極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

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十七話

 あまりにも一方的な戦いだった。

 ヴラン城を出た魔物の群れは、人間を遥かに上回る身体能力を駆使して瞬く間に進軍。その様は、月夜の大地に浮かび上がる漆黒の津波のようであった。

 ただの人間が呑み込まれれば、骨も残さず喰い尽くされる。

 まさに、それは地獄を具現したような光景であった。

 だが、その地獄は、虹の輝きによって払われた。

 千に分かれた光の矢が、大地に虹色の爆炎を巻き上げる。

「次が来るぞ! 油断するな! 戦闘準備急げ!」

 どこからか指揮官の声が響いた。

 未だ、城砦の防衛準備は万全ではない。各々が、限られた戦力で城砦を守らなければならないのだ。城砦は広い。数百人では、全域をカバーすることは難しい。効率的な部隊の配置が求められる。

 キズナは、戦場を俯瞰できる位置にいる。

 足下で騎士と呪術師たちが慌しく走り回っているのを眺め、微笑んでいた。

「ふふッ……」

 失笑が漏れる。

 これが戦場だ。恐怖と絶望と、僅かばかりの希望が鬩ぎ合う、人間性の極限が輝く世界だ。

 そんな中にあって、楽しくなってしまう自分はとことん人間的に失格だなと思いながら、キズナは二の矢を放った。

 柔らかな放物線を描いて人狼の群れの中心に落ちた矢は、猛烈な爆発を起こして夜闇を消し去る。後には何も残らない。

 そうしている間に守備陣は整った。

 響き渡った轟音が彼方に消え、世界に静寂が戻ったとき、青白い月の光が雲に隠れて闇の帳が落ちる。

「虹色に輝く神の弓。それが貴様の権能か。蛮族の娘」

 蝙蝠だ。

 無数の蝙蝠が要塞内を飛びまわっている。

「ぎ、ああああ!?」

「なんだ、コイツら。ああああああ!?」

「ぼ、防御術式を展開しろ。隊ごとに連携して術式を集中するんだ!」

「噛まれるな。何かヤバイぞ!」

 蝙蝠たちが、守備兵に牙を向いている。噛まれた者は、悶絶して息絶える。素早く展開した結界が蝙蝠の群れを押し返しているが、強度には個人差がある。それを知っている彼らは、集団で結界を展開。他人の結界と自分の結界を合わせて多重障壁とした。

 キズナはそんな惨状を視界の端に収め、慣れた手つきで印を結ぶ。

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」

 瞬間、吹き荒れた炎の嵐。

 要塞内部を一掃する灼熱が、蝙蝠の群れを焼き払った。

「むんッ」

 吸血鬼ドラキュラ。ヴラド三世。どちらでもいいか。

 空に現れた男が、キズナに向かって飛びかかってくるのを見て取って、空中に身を投げた。

 キズナと入れ替わりで、建物の屋根に飛び乗ったヴラド。衝撃で、瓦が砕け、舞い上がった。

 聖句を唱える時間が惜しい。頭から落下するキズナは、体勢をそのままに、召喚した拳銃を片手で持ち、ヴラドに銃口を向ける。レーザーサイトが男の心臓に赤い点を打つ。

「ばーん」

 ふざけた口調とは裏腹に、腹に響くような、三発分の銃声が響き渡る。

 拳銃など、撃ったことがないキズナであるが、その辺りは気にする必要はない。グレムリンの権能に侵されたレーザーサイトが、銃弾の軌道を調整する。この銃は、ルーマニア軍からの横流し品の一つであり、口径はそれほど大きくはない。しかし、呪力が込められた弾丸は、当然の如く岩を撃ち抜く威力を発揮する。

