極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

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十一話

 彼女は元来病弱だった。

 母が人ではなかったからか、受け継いだ力はあまりに強大で、強すぎる力は我が身を常に焼き続けた。

 倦怠感と無気力に苛まれる中でなんとか生活を維持できたのは、皮肉なことに、自らを蝕む力のおかげであった。身の回りのことは、意思一つで動く式神に任せた。性別を偽り、やつれた顔と黄金色の髪を隠して昇進を重ね、陰陽師随一の実力者にまで上り詰めた。やがて幽体分離を会得すると、本物の肉体での外出はますます少なくなった。

 

 ただ呼吸をしているだけで、そこはかとない厭世観はあちらこちらに降り積もる。

 彼女の心はいつも曇り空で、ゆっくりと着実に雪が舞い落ちている。意識しないようにと眼を背けても、不意に感じるその冷たさが、無視することを許さない。そして、そのたびに雪は少しずつ少しずつその嵩を増していくのだ。

 いつかその冷たさと重さで彼女自身が凍え潰れるその日まで、春の訪れを忘れた心は、ただただ雪を降らせ続ける日々を送る。

 幽体とのつながりを切ると、たちまち視界に広がるのは見慣れた天井だ。

 外の明るい世界を歩き回るのは、ただの見せ掛けに過ぎず、本当の自分は暗い部屋の中で一人、漫然と過ぎ行く時に身を任せるだけである。

 孤独を実感するがゆえに意識は常に鋭敏で、僅かな物音にすらもその意味を問う。

 虫の声や風の音はもとより、自分の身体と布団がこすれる音ですらも、この世界にまだ彼女が存在しているのだという証になった。

 逆に言えば、それ以外にはなかった。

 自分の人生をツマラナイと卑下するようになったのが、いつの頃かは覚えていない。つい最近のことだったようにも思うし、初めからだったようにも思う。

 当然、そんな性格だから人付き合いも悪い。満足に外出もままならないのだから当然と言えば当然だが、とにかく必要以上に会話をしないことで、気味悪がられる要因を増やしていた。

 これは、彼女と真正面から会話をするもの好きの青年から度々指摘されていることだった。

 

 そんなある日のことである。

 太陽が南中しようかという時間帯のため、粥でも食おうかと思い立っていたところだった。

 屋敷の門の前に、もはや慣れ親しんだ気配を感じて自分に似せて創った式神を向かわせた。

「おまえも暇だな博雅」

「おお、まだ門を叩いてもいないのに。さすがだな、どうなっているんだ?」

 一回り背の高い青年は、何もしていないのに出迎えられたことを驚いている。

「どうもこうもいつものことだろう」

「うむ、確かにそうだ。しかし、おまえの不思議な力についてはわからずじまいか」

「その不思議な力という曖昧な表現は止めろ。呪術と言え、呪術と」

「そう、その呪術。大したものだ。俺がこの屋敷に来ることを事前に察してしまうとは」

「家人が見たかもしれんだろ」

「それはない。そうならないように忍んでみたからな」

 と、博雅は胸を張って答えたが、彼女のほうは呆れるばかりである。

 奇妙な動きをしていたと思ったら、屋敷の中から見えないように隠れていたのだった。

 もはや、盗人と間違われてもおかしくない行動であり、これが夜なら叩き斬られても文句が言えない。

 家人と言ったが、この家にはそもそも彼女以外に誰もいない。奉公人に似せた式神がいくらか働いているだけである。

「まあいい。おれの屋敷の周囲には結界が張ってある。どこに隠れようとも無駄だ」

「ほう、結界か。そうか、そういうのもあるのか」

 彼女の呪術の一端に触れ、その度に、その一つ一つを面白がるのは、この男の悪い癖だ。

 呪術とは、本来はもっと恐ろしいもので、奥深く、原初の闇の深遠に繋がる魔の学問であるはずだ。

「で、何をしにきた」

 頭一つ上の相手にぶっきらぼうに問うと、彼は少々頼みがあってな、と言った。

 珍しいことだ。

 これまでも、博雅が頼み事をすることは何度かあった。しかし、それはどれも博雅の頼みではなく、博雅を介して彼女の下に届けられた別人の依頼であった。ようするに、宮中では博雅は彼女との連絡役にされているのだ。

