あと、活動報告に今後予定している投稿の概要を載せておきます。
あり得た可能性の世界──もう一つの第四次聖杯戦争において、聖杯を完全に破壊して一段落が付いた。
召喚された守護者に事情を聴こうと赤い弓兵は声を掛けようとしたが、フードを被った彼の影はどこにもなく風の如く去った後だった。
いつの間にかは分からない。エミヤがはっとして気が付いた時には、既に畳の部屋に居た。
カルデアの自室でないことは明白だったが、知らない部屋という訳ではなく、むしろ見覚えのある部屋だった。周囲を見渡して上で断定する。生前、長きに渡り生活の拠点としていた自室に間違いはない。
自らの置かれた状況から、夢の中であると推測しても外れてはいないはずだ。基本的にサーヴァントはマスターの過去の記憶の再生でしか夢を見ないが、人理焼却が影響しているのならば通常と違っていても不思議なことではない。
サーヴァントの召喚以外で温かな団欒の時間を過ごした武家屋敷へ戻ってくることになるとは、エミヤ自身予想だにしなかった。お誂え向きに自分の部屋でもある。
しかしながらなぜここに居るのか、前後の記憶は曖昧だが、ここで何をすべきなのかは朧気に理解している。そう結論付けると、弓兵は足早に部屋を出た。
外の風景は暗く、空を見上げれば満月が輝いていた。正確な時刻は分からずとも、夜で間違いは無さそうだ。
それを横目に廊下を渡り、障子を開けてとある部屋に入る。視界に映るのは自室と同じ畳張りの和室、そして開け放たれた障子の先、その奥に人影を捉えた。
縁側に胡坐で腰掛け、エミヤに背を向けている男は、草臥れた甚平に手入れのされていない黒い髪が月に照らされていた。
「────
思わず声が出てしまった。エミヤの突然の呼びかけに反応した男──衛宮切嗣はゆっくりと振り向く。その顔は歓迎しているように見えた。
「久し振りだね……士郎」
切嗣がその名前で彼を呼ぶのは、久し振りというにはあまりにも長すぎた。あの時より、外見も声も殆どが別人と化している。それなのに、間違えることはなかった。
「オレが分かるのか?」
「……分かるよ。士郎が僕と同じ目をしていたから」
視線で促され、弓兵は会話をしながら切嗣の隣に腰掛け、それからは他愛のない話をした。
積もり積もった話の中で、シロウは切嗣に聖杯戦争へ参加したことを明かした。それを聞いた切嗣は驚いた表情を浮かべ、「そうか……」と一言呟いた。そして、セイバーがアーサー王だったことを話した時には、苦笑いを浮かべて釈明するしかなかった。
かつては切嗣がシロウに土産話を聞かせていたが、立場が逆転していた。
しかし不意に会話が途切れ、互いに沈黙するしかない。その中で話題を切り出したのは切嗣だった。
「──いつの間にかここに居て、誰かが来るような気がしていたんだ。まさか、士郎にまた会えるなんて、思ってもいなかったけど」
「それはこちらも同じだ。……未だに信じられない」
「でも、僕たちが偽物かどうかなんて、いまさら問題じゃないさ」
シロウの言葉の裏を読み取った切嗣は、晩年の姿でありながらはっきりとした意志で言い切った。
「────士郎は僕のことを恨んでいるかい?」
「何を言っている──?」
不意を突かれたシロウは思わず聞き返していた。切嗣の発言に驚くのも無理はない。
「僕はあの夜、正義の味方について語っていたね。小さかった士郎は形にすると約束してくれて、その想いがあれば道を外さないと思っていた。
だけどね、僕は世界が残酷なものであることを知っていたんだ。同じ理想を掲げて、誰もが悲しまない世界を作るのだと息巻いていた僕が、
魔術に関しても、最初から教えない方が良かったのかもしれない」
夜空を見上げる切嗣の横顔が、シロウの覚えている姿と重なる。
