女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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明の境界

今週だけ二回投稿。
あと、どうしてこうなったのか分からない。


エミヤと「 」の境界

 根源への到達──一般的な魔術師が追い求める至高の課題。

 仮に人間の肉体が根源に接続されていると知られれば、多数の死者が出ることは間違いない。

 

 依頼を終え、クーラーボックスを食堂に返却して部屋に戻ったエミヤは、ふとあるものに気付く。

 ソファに立て掛けられた一振りの刀、念のため見覚えのあるそれに近づいて解析をかけると、違和感があるものの予想通りの名前が判明する。

「『九字兼定』? なぜこんなところに……」

「──私が置いたの」

 その声は背後から聞こえた。

 弓兵が素早く振り向けば、嫋やかな大和撫子が淡く微笑んでいた。

「……『両儀式』か、忘れ物は感心しないな」

「あら、ごめんなさい。どうしても、あなたを驚かせたかったの」

「まったく、音も気配もなく後ろに立てるのなら、回りくどい手を使う必要はなかっただろう」

 一切気取られる事無くエミヤの背後を取り、童女のように笑う白い着物の女性は、自称アサシンの疑似サーヴァント──両儀式の肉体に宿る人格で、実は根源の一部だと本人が大したことでもないかのようにさらりと語っていた。

 本来、両儀式は「両儀式」を認識できず、今の状態でも幽霊扱いするほど薄くしか見えないらしい。口裏を合わせてほしいと懇願されたが、サーヴァントになってまで危険を冒し、カルデアに来た理由は謎のままだ。

 根源の接続者などと、魔術師が聞けば卒倒するような内容だ。彼女を召喚したのが藤丸立香のような一般人で良かったとエミヤは思うが、そもそも立香でなければサーヴァントとして会いに来なかっただろう。

 どこか浮世離れした幻のような女性ではあるが、マスターの立香はともかく、玉藻からすれば苦手な相手らしい。そのようなことを茶飲み話で本人が語っていた。

「もしかすると、あの子の部屋に行っていたの?」

「ああ、アイスがなくなりそうだから補充してくれと頼まれてね」

「式ったら、相変わらずアイスクリームが好きなのね……私は苦手だけど。

 でも、安心したわ。あの子も、ここのマスターやあなたのことを気に入っているから」

「気に入っている? そうには見えなかったが」

「そうでもなければ、世話を焼いたりしないわ。気を許した相手には、面倒見が良いのだから」

 そう話す式だったが、和装による制限など存在しないかのように足取りは軽く、優雅な所作でソファに腰を下ろす。

「不躾でごめんなさい。

 ──紅茶を頂けるかしら」

 

 たってもない本人の希望で、弓兵が仄かに湯気の立つ紅茶を淹れて差し出すと、冷静で無邪気な式は喜んでいたようだ。

「緑茶もいいけど、紅茶もなかなかね」

「そこまで喜んでもらえるとは思ってなかったよ」

「そうかしら。サーヴァントととして命令されるのもそうだけど、こうしておもてなしを受けるのも、なんだか新鮮で楽しいわ」

「ならいいのだが、私もまだまだだ。料理に限っても上には上が居るものだからな。

 ──そういえばその刀を置いていたということは、今は二振り持っているのか? それだけでもかなりの業物だがな」

「ええ、そうよ。召喚された時、一緒に来てくれたの。

 綺麗な子は、何口あってもいいのだし」

「……失礼を承知で聞くが、その刀は折れたことがあるのか? どうにも日が浅いように感じる」

「やっぱりわかってしまうのね。

 そう──、この子は一度折れてしまったの。だから、培った年月は失われてしまった。本当なら、あらゆる結界を切り裂けるほど強い子だけれど、今は全盛の力の半分も出せないわ」

