女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと九郎判官

 彼女は、大好きな兄の心が分からなかった。

 

 修復されつつあるオケアノス、その大海原を眼前にしてエミヤは居た。投影した釣竿を片手に、波で揺れる浮きを見ている。

「エミヤ殿、私は大漁でした。そちらは釣れましたか?」

 嬉しそうに声を掛けてきたのは、牛若丸だった。片手には、種類の豊富な魚が数珠繋ぎにされていた。

「残念ながら数匹しか釣れていないな。自信はあったのだが、今日は随分と調子が悪い」

 食糧事情が改善されたからと言っても、食料はあるに越した事は無い。二人は、実質的なカルデア代表となったダヴィンチの依頼で、魚介類の調達に来ていた。エミヤの相方が牛若丸だったのは、新人研修のようなものだ。

 依頼主がダヴィンチだったため本来なら断ることもあり得たが、彼女が真面目に働く姿を見ているエミヤは、断らずに引き受けていた。

「狙う獲物は違えど、狩りは得意ですから。

 しかし、エミヤ殿は弓だけでなく釣りの名手だとも主殿から伺っていましたが、珍しいものですね。ともすれば、主殿が以前言っていた『ふらぐ』とやらを立ててしまったのでは?」

 魚の首ならぬ頭だけを持ってこられなくて良かったと、エミヤは別の意味で安心していた。牛若丸が言うと、狩る対象が違うように聞こえてしまう。

「ジンクスか、私としては否定したいところだが、生憎と結果がそれを許さないようだ」

 自嘲気味に笑うしかなかった。己の発言を回顧すると思い当たる節はある。「釣りつくしてしまっても構わんのだろう?」と開始前に言い放ったが、それが良くなかったのかもしれない。

 一方、バビロニアでの失敗を生かして海上を走れるようになった牛若丸は、水面から木の棒で串刺しにして漁をしていた。どちらが優勢かなど、空きのあるバケツと紐に連なった魚を見れば一目瞭然だった。

 すると、思考の海に浸るエミヤの隣に牛若丸は腰掛けた。

「一休みか、はたまた勝者の余裕と云ったところか」

「そのようなつもりはありません。ただ、貴方に相談したくなったもので」

「ほう、それこそ珍しいものだ。なぜ私に?」

「おや、ご存じないのですか。

 エミヤ殿はカルデアの相談役であると、主殿から仰せつかっておりますが……」

 訝しげに眉を寄せる牛若丸に、エミヤはそれが冗談でないことを察した。

「成程、確かに初耳だ。後でマスターから事情を聞くとしよう」

「なにやら、楽しそうですね」

「さて、どうだろうか。怒りを隠しているだけかもしれんぞ」

「そのような顔で言われても、兄妹の微笑ましい喧嘩にしか見えません。喧嘩に関しては私にも覚えがありますからね」

 彼女の言う喧嘩とは、頼朝による義経討伐の事を指す。比較するには、規模も理由も違いすぎる。

 お茶を濁すために苦笑いしながら、エミヤは話題を変える。

「さて相談事だったか。

 私の予想では……君の兄上に関することか」

「……なんと、よくぞ見抜いたものです。私から兄上を連想するとは、当然ながら兄上の威光は遥か未来にまで轟いているのでしょう」

 それ以外に何があるのだろうかと、喉元に達した言葉を飲み込む。カルデアの面子に聞いても、十人中九人くらいは当てられるだろう。知る由もない牛若丸は、エミヤから返って来た至極当然の発想を感慨深そうに噛みしめていた。

「私はもっと兄上のお役に立ちたいのです。私には出来ぬことも、兄上ならば難なくこなして見せるでしょう。なら私は、さらに上を目指さなければならないのです」

 兄である頼朝に対する並々ならぬ感情、崇拝とも呼べる偏った兄弟愛、そんな牛若丸の姿勢には見覚えがあった。

「そうしなければならない……か」

「何か仰いましたか?」

「いや、他愛のないことだ」

 骨身に応える言葉だった。なぜ立香がエミヤを推薦したのか、その理由が何となく分かってしまう。

 一難去ってまた一難、未だにマスターとして忙しい筈だった。そのはずなのに相変わらずサーヴァントのことをよく見ていると、エミヤは感心してしまった。

「私に言えることは特にない。だが、張り切りすぎると返って遠回りすることになる。それに気を付ければ問題はないだろう。君が兄に劣っていると感じているのならば尚更だ。身の丈に合わん理想は自滅行為だ」