「僕は、士郎が正義の味方になると約束した時、こう言うべきだったんだ。『正義の味方ではなく、誰かの味方になってあげなさい』とね。大多数の他人ではなく愛する家族を守るべきだと気付くのが遅すぎた、僕の二の舞にさせないために。
諦めきれなかったんだろうね……結果的に、僕は士郎に
「──本当に何言ってるんだよ切嗣」
イリヤとの最後の会話で、言われた言葉であり、言った言葉でもあった。やはり父親なのだと実感しながらも、切嗣の話が終わるが早いか、シロウは制するように話し始めた。
「正義の味方になる……それを形にしてやると約束した言葉は、オレの内から零れ落ちた感情ではなかったとしても、尊いものだと感じたのは紛れもない本心だ。
切嗣に感謝はしていても、本気で恨んだことなんて一度もないさ。おまけに、魔術という力がなければ聖杯戦争を生き抜くことも難しかった」
思わぬ返答で呆気にとられた切嗣は、じっとシロウを見ていた。
「だが、生き方に後悔しなかったといえば嘘になる。オレはやり方を間違えて、助けを求めた人々に疑念を抱かせてしまった。結果論だが、誰かの助けをしたいなら警察官や弁護士を目指すべきだった。
──それでもオレは、誰か一人を選ぶのではなく巨悪に虐げられる全ての人を救いたいと願った。どんなに矛盾していても、それがオレの信じた正義の味方なんだ」
今の切嗣は反対に、今度はシロウが月夜を見上げる。
「こうは言ったが、切嗣の言葉が間違っているとも思わない。サーヴァントとしてマスターを守った時には、正義の味方の夢を叶えることができた。
──今もそうだ。人類史を抹殺しようという強大な敵に立ち向かう、たった一人のマスターに力を貸している」
正義の味方を目指さなければ守護者にはなれず、守護者になれなければ誰かの味方になることもなかった。
自らを構成する悉くを擦り減らし、正義の価値観の下に善悪を問わず切り捨てる抑止力と化してなお、追い求めた理想に辿り着くことはできた。脳裏に浮かぶのは、月で契約した少女と人類最後の契約者である少女の二人だった。
「座に還れば
だからさ────、切嗣の
赤い少女に誓った時と同じく、弓兵の顔は少年のようだった。
それを聞いた切嗣は、何かを堪えているように見えた。
「そうか────」
視線を外すと安堵した顔で──
「……くん……シロウ……」
優しく呼びかける声がした。意識の覚醒と共に瞼を開く。
最初に映ったのは、慈しみの眼差しで弓兵を見ているアイリスフィールの顔だった。
「ミス・アイリ? ……私は……」
「ふふ、さっきまで眠っていたのよ。とっても可愛い寝顔だったわ」
褒め言葉と受け取るべきか分からない総評に苦笑しながらも、エミヤの思考は徐々にはっきりとしてきた。そのおかげで直前の出来事を思い出す。
少し前に、アイリスフィールは母親らしいことをしたいと言ってエミヤの部屋に来ていた。断るほどでもないだろうと内容を聞かずに快諾したのだが、アイリのお願いは「膝枕をしてあげたい」だった。話を聞けば、カルデアの女性陣に相談したところそれを提案されたらしく、またイリヤにもよくやっていたらしい。
内心で苦笑いをしながら膝枕されていたエミヤは、「眠っている所を起こしてあげたい」と追加のお願いをされてしまった。簡単に眠れないと悩んでいたところで、アイリの奥の手として催眠術をかけられた。どこかで見つけたらしい原始的な五円玉の振り子で眠るはずないと高をくくっていた弓兵だったが、開始数秒で眠りに落ちていた。
そこまでの内容を整理してふと思った。眠っていた時に夢を見たはずだが、それを思い出せず、忘れてしまっていた。しかし、懐かしい感覚だったことは覚えている。
深く追究するほどでもないかと判断したエミヤを、アイリは頭を撫でながら見守っていた。
ああ────安心した