女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと偶像の鮮血魔嬢

 偶像(アイドル)は一日にして成らず。

 競争が激しく厳しい世界であるが故、戦乱の渦中においても弛まぬ努力が必要とされる。

 

 エミヤにとって、それは久しぶりに見るよくある光景だった。

 扉を開けた先、自室で先客が待ち構えている状況、腰に両手を当てながら仁王立ちしている姿など、よくある光景と言ってよいものか正確な判断はつかない。そして、先客が若干引き攣った笑みを浮かべているのだから、直面したエミヤの疑問は当然尽きない。

 彼女が一体何を所望しているのか定かではないが、この状況下でエミヤのとる行動はただ一つ――

「ふむ……成程分かった。

 ――とりあえずお茶を淹れよう、エリザベート」

「――何でそうなるのよっ!?」

 エミヤが咄嗟に提案した最善と思われる策は、どうにもエリザベートの望むところではなかったらしい。

 

 よく使う茶葉をいつも通りの淹れ方で注げば、馴染みのある色で紅茶はカップを満たす。香りを堪能した後、一口含む。エミヤは紅茶を淹れる技術が(なま)っていないかどうか、飲む度に毎度確認している。だがその心配には及ばず、今回も味が落ちていないことを確認することができた。

 記憶が戻った今はさておき、摩耗により大部分の記憶が朽ちても、修めた技術が不変であることはエミヤが己を失っていない一つの指標になっている。

 目の前のソファに腰掛けるエリザベートが未だにむくれていなければ、感慨に耽りながらゆったりとしたティータイムを楽しんでいただろう。

「先程から不機嫌そうだが、私は君に何かしてしまっただろうか?」

「……そうね。何かしたっていうより、何もしていないが正しいわね」

 エリザベートは口をつけていたカップをテーブルに置くと、どう説明すべきか逡巡していたが、エミヤに何かを期待しているのか、思考時間に反比例した、意図的に些か不明瞭で捉えどころのない回答になっている。

「もしかすると……君の専属執事の件かね? すまないが、専属として付きっきりという訳にはいかないな」

 弓兵はカップをソーサーに戻しながら、間を置くことなく即答する。思い当たる節があったのは、キャスターのエリザベートの態度を見たことがあるからだ。

 本来のランサークラスが召喚されると細かな違いが浮き彫りになる。理屈は不明だが、聖杯の欠片でクラスが変わった影響か、キャスターのエリザベートは若干素直である。また、ある時から協調性という気遣いをみせるようになった。

 一方でランサーのエリザベートは、やはり素直になり切れないのか本心の一部を隠している。視点の変わったエミヤであれば少しの差異に気付くことはできるが、今まで気が付かなかった鈍さに笑ってしまう。勿論、内心の話で表情には出さなかった。

「そう、それよっ! それっ! 特にこの前の時よ。

 ケルト軍に捕まったのかと思ってたら、ひょっこり生還してきたことはひとまず置いておくけど、どうしてお姫様抱っこでネロを連れてたのよ。

 ……アイドル勝負をする前から、何か負けた気がするじゃない!」

 エリザベートにはそういう機構が備わっているのか、はたまたアイドルとしての天性の直感か、初対面であるネロ・ブライドをライバルとして認めており、再会の(のち)にアイドル勝負を挑む約束をしていたが長らく延期となっていた。それがおそらくカルデアで果たされることになったのは言うまでもないが、始まってすらいないのになぜ負けたの思うのか、その理由も分かっていない。

 そんな彼女の言葉で思い起こされるのは、助けを借りた上で狂王から逃げ出した後のことだ。逃走に成功したまでは良かったが、追跡を避けるために遠回りせざるを得なかった。しかも、二手に分かれて行動していたのでそれなりの時間が経っており、ラーマの妻であるシータを救うためアルカトラズへ向かったマスター達は目的を達しているかもしれない。今からそこへ向かっても入れ違いになるだけで手詰まりだった。