 ヴラドの心臓、腹部、頭に一発ずつ、弾丸がヒットした。

 キズナは空中で建物の壁を蹴ると、勢いのままに回転して、足から着地する。大道芸のような攻防に、多くの騎士や呪術師が見蕩れてしまう。

 着地したキズナは、さらに身体を横に投げ出して地面を転がった。そこに、ダン、とヴラドが落下する。

「このッ」

 さらに四発の銃弾を叩き込む。これで弾倉は空っぽだ。放たれた弾丸は、真っ直ぐに飛び、ブラドの身体を貫いた。が、ヴラドは笑みを浮かべたまま痛がるそぶりも見せない。

「霧に変身する能力。……さすが、吸血鬼」

 ヴラドの身体は、銃弾が直撃する直前に霧状に変化したのだ。器用にも当たる部分だけが変化している。

 キズナは、舌打ちして拳銃を投げ捨てる。ザッと、後方に跳躍。追いかけるヴラドに向けて、虹の矢が放たれる。虹の矢は、ヴラドの正面で小規模な爆発を起こした。

「ぬうッ」

 身体を霧に変えるのなら、まとめて吹き飛ばせばいい。

 爆風で押し戻されたヴラドに、キズナは攻略の糸口を掴んだ。

「やっぱり、効くものは効くのね!」

「クク、貪欲なる神殺し。なかなかに目端が利くようだな」

 にやり、と笑う両者。要塞内に侵入を許した時点で、危機的状況なのは変わりない。

「とはいえ、それで我輩を攻略したと思ってはいるまいな」

 ヴラドがマントを翻すと、中から蝙蝠が飛び立ってくる。身構えるキズナに向かって飛ぶ蝙蝠たちは、その姿を洗練させ、黒曜石のような輝きを持つ刃に変わる。

「夢に遊べ。是ならば是。否ならば否。別つことに意味はなし」

 その刃を、キズナはすり抜ける。カウンターで、ヴラドの頭を射抜いた。

「ほう、何やら奇怪な技を使うと見える」

 そうして、ヴラドは骨ばった指を鳴らす。

 ボコボコと、大地が盛り上がる。そうして現れるのは、銀色の狼たち。二足歩行が可能で、立ち上がると二メートル五十センチはありそうな巨体だ。爛と光る目は妖しく、太い腕は膝よりも下まで届いている。

「さて、君たちに第三波を乗り切ることができるかな?」

 余裕綽々のヴラドに対してキズナの側はそうもいかなかった。何せ、要塞の内部に敵軍が現れたのだ。パニックにならないほうがどうかしている。

「ふん、それが何?」 

 しかし、人間がいくら騒いだところで、キズナには何も関わりがない。

 それに、この程度の軍勢を押し返すことなど造作もない。

「我は魔を統べる者なり。生ける者も死したる者も須らく我が軍門を守る剣となり、我が砦を守る楯となれ」

 闇が凝縮する。

 銀の人狼の前に立ちはだかったのは、黒の異形。東洋の鬼の大集団だ。

「乱戦上等! 叩き潰せ!」

 大小様々な鬼たちが、人狼に踊りかかった。金棒で打ちのめし、巨腕に殴る。人狼も負けてはいない。牙と爪と強靭な四肢で応戦する。闇に属する獣たちが、互いに喰らいあう。人間は、その間を右往左往し、身を守るのが精一杯だ。