 しかし、この日は彼個人の頼みだという。

「仕事でもないのであれば、受ける道理もない……」

 人付き合いが嫌いな彼女は当然のようにこう答え、その直後に付け加えた。

「しかし、まあ、知らぬ仲でもないし、聞くだけ聞いてもいい」

 彼女自身も、なぜそのようなことを言ったのかわからなかったが、とりあえずその場では追い返す気にならなかったのである。

 中へ通り、いつもどおりの縁側へ向かう。博雅は、この屋敷に来ると決まって庭に面する縁側に座るのだ。初めの頃に、部屋に上げるのが嫌で縁側を使ったのが原因だろうか。

 彼女は、汲んできた水で喉を潤した博雅に、改めて尋ねた。

「おまえがわざわざ頼みとは……呪術に関することか?」

 博雅は頷いた。

「うむ。実を言うと、これから所用で出かけなければならなくてな。用心に、札の一枚でももらえんかと思ってな」

「遠出か」

「いや、割りと近いぞ。朱雀門だ」

「何、朱雀門?」

 思わず、問い返した。

 無理もない。

 今、朱雀門に向かうというのがどういうことか、呪術に精通する彼女はその危険性を熟知していた。

「正気か? あそこには、鬼が棲む。それを、わかって言っているのか?」

「だから、その鬼に会いに行くと言っているのだ」

「取って食われるぞ。あれは、ただの鬼ではないのだぞ」

「そのときは、北野天神にでも祈ってみるさ。それに、俺は戦いに行くわけではないから、もっと穏当に終わるかもしれん」

「では、何をしに行くのだ?」

 戦って武名を上げるのでなければ、あのような鬼の巣窟にどうして足を踏み入れようというのか。

 博雅は得意げに笑って懐から一本の笛を取り出した。

「これで一勝負してみようと思ってな」

「は?」

「かの鬼は、笛をよくするという。俺も人並みに笛をするのでな、それで腕を競ってみようと思い立ったわけだ」

 彼女は、さすがに頭が痛くなった。痛むはずのない式神の頭が痛くなったのである。

 確かに、この男は、こと音楽に関して右に出る者のいない天才である。それは彼女も承知している。なにせ、生まれた瞬間に天上の音楽が響き渡ったとまで言われるほどなのだ。そして、彼自身の音楽に対する執着もまた凄まじい。

 彼と彼女の共通の知人に蝉丸という名の盲目の琵琶法師がいる。

 逢坂の関に庵をむすび、質素な生活をしている人物だ。

 この蝉丸。琵琶の腕前は天下に並ぶものがなく、琵琶の秘曲すらも弾きこなす。その噂を聞きつけた彼は、一度でいいから蝉丸の心がこもった演奏を聴きたいと三年間逢坂に通い、最終的には秘曲を伝授されるまでになったという執念深さである。 

 とはいえ、蝉丸は人間で、彼を取って喰うような真似はしない。今回の鬼と笛の腕を競うなどというたわけた妄言に比べればずっと可愛らしいとも思えた。

「前々から思っていたが、おまえは阿呆だ」

「失敬な。俺は真面目に言ってるんだぞ」

「だから阿呆だと言っているんだ」

 前々から恐れを知らないというか、胆力がある男だとは思っていたが、まさか朱雀門の鬼を相手に笛で勝負などと言い出すとは。蛮勇を通り越して無謀であり、愚かである。彼女の見立てでは、あの門に巣食う鬼は最低でも二〇〇年の時を過ごした真正の魔である。最上位の陰陽師や法師に侍を何十人も動員して退治すべき怪物である。たしかに、笛をよくするという話は聞くが、鬼の吹く笛が人のそれと同等なはずがない。間違いなく相手の精神に働きかける魔笛であろう。つまり、勝負も何も、その笛の音を聞いた時点であの世行きなのである。

「待ってろ。いくらか都合してみるから」

「おお、すまんな」

 彼女は、博雅をその場に置いて、自室に向かう。その途中で、一度振り返った。

「どうせ、止めても行くんだろう。これが、今生の別れにならんといいな」

「恐ろしいことを言うな」

 博雅がムッとしたように言い返すのを背中で聞いて、彼女は歩き出した。

 歩きながら、ふと、彼女は自分の発言を振り返った。

『今生の別れにならんといいな』

 なぜ、そんなことをわざわざ言ったのだろうか。

 まさか、博雅に大事があってはいけないとでも思ったのか。

 馬鹿らしい、と首を振る。

 今のは魔が差しただけ。そう、言ってみればただの挨拶に過ぎない。

 彼女は、雑念を振り払うかのように早足になった。

 

 

 

 □

 

 

 

 気がつけばもう三月になり、桜の蕾が膨らみかけてきていた。

 温暖な気候に後押しされ、高校を卒業した生徒たちは皆新しい生活への期待と不安を胸に抱いて少し長い春休みを満喫している。

 もっとも、国公立の二次試験を控える学生は、今まさに最後の追い込みに入るころと言える。遊んでいる場合などではないと、浮かれている同級生に文句の一つも言いたいくらいだろう。

