どうするべきか。
後書き長めです。
白昼夢──
最近の藤丸立香は急にそのようなものを見るようになった。
オガワハイムから帰った一週間後だったため、最近のレイシフトで疲れが出たのかと結論付けたものの、用心するに越した事は無い。
マスターとしてあまり心配をかけたくはなかったが、誰にも言わず黙っているほうが迷惑がかかると判断してロマニに相談することにした。
だが、
全くと言っていいほど原因が分からず、症状が急変したらすぐ伝えるように、としか言えないため、ロマニ自身もこれ以上の手の打ちようがなかった。
これを受け、自分の身を案じた立香の決断は早かった。彼女は倒れる前にやらねばならないことがあるのだから。
そう、協定を結ぶために招集だ。ここで倒れる訳にはいかない。立香はこれがレイシフトの次位に重要な任務だと思っている。
幸いにも、五番目の特異点に挑む前であり、これまでで参加者が最も少ない。だからこそ、早いスパンでも協定を締結する必要があった。
「……今日は集まってくれてありがとう」
参加者は両儀式を除いた三名だった。
「なんでしょうか、マスター。名誉セイバーの表彰式ですか? それはありがたいのですが、正直生きた心地がしないので早く帰りたいです」
早々に口をはさんだのは謎のヒロインXだった。
彼女がカルデアに来た当初はセイバー打倒を掲げていたが、ここ最近は鳴りを潜めている。なぜそうなったかは分からないが、エミヤが関係していることに間違いはないだろう。
また、Xの目の前に居る着物の女性──「両儀式」が、にこやかに微笑んでいることも理由の一つだろうと推測される。
立香はその詳細を知らないが、実は当たらずとも遠からずであり、「あまりマスターとエミヤを困らせてはダメよ」と諭されたXは、式を相手にした時の危険性を直感的に理解していた。
そんな彼女の要望に応える訳でもないが、立香も急ぎたいので手早く説明に入る。
「……成程、そんな取り決めがありましたか。
私が一番のセイバーであることに変わりありませんが、急いてはなんとやら、らしいので、謙虚な私は喜んで賛同しましょう」
目的は言わずもがな、アルトリア達と競っている彼女があっさりと賛同したことは、立香にとって驚くべきことだった。
話している最中に、Xは淡く微笑んでいる式を一瞥していた。彼女は一体、何を警戒しているのだろうか。
「X師匠……正々堂々と決着をつけようとする懐の広さに感激しました! 私もそれに倣わせていただきます」
純真なアルトリア・リリィは大層感激したらしく、今更になって迷っていたXは引くに引けなくなったため、「ええ、当然ですとも! 真のセイバーならね!」と覚悟を決めたようだ。
やはり、さしものXでもリリィの真っ直ぐな眼差しには勝てないらしい。
「私も同意するわ。マスター。
みんなで一つの約束事を守るというのも、きっと楽しいでしょうね」
穏やかな表情を変えず、式は言い切った。
いつの間にか立香の傍に居たり、エミヤの傍に居たり、Xの傍に居たりと神出鬼没な大和撫子である。
こうして言葉にされるまで、どう答えるかが一切予想できないため、意外だった、やはりそう答えるのか、という相反する感想を同時に抱く。
余談として、立香は今まで多くのサーヴァントを呼んだが、卓袱台に正座の姿が一番似合うのは彼女だろうと感じている。
「……ありがとう、みんなにちゃんと聞いておきたかったんだ。
それともう一つ、質問したいことがあるんだけど──」
続きを待つ三人の顔を見渡し、立香は口を開いた。
「エミヤから話は聞いているよね。
────みんなは、どう思う?」
冷静な面持ちで語る少女は、最後の言葉に自身の想いを込めていた。
数日前から、心の整理をつけたエミヤはサーヴァント全員に話して回っており、幸福に包まれていると生前の罪悪感からそうなることを許せなかった、そう語っていた。話の最初と最後で謝っていたあたりが筋金入りだ。
彼は、「これを話すのは君たちで最後だろうがね」と話していたが、立香の勘はどうにも、あと何回かあるだろうと思わせる。
なぜならば、根本の好意を持たれる
といっても、好意を持たれないようにしろ、などとは言えず、こうなっても憎めないのは彼の日頃の行いによるものだろう。
「ふふふ……、どう思うか、ですか。答えは最初から決まっています。
シロウをあわよくばお持ち帰……、ではなく導くのはこの私です。ヒーローが正義の味方に手を差し伸べても問題はないでしょう。他のアルトリア顔やセイバーがどう答えたかは知りませんが、いい恰好はさせませんよ」
Xは不敵な笑みを浮かべて宣言する。
「いつもエミヤ先輩に助けられてばかりですが、優しいエミヤ先輩がどうしてそうなってしまったのか、私には分かりません。
──ですが、人生経験も浅く未熟者な私でも、エミヤ先輩に幸せになってもいいって伝えたいんです。エミヤ先輩は、何の
リリィは自身の感情のまま口にする。
「余計なお世話かもしれないけれど、私はエミヤがエミヤで無くならないよう、見守ることにしているもの。ここに来てから、何回も主義を曲げているわ」
式はどこまでも穏やかに告げる。