「そちらばかりに気をとられていいのかね」

 人狼の影をすり抜けるように移動してきたヴラドが、キズナの背後を取った。

 肉を抉りとるように、五指を揃えた突きが襲い掛かってくる。キズナは咄嗟に頭を傾けこれをかわす。肩を掠める爪。視線が交錯し、同時にキズナの蹴りがヴラドの腹を捉えた。

 足の裏で、ヴラドを蹴ったキズナは、その勢いのまま後方に下がる。蹴り飛ばせるほどの力はない。怪力を誇る吸血鬼だ。殴りあいで勝てるとは思っていない。

「近接戦は野蛮ってのが、わたしのスタンスなのよ」

「つまり、苦手ということだね」

 ドン、とヴラドが地面を蹴った。凄まじい勢いで真っ直ぐにキズナに迫る。その間にいた鬼や人狼をまとめて吹き飛ばし、一直線に疾駆する。

「それは早計に過ぎたよ。ヴラド」

 キズナはバックステップを踏みつつ、呪力を練る。頭頂部に三角形の耳が出現し、輝かしい九つの尾が扇のように広がった。

「ヂイッ!」

 ヴラドが喉奥から声を漏らした。

 ヴラドの腕に絡みついた尾が、その身体を引っ張り、残りの尾が浮かび上がったヴラドの身体を打ちのめす。

 ヴラドの身体はインパクトの瞬間に霧になって尾を回避した。

 その瞬間に、キズナは足裏に呪力を溜め、地面を蹴った。呪力が爆発し、猛烈な加速を生む。

 地面を強く蹴ってジャンプ。足を揃えて身体を再構成したヴラドに猛烈なとび蹴りを放った。

「ぬ、うううッ!」

 ヴラドは両腕をクロスして受け止めるが、勢いが殺しきれない。衝撃をそのままに、地面を削りながら三十メートルは吹き飛んだか。

「ふ、やっぱり。霧になるのは任意ってことね。自動防御じゃない分やり易いわ」

 着地したキズナの腕を、闇から湧き出したような腕が掴んだ。

「なッ」

「甘いわ、小娘」

 神出鬼没の吸血鬼。肉体を霧に変えるのは、あくまでも能力の一つに過ぎない。千変万化の変身能力は、吸血鬼伝説の基礎を為す部類。今回は、吹き飛ばされた直後に、蝙蝠に変身して接近していたのである。

 怪力がキズナを振り回し、地面に背中から叩き付けた。

「くはッ……」

 衝撃が肺から空気を押し出させた。

「チエイッ」

 気合を入れたヴラドの爪がキズナに振り下ろされた。

「このッ」

 キズナは地面に右の手の平を当て、力いっぱい呪力を放出した。指向性を持たない純粋な力の噴出で、地面が破裂し、キズナの身体は左側へ転がった。身体が転がると同時に、尾を振るう。回避するために無数の蝙蝠に転じたヴラドは、上空まで逃れていった。

「ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ!」

 追い討ちをかけるのは虹の弓。帝釈天から簒奪した破魔の矢である。空中で分裂した矢が、蝙蝠たちを射抜いていく。

「それ、お返しだ」

 声は、すぐ真横から聞こえた。

「うッ……」

 ヴラドがキズナの腹部を殴りつけた。咄嗟に荘子の力を前面に押し出す。肉体を夢に置き換え、ダメージを受け流す。

 踏鞴を踏んでなんとかバランスを保ったキズナは、大きく後方に跳躍し、瓦礫の上に飛び乗った。飛び掛ってくる人狼を尾の一薙ぎで粉砕しつつ、ヴラドを睨みつけた。

「また、奇妙な技を使う。防御系の権能か。それにしては手応えがないが」

「あなたに言われたくないけどね。ヴラド三世」

 霧に蝙蝠に忙しい神様だ。

 キズナは頬に流れる汗を拭う。まったく、まだ寒いのにこんなに汗をかいてしまった。ルーマニアの夜は冷える。そんな中で汗をかいていたら風邪を引いてしまう。

 早いところヴラドを始末して、風呂に入ろう。

 キズナは油断なくヴラドを睨みつけながらも、そんなことを考えていたのだった。

 

 

 

 □

 

 

 

「隊列組め! 決して一人で向かっていくなよ!」

 人狼が、要塞内を跋扈する。

 『まつろわぬ神』が単身、要塞内に乗り込んできて、その場で配下を召喚するというのは想定外だった。いかに強力な要塞でも、内側からの攻撃には弱い。それが、戦争の基本であり、内通によって落城した城は古今東西に幅広く存在する。おまけに、人狼は人よりも強い。力も生命力も、桁違いといってよい。人間以上の戦闘力を誇る騎士や呪術師でも、その不利を覆すのは困難を極める。正面から、対等に戦うには、大騎士クラスの実力が必要だと見積もられていることからも、それが分かる。

