女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

71 / 92
エミヤと天の女主人

 その少女に出会ったのは、一度だけではない。

 魔術師の冷徹さと相反する人の良さを併せ持つ彼女に、時には命を奪われそうになり、時には命を救われた。それは、死後も変わらなかった。

 しかし、疑問に思う。彼女はいつから衛宮士郎の事を知っていたのか、今となっては知る由もない。そして、彼女へ抱いていた感情が好意だったのか、憧れだったのか、それも──今となっては分からない。

 

 亜種特異点修復に向けた作業が進む中、エミヤは厨房で皿を洗っていた。

 ダヴィンチの交渉術によって食糧難が解決し、多少凝った料理も作れるようになった今、エミヤは存分に腕を振るっていた。

「……初めてここに来たようだが、女神が一介の英霊に何か用かね?」

 そんな彼の元へ近づく気配があった。

 気付いたエミヤは振り返らずに問いかけると、聞きなれた声で返事があった。

「あら、随分な言い草ね。相応しい態度でもとってみたらどうかしら。少しはマシになるかもしれないわ」

 浮遊する弓──マアンナに搭乗したサーヴァント、イシュタルは憮然とした表情だった。

「おっと、これは失礼した女神様。生憎と用意がなくてね、茶の一杯も出せない我が身を許していただきたい」

「……やっぱり聞かなかったことにして頂戴。貴方にそう言われると、なんだかむず痒くなるわ」

「全く、勝手な女神様だ」

「そもそもね、常日頃から少しくらい敬ってもいいとは思わないの?」

「然るべき風格を身に着けた上での発言ならば、私も相応の振る舞いを心がけるのだがね」

「失礼しちゃうわ。ま、許してあげる」

 イシュタルは、浮遊する弓から飛び降りると、近くの席に座る。

「用件はちゃんとあるわよ。

 中々の評判らしいわね。──オムライスを作って頂戴」

 

 半熟のオムレツをナイフで開帳し、女神は差し出されたスプーンを手に取ると、これまた慣れた手つきで一口含んだ。

「……評判に違わずね。貴方、生まれる時代を間違えたのかしら」

「料理人の畑とでも? 相当の機会がなければそちらの道には進まんだろうな」

 座るイシュタルに対して立ったままのエミヤは、給仕を終えて腕を組んでいた。

 しかし、その心中は穏やかではない。

 気の赴くままに振る舞うイシュタルは、あの賢王(ギルガメッシュ)ですら苦い顔をするほどのトラブルメイカーであり、彼女の依代がよりにもよって──遠坂凛だった。

 依代の仕組みは、孔明もといロード・エルメロイ二世に聞いたこともあり、無事が保証されていることは分かっている。

 何度か危険に晒した手前、強くは言えないしその資格もないが、彼女が傷つくと肝が冷える。

 一瞥すると、イシュタルの影響を受けているのか、際どい恰好をしていた。本人の意識があれば、どう思うだろうか。

「何か気になったものでもあるの? 見かけによらず厭らしいのね」

 気が付くと、イシュタルは愉し気にエミヤを見ていた。

「さて、何を見ていると思ったのかこちらが聞きたいところだ。腕が衰えていないと確信していただけだ」

「大した自信家ね。女神を眼中に収められる事実を光栄だと思いなさい」

「先程の言葉、君に返却させてもらおうか」

 オムライスを頬張る女神を尻目に、弓兵は食後のコーヒーを用意しようと厨房に体を向ける。

「……口は悪いけど、やっぱり(・・・・)腕はいいのね。」

 思わず足が止まった。

 イシュタルが食堂に来たのは今日が初めてなので、特異点で振る舞った機会を基準にしているのかもしれない。

 だが、妙に実感が籠っていた。人格が違うと、勘違いしてしまう程に。

「……どうかしたの?」

「なに、勿体ないほどの褒め言葉だと思ってね」

「妙に素直ね。調子が狂っちゃうわ」

 