答え方は違ったが、三人の意思は一つの方向を向いている。
この日までに急いで確認したサーヴァント達の想いもまた同じだった。
立香達が知っていて知らない誰かの言葉を一部借り、敢えて想いを言葉にすれば、「エミヤが自分を許せないなら、彼の代わりに許し続ける」ということに他ならない。
その終わりがいつになるのか、定かではないが。
参加人数が最少で、終了時刻も最速となった六回目の協定。
片づけを終えた立香の部屋には、彼女を除いて一人だけ残っていた。
「無理をしていない? マスター」
「……もしかして、顔に出てた?」
「あら、その言い方は少しエミヤに似ているわね」
楽しげに笑う式だったが、我慢して無理をするところまで似てしまったら人のことをとやかく言えない。それほどまでに、彼女の指摘は的確なものだった。
「言わないほうがいいかもしれないけど……、明日になったら皆に話そうと思っていたし、言っておくね。
数日前から白昼夢を見るんだ。ここじゃない、監獄みたいな冷たい部屋に居る夢。一日でそれを見る頻度が増えていて、カルデア内を歩いている時も突然そうなるんだ」
立香の真剣な眼差しを、式は疑わなかった。ここでつまらない嘘を吐くような人物ではないと理解しているから。
「やはり、そうなのね。
──ごめんなさい。今の私でも、あなたの助けになれないわ。……その夢の中に現れて、あなたを守れたらよかったのに」
「ううん。そう言ってくれるだけでも嬉しいよ」
「なら……、これだけは言わせてね。どんなことがあっても、
────あなたを見失わないで」
その言葉を最後に、式の姿は掻き消えていた。この部屋には最初から、立香しかいなかったかのように。
「……ありがとう、覚えておくね」
式が聞いているかは分からないが、お礼を言わずにはいられなかった。
そして立香は約束する。たとえ何があっても、必ずここに帰ってくると。
その翌日、起こしに来た清姫が自室で意識を失った立香を発見することになる。
医務室で職務を遂行するロマニ・アーキマンは、オレンジジュースを片手に最近の出来事を纏める。
カルデアのサーヴァントが行方不明になったこと、これが最大の問題だ。
以前、カルデアのサーヴァントが聖杯によって他のサーヴァントの元に呼び出されたことがあった。
実際に冷や汗もので、それのセキュリティの強化が間に合わぬ内に次の行方不明事件が起こってしまった。今は多少の干渉であれば問題ないが、聖杯による呼び出しなら強奪は可能だろう。
そして語るまででもないが──、現在はただの無防備という訳ではない。強奪は防げなくとも、奪取は迅速に行えるようにした。
今回はそうではなく、おそらくその何者かは何かしらの方法で立香と縁を結んだサーヴァントである、とカルデア側に錯覚させ、実体を伴わずに召喚基点から堂々と乗り込んできたのだろう。
問題はその方法が何なのか。
いままで謎だったが、立香の症状で一つの仮説を得た。それは、魔術王ソロモンによる呪いだ。
マシュからの報告では、ロンドンで彼の男と直接対峙したらしい。神代の魔女すら容易く配下にできるのだから、呪いをかけるくらいなら、さほど難しくはない。
一方、なぜカルデアの装置で呪いを検出できなかったのか、それは魂が堕ち行く先を定めただけだから。
だからこそ、矛盾した現状が生まれたのだ。決められた運命への辻褄を合わせるかのように、原因のない結果が立香を蝕む。
はっきり言って、手の打ちようがない。
具体的には、メディアの宝具──『
しかし、その呪いを利用したのは魔術王本人ではないだろう。
全能を語る王がサーヴァントの強奪をできないはずがない。それをしない最大の理由は、人やサーヴァントを見下す以前に、本腰を入れて手を下すまでもなくカルデアが終わると思っているからだろう。実際にロンドンで対峙した時、カルデアは相手にするまでもない、と言って立香に呪いをかけただけで見逃している。
そんな男がここまで手の込んだことをするはずがない。即ち、事前に配下としていたサーヴァントの仕業だ。オガワハイムでは、影ばかりで姿は確認できなかったが。
術者と利用者がそれぞれ異なり、解呪もできない。呪いによる死の運命から逃れるには、どこにいるかも分からないそのサーヴァントを倒さねばならない。
立香の付け入る隙があるとすれば、力を過信した"慢心"その一点だ。致死性の呪いであれば、とうに発動している。魔術王の策略を破れるのは、他でもない彼女の力だけだ。ソロモンを最もよく知る男と自負するロマニは確信している。
今まで多くの難局を乗り越えた立香なら、必ず帰ってくる。
そう信じるしかない。魔術王と違い、非力なロマニにできるのはそれだけだ。だが、それが情けなくて仕方がない。
立香だけが死と隣り合わせなのだ。
「────ドクター!! 先輩が目を覚まさないんです」
珍しくノックもせずに扉を開けるマシュ。表情を見るまでもなく、それだけでも状況が逼迫していることが分かった。
ロマニは聞き終わるが早いか急いで席を立ち、立香の部屋へ向かった。
────もし、僕にしかできないことがあれば……、その時は