誓ったからだ。

 考え事をしていたエミヤは、今更ながらにふと思った。マシュはなぜ自分を先輩と呼んでいるのだろう。

 

 召喚された直後、不意にマシュへ視線を合わせると、硬い表情をしていた。おそらく彼女は少しばかり警戒しているのだろうと、その顔を見たエミヤは判断した。他でもない特異点で何度か狙撃してきた男であるし、それがなくとも眉間に皺を寄せた男を見れば、初対面なら誰でも警戒するだろう。

 召喚の翌日、その日の夕食も大盛況に終わり、食堂の片付けを終えたエミヤは自室に戻ろうとしていた。その途中で、書類の箱を運ぶマシュの姿を見かけた。

 それが功を奏することになる。足元がよく見えていなかったらしいマシュは、ちょっとした段差に躓いてしまい、あわや大惨事になるところだった。間一髪、一瞬で状況を判断できたエミヤの助けが間に合った。

 マシュはいきなりの出来事に頭の処理が追いついていなかった。

『怪我はないか?』

 とエミヤが尋ねるまで、マシュは放心していた。彼女は必死に思考を巡らせ──

『エミヤさん!? ……だ、大丈夫です』

 と答えた。

 マシュの返答から、大きな怪我もなく無事であることを確認したエミヤは、安心したためか思わず、

『ならよかった』

 と笑みを零した。

 職員達の歓待を受けカルデアの料理長として就任したエミヤは、食事後に涙ながらにお礼を告げていく職員達に対し、自分は大したことをしていないと思っていた。しかしながら、生前お礼など受け取らず立ち去っていたエミヤからすれば、新鮮な気持ちを抱かせた。カルデアの交流でエミヤ自身の物腰が多少柔らかくなったためか、それとも過去の記憶が刺激されたためか、偶然にもかつての恩人(遠坂凛)に見せた、『答え』を得たかのような笑顔だった。

 その笑顔を見て、放心していたマシュは我に返った。そして、急いで腕の中から脱出していた。

 その後で、エミヤはマシュの仕事の手伝いを申し出て、資料室まで運んだ。

『ありがとうございました。エミヤ先輩』

 マシュは笑顔でお礼を伝えた。

 そこから、マシュはエミヤのことを先輩をつけて呼ぶようになったはずだった。

 そこまで考えて、エミヤは思考を打ち切る。心境の変化があったにしろ、何にしろ、マシュがなぜそう呼ぶようになったのか、理由を考えるのは野暮というものだろう。ましてや聞くのは論外だ。運ぶことに意識を向ける。

 尤も、本音を言えばエミヤも気にならないという訳ではない。だが、マシュに『先輩』と言われてしまうと、掠れた記憶が刺激される。取り返しのつかない、引き返すことのできない道を進んだ彼が、遠い過去に捨て去った、かつての日常と日常の象徴を。

 それを思い出す資格など持ち合わせてはいない。

 

 運び終わった後、マシュの髪から埃を払い、手櫛を使って撫でていたところ、マシュはとても照れていた。

 なぜだろうか、そう疑問に思うエミヤだった。

 

 




 エミヤ先輩の笑顔を見たとき、脅威を全く感じませんでした。むしろ、儚さと覚悟の両方を感じる不思議な笑顔でした。
 だからこそ──エミヤさんはエミヤ先輩だと思いました。
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