女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと魔神王

 カルデアは、遂に魔術王の居城を発見した。

 それは、魔獣が蔓延る古代ウルクに存在した特異点の修復と同時の出来事であり、命と引き換えにウルクを救った英雄王からの餞別のようであった。

 しかし、喜んでばかりはいられなかった。カルデアが観測したということは、魔術王(あちら)側も観測できているということに他ならなかった。

 時間軸から切り離された砦は、唯一の利点を失った。もはや一刻の猶予もないことは明らかだった。

 人類の存亡を懸けて、正真正銘最後の戦いが始まる。

 神殿の周囲は宇宙空間だった。魔術王改め魔神王ゲーティアは、創成から歴史をやり直すつもりだったため、それは必然でもあった。

 立香はここに降り立って、レフの歓待と視界を埋め尽くすほどの魔神柱見た。魔神柱の残基による再生を繰り返された絶望に、一度は押し負けた。

 だが、運命は彼女を見捨てなかった。

 サーヴァントの召喚制限を取り払ったカルデアからの援軍。

 立香との縁に導かれて現れた敵味方を問わぬ増援。

 英霊達に背中を支えられ、宇宙(そら)を彩る極天の流星雨に鼓舞されて、立香は再び立ち上がり、ゲーティアを打ち破った。

 

 そして、一度倒したはずのゲーティアは──立香の帰路に立ち塞がる。

「おまえを生かしては帰さない」

 ゲーティアの消失によって光帯の状態が不安定となり、その余波で神殿が崩れ始めていた。もはや一刻の猶予もなかったが、聖門を潜らせまいと行く手を阻む。

「だが、私の大望を阻む壁がもう一枚あったようだな」

 待ち伏せのような出現であったが、幸いにも立香の方が聖門に背を向けている。そんな彼女を庇うように、赤い外套の弓兵が前に出た。

「まさかここで顕れるとは、予想しなかった訳ではないがね。だがその心情は理解はできる。──意地というものだろう?」

「……そうだ。私にも意地が出来たというべきか。

 限りある生を得てようやく理解した。人間の精神性をな。3000年の努力は見当違いだったという訳だ」

 エミヤの軽口に付き合うゲーティアは、一度消滅したとは思えぬほど存在感が大きかった。

 弓兵は背後の少女に視線を流す。

「どうにもそうらしい。意地の張り合いには君が付き合う事必要も無い。先に戻ってもらえるかな?」

「……でも」

 立香は即答できなかった。普段の彼女であれば考えられない。

 だが、無理もない。

 戦いの最中でマシュを失い、ドクターロマンことソロモンは存在を座から消滅させた。親しい人の訃報が立香の心に重くのしかかっていた。ここでエミヤも消えてしまうのかと思うと、決断が鈍る。

 五番目の特異点でも似たようなことはあったが、冠位時間神殿の特異性故に、エミヤが無事に帰れる保証はない。

 立香の苦悩を察したのか、弓兵は諭すように語る。

「君は私が思った以上に成長している。傍で見ていたが、七つの特異点を乗り超えたんだ。

 立香──そんな君が最初に呼んだサーヴァントが最強でないはずがない。それに、ここで逃げてはマシュに合わせる顔が無くなってしまう」

 エミヤは初めて立香を名前で呼んだ。

 穏やかな顔は、英霊エミヤではなく、サーヴァント──エミヤシロウとしての顔だった。

「マスター──指示を」

 サーヴァントとしての務めを果たそうと、切り替えられた視線は再度ゲーティアに向けられた。

 弱体化したゲーティアが相手でも、エミヤが負ける可能性は十分にある。立香も共に戦うべきだろうが、勝利条件はカルデアへの帰還だ。

 マスターである彼女にできることは、一つだけだった。

『必ず──帰ってきて』

 その言葉と同時に、立香の左手の甲から令呪最後の一画が消える。一日で全回復する令呪だが、立香が使い切ったのは初めてだった。限定的な強化を可能とするこれに、言葉も宣言も必要ない。しかし、どうしても伝えたかった。

 エミヤにこの場を任せ、聖門へ向かう立香の背に声が届いた。

「やれやれ……これは負けられないな」

 立香にはエミヤの苦笑する姿が思い浮かんだ。

 

