残酷な運命に翻弄された一人の男、恩讐の炎が燃え尽きる事は無い。
カルデアで意識を失った立香は、気が付けば監獄に居た。そして、牢獄とも呼ばれるその中に居た先客──
脱出する方法は単純で、七つの裁きの間を踏破する連戦に挑むことだった。奇妙なことにその対戦相手は、カルデアに居るサーヴァントであれば、会ったことのないサーヴァントも居た。しかし、総じて性格が攻撃的だった。それもそのはずであり、それらは英雄などではなく人の業──七つの大罪の化身であり、外側は英霊でも、内側の本質は別物だった。
唯一、『ルーラー』クラスのジャンヌと天草四郎を名乗るサーヴァントは、正気を保っているような素振りを見せていたが、立香が真相を知る由もない。
勝ち残るごとに連戦も終わりが見え始め、途中で助けた女性──『メルセデス』も倒せば、遂に最後の相手となった。
最後の相手とは……、巌窟王──エドモン・ダンテスだった。かつての彼をなぞるかのように、
特異点ではサーヴァントの力を借りて共に戦う立香だったが、ここで一緒だったサーヴァントはアヴェンジャーとメルセデス、必然的に彼女一人で戦わなければならない。
予想していなかったわけではないが、戦うことになった。「いままで助けて貰った彼には申し訳ないが、ここで倒れる訳にはいかない」と、立香は短い思考時間で反芻する。
一番の問題は、サーヴァント相手に単身生身で戦うことだ。メディア監修で改造されたカルデア戦闘服は着ておらず、魔術礼装はマスター候補生制服のままである。防御はそこそこで、攻撃手段は無い。他に役立つものは令呪くらいだ。
冷静に考えると戦力差は絶望的で敗北は必至だが、魔術師ではなくとも──、マスターとして、相手に背中は見せられない。マシュやエミヤを始めとした他の皆を頼らず、彼女の地力で戦う時が来ただけだ。
────その時だった。
立香とアヴェンジャーの間を遮るかのように、目の前の空間に砂嵐のようなノイズが走ると、徐々に色が変容していった。
そこに現れたのは、暗い闘技場の篝火よりも赤い外套、立香からすれば見慣れた男の背中。おそらく、この場において最も相応しい男であり、最も不似合いな男だった。
予期していなかった光景に立香は目を見開いて驚いたが、それは巌窟王も同じで、表情は保っているものの動揺していた。
覚悟を決めた矢先に思わぬ援軍が来たが、正直に言えば立香はほっとした。
「ついて来れるか」と言わんばかりの背中を、立香はいつも見ていた。マスターとして右も左も分からなかった彼女を常に鼓舞してきた。だからこそ、追いつこうと頑張れるのだ。
決着がついたのは、そう遅くはならなかった。二対一で卑怯な気もするが、巌窟王はそれを許容したのだ。そして、気が付いた時には、幻影の弓兵は消えていた。
戦いの後、魔術王を嘲笑いながら語るアヴェンジャーの言葉で、立香はようやく思惑を察した。彼は倒されることを予期していたのだ。
ひとしきり心中を明かしたアヴェンジャーは、一転して落ち着いた雰囲気で話し始める。
「……驚いたぞ。よもや、この塔で幻を呼び出すとはな。おまえの希望があれを呼び寄せたか」
「……アヴェンジャー」
「分かっているな……と言いたいところだが、今はただ忠告しておいてやろう」
「忠告?」
「そうだ。この先、仮初かどうかは知らんが、おまえは他のサーヴァントと契約することがあるのだろう」
「間違いなくそうなるね」
「おまえはこのオレをも使いこなして見せた。その点は心配などしていない。
──だが、なぜ復讐鬼を名乗るオレが素直に従ったのか、不思議には思わなかったか?」
素直だったかは定かではないが、確かにアヴェンジャーの言う通りだった。
ここに来た当初、立香は流されるがまま彼と仮契約を結び、こうして共に戦ってきた。その最中の出来事で、彼はぶっきらぼうな態度ではあったが、メルセデスを助けようとした立香の意志を最後まで尊重していた。