 が、状況は不利だが、絶望的ではない。

 カンピオーネである月沢キズナが、無数の鬼を召喚してくれたおかげで、数的には互角。しかも、鬼の力は人狼に伍するものがある。

 よって、守備兵側は、鬼を援護する形で、人狼の駆逐に当たっていた。

「いよっし、押せ、押せ!」

 槍を構えた一団が、鬼に喰らいついた人狼の側面を襲った。十挺近い槍が、人狼の首や腕、腹に突き刺さる。

「とにかく、撃て、撃て! 敵を減らすんだ!」

 また、最新兵の装備をした一団は、それぞれの判断で引き金を引く。キズナの権能で強化された銃は、人狼に多大なダメージを与えてくれる。拳銃から、狙撃銃、ロケットランチャーまで、幅広くキズナの呪力が行き渡っている。

「すげえ威力だ!」

 銃の威力に勝機を見出す者は目を輝かせ、

「ひぎやあああ。腕がァッ」

 運悪く人狼に襲われた者は、悶え苦しみながら命を落とした。

「優勢とはいえ、雲行きは怪しいぞ。どうすんだ?」

「逐次戦力の投入は悪手というのが戦の基本だが、落とされては話にならんか」

 要塞全体が同時襲撃されたわけではなく、それゆえに、戦っているのは人狼が出現したところを守っていた者だけである。無論、近場から援軍を出させたりもしたが、あまり人員を集中しすぎると、今度は外からの敵に対処できなくなる。

 全体を見渡し指揮を執っていたイオンは頭を悩ませていた。

 敵の攻勢は苛烈だが、全体でみれば優勢に事を運んでいる。確かに、要塞内への侵入は許したが、キズナが召喚した使い魔のおかげで被害は抑えられている。こちらは、人狼の背後を突けばいいだけなので、楽な仕事である。

 しかし、場所によっては人狼が集中しているために押されているところもある。部分部分に目を向ければ、押し込まれているのは三箇所ほどか。そこが崩れたときのほかへの影響を考えると、やはり援軍は出さねばならないか。

「マリウス。騎士五人を率いて前線に出ろ。今の持ち場は他の者に任せる」

「おう、任せとけ」

 頼れる息子を、指揮所の近くに配していたのは、何も可愛さからではない。要塞内でも数少ない大騎士であるマリウスは、自由に動かせる位置に置いていたほうが都合がよかったのである。

 マリウスは、戦況をよく把握している。

 状況としては五分五分。

 一般的には、要塞の内部に侵入された時点で敗北必至と考えるべきだろうが、今回は別に壁が破壊されたわけではない。心理的には余裕がある。その上、カンピオーネが呼び出した大量の使い魔たちが、敵の使い魔と戦っている。実質、こちら側の人的被害は抑えられているのが現状だ。

「それも、魔王さんの戦い次第か」

 カンピオーネが、使い魔を維持できなくなるほど追い詰められてしまった場合、この戦いは負ける。カンピオーネが最終的に生き残っても、マリウスたちは全滅するだろう。それでは、意味がない。