 ゲーティアは静観していた。

 彼の立場では、立ち去る立香を襲っても良い筈だった。

「マスターと戦いたいのではなかったのか?」

「最初はそのつもりだった。

 いつ頃からだろうか、おまえが見過ごせない存在となったのは」

 表情を変えず、魔神王は言った。

「取るに足らぬ英霊だと思っていたが、どうにも様子がおかしかった。何事も無ければ、私の前に立つのはカルデアのマスターだった」

 未来を視るゲーティアは、不思議そうに話す。彼の言葉通りならエミヤはここに居らず、立香がゲーティアと戦っていただろう。それに違いはない。

「だが、その仮定など今となっては意味を成さない。

 抑止の守護者よ……今一度問おう。未だ人類に期待するのか?」

「無論だよ。喜びも悲しみも、過去を背負って未来に進むのが人間だ」

 人々に裏切られて処刑されたエミヤだが、恨むのは過去の自分自身だけだ。信頼を得られなかった己の力不足が原因だと考えている。

 それに、すべてを無かったことにして歴史を造り直そうとするゲーティアには、賛同できなかった。かつて置き去りにしてきた過去がそうさせない。

 表情を変えずにその回答を受け止めたゲーティアに、驚きは見られなかった。エミヤがどう答えるのか、分かっているかのようだった。

「これ以上の問答は不要か。決着の時は来た」

 その宣言を待っていたかのように、不安定だった光帯が魔神王の左手に集束し始める。

「もはや対人に抑える必要はない。ソロモンの存在は消滅したが、一度くらいは放てる」

 それは、ソロモンの第三宝具だった。人類の営みを熱量に変換した魔力は、直に本来の姿へ戻る。それをこの拡散するエネルギーに代行させて放とうとしていた。

 対人宝具であった一度目は、雪花の盾を掲げた少女が命を賭して防いだ。しかし、二度目はそれを上回る対人理宝具としての使用だった。

「私は私の譲れないものの為に君を倒す。これが私の全力(すべて)だ」

 畏れることなく、エミヤは平然と言い放つ。

「怖気づく訳にはいかんな。彼女(マシュ)の先輩として示しがつかない」

 そう言って右腕を胸に置いた。

 しばし睨み合った両者だったが、先に動いたのはゲーティアだった。

「魔神王……いや、人王ゲーティア最期の攻撃だ──おまえの焼却を以って痛み分けとする」

『──誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)

 集束した光が一気に解放される。広範囲に広がらず、エミヤという一点に向かう。

 対人理に復帰した宝具を真面に食らえば、霊基は瞬く間に消滅し、カルデアはおろか座にすら帰れない。

 迫りくる破滅の光を見据えながらもエミヤは冷静だった。短い時間の中で、スキルの鷹の眼と心眼(真)により戦況を分析していた。

 エミヤの背後、直線上には立香が居た。ゲーティアもそれを分かった上で攻撃している。ここで止めなければ全てが水の泡だ。

「──同調、開始(トレース・オン)

 この状況を覆す方法は何か。

 月の聖杯戦争ではないため、流石にアイアスでは荷が重すぎる。

 無限の剣製では、固有結界を貫通されると時間稼ぎにもならない。

 己の体内から、この状況を覆し得る鍵──もはや持つことがないと思っていた、あの宝具を取り出す。

 それは、とある聖剣の鞘だった。

「何と言って怒られるだろうか。いや、次に会う時は忘れているだろうな」

 自分を顧みない戦いは、筋金入りだと自覚している。どんなに諭されようとも前に立つだろう。誰かを守れるのなら、エミヤはそれでいいのだから。

 生前に一度呪いを弾く力を貸してくれた鞘を構え、想像し得る限り最強の守りの真名()を呼んだ。

「これは私の幻想だ──」

『──全て遠き理想郷(アヴァロン)

 守護の光と破滅の光が拮抗する。

 一瞬の時間が永遠に思えるほど引き延ばされていた。

 人理焼却で焼き払えなかった理想郷の力を有する鞘は、対人理宝具すら防いでいた。

 ただ、防げるだけだった。攻撃を跳ね返して相殺しても、押し切れない。投影品ではないが、本来の担い手ではないことで性能を引き出しきれていない。

 しかし、ここは立香が逃げるだけの時間を稼ぐことが最優先課題だ。数秒、数分が経過し、エミヤが注視すると、ゲーティアの放つ光帯もあと僅かであることが見て取れた。

 そして、無情にも鞘は力を失いつつあった。

 目論み通りに立香がカルデアへ帰還し、その影響で魔力供給のパスが薄れ始めていた。隔絶した空間同士だったため、当然の事でもあった。英霊にとってこの空間は悪影響しかない。

 限定的な貸与を受けたこの鞘は、魔力がなければ維持できない。

 カルデアからの供給が途絶えただけで、均衡が崩れる。一人の人間に、人類の歴史が持つ熱量はあまりにも重すぎる。

 そしてエミヤは、光に包まれた。

 










 エミヤを消し去ったはずのゲーティアは、浮かない顔をしていた。同時に、満ち足りた顔をしていた。
「最期まで人の縁に阻まれるか。だがそれもいい。私は彼岸よりおまえたちの旅を見届けよう。実に……素晴らしい……命だった」


 ──人の、人生は
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