 ともあれ、キズナと龍巳は、無事高校での三年間を終え、かねてよりの計画の通り、国外を目指した。

 日本ですべきこと、例えば、現在の家族との話し合いなどは、すでにこの数ヶ月の間に済ませている。

 諸々の問題を始末して、今、二人は空の上にいた。

 ジャンボジェット機の二階席の窓際席に陣取り、窓から外を眺める。

 機体はすでに日本海を越えて現在はモンゴルの上空を飛行中である。

 一八年間想い続けた日本国外への長期旅行が現実になったことで、キズナの心は大いに昂ぶっていた。

 目的地はとりあえずフィンランドのヘルシンキ。

 フィンランドの観光は、クール(Cool)、コントラスト(Contrasts)、信頼(Credible)、創造的(Creative)の4Cを理念としている。それを見るだけでもわかるとおり、フィンランドは、非常に観光業に力を入れている国である。

 実は、キズナは今までジャンボジェット機には一度も乗ったことがない。

 これまでは、単発的に国外へ忍び込む程度のことしかしておらず、真っ当な観光はこれが始めてなのだ。

 だから、これからのことが楽しみでしかたがない。自由になって何をしてもいいのだということが、本当に楽しい。空の上から眺める雲海も輝いて見える。

 予定通り行けば九時間三〇分で向こうに着く予定である。長いようでいて短い空の旅だ。

「本当に楽しそうだな」

「そりゃあねえ……」

 顔がにやけているのがわかる。

 楽しみなのだからしかたがないではないか。

 現在、この二階席にはキズナと龍巳以外に誰もいない。ほかの乗客は皆、一階席を利用している。これもすべて馨が手を回してくれたおかげである。

 キズナは、ふと思い立ったように呪力を練り、人差し指を天上に向けてくるくると回す。

 転移の術である。

 彼女が呼び出したのは、古びた茶壷であった。以前、馨に頼まれて同じ学校の後輩の家にかけられた呪いを解いたときに、呪いの触媒として使われていた茶壷である。

 茶壷の口は、和紙で塞がれている。禍々しい呪力を帯びた赤い黒い祝詞が書き込まれた和紙である。

「まだ、それ持ってんのかよ」

 龍巳が、汚らわしいものを見たとでもいうように目つきを険しくした。

「そりゃね。あれほどの事件を引き起こした張本人だから。それに、これを手放すのは当分先になりそうよ。やっと、わたし好みに踊り始めたんだから、まだしばらくは飼ってあげるつもり」

「哀れな人だ」

 キズナの邪な笑みを見て、龍巳は相手に同情した。

 この茶壷の中には、一匹の蟲がいる。呪詛によって創られた異形の蟲である。その姿はサソリとも蜘蛛とも言うが、複数の虫の姿を混ぜ合わせたモノというほうが正しい。

 その蟲の中には、実は一人の男の精神が組み込まれている。

 その男は、かつては栄華を誇った名門呪術の家柄だった。しかし、それも今や凋落の一途を辿っている。

 キズナに手を出したことに始まり、その怒りに触れた挙句、不動明王が降臨するきっかけまで作ってしまった。彼を擁護するものはなく、正史編纂委員会の上層部に食い込んでいた彼の一族は、彼と距離を置くことで辛うじて権益の一部を守った。重罪人となった男――――高見裕三は、今東京都内の病院で静かな眠りに就いている。

 精神を蠱毒の触媒に利用されているからだ。

 およそ他人に使うには悪質すぎる禁術の中の禁術をキズナは躊躇いなく行使した。

 これはただの蠱毒ではなく、蟲に封じた他者の精神に干渉し、あらゆる夢を見せることで対象から呪力を捻出させ続け、終いにはその本体を衰弱死させた上で精神を蟲の中で消化させて一個の独立した式神を生成する呪いと実益を兼ね備えた特殊な蠱毒である。

 もちろん、これほど高度な術を並みの呪術師が使えるはずがない。キズナだからこそ可能な悪辣な呪詛なのである。

 キズナは、蟲に封じられた裕三に夢を見せる。すでに、彼には高見裕三としての記憶も精神性も残っておらず、キズナが描く脚本に従って冒険をするだけの哀れなる道化であった。

「さて、次はどんな夢を見せてあげようか」

 拷問は退屈だ。キズナには、男が悶え苦しむ様を見て楽しむ性癖はない。よって、もっぱら仕掛けるのは、男の滑稽さを楽しむように演出である。

 例えば、男が事故で死んだという設定にして、その男の魂の前に神が現れるとする。事故死したのは、神側の手違いだったので、望むものを与えて生まれ変わらせてやると神がわざわざ持ちかけるのである。