その気があれば見捨てさせることも、後から追い出すこともできたはずだ。
「英霊がサーヴァントとして現界すれば、感情を持って行動する。つまりは、マスターとサーヴァントは互いに影響を及ぼし合う関係となる。ただ、同じ性格であれば干渉も少ないだろうが、性格が正反対であればどうなる? 些細なことでいがみ合うに決まっている。おまえの場合だと、契約する数が多ければそうなる可能性は十分にある。
──ここまで言えば分かるな。マスターとは、英霊が持つ悪性の廃棄孔だ。契約関係を円滑にするためのな。そもそもとしておまえは、
「仮にそうだとしても、私は何ともないよ?」
「そう急くな、話はまだ終わっていない。そう思うのも、『今は』という不確かな確証に過ぎん。この先、それを溜め続けてみろ。おまえの精神は更に深く沈んでいくことになるぞ。いつ限界を迎えるのか、オレにも見当はつかんがな。
──この話はここまでだが、もう一つ、あの男のことだ」
「あの男……って、エミヤのこと?」
「先の赤い弓兵をそう呼ぶのならばそうだ。本人ではないにしろ、奴は恩讐の権利を有しながら、己を除いて何も憎んではいないようだな。よくここに来られたものだが、おまえがこれまで倒してきた七つの裁きの間の番人のどれとも違えば、そうであるともいえる。ただ確かなことは、人間でありながら破綻した人間だ。
どう思っているのかはおまえ次第だが……、その背を追うのなら、往く先に待つのはシャトー・ディフ以上の地獄だぞ?」
帽子の陰から覗くアヴェンジャーの鋭い眼光は、立香の覚悟を問いただしているかのようだった。
「たとえそうだとしても、私は前に進み続けるよ。追いつかないと、分からないこともあるから。────待つばかりじゃ居られないよ」
「……そうか」
少しだけはにかんで笑う少女の姿に巌窟王は何を見たのか、目を閉じて沈黙した。ただ、それは僅かな時間だった。
「ならば迷わず往け! そして足掻くがいい! おまえがそれを望む限り!
魂の牢獄から解き放たれたおまえは、歩み続ける限り必ずや世界を救うだろう!」
高らかに叫ぶ巌窟王だったが、それを待っていたかのように彼の体は粒子になり始めていた。敗北したのだから当然だろう。別れの時は突如としてやって来た。
「助けてもらってばかりだったけど、ありがとうって言うより、また会おうって言ったほうがいいかな」
「クハハハハ! 再会を望むか、アヴェンジャーたるオレに? ならばオレはこう言うしかあるまいな! マスター!
"────待て、しかして希望せよ"とな!」
エドモン・ダンテスが消滅すると同時に、立香は光に包まれた。
いつの間にか、光に包まれていたはずの立香は目の前が暗くなっていた。現状を認識すれば、瞼を閉じているだけだった。
長くて短い夢から覚め、ゆっくりと瞼を開けると────
「先……輩……? ……目が覚めたのですね、おかえりなさい先輩」
「フォウ、フォーウ」
最初に映った光景は、瞠目してから心底安堵した表情に変わったマシュと顔を覗き込むフォウ君の姿だった。
「理由は分からないけど、見違えたね。……落ち着いたら精密検査をしようか」
ロマニは感慨深そうに無事を喜んでいた。
目覚めて早々の反応で、カルデア──皆の元に帰ってきたことを実感する立香は、三人の顔を順番に見る。そして三人の後ろにいたのは────、いつも通りのニヒルな笑みを浮かべた弓兵だった。
ロマニの予言通り、この後清姫を筆頭としたサーヴァント達が押し寄せ、落ち着くまでには時間がかかった。
ファリア神父の教え通りなら、赤い弓兵も救われるべきだろう。
立香はエデのように……いや、エデではなくそのままで導くか。
だが、オレを呼ぶならば、我が共犯者であるおまえを笑いに行くぞ。マスター。