遠い、遠い夢を見ていた。正義の味方を目指して荒野を往く日々。
夜、一人で空を見上げては、届かぬ星に手を伸ばし続けたあの頃。
胸に秘めた鞘が背中を押しているような気がしていた。
手を引かれるように、導かれて意識を取り戻す。
エミヤは、自分が横たわっていることに気付いた。視線の先は、どこか懐かしい朝焼けの空だった。
変わった点は一向に明ける気配がないことだった。
「ここは一体……」
「キミなら予想がつくだろう」
上体を起こしたエミヤの背後から声がした。それは、ウルクで聞き覚えのある声色だった。
「……ああ、理解したよ。やはりというべきか、
「私は特に覚えがないけどね、エミヤシロウ君」
如何にも魔術師といった装いで、足元に花を咲かせている男はマーリンだった。鋭いエミヤの視線もどこ吹く風という佇まいだ。
「罪なき者だけが通れると聞いていたが、どんな手品を使ったのか是非ともご教授頂きたいな」
「簡単さ。鞘を使えば使用者の身は
ゲーティアの光に包まれる直前に引き寄せたという。さも簡単そうに語る魔術師を見て、エミヤは苦笑いをした。
「これ以上聞いても参考にならんらしい」
「つれないな、ここまで大変だったんだ。カルデアの新システムには間接的に関わって、魔力はここから送って、徒歩でウルクにも出張したのもね」
「加えて、私に鞘を宿した、か。あの盾を融通したのもおそらくは──」
「──そう、私だよ」
そう言って、魔術師は笑った。
「世間話は嫌いではないが、そろそろ本当のことを話してもらおうか。
私をここに呼んだ理由をな」
「勘が良いね。生前でも鈍くなければ……と、これは関係ない。
単刀直入に答えようか。君がここに来たという事実が欲しかったんだ」
想像の斜め上を行く回答に、エミヤはマーリンの言葉を一瞬で理解出来なかった。
「何を想定しているのか、私の存在で何が変わると──」
「──ここには彼女が居る」
エミヤは押し黙った。マーリンの言葉を理解したために。
「キミではないキミが再び剣に出会うなら、もう一人のキミの力が必要だ。
自分の道を信じ抜けばアヴァロンは門戸を開くだろう。
「……なぜ私なんだ? 気に掛ける理由は何だと言うんだ」
「その答えは、もう心の中にあると思うけどね。敢えて別の答えを言うなら、これはただのお礼さ」
マーリンは、悪戯が成功した子供のように楽しげに笑っている。
「彼女が聖杯を求めるようになって、一度は消滅の危機だったんだよ。生きたまま参加しているから余計にね。でも、彼女は救われたんだ。かつて捨ててしまった、大切なものを取り戻したからね」
マーリンは覚えている。彼の少女が選定の剣を抜く時、マーリンの問いかけに何と答えたか。
「だが、それを成したのは、私ではないがな」
否定するエミヤだったが、マーリンはそう思っていなかった。
「少し違うよ。キミに出会えたから運命が変わったんだ。衛宮士郎と出会う運命にね」
アーチャーとなるエミヤがアルトリアと出会っていることは、衛宮士郎の視点で確定していた。マーリンは、その確定事項が大事だったと言う。
「何も出来ないと諦観していたんだけど、他でもないキミが、彼女の心に変化を与えたんだ。そして、もう一人のキミが最良のハッピーエンドを見せてくれた。だからこそ、アーサー王はここに眠っているのさ」
「事情は分かった。しかし、よく渡せたものだな。私にはその資格がないと思っていたが」
「今更何を言っているんだい、鞘はキミを認めていたんだよ? キミ自身が迷っていたから内海に還って来ただけさ。それでも、キミを見守っていた」
その言葉を受けて思い返すことがあった。
なぜ、エミヤは生前の記憶を思い出せるようになったのか。答えは簡単で、体の一部だった鞘が記憶を蓄積していて、エミヤの記憶を補完したということだ。
