先日のヴァカンスの原因──時空の歪みは、平行世界がカルデアへ干渉しているために発生したものだった。
正体を看破するためにレイシフトした立香一行は、その世界で早々に正真正銘の魔法少女に出会う。彼女の名は──イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、エミヤには見知った人物だった。
エミヤが口を挟まずとも、二人は最期に和解することができた。そして、レディの遺志はあちらの世界のエレナが継いでいく。
奇跡とは、純粋に誰かを願う気持ちが起こすものだ。最良の結果を齎すことができたのは、一重に彼女の功績だろう。
己の過去と照らし合わせながら述懐していたエミヤは、目の前に居る少女──イリヤと向き合った。食堂に来て、エミヤと話がしたいと願い出た彼女は、時間通りに彼の部屋へ来ていた。
「あの……忙しいのに時間を作ってもらってありがとうございます」
「気にしなくていい。私が居なくとも、厨房には優秀なシェフが残っているからな。
──それで話とは何だろうか?」
不安げな表情のイリヤは深呼吸した後、言葉にした。
「アーチャーさんは……お兄ちゃん……なんですか?」
イリヤ本人が言っていたが、お兄ちゃんとは衛宮士郎のことを指す。
だからこそ、出来ることなら会いたくはなかったが、やはりこの時が来てしまった。エミヤも事前に分かっていたが、いざその時が来ると正確な答えが定まらない。とぼけることも一つの手だが、縋るような瞳には、彼にそうさせない魔法が掛かっていた。
「なぜそう思ったのか、理由は何だね?」
自慢する訳ではないが、見た目で分かるほど簡単ではないはずだった。
しかし、聞き方に問題があったのか、エミヤに威圧するつもりは無かったがイリヤを委縮させてしまった。もう少し優しく聞くべきだったかと、エミヤは反省しながら回答を待つ。
「ええと……この前作ってもらった麻婆茄子の味付けが似ていて……それに、別の世界のママが、アーチャーさんのことをシロウって呼んでいたから……です」
聞き終えても、これでは言い訳のしようがなかった。味付けならまだしも、名前を聞かれていたのだから。
そもそも、イリヤがカルデアに来たことは想定外のことだった。
平行世界からやって来た、既視感のある魔術礼装のルビー曰く、お互いに元々の世界に帰るはずだったが、鏡写しのように元の世界へ帰った自分とここに居る自分の二人に分かれたらしい。別存在になった以上、当然カルデアに来た魔法少女には帰る場所がない。
立香の帰還後、
「……その質問に答えるならば、私は衛宮士郎ではない別人だ、としか言えんな」
「ええと、まさかとは思うんですが、わたしって……もしかしたら勘違いしてますか?」
「それは違う。まあ、誤解するのも無理はない。
そうだな、同じ人間でも環境によって性格が変わったりする。それと似たような所だ」
分かったような分からないような、それを見て取れるほど表情がころころと変わる感情豊かなイリヤを、エミヤは初めて見た。。
「でも……お兄ちゃんには変わりないんですよね?」
「残念ながら、この私は君の兄と同一ではない」
「でも、自分の事を衛宮士郎って……すみません、なんでもないです」
やはり聡い少女だ。事情があると察し、潔く身を引いた。エミヤはそう分析する。
二人の間に沈黙が訪れたが、それを破るように、エミヤは問いかける。
「──君に一つ相談があるのだが……いいだろうか?」
「……? はい、何でしょうか?」
「例えば……ある男が居て、彼には自身の夢を応援してくれる姉が居たとしよう。
記憶を失った男が姉を見殺しにしても、姉は味方ままで居てくれるだろうか? 私としては、恨まれても仕方がないと思うのだが」
エミヤは、生前と英霊になった後の事を混ぜて話している。イリヤからすれば脈絡のない話だった。だが、弓兵の真剣な眼差しは冗談などではないと彼女に訴えかけている。
「……れ……ます」
最初は小さな声だった。
「味方で居てくれます!」
二度目はエミヤがたじろぐ程の声だった。
「だって、その二人が仲良しにしか聞こえません! レディさんやミラーさんだって、色々あったのにお互いを想い合っていたんですよ。そのお話の男の人は絶対に後悔していると思います。男の人のお姉さんだって、それを分かっているはずです!