 追い打ちをかけるように問題となったのが、カルデア式の連絡用の念話はマスターからの一方通行であるため無事を伝えられないことである。今まで使わずに済んだことが仇になったようなものだ。初期設計の段階でこうなっていたのか、今となっては知る術はない。改良しようにも、今から手を加えたところで間に合わない。初歩的なミスで勘が鈍ってしまったと判断するのも無理はないが、原因を切り捨てられない葛藤に苛まれる。

 途方に暮れていたエミヤ達だったが、ふと幻聴が聞こえた。「――眠る前に偶然繋がったようだね。エジソンの拠点に向かうといいよ」と聞き覚えの無い若い男の声が助言を伝えてきたのだ。

 脱出した時、エジソンの拠点の位置は大まかに把握していたので行くことは可能だった。謎の声は本来なら怪しむところだったが、他に頼るものがない以上、それ以外の選択肢はない。頭痛と負傷による疲労で気を失っているネロを抱きかかえたエミヤは、一縷の望みをかけ全速力で向かったのだった。

「左腕が回復したのだから、怪我人を運びやすい体勢にするのは当然ではないのか? 遠回りした以上、急がねばならなかったからな」

 視点が変わっても肝心なところにエミヤの気が回らないのは、改善の途上であるから仕方のないことである。

「せ、正論で返すのやめなさいよ。……とにかく、気軽にやっていいものじゃないんだからね!」

「気軽に……か、全く耳が痛い話だ」

「私は頭が痛いわよ、冗談にならないけど色々とありすぎて」

 額に手を当てるエミヤに対し、エリザベートは頭を抱えていた。

「重ね重ね申し訳ないことをしたらしい。では、私はどうすべきかな?」

「そうね……とりあえず頭を撫でなさい。クラス違いの私や未来の私にもやってるんだから、できないってことはないでしょう?」

「……心得た」

 慎ましやかなお願いに微笑ましさを感じたエミヤはソファから腰を上げると、座ったままのエリザベートの傍に立ち、角や装飾に当たらないよう注意しながら丹精込めて撫でる。

 実際に頭が痛かったのかは定かではないが、エリザベートは『頭痛持ち』だ。その可能性は十分にあるからこそ、労わる気持ちがある。

「上から見下ろされるのは趣味じゃないけど、この際だから我慢してあげるわ」

「それはありがたい。お気に召したようで何よりだ」

 しばらく撫でていると、不機嫌そうだったエリザベートの顔は段々と穏やかに変化していく。しかし、どこか影が差していた。

「────どうかしたのか?」

 それを見逃すエミヤではない。基本的に誰かが困っていることには人一倍敏感な男なのだから。

「やっぱり、こういう時だけ鋭いのよね。子リスも子ジカも苦労する理由が分かるわ……。

 ──私の生前の話は知っているでしょ? 頭を撫でられたなんてこと……在ったかしら。仮に在ったとしても、私は憶えてすらいないのね……」

「……君はそう言うがな、初めて会った時に比べると物腰が柔らかくなっただろう」

「──それは忘れなさいよ」

 月であった彼女はカルデアで再会した時よりも棘のある態度だった。しかし、月のマスターである岸波白野の尽力により多少なりとも改心した。

「英霊の根本は変わらないが、君は過去の罪から目を逸らさなかった。そんな君だからこそ、白野(マスター)に力を貸してくれたのだろう?」

 どこかの世界で少しだけ異なる人生を歩んだエミヤ(無銘)の記憶が、弓兵の言葉に感情を乗せる。

「…………力を貸した理由は、子リスだけじゃないけどね」

 エリザベートの小さな呟きが、エミヤに聞かれる事は無かった。

「怒る気が無くなっちゃったわ。

 まあ(アタシ)としては、別に付きっきりでなくてもいいんだけど……浮気はダメよ。主の鞍替えなんて許さないんだから」

「浮気とはまた大袈裟なものだ。だが、期待には応えるとしよう」

 

 エリザベートが満足するまで、エミヤは頭を撫で続けるのだった。

 




 現実主義者の癖に、助けを求める声に弱いってこと知ってるんだから。
 私の無様な姿を見られたんだから、責任とってもらわないとね。
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