 そして、神から貰った力で大活躍して、最終的に破滅する。

 ネットで見たテンプレートな設定を応用し、対象の精神を利用して映像化する。

 文字通り、神の視点でキズナはそれを鑑賞する。

 すでに、三度。裕三は夢の世界で破滅した。裕三は、これからもキズナの暇つぶしのために踊るマリオネットであり続ける。期限はなく、ただ彼女が飽きるその日まで、虚構の世界で主人公を演じ続ける道化となるのである。

 カンピオーネは、基本的に敵対者には容赦がないことで知られるが、キズナもまた例に漏れない一面があるのである。

 しかし、これはあくまでも一面でしかない。それだけ、高見裕三がキズナの怒りに触れたということでもある。

「まあ、そういうのはほどほどにな」

「うん、どうせしばらくしたら飽きるし。そのときはきちんと解放してあげるから」

 この時、キズナは、解放した後のことについて言及しなかった。

 高見裕三は、組織からも一族からも追われた身。本体が意識を回復したとしても、二度と呪術の世界で生きることはできないだろう。それを思えば、ここで精神をすり減らしたほうがましかもしれない。そんなことを思いながら、龍巳は膝の上においていた観光案内のパンフレットに目を落とす。

 それからしばらく、キズナは茶壷を傾けたり、振ったりしながら楽しそうにして過ごし、龍巳は黙々と読書に耽った。

 やがて、旅程の半分も来たころだろうか。

 キズナは、自らの身体が急速に変質するのを感じ取って即座に茶壷を送還した。

「ッ……これはッ」

 キズナが、戦闘態勢に入ってことを受けて、龍巳も異常事態に気がついた。

 キズナが、これほどの反応を示すということは、この場に『まつろわぬ神』が現れたとしかいえないのである。

 二人同時にシートベルトを外して、立ち上がる。

「『まつろわぬ神』でいいんだよな?」

 龍巳が尋ねると、キズナは周囲を警戒しながらも頷いた。

「『まつろわぬ神』で間違いないよ。わたしの身体が、敵の気配に反応してる」

 よどみなく視線を動かし、敵の気配を読み取ろうとする。

 ここは、上空一万メートル。ジャンボジェット機がもっとも速度を出している時間帯である。この場でもし、機体が撃墜されてしまえばどうなるか。キズナと龍巳は助かるだろう。しかし、ほかの乗員乗客は全員間違いなく死ぬ。

 それ以前にまずいのは、ここには極めて限られたスペースしかないということである。

 空を飛ぶことのできるキズナであれば、機体に穴を開けるなり、ドアを破るなりすれば自由に戦闘に入ることができるだろうが、そうなったとき、機内が阿鼻叫喚の地獄絵図になることは間違いない。

「なんだって、こんなときに」

 ギリ、とキズナは奥歯を噛みしめ、苛立ちを露にする。

 せっかくの門出だというのに、よもや『まつろわぬ神』に出くわそうとは。手に入れた自由の代償だとでもいうのか。だとしたらあんまりである。

「敵がどこにいるかわかるか?」

 刀を呼び出した龍巳がキズナに尋ねる。

「わからない。相手の気配が上手く掴めない。すぐ近くにいるような気もするし、遠くにいるような気もする」

「おまえの感覚で捉えられないのか?」

「…………」

 キズナは、精神を集中するように目を瞑った。

 最高位の姫巫女にしてカンピオーネ。生来持つ高い直感に、カンピオーネの戦闘時に冴え渡る勘を合わせれば未来予知に等しい確度で望む情報を得ることができる。

 だが、掴めない。

 その存在を確かに感じるのだが、あまりにも不自然なのだ。

 キズナがこれまでに経験してきた『まつろわぬ神』とはまったく異なる異質な気配。そもそも、姿すらも見せないとはどういうことなのか。

 しかし、ただひとつだけ確信があった。

 すでに、キズナも龍巳も敵の術中に囚われているという確信が。

 そして、異質な気配は、濃密な異常となって現れる。

 キズナと龍巳の身体が浮き上がり、天井に叩きつけられた。

「あ、くあ……!」

「があッ!?」

 荘子の権能で身を守ったキズナに対して、龍巳はそういうわけにもいかない。天井に叩きつけられた後、さらに自由落下の衝撃を全身に受けて目の前が真っ白になった。

「博雅!」

 キズナが龍巳を式名で呼ぶ。呪力が急速に龍巳の体内の送り込まれ、身体能力を強化した。

「すまん。助かった」

 龍巳が身を起こす。

「今のは」

「機体が急降下したのよ。下の階も大騒ぎになってるみたいね」

 キズナは、そう言いながら出入り口のドアに呪符を投げつけて封をした。人払いだ。間違っても二階に誰かが来ることのないようにするためだった。

 そして、さらに機体は揺れる。

 横に傾き、さらには変則的な挙動を繰り返す。満足に立っていることすらも困難で、龍巳はなんとか座席にしがみついてやり過ごす。キズナはというと、なんと両の足で地面に仁王立ちだ。呪術を用いているのだろう。床がどれほど動こうとも微動だにしない。