 だが、

「今を乗り切らなきゃ話にならねえか」

 結局は、マリウスにできることは、一体でも多くの敵を討ち果たすことだけなのだ。他に何ができるわけでもない。磨き上げた剣と呪術を以て、人狼の群れを斬り倒す。

 マリウスは身体中を駆け巡る震えに気がついた。

「ヘッ、らしくねえ」

 戦場は熱気に包まれている。

 敵のものか味方のものかも分からない、怒号と喊声が夜天に昇る。

 ああ――――今から、この中に飛び込んでゆくのだ。

 そう思うと、心臓が一段速く脈打った。

 戦いに酔うとは、こういうことを言うのか、と今までにない感覚に、マリウスは浮かれたような気持ちになる。

「少し落ち着いたほうがいい」

「あん?」

 いつの間にいたのだろう。そこには、龍巳が立っていた。開戦前と変わらず、朴訥とした様子は、事の深刻さが分かっていないのではないかという疑惑さえ浮かんでくる。

「マリウスさん、今のあなたは浮かれすぎている。もっと、落ち着かないとあっさり死んでしまうよ」

 冷静な言葉は、敵味方が入り乱れる戦場とはあまりに不釣合いだ。そして、それは、マリウスの冷静さを取り戻させるには十分だった。

「ああ、確かにな」

 自覚は無かったが、言われて気づく。指揮所を出る前と今とでは精神状態が異なっていることに。

「遊撃隊か。命懸けだな」

「今はどこも命懸けだろ。あんたはどうすんだ?」

 というか、今までどこにいたのだろう。戦闘が始まってから、どこにいたのだろうか。龍巳は、キズナの付き人だ。そのため、マリウスたちの指揮下には入っておらず、要塞内では最も自由に活動できた。龍巳の行動を監督できる者はおらず、唯一はキズナだが、そのキズナは今吸血鬼と死闘の真っ只中だ。

「ああ、俺は俺にできることをするよ。乱戦に飛び込むこともできるけど、もっと俺に相応しいやり方があるからな」

「?」

「まあ、集団戦は得意分野なんだよ」

「そうか。そう言うのなら、それでいい。あんたに死なれると、まずいことになるからな」

 龍巳とキズナが固く結ばれていることくらいマリウスにも分かる。一癖も二癖もあるカンピオーネが連れ歩いているというだけで、その入れ込みようが知れるというものだ。まして、少なからず言葉を交わした身だ。キズナが龍巳を想っていることくらい簡単に理解できる。

 その龍巳が、戦死したりしたら、一体どのような災厄となるか。比較的温厚な性格のカンピオーネだからこそ、その後の展開が読めない。

 だから、マリウスは下手に動いて命を危険に晒すなと忠告したのだ。マリウスの忠告に対して、龍巳は微笑して頷いた。。

「俺なら大丈夫だ。こう見えても、荒事には慣れているんだ。アイツに付き合っていると自然とこうした機会に恵まれてね。自分がどの程度できるのか、しっかり理解している。引き際も含めて、弁えているさ」

 見た目はそれほど変わらない二人。しかし、龍巳のほうが落ち着きがあり、老成している。それは、積み上げてきた年月の違いだ。龍巳は、前世から合わせて一世紀と少しの時間を生きている。その間に、数え切れないほどの死闘を演じてきた。人間同士の争いのない時代ではあるが、神獣の類や呪術師同士の争いは比較的多く発生していたからだ。

「そうかい。じゃあ、あんたのことはあんたに任せる」

「ああ、それでいい。マリウスも気をつけろ」

「言われるまでもねえ」

 笑みを交わし、マリウスは地を蹴った。後ろには信頼できる部下が続く。

「卑怯の謗りは気にするな。後ろからでもガンガンやれ! どうせ誇りも学もない畜生だ!」

 マリウスは叫びながら剣を抜き、風のように走る。道をはずれ、家屋の跡地を一足飛びで駆け抜けて、崩れかけた部隊に向かって最短距離を行く。

「どけッ」

 一歩で五メートルを走るマリウスは、速度を緩めることなく立ちふさがる人狼を斬り伏せた。首を刈った後を振り返ることもなく、走り続ける。

 それはさながら一陣の疾風。

 駆け抜けた後には、斬り裂かれた死体が転がっているだけだ。

 六人の騎士は、一丸となって人狼を駆逐していく。

 まったく予期せぬ方向から襲い掛かられた人狼たちは、不意を打たれて次々と仕留められていく。その勇姿に、奮い立った仲間たちは喊声を上げて人狼に喰らいつく。槍を突き出し、剣を振るい、矢を放ち、銃を撃つ。キズナの鬼たちが、そこに猛然と襲い掛かる。人狼たちは、迅速果敢な攻めに、ついに後退した。

 

 ――――何だ

 

 異変に気付いたのは、戦い始めてすぐ。

 

 ――――身体が軽い

 

