各部屋の掃除を終え、自室への帰路に付いていたエミヤは、唐突に背後からの視線を感じた。
普段ならば、視線の持ち主として第一候補に挙がる二名のセイバーは、レイシフトでマスターの立香共々不在であり、最近一緒にいるジャンヌは、そもそも物陰から見るような性格ではない。
有力な容疑者がいないと思われたこの状況でも、エミヤには一人だけ心当たりがあった。
「そこにいるなら、出てきたらどうだろうか? ……ライダー。いや、メドゥーサ」
確信を持ってエミヤは宣言する。それを機に彼の背後の物陰から姿を現したのは、予想した通りメドゥーサだった。寡黙な彼女は、エミヤの言葉が真実であることを行動で示している。
「よく分かりましたね……エミヤ──いいえ……士郎」
似たような口調で似たようなことを言う。意趣返しを狙っているのだろう。
真名を当てられると致命的なエミヤもとい
「まあいい。何か用でも? まさか、顔を見に来ただけではあるまい」
「忘れましたか……士郎。蛇は恨みを忘れないというのに」
不機嫌かどうかは抑揚で判断がつかない。含みのあるメドゥーサの言葉、思い当たる節が無いわけではないが、心当たりがありすぎる。
エミヤの予想が正しいかはわからないが、彼女が指しているのは──
「……月でのことなら、水に流してほしいといったはずだが?」
「当たらずとも遠からず。でも残念ですが、それだけではありませんよ」
エミヤは一番可能性が高い心当たりを提示したが、残念なことに外れてしまっていた。
とある因縁を彼女は忘れていなかった──
ライダーにとって見慣れた街並みのあちらこちらで火の手が上がり、冬木市は炎上していた。
いつの間にかサーヴァントとして召喚されており、マスター──桜ではない──の指示で原因の究明にあたっていた。だが、間が悪かった。
『誰かと思えば、君か……ライダー』
この一件の黒幕を目撃することはできたが、先客の見知らぬ英霊、おそらくランサーが泥に呑まれていく所を目撃してしまう。状況から判断するまでもなく敗れてしまったらしい。そして、敗者は泥に飲み込まれる。
発言の主をライダーは知っていた。
『こういうものには疎いのですが……イメチェンというものですか、アーチャー?』
『生憎だが、勝手にこの姿にされてね……今は彼女の頼みで事後処理をしているだけだ』
顔には刺青のような紋様が走り、白髪を下ろしている弓兵。いつもと違うその顔は、既視感を思える。しかし、姿は違えど根は変わらないのか、アーチャーはニヒルな笑みを浮かべていた。
だが、それが思い違いであったことをライダーは知ってしまう。
『さて、目撃者は始末しよう──』
冷静な彼らしくもなく、言い切るが早いか、瞬く間に双剣を携えて肉薄してくる。しかし彼女はライダーのサーヴァント、接近するアーチャーを鎖で牽制すると、持ち前の機動力で後方に跳躍し大幅に距離を取る。
戦法を切り替えたアーチャーは双剣を投擲すると、同じく距離を取って弓を構える。ライダーは鎖で飛来する双剣を弾き、飛来するであろう矢の迎撃態勢に入った──
『がっ!? ──はっ……』
彼女がそう思った時には、胸から剣が飛び出ていた。いや、背後から剣が突き立てられていた。己を貫いたその剣には見覚えがある。
『迂闊でした……貴方の……存在を……セイ……バ』
剣が引き抜かれ、ライダーは力なく崩れ落ちる。彼女の背後から現れたのは、セイバーオルタ。アーチャーは彼女の殺気が気取られぬよう、ライダーが逼迫する状況を作り出していた。
意識を自分に集中させ、セイバーオルタに止めを任せるための策だった。ライダーは、囮役を買って出たアーチャーの策略に気付くのが遅すぎた。先客のランサーと同じ末路を辿り、体が泥に呑まれていく感覚と共にライダーは意識を手放した。
「見損ないました……士郎、二対一はともかく不意打ちをするなんて。昔はあんなに真っ直ぐだったのに、成長すると──」
「いや待て、メドゥーサ……戦いに卑怯はないだろう。
そもそも私は君の知る衛宮士郎ではない。あの男と一緒にしないでもらおう」
感情を表に出すようになった。両目を覆う眼帯越しに不満な態度が伝わってくる。
メドゥーサに対し、身に覚えのあるエミヤは必死に弁明する。いろいろ複雑な事情があっても、厳密には衛宮士郎ではない。どんなに親密でも、エミヤには関係のない話になのだから。
「いいえ、許しません……これは士郎のから──」
「待ちたまえメドゥーサ……君は月のマスターやここの
これから言われるであろう先の言葉が分かったためか、エミヤは呆れかえってしまう。嫌な予感がしたため、その先を言わすまいと彼女の言葉を途中で打ち切る。
「気の多さでは、あなたに言われたくはありませんよ、士郎……また新しい女性と一緒にいて、しかも……ジャンヌにも好意を寄せられているようですね」
「ぐ……それは」
ジャンヌの心を奪ったことへの嫉妬か、控えめなメドゥーサらしくない棘のある言葉。反論の余地がない事実で反撃してくる彼女の、慈悲の一欠けらもないカウンターに、エミヤは打ちひしがれるしかなかった。
そして、迫りくる
若いころの面影はなくなってしまいましたが、本質までは変わっていませんね……士郎。
今の貴方は、桜を任せることができると確信した時と……同じ雰囲気ですから。今思えば、泥に染まった士郎は見ていられませんでした。
そしてまだ、貴方ことをよく知りませんね。
成長しても士郎は士郎ですから……愉しませてくださいね、士郎。私は、成長した貴方のことも気に入っていますから。