「とにかく、敵の狙いを探らないとまずい」

「このままだと、俺たちは大丈夫だとしても、下の乗客は間違いなく死ぬぞ」

「……そう。でも、敵がどこにいるのかわからない」

 敵の居場所がわからなければ、攻撃のしようがない。まして、ここは一万メートルの上空であり、飛行機の中なのだ。

 思うように動くことができず、外に出るのも難しい。

 世界各地へ夢を運ぶ飛行機は、今まさに、鉄の棺桶へと成り果てていた。

 虹の弓を左手に持つキズナは、揺れる飛行機の中で敵の次を待っていた。

 この相手は、おそらくだが武人系の神ではない。敵を呪詛するタイプの後衛方の『まつろわぬ神』と見るべきだ。

 何らかの手段で飛行機のコントロールを奪った敵は、今もどこかからキズナたちを見ているに違いない。

 キズナたちが乗る飛行機は巨大な鉄の塊だ。

 撃ち落せば、それだけで大勢が決するといってもいい。もちろん、キズナの権能があれば脱出は可能なのだが、敵がそれを知らない以上は、飛行機の撃墜を狙ってくる可能性も考慮に入れるべきである。

 機体の横揺れが収まった。

 敵が去った、などとは思わない。これは、嵐の前の静けさというものだ。機体を揺らしての攻撃に効果がないと察して、次の手を打ってくる前段階だ。

 どこからくる。

 上か、下か、横か、それとも機体の外か?

 四方をくまなく注視し、カウンターを狙うキズナ。

 どこからでもかかって来いと、キズナは意識を集中し、そして、自分のスカートの中から生じた爆発(・・・・・・・・・・・・・)によって弾き飛ばされた。

「き、ああ!?」

 背後のドアに向かって弾丸のような速度で衝突したキズナは、ずるずると床にへたり込んだ。

「キズナ!」

「大丈夫」

 龍巳を制し、キズナは立ち上がった。

 身体に密着した状態からの一撃。キズナをしてその攻撃を予見することはできなかった。

「今のは、いったい……」

 呪力は感じたが、攻撃手段がわからない。

 攻撃された箇所に手をやって負傷の度合いを診る。不意打ちを喰らったからか、完全に防ぎきれなかった。だがそれも、打撲程度で、戦闘に支障はない。

「ッ……!」

 しかし、ここでキズナは気づいた。そして、透明感のある美貌を紅くした。

 先の爆発が生じたのは、キズナの太もも辺りであった。より正確に言うのなら、スカートの左ポケットのあたりである。そして、今、キズナが負傷を確認しようとして触れたとき、そこには温かくて柔らかい素肌の感触があった。

 つまり、スカートが半分ほど消し飛んでいたのだ。

「ひ、ひあああああああッ」

 素っ頓狂な声を出したキズナは慌てて残ったスカートの裾を引っ張り結び合わせた。その下に隠れた下着も、左の一部が焼け落ち、辛うじて繋がっているだけの状態である。下手に動くと切れそうだ。機を見て交換するしかない。

「どうした!?」

 尋常ではないキズナの様子に何かあったのではないかと駆け寄る龍巳だったが、ここでこの行動は不正解である。

「何でもないから、向こうを見て!」

 と、真っ赤な顔で叱咤され、キズナを視線から外した。

 そこで、龍巳は固まった。

「こりゃあ……」

 龍巳に続いてキズナも声を失う。

 二人の前にあったものは、一台のスマートフォンであった。龍巳のもので、電源を落として手荷物に入れていたのである。それが、二人から五メートルほど離れた虚空に、電源が入った状態で浮かんでいる。それだけではない。電子辞書や携帯ゲーム機なども浮遊している。

「ああ、なるほど」

 それを見て、龍巳は敵の攻撃手段を理解した。

 そして、顔を青くする。

 相手の能力が龍巳の想像の通りなら、このままフライトを続けるのはあまりに危険なことである。

 なんとかして、空で方をつける必要がある。

 この敵だけは、都市に近づけてはいけないのだから。

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