 機嫌も悪くなく、食後のコーヒーも気に入ったようだった。

 珍しいことに多くを語らず、優雅に嗜む姿は美の女神を体現している。

「それで、何があったのかしら?」

「ん? ……ああ、さっきの事か。素直に評価を受け止めただけだ」

「──嘘ね」

 静かにカップを置いたイシュタルの紅い瞳が、エミヤを捉える。

「私を通して別の誰かを見ていたんでしょ? より正確には私であって私ではない誰か、と言ったところかしら」

「随分と勿体ぶるものだな。真相は既に分かっているだろう」

「貴方の口から聞くまで、ただの推測に過ぎないわ」

 頑として譲らない女神に、弓兵の方が先に折れる。

「降参だ。

 君が依代としている少女とは面識があってね。老婆心ながら心配していた」

「ふーん……本当にそれだけかしら」

「何か言いたげだな?」

 腕組を解いたエミヤに対し、イシュタルは頬に指を添えていた。

「だって貴方──笑っているじゃない。

 余程の思い入れがなければ、そんな顔はしないはずよ」

 その言葉を受け止めるには、少しばかりの時間が必要だった。

 エミヤの胸中を察したのか、イシュタルは不機嫌そうな顔になる。

「信じてないでしょ」

「それもそうだ。信ずるに足る確証がないからな」

 そうは言ったが、内心は状況の判断で忙しなかった。

 感情を表に出すようになったからとはいえ、どのような表情を作っているのかエミヤ自身は自覚している。

 そう言われて直ぐに認められるはずもない。

依代()の子がそんなに良いんだ。ちょっと妬けちゃうわ」

「……勘弁してくれ。恩人を大切に想うのはよくある話だと思うがね」

「だって私、女神だもの。分からないわ」

「まさにそうだな。君を理解していない私が迂闊だった」

 女神の機嫌を損ねると突拍子もない災難に襲われる。カルデアではよくあることだが、イシュタルまで加わるのは如何ともしがたい。

「第一にだな。そこまでよく知りもしない掃除屋に、君が構う理由などないだろう」

「あるわよ、理由」

 イシュタルは、あっけらかんとした表情で続けた。

「文句を言いに来たのよ。

 かっこつけすぎだって」

 弓兵は怪訝な顔で女神を見返す。

「貴方はね、一人で抱え込み過ぎなのよ、マスターのあの子やマシュを見習ったらどう?」

「何を言っているのか、我々は手を貸す側であって──」

「──それがそもそもの間違いなのよ」

 エミヤの返答をバッサリと切って、イシュタルは極めて冷静に諭す。

「どうして貴方一人でなんでもこなそうとするわけ?

 そのままにしてたら、いずれ燃え尽きるわよ?」

「心配してくれるのは有難いがな。死んでも変わらん性格だ。こればかりは私自身でもどうにもならん。

 しかし……いや、なんでもない」

「なんで微妙なところで止めるのよ。気になるじゃない」

 イシュタルの忠告は尤もな話だった。しかしながら、本来の性格を考慮すれば優しすぎるほどだった。

 とはいうものの、極端すぎるだけで善悪の両面を併せ持っているだけだ。

 なぜイシュタルの依代に遠坂凛が選ばれたのか、エミヤは依代の災難体質ではないかと推測していたが、納得できる理由がようやく見つかった。

 二人が似た者同士という単純なものだった。

「気に留めるほどの事でもない。そんなに気になるならば、答えるのも吝かではない」

「本当に素直じゃないわね」

 呆れながら呟くと、イシュタルは席を立つ。

「ごちそうさま。なかなか良かったわよ」

「そう言ってもらえるなら、私の腕も捨てたものではないようだ」

 待機させていたマアンナに乗ろうとする女神は振り返ると、片づけをしている弓兵にこう言った。

「そうさせてもらうわ。

 ────衛宮(エミヤ)君」

 反応したエミヤが顔を向けるが、イシュタルは飛び去った後だった。

「まったく……やってくれるな」

 依代の記憶は共有していないはずだが、どこまで本当なのか。

 気にはなったが、答えてはくれないだろう。

 




 なぜか、あの呼び方が頭に浮かんだのよね。
 でも、私より依代の方が気になるだなんて許せないわね。女神を本気にさせたらどうなるか、思い知らせてあげるんだから。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。