一端話を切ると、マーリンは言った。
「それでどうだろう、
「……お陰様でな。
お節介な英霊が居るものだと思っていたが、思惑までは気付かなかったよ。意図的な女難の相は副作用と言ったところか」
生前縁の女難の相を発揮し、味方として冠位時間神殿に援軍で来たはずの黒髭から恨めしそうな視線を向けられたりもしたが、今となっては過ぎた話だ。
「……どういうことだい? 副作用なんて、私には心当たりがないけど」
マーリンは無情にも否定した。
珍しく、信じたくないと言う顔をしてエミヤは空を見上げる。何度見ても綺麗な空だった。
「馬鹿な、在り得ないだろう。元からここまで酷いと言うのか」
「元気を出して欲しいな」
エミヤには、マーリンのその言葉すら励ましに聞こえた。
「それに、キミはカルデアに帰るんだろう。準備はもう出来ているけど?」
「ああ、確かにそうだ。誓ってしまったからな。正式な別れはその後になるだろう。
しかし、何事もなければ一番だがそうもいかないだ。マスターは失ったものが多すぎる。何もできないとは、何とも不甲斐ない」
エミヤの心情を察したのか、何も語らないマーリンは虚空へ杖を翳す。
すると、その先に光が集まり、扉のようなものが出現した。
「さあ、もう時間だよ。あまり待たせない方が良いだろう?」
マーリンの顔を一瞥したエミヤは、立ち上がると光の扉に足を向ける。
「あと一つ、言い忘れたことがあったな」
潜る直前になって突然振り向いた。
「何かな。一つとは言わずいくらでも受け付けているよ」
マーリンは、どのような文句が飛び出すのかと楽しみにしていた。
「礼を言っていなかったな。私は、また正義の味方に戻れたよ」
言い切ると、エミヤはすぐさま光の中へ消えていく。
珍しく驚いた顔のマーリンは、顔を見られなかったことに安堵しながら、思い出すことがあった。
「本当に、キミ達は似た者同士だね。召喚されたのは当然のことだったのかもしれない。
さようなら錬鉄の英雄、キミは直ぐ知ることになるだろう。世界はまだ救われていないと……」
「運動不足かな。少し疲れてしまったよ。今回は……長く眠りそうだ。
しばらく、休ませてもらうよ」
『起きるんだ、エミヤ君』
どこかで聞いた声に起こされる。その声の持ち主には、二度と会う事が出来ない。
目を開いたエミヤは、見覚えのない部屋の中に居た。起こされたとき、小動物の気配もしたはずだが誰も居なかった。殺風景な部屋で、会議に使っていたのかもしれないテーブルと椅子が置かれていた。
気にすることでもないかと判断したエミヤは、部屋を出る。
彼はまだ知らないが、その部屋は『ロストルーム』と呼ばれていた。
マスターの立香を探して外に出ると、雲一つない綺麗な空がエミヤを迎えた。
そして、弓兵の姿を捉えた立香に抱き着かれたエミヤは驚いていた。死別したはずのマシュと再会し涙を流されたこともあるが、ダヴィンチの一言が更に追い打ちをかけた。
「お楽しみ所、申し訳ないんだけど、カルデアは業務を継続することになったんだ。
……え? 何故って? 特異点らしき存在が観測されたのさ。カルデア側はこれを亜種特異点と呼ぶことにしたんだけど、同時に修正対象になってしまったんだ。国連でも議題に挙がるだろうね──」
事の顛末によって、今後の運営が変わるだろうという説明をしていたが、花の魔術師は何も言っていなかった。
冷静になって考えてみれば、体内の『アヴァロン』も健在だった。役目が終わるなら回収するはずであり、彼の魔術師が知っていたと判断するには十分すぎる。
「文句の一つでも言っておくべきだったか」
「どうしたの、エミヤ?」
「いや、何でもない」
立香にも聞かれなかった呟きを、胸にしまうエミヤだった。