女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと三蔵法師

 天竺を目指した有名な僧侶は、波乱万丈の旅を終えて悟りに至っても、決して人の道を外さない。

 

 サーヴァントに与えられた部屋、カルデアのとある一室に茣蓙が敷かれている。そこでは正座した一人の英霊──アーチャーのエミヤが、一心に写経している。その脇には、部屋の主である袈裟を着た女性が、同じく正座していた。

「これでどうだろうか…………お師匠様」

 署名を終えた弓兵が恭しく尋ねると、師匠と呼ばれた女性は紙に目を通し、口を開いた。

「文句なしよ。試しに言ってみた……確信を持って分かっていたけど、流石はあたしの弟子二号ね! 経験を積んだことくらいお見通しなんだから」

 玄奘三蔵は、何かを言いかけたが途中で訂正した。ただし、褒めているという事だけは間違いない。察したエミヤは反論しなかった。

 彼女の言う弟子二号はエミヤのことを指し、弟子一号は立香のことを指す。更にこの後には、俵藤太とアーラシュが三号、四号と続く。生前、剣はセイバー(アルトリア)、魔術は凛に師事していたエミヤだが、カルデアでの師匠はこれで二人目だった。スカサハには問答無用で弟子にされ、今回は三蔵の思い付きでそうなった。

 また、写経することになったのも三蔵の思い付きだった。生前の友人に体験させてもらったとエミヤが話せば、善は急げと実際にやって見せることになった。

 生前から仏教に縁遠い事は無かった。それどころか、お釈迦様本人にどこかで会ったような気もするが、肝心の記憶が朧気だった。記憶違いで、ただの気のせいだったのかもしれないとエミヤは軽く流した。

「まさか、英霊になっても写経することになるとはね。いつ役に立つのか……何事もその時にならねば分からないものだ」

「久しぶりに会えたんだから、細かいことは気にしないの。トータにも言ったけど、シローだってもう少し師匠の言うことに付き合ってくれてもいいんだからね。あたしのことはほったらかしで、なにかと三人で盛り上がってばっかりだったんだから……」

 二人は正座のまま対面で話を続ける。

「それは申し訳ないことをした。

 成程、師匠の頼みとあらば肝に銘じておかねばならんな」

 機嫌を損ねてはいけないとスカサハで身に染みていた。どこで聞かれるかは分からないので、声には出さなかった。

 エミヤの知っている玄奘三蔵との初邂逅は、特異点の砂漠を横断していた時のことだった。当時の彼女は、相方の俵藤太とはぐれて一人になり、度重なる不幸で愚痴をこぼしていた。

 カルデア一行と行動を共にすることになった三蔵は、アーラシュ、藤太、エミヤの三人をお供に任命するなど自由奔放だった。その理由を彼女自身が語っていたが、お供が居ないと寂しいらしい。ただ仮初めのお供といっても、キャスター一人に対し、アーチャークラス三人で揃えるのはバランスが悪すぎた。

 しかし、それ以上に三蔵の一挙一動が目を離せないほど心配で、放っておけない性格だった弓兵三人は、自然な流れで結託することになった。三人そろって弓兵(アーチャー)だったこともあり、意気投合するのは時間の問題だった。エミヤは特に、藤太と和食談義で盛り上がり、アーラシュとは一緒に狩りに出かけた。そして、仲を深めただけに突然の別れは痛切だった。拠点としていた村を聖槍による裁きから守る為に、アーラシュは立ち向かった。短い時間で説得しようにも、ペルシャの英雄は頑として譲らなかった。むしろ、後の事を託された。

 流星を放つ彼の最期を藤太と共に見届け、エミヤは英雄の意思を引き継いだ。

 ただ、三人の内心とは裏腹に、三蔵への心配は杞憂だった。エミヤたちの知るところではなかったが、彼女はどんなに弱音を吐いても、危機が迫れば仲間の為に力を振るい、脅迫に屈しない確固たる信念を持っていた。善なる者しか通さない門を自身の存在と引き換えに突破し、疑問を抱けば砂漠を横断してまで世界の果てへ足を延ばす、正真正銘の英傑の一人だった。

 出会いは必然か偶然か定かではないが、彼女が居なければ聖都攻略の難易度は格段と上がっていただろう。強者を(すく)め、弱者を導く、天竺への道のりを踏破した経歴は伊達ではない。

 そんな彼女はカルデアに来ることが念願だったらしく、召喚された日は立香と抱き合っていた。

 そのように三蔵との経緯を振り返っていたエミヤには疑問が浮かんだ。三蔵に弟子と呼ばれるようになってから、心のどこかで引っかかっていた。

「……一つ聞いてもいいだろうか?」

「うん? 何かしら? 一つと言わず二つでもいいわよ?」

「懐の広さを感じるが遠慮しておこう。そこまで大層な話ではないし、別に多くもない。

 なぜ弟子一号は孫悟空や俵藤太ではなく、マスターなのだろうか? 出会った順番が違うのではないかな?」

 その質問を聞き終えた三蔵は、彼女にしては珍しく呆気にとられた顔になった。

「それはね──」

 