 エミヤの目に映る、優しい手つきで刀の鞘を撫でる式からは、普段の意味深長な態度からは想像できないほどの愛着を感じ取ることが出来た。

「そんなに大事なものなら、尚更他人の部屋に置いていくべきでは──」

「──あなたになら、安心して預けられるもの」

 表情を変えない式の唐突な切り返しに、エミヤは面食らってしまった。

「そうでしょう? 錬鉄の英雄さん」

「……失念していたよ、君らはそういう存在だったな。阿摩羅の体現と言ったのは私だったか」

 エミヤの言葉を聞いても、目の前に居る女性の微笑みは崩れない。今は紅茶を雅に嗜んでいる。

「アラヤの怪物は好みじゃないけど、今のあなたは好きだもの」

 臆面もなく言ってのける式だが、おそらく友人としてだろうと判断するエミヤは口の端を歪ませる。

「光栄な話だが、大層つまらない男だよ、私は」

「自己を捨て他人に尽くし、贋作への信念を持つあなたが、つまらない男だなんてとんでもないことでしょう。興味を持ったからこそ、こうして会いに来たの」

「それこそ買い被りだ。

 一度は道を踏み外し、過去を否定しようとした。そこに何の道理がある?」

「あなたは、当たり前のことをしたかっただけなんでしょう。誰もが当然の行いであると理解し、成果に目を向けることもない、『正義の味方』としての本懐に」

 式の端麗な表情が崩れる事は無い。

 一方で、エミヤの顔は険しかった。

「……結局はなれなかった。

 絶対的な正義など、この世には存在しないのだからな」

「なら……、願ってみる?」

「──なんだと?」

「本当なら、言ってはならないことだけど、あなたが語った絶対的な正義、私がやろうと思えばその世界を実現できるわ。

 あなたの望みを叶えてあげる────、どうかしら?」

 その微笑みが悪魔の囁きにすら見えなかったのは、彼女自身の在り方故か。

 弓兵はその甘言を受け──

「断らせてもらう」

 取らなかった。

「……あら、どうして?」

「確かに、君の力を借りれば容易く実現できるだろうさ。だが、それを望んではならない。

 それが人の在り方ではない、などと言うつもりはないが、オレが置き去りにした過去への裏切りだ。

 それにな、不条理などと嘆くつもりはないさ。力不足な私でも、夢を果たすことはできた。答えを得ることができた。願わずとも、望みを叶えることができたんだ。

 だからこそ、こう思う。────オレは、間違えてなどいなかった」

 沈黙が二人の間を支配する。

 この間ですら、式の表情は変わらなかった。

「……断られるとわかっていたけど、そこまできっぱりと言われるとは思っていなかったわ」

「薄々勘付いてはいたが……、まったくもって人が悪いな君は」

「そうかしら。元々は執着しない主義だから、自分を曲げてみただけよ。以前は何事も為す前から、疲れてしまうという理由で何もしなかったもの。こうしているのも、平凡な人生を感じてみたいと思ったから」

 目を細めた式は更に続ける。

「生まれながらに肉体という牢獄に囚われ、目覚めさせられて、人の世を内側から見続けていた。でもそれだけ。()っているだけで、経験してはいなかった。

 マスターには感謝しているわ。命令される側になって、お茶をご馳走になって……、今がこんなにも楽しいもの。人形が人に憧れたようなものかしら。不自由な形になりたいだなんて、どうかしてしまったみたいね」

 遠い記憶──ある少年が、肉体、精神、魂に分割されたことがあったことを思い出す。

 彼女に苦悩という概念があるのか、何に悩むのか、経験していないエミヤには想像もつかない。

「……その望みは、今後も叶えられそうか?」

「残念ながら……ね。私は一時の夢──現世に居てはいけない存在だもの。何もせずにカルデア(ここ)から消えると、式の所にも戻れないわ。いつの日かお役御免になる時が来たら、何も残すことなく、眩むような朝焼けと共に、今の『私』は完全に消えてしまうでしょうね。──ただ一つの手を残して……ね」

 思わせぶりな式の言葉に、エミヤはすかさず答える。

「なら、その手段を使えばよいのではないか?」

「私の力は、そこまで便利ではないの。

 でも──、あなたがいれば、どうにかなるのだけれど。何も聞かず、私に力を貸してくれる?」

「ああ、困っているなら力を貸そう」

 あまりの速さで即答するエミヤに、式は躊躇いがちに問い直す。

「……本当にいいの?」

「無論だ。こういう男でね」

「やはり、あなたはそうなのね。でも、必要なことはもう終わったから大丈夫よ」

「……なんだとっ!? ……まさか──」

「そう、あなたが解析し、貯蔵した『九字兼定』には封印が施されていた。それを私の還る場所にしたの。最初に言ったでしょう? あなたを驚かせたかった……って。

 召喚に応じる際、仮初の肉体に人格ごと移す必要があったから、今の『私』だけを切り離してきたわ。そうして肉体の人格である私が顕現できているから、今の『私』に必要なのは還る器の存在だけ。そのために、物には魂が宿るという逸話、それを私が再現するの。

 そうするしかできなかったわ。……私は、ここに居て、ここに居ない存在だから」

 エミヤの視界がぼやけると、瞬く間に目の前から式は消えていた。

 振り返ると、彼女は扉から出ていこうとしていた。呼び止めるため、先のやり取りで抱いた疑問をぶつける。

「最初からその算段だったのか?」

「安心して。断られたら、跡を残さず露と消えるだけ。さっきも言ったように、これは一時の夢ですもの」

「……一つだけ聞かせてくれ、なぜ一介の守護者に肩入れする?」

「そうね……、私もあなたと同じ伽藍洞だから……かしら。

 このまま座に帰らせたら、あなたが摩耗してしまうでしょう? 夢の中には入れないけど、座で見守ることはできるもの。還った後もよろしくね、()も無き守護者──エミヤシロウさん」

 最後の最後に花が綻ぶような笑顔を見せると、式は完全に出て行った。

「嫌という訳ではないのだが……、私が何をしたというんだ」

 

 残されたエミヤの独白を聞く者はいなかった。

 




 この感情が好きと呼べるものかはわからないけれど、思わず間違いを犯してしまったわ。
 でも干渉するのはそこまで、人の願いで叶うものが無くなるまで、傍観に徹するだけだから許してね。
 還る場所があるというのも、楽しいもの。

 是を覚えたくば即ち己を忘れ、是を救いたくば即ち己を殺す。螺旋矛盾。
 さて、どういう意味かしらね。
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