「……妙に実感がこもっていますね」

「それは気のせいだ」

 相手が衛宮士郎であれば、もう少し厳しく語っただろう。未熟さを悟られないよう、エミヤは平然を装った。

「最近知ることになったのだが、身を削りすぎると心配をかけてしまうらしい。

 君が傷つき倒れて、兄に無用な心配を掛けたくはないだろう」

「そういわれればそんな気もしますが……」

 牛若丸は歯切れが悪い。考えるよりも行動に移すことが多い彼女には、合わない考え方だろう。尤も牛若丸こと義経は、兄の頼朝に討たれたのだが。

「君は兄をどう思っている?」

「それはもう大好きです」

「なら、その逆もあり得るのではないか」

「……そうであれば、私に思い残すことはありませぬ。

 恨んではおりませんが、我が兄──頼朝が私をどう思っていたのか、全く分からないのです」

 戦場に立てば獅子奮迅の活躍をする英傑といえど、何よりも恐ろしいのが兄に嫌われることだった。

「政治の心得はありますとも。私を殺す必要があったからそうしたまでのこと。私の命一つで兄上のお役に立てるなら本望です」

 特定の誰かのため、自分以外の人間の為に命を擲つ姿は、あまりにも似ていた。

 相手の考えが分からず、戸惑い続ける姿は、よく知る彼女にどこか似ていた。

「……私には友人が居た」

「エミヤ殿?」

「素直になれず口は悪いんだが、根は良い奴でな。こんな私の事も心配してくれたんだ。

 当時の私は、彼の本心に気付けなかったがね」

 天才と称される牛若丸でも、突然語り出したエミヤの意図が掴めずにいた。兄に関することになると、なぜか彼女は思考が鈍ってしまう。

「私見で申し訳ないが、素直になれないだけで、本当は君の事を思いやっていたのかもしれんよ。君の言う兄は、非の打ち所がない美丈夫なのだろう?」

「ふふ、そうですか……」

「笑わないでほしかったのだが、仕方がない。こういったことは不得手でね」

 ニヒルな笑みを浮かべようとして、上手く決まっていない。彼自身、かつての友人の話をして気恥ずかしいのが原因だった。

 その原因を知らない牛若丸だったが、そんなエミヤの姿を見て弁慶を思い出していた。互いに敵として戦った鮮烈な出会いから始まり、安宅の関での名演技、そして最期の時まで共に戦った筆頭の家来。力の加減を弁えずに接することも少なくなかったが、そんな彼女に付き従った男は、ここぞという時こそ言葉を重んじた。

 だからこそ、牛若丸は弁慶を重用していた。目の前の男は、手先の器用さとは裏腹に相手への気遣いは不器用なところが、とてもよく似ていた。

「……笑った顔が可愛いとマスターは言っていたが。成程、間違いないらしい」

「ははは、冗談はいけませんよ。私が可愛らしいなどと、主殿もそうですがエミヤ殿も人が悪い」

 怒っているような文言だったが、若干ながら目が泳いでいた。褒められ慣れていないのだろうか、とこれまでの経験からなんとなく察したエミヤは、良かれと思って牛若丸をもっと褒めてあげるよう立香に進言することに決めた。

「相談役は見当外れではないようです。

 ……何はともあれ、主殿に仕える者同士。力を合わせましょう、エミヤ殿」

「私にできることなど高が知れているが、全霊を以って力添えしよう」

 カルデアでの相方を見つけた牛若丸は、楽しく立香に仕える未来を夢想していた。

 

 そしてエミヤの竿は、この会話が終わってもしなる事は無かった。

 

 




 エミヤ殿は是非とも勧誘したいものですね。
 与一に勝るとも劣らない腕前ならば、兄上も喜んでくださるでしょう。








 謎の装置を前にして、初老の紳士は不敵な笑みを浮かべていた。
「暇を持て余すとはいい身分だな。ご自慢の策とやらの仕込みは終わったのか?」
 紳士に声を掛けたのは、浅黒い肌の男だった。その金の瞳は鷹のように鋭い。
「勿論だとも。君の力も使わせてもらうよ、アーチャー(・・・・・)
「ぬかせ。貴様の方こそ足手まといになるなよ、アーチャー(・・・・・)
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