 アドレナリンの影響にしては、あまりにも――――

 呪力は身体の内側から湧き上がり、大分走ったにも関わらず、胸は痛むことがない。

「ぎゃあッ!」

 マリウスの足元に、人狼の一撃を受け、弾き飛ばされた仲間が落ちてきた。

「おい、無事か。しっかりしろ」

 部下がマリウスを囲み、時間を作る。倒れた仲間の傍に跪き、様子を見たところ、幸いにして傷は浅かった。治癒をかければ、すぐに戦線復帰が叶うはずだ。

「なんだ、こりゃ」

 だが、そのような手間をかける必要はなかった。

 マリウスが手を出すまでもなく、傷が塞がっていったからだ。

 遠隔治癒。

 遠く離れた対象の傷を癒す高等呪術だ。

 そういえば、とマリウスは周りを見回す。

 倒れ、傷ついていたはずの仲間たちが、一人また一人と戦列に加わっていく。

 複数の対象に、同時に術を施しているのだ。

 マリウスの身体の軽さも、この術の影響か。身体強化は呪術の基本だが、個人で使うのが常だ。それを軍隊規模で実現するなど。

「結界か……いや、それだと要塞の結界と重複する。いったいどうやって」

 周囲を見回して、ある一点、指揮所近くの高台に、龍巳を見た。横長の笛を口に当て、一心に吹いている。

 呪力が渦巻く要塞内に、か細く、それでいてはっきりと聞こえる音。それが、龍巳の呪術。笛の音を操り、様々な効果の呪術を行使するのだ。

「ありゃあ、神具じゃねえか。人が使えるレベルじゃねえぞ」

 龍巳が吹く笛は、並の呪具ではない。明らかに人の手による作ではなかった。その笛が、朱雀門の鬼から譲渡された、「葉二」という名を持つことなど知る由もない。とにかく、その極東の島国に伝わる音色が要塞内を満たし、味方に活力を、敵に重圧をかけているのだ。

「集団戦が得意分野、ね。なるほど、これは確かにな」

 音は全方位に伝わっていく。その特性から同時に、同じ術式を複数人に届けることも可能だろう。緻密に扱う鍛錬が必要だが、神具を使いこなしているのだから、それも相当のレベルにあるはずだ。

「主が主なら、部下も部下か」

 想像以上の、怪物コンビだ。

 だが、だからこそ心強い。

 マリウスは、心強い仲間の支援を受けて剣の柄を強く握り締めた。

 

 

 

 ■ 

 

 

 

「手酷くやられたな」

「そんなこと無いわ。わたしは、まだ戦える」

 顔に煤をつけたキズナは、不満そうに唇を尖らせた。

 ルシュノヴ要塞は、激しい戦いで半壊状態にまで陥っていた。そもそも、敵が内部に侵入してきた時点で、要塞としての体を為していなかったので、この状態になったからといって先が暗くなったわけではない。