──って、わたしったら熱くなっちゃって……すみません」
意気消沈という言葉が適切な程の変わりようだった。
レディとミラーの和解。それは、切り捨てる側と切り捨てられる側の和解だった。
エミヤはある意味、他人事のように思っていた。切り捨てる数が多かった自分は、そちらの人間から恨まれているだろうと確信していた。例え話もそれを前提としていた。
正面から否定されれば、姉とよく似た別の世界のイリヤであっても、エミヤの心を揺さぶるには十分な熱弁だった。
「……謝罪は不要だ。君の意見は大変参考になったよ」
「よく分からないんですが……お役に立てたのなら良かったです」
険しさの中に安堵を混ぜた顔で、弓兵はお礼の言葉を述べる。
事態が呑み込めていなかったが、男の顔を見た少女は笑顔で応えた。
「私が君の兄ではないことは確かだ。しかし、そうだな。
些か複雑だが、君さえ良ければ兄のように思ってくれて構わない」
今更になって、衛宮士郎と重ねられるとは思わなかった。エミヤの予想が正しければ、目の前に居るイリヤが居た世界の衛宮士郎は、正義の味方を目指してはいないのだろう。
絆されずに違うと突っぱねてもよかった。そうしなかった理由は言葉にし辛いが、
「じゃあ、お兄ちゃんて呼んでも……いいんですか?」
「ああ、今更撤回はしない」
「ありがとう……お、お兄ちゃん。
あっ!? そろそろ戻らなくちゃ!! また来ます!」
夕食を、
苦笑いをしながら見送ると、表情を正したエミヤは口を開く。
「聞き耳を立てているとは、信用されていないという事だろうか?」
「あら~気付かれてましたか?」
反応は早かった。わざとらしく仰々しく、悪びれた様子のない羽付きの五芒星が姿を見せる。やはりエミヤの記憶にはないはずだが、本能的に危機感を覚える。
「随分と謙遜する。そちらは加減していたと思うがね」
「いえいえ、(面白そうな気配を感知した)ただの通りすがりですからねー。気付かれてしかるべきでしたよ」
本音は言葉通りだろう。変質した特異点で聞いた話によれば、ルビーと契約したイリヤは、挫けそうになっても美遊という少女の為に、己の意志で戦うことを選んだ。それについてとやかくは言わない。
「成程。彼女を焚付けたのは貴様だったか」
「人聞きの悪いことを言いますね。こちらのイリヤさんは別存在みたいなモノですから、愛しのお兄ちゃんを慕っても問題はないはずですよー」
ルビーは器用に羽を動かして、人のような反応をする。これ以上追求しても無駄だと悟ったエミヤは、改めて釘を刺す。
「純粋な親愛を無碍にはしないし、見殺しにするつもりも無い。
──が、彼女に害を成す気ならば覚悟をしておくことだ」
「あらあら~イリヤさんも幸せ者ですね。そこまで想ってもらえるなんて。
お近づきの印にイリヤさんからのメッセージをどうぞ!」
イリヤはルビーに言付けでもしていたのだろうか。そう思うエミヤだったが、先程まで居たイリヤは言い忘れたことでもあったのだろうと結論付けた。
『話は大体分かっているわ。本当に──手のかかる弟なんだから。シロウも幸せになっていいんだからね。本当は優しいことくらい、お姉ちゃんにはお見通しよ?』
エミヤは、我を忘れて目を見開いた。
送り主は確かにイリヤからだった。ただし、魔法少女ではない、己の知るイリヤからのメッセージ。何処で知り得たのか、本人で間違いないのか、疑問は尽きない。
間違いなく言えることは、彼女が今尚エミヤの幸せを祈っていることだ。
「まったく……」
我に返った時、ルビーは既に消えていた。言うだけ言って逃げてしまうとは、やはり傍迷惑な存在だ。
だが、怒りすら湧かなかった。
今はこの余韻に浸っていたい。エミヤは感慨に耽ったまま動かなかった。
お兄ちゃんだけど別人なんだよね。わたしは一体どうすれば……。
平行世界のイリヤさんに力を貸してもらったおかげで有耶無耶にできました。
「ふーん。そういうことね」
黒の魔法少女は、イリヤが部屋から出てくる姿を見ていた。