 唐突なレイシフトに巻き込まれた立香は、岩に閉じ込められていた。当然、傍にはマシュもフォウもいない。加えてロマニのサポートもない。

 以前にも監獄に囚われた彼女だったが、その時とは異なって身動きが全く取れない。途方に暮れ、今後の展望を一人きりで悲観していたところ、僧侶に出会えたのは地獄に仏の気分だった。

 道案内の妖怪に逃げられ、馬を失った僧侶の三蔵は、彷徨いながらも歩いていた。記憶の齟齬を解消するため、何としてでも天竺へ向かうという強い意志があったからこそ、諦めるという選択肢は無かった。ただ一人旅は困難を極め、弱音を吐こうとしていたところで一人の少女に出会った。

 五行山から救出し、お互いに事情を話すと、それからは二人で行動することになった。三蔵曰く、新しい旅だから立香は一番弟子とするらしい。

 しばらく進むと、同じく岩の下に一人の英霊がいた。それは印象的な赤い外套を纏った弓兵だった。三蔵によって同じように救助されたエミヤは、立香に馴染み深い存在であり、いつも通り旅の安心感が違う。

 途中で繋がったカルデアとの通信は、なぜか不安定であり、サポートを期待することはできなかった。襲い来る魔物を倒した上で得た旅の目的は、経典を集め、天竺へ向かうことだった。

 天竺までの長旅を三人は徒歩で移動したが、エミヤは一人で二人分の働きだった。道中の野営も慣れた手つきで用意し、戦闘は三蔵と二人で受け持っていた。しかしながら、敵として出てきたのは見覚えのある英霊ばかりで、特に消毒液を大盤振る舞いしていた人物は、忘れることの方が難しい。

 艱難辛苦の果てに天竺へ辿り着いた。それによって、三蔵は本当の記憶を思い出す。

 成仏得脱した三蔵は、サーヴァントとしての召喚に応じるか迷っていた。『仏』は人類の衰亡に関わらない。それを理解しているからだ。だが、『人』としての三蔵は迷っていた。何もせず傍観しているだけでよいのかと。その小さな迷いが立香を引き寄せた。迷いを見通した御仏は、掌の上で救済への道を用意していた。人類の存亡に対し、三蔵は仏と人のどちらを取るのか試練を課した。その答えを三蔵自身が見つけられるように。

 最期の試練、見知らぬ世界への恐れを具現したカルナとアルジュナを倒し、旅路は終幕を迎える。試練の果てに得た答えを言葉にすることなく、再会が許されるのは御仏が導いた時だと残して、彼女は別れを告げた。

 

「──という感じで、あなたたちのことを知っていたのよ。砂漠で会った時は不覚にも忘れていたのよね」

「……そうか」

 三蔵の説明を聞いたエミヤは未だに首を捻っていた。

 立香の弟子番号についての疑問は晴れたが、新しい疑問が浮かぶ。

 なら、二号のエミヤはどうなっているのか。なぜ自分はそれを覚えていないのか。それほどの旅があれば、カルデアに記録されているはずだし、忘れず記憶に残っているだろう。

「ああ、これを聞いていなかったな。そもそも、なぜマスターはそこに?」

「たしかね……偶発的な事故に巻き込まれたらしいわ。カルデアのレイシフトがどうのこうのって。知ってる風に話されたから、その時はあまり理解できてなかったのよね」

「……まさか……気のせいで済んでほしかったものだ」

 今更思い出す。なぜ今になって思い出したのか。今日は管制室でダヴィンチとロマニによる改良型レイシフトの始動実験があった。当然、立香も参加するし、偶発的事故で結びつくのはそこしかない。

 そして、覚えていないのも無理はない。三蔵との出会いはこの後で起きる出来事の先にある。英霊の召喚は時系列に依存しないからこそ、複雑な事態になる。

「すまない! 私はここで失礼する」

「ぎゃーてー!? 待ちなさいよー」

 いきなり立ち上がったエミヤの勢いで三蔵は驚く。その間に、エミヤは部屋から飛び出していた。

 無事に帰れると分かっているし、行動する必要はない。だが、エミヤにとってそれとこれとでは話が別だった。一刻も早く管制室へ向かわねばならない。

  

 間に合ったエミヤは立香と共にレイシフトする。迷える僧侶の手助けをするために。

 

 




 やっぱり、一人でいるよりも弟子たちと旅をする方が好きみたい。
 モテすぎる弟子は……この際良しとして……悟空もそれくらいモテてれば、あたしも安心なんだけどね。
 
 本当──ここに来てよかった。
 
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