十二月二十五日──
とある国では雪が降り積もる時候であり、七面鳥を始めとしたご馳走を食べる日とされている。その夜には、
人理焼却により
無論、主催は藤丸立香である。以前、エリザベートからの招待状を受け取っていた立香は、そこから企画の着想を得ていた。更に、マタ・ハリとの会話で何かしら手掛けたいとも思っていた。
そこで、時間の経過をカレンダーと照らし合わせた時に直近だった、日本人である立香には馴染みのあるイベント──クリスマス会を計画した。
あまり盛大に祝うことはできず名前を借りるだけになったが、たまには食事会で気分転換をしてもらいたい、立香はそう思っていた。
その姿を陰から見ていたエミヤは、言われるまでもなく当日張り切って料理を作り上げた。途中からカルデアの食堂を担うサーヴァント達も参戦し、各国の料理が並ぶテーブルは圧巻の一言だった。
立香の人徳か、一番の問題だった信仰、宗教の違いすら乗り越えた祭事となったが、この後に待ち受けていたのは争奪戦だった。
事の発端は、会場に遅れて現れたアルトリア・オルタの登場である。
彼女にはいつもと違う点があり、服装がミニスカート、サンタを自称していたこと、よく確認して見ればクラスが『ライダー』に変化していた。
気合の入った仮装だ、とエミヤに意見を求める立香だったが、当の弓兵は変化した理由に思い当たる節があったのか、曖昧な表情で沈黙していた。
そのサンタのアルトリアは、持参してきた袋から出所不明のプレゼントを取り出すと、カルデアの職員やサーヴァント達に配布していた。
やはりサプライズかと思われた矢先に事件が起きる。
アルトリア・オルタは袋が空になったことを確認すると、「では、私もプレゼントを貰おうか」と宣言し、エミヤに反応させることなく彼を空いた袋に詰めた。
呆気にとられる一同だったが、自称サンタは「聖夜のドライブにでも洒落込むか」といつの間にか用意していた手作り感あふれるソリ──カバに見える──に飛び乗り、「
二人を連れ去った結果がどうなるか、それは火を見るよりも明らか。
こうして、アルトリア・オルタの主動で特異点を股に掛ける逃走劇が始まった。
「こうまでして誘う必要があったのかな?」
「当然だ。プレゼントを渡したらパーティー会場から立ち去る、それがサンタの流儀というものだ。本来なら、もっと早くから活動するべきだったがな。
それに、シロウは私に構ってくれな……最近では二人きりになることが無かったから、役得を頂いたまでだ」
牽引するはずのトナカイが不在なため、『
ラムレイ二号と名付けられたそれの後部座席に該当する位置で、袋から顔だけを出しているエミヤは呆れ顔をしている。
一方、前の席に座るアルトリア・オルタの顔はいつもと変わらぬ無表情、その左隣に座る立香は疲労からか眠りに落ちている。寒くないよう毛布を掛けている所にアルトリア・オルタの気遣いが窺える。
三人を乗せたソリの眼下には雪原が広がっているが、どうやってカルデアから特異点に移動したのか理解が及ばない。
「君の真の狙いは、マスターの休養だろう?」
「……やはり気付いていたか。レイシフトで忙しいだろうに働きすぎだ。部屋でもゆっくり休めないだろうからな。こうして連れ出した。
シロウなりにトナカイの負担を軽減しているようだが、私に言わせればまだ甘い」
「これは手厳しいな」
「全く、シロウといい、トナカイといい、自分を大切にしなさすぎる。
……どれだけ心配させるのか」
エミヤはアルトリア・オルタに文句を言われていることは聞き取れたが、風切り音で後半を聞き取ることができなかった。
「人理を救う戦いだ。犠牲無しに成し遂げられるものではない。なら、私が負担を肩代りした方が──」
「またそうやって自分を犠牲にするのか? シロウは本当に何も変わっていない。
貴方が傷つくことに悲しむ人が居るのだぞ?」
「……」
エミヤには直ぐに返せる言葉がなかった。
表情こそ変わらないが、アルトリアの珍しく怒気を込めた口調に思わず委縮してしまう。それでも、
「……確かにそうだ。みんなが私を気遣っていることは理解しているよ。身に余る光栄と言っても足りない程にな。
だがな──、咄嗟の出来事になるとつい体が動いてしまう。こればかりはどうにもならんよ。私が『英霊エミヤ』である限り……な」
「なら私が正してやろう。シロウが道を踏み外す限り……な。
────シロウ自身が幸せになってもいいのだからな」
エミヤの言葉に被せるように、いつの日だったか彼に言われた言葉を加えて断言する。しかし、その声色は優しい。アルトリア・オルタは前を向いていて良かった。頬を染めている姿を見せられない。当然エミヤは気付かなかった。
その彼は言われた言葉に覚えがあったのか、記憶の片隅から引き上げると目を丸くしていた。
「それに、トナカイには仲間の力を借りろと言っておいて、自分は一人で解決しようなど矛盾している。今の私の契約者はトナカイだが……、貴方と轡を並べて戦うこともできるのですよ、シロウ」
一瞬だけ振り返りながら、ようやく表情を崩したアルトリア・オルタの微笑みに、エミヤは安堵した表情で応えた。
「参ったな……、成長していないのは私だけらしい。あの時と立場が逆になってしまったか。……まあ、善処するよ」
「本当に分かっているのか? ……いや、それがシロウらしさというものか。
それにしても、マスターには感謝している。この私と縁を結び、カルデアに召喚してくれたこと。何かに追われることもなく、こうしてシロウと語らうことができる」
「そうだな……。まあ、君が来た当初は大変だったがね」
「あれは光の私に責任が……、そういえば聞いたぞシロウ。あちらの私のことを真名で呼んだらしいな。自慢してきたぞ」
「そ、それはだな……」
一転して不機嫌そうな顔と声色で問い詰めるアルトリアに対し、エミヤの声は些か頼りない。
「あの装置のおかげで、私はセイバーとライダーの両方に変更できる。
ここは公平に、私のこともクラス名ではなく真名で呼ぶべきではないか? 譲歩して二人きりの時に限定してやろう」
完全に振り返り、エミヤと顔を合わせたアルトリアの顔には、有無を言わせぬ笑顔が張り付いていた。さしものエミヤでも、これに逆らうことはできない。
「了解した。……アルトリア」
「──っ!! ええ、それで構いませ……構わない。
ではそろそろ戻るとしよう、追手も増えてきたから、いつ撃墜されてもおかしくはない」
「ああ、そうだな」
アタランテが放っているであろう矢を避けながら、普段通りに行われる二人のやり取りは、穏やかな寝顔の立香だけが知っていた。
はあ……、何で私が字の練習をしなければならないのよ。
いつの間にか召喚されているし、さっさと煉獄にでも戻りましょう。
こうなったのは、何もかもあの女たらしの弓兵のせいよ。
同情でも軽蔑でも哀れみでもない、知ったような顔で心を揺さぶって、「君の信念は紛い物ではない」とか言ってきて何なのよアイツ。強者を挫き、弱者を救うなんて、愚かにもほどがあります。
……とりあえず契約用の字はこれでいいのかしら。