 ただ、瓦礫の山と負傷者の一団が、戦いの激しさを物語っていた。

「この要塞に籠もっての戦いは、これが最初で最後になるでしょう。進むにしろ、下がるにしろ、ここは破棄するしかありません」

 イオンは、指揮所のイスに座って、昨夜の戦いの結果を聞く。

 窓から吹き込んでくる朝の風は、どこか虚無的だった。

 建物の外には、疲れきった兵士たちが座り込んでいる姿がちらほらと見える。要塞の中央にある建物には、怪我人が多数運び込まれていて、新たな戦場と化している。

 結局、まつろわぬドラキュラを討伐することは叶わなかった。

 キズナとドラキュラは、互いに互いの攻撃をすり抜け、回避する方法に秀でていた。それが災いして、戦闘での決着を見ることがなかった。

 そして、日の出とともにドラキュラが引いたことで、戦闘は小休止となった。敵軍は日光を嫌い、逃亡していったのだ。

「人狼が要塞内に侵入した際のシミュレーションよりも、犠牲者が少なかったことが幸いでしたな」

「月沢様の使い魔がいなければどうなっていたことか」

 挙がってくる報告は、悪いものばかりだったが、想定以下に犠牲者を抑えることができたのは僥倖だった。『まつろわぬ神』に攻め込まれて、命を繋いだことが奇跡だった。

 キズナが敵軍をほぼ一手に引き受けていたということと、龍巳が全体をサポートしてくれたことが大きい。

 イオンとしては、この戦いが終わった後も、二人には逗留してもらいたいと考えているのだが、今、戦いの後を考えていても仕方が無い。

 頭が痛いのは、犠牲者ではなく負傷者数。

 治癒魔術を使えば、骨折程度は一時間とかからず治癒させることができる。

 だが、それでも時間が無い。敵は早ければ今晩には再び襲ってくるだろう。それまでに、今後の対応を決め、撤退か防衛かを判断しなければならない。

 とはいえ、要塞はすでに立て篭もれる状態ではない。

 呪術での修復も、人手がかかり過ぎる。負傷者を多数抱えてる今、要塞の補修などできはしない。

 撤退しなければならない。しかし、次の大攻勢に耐えうる城砦など他にはない。

 一体どうするべきなのだろうか。

 

 イオンが今後の動き方に頭を悩ませているころ、キズナは要塞内の自室で頬を膨らませていた。

「はあ、この服気に入ってたんだけどなー」

「そんな服を戦場で着ているほうが悪いんじゃないか」

 龍巳は、至極当然のことを言ったつもりだった。しかし、キズナにとっては違ったようだ。

「悪いのは、わたしじゃない。アイツよ」

「ヴラド三世……いや、ドラキュラか」

「そう」

 キズナの強力な荘子の権能でも、すべての攻撃を防げるわけではない。権能クラスにもなると、さすがに完全に無視することができず、ダメージを受ける。しかし、それでも大部分を無力化できるのだから、規格外の権能と言えるだろう。

「龍巳、紅茶」

「はいはい」

 龍巳は、言われたとおりに紅茶を淹れる。

 龍巳が紅茶を淹れている間に、キズナは自分の服を確認する。

 キズナが着ていた服は、ところどころが破れて穴が開いていた。

 ため息をつきながら、キズナは指を鳴らす。それだけで、衣服はまったく別のものに換わった。デニムのスキニーパンツと白い長袖のベーシックシャツ。白と黒の二色だけというシンプルな色合いで、交換する前の、暖かさを醸し出していた服装に比べて、細身のすらりとした印象を強くするものだった。

 もう少し背が高ければ、男装の麗人というようにも見えたかもしれない。

 だが、幸か不幸か、キズナは小柄な少女に過ぎない。顔立ちは実年齢よりも若く見られがちで、人形のようだと言われるくらいに整っているが、かっこいいという部類ではない。

「あれ、ちょっと胸がきついわね……いや、まだ大丈夫かな」

 服を変えたら、胸のあたりが嬉しい悲鳴をあげ始めたような気がする。

 成長期を過ぎてなお、少しずつ成長しているらしい。栄養状態もあるのだろうが、すでに前世を上回っているのは確かだ。

 束帯などの余裕のある服装ではあったが、それでも、男のふりが平然と通る程度でしかなかった。

 現在の価値観に照らし合わせてあの大きさは、ちょっと残念極まる。GJ平成と言ったところか。

「何を、一人でニヤニヤしているんだ?」

「え、そんな風に見えた?」

「ああ、見えた」

 龍巳が紅茶を淹れたカップを手に、キズナの下までやって来ていた。

「ああ、ありがと」

 カップを受け取ったキズナは香りを楽しみ、それからカップに口をつけた。

 日本では、基本的に抹茶や煎茶だった。おいしい紅茶を飲む機会が少なかっただけに、これも今現在のささやかな楽しみの一つだった。

「さて、これからどうする」

「そうね」

 キズナは、ほう、と息を吐く。

 カップをテーブルの上のソーサーに戻す。それから、窓辺に近づき、白いカーテンを開けた。柔らかな日差しが、彼女の金色の髪に弾ける。

「敵は、吸血鬼。そして棲家は、あのブラン城」

 日差しに弱いという伝承の通り、ドラキュラは朝日とともにヴラン城に撤退した。それから数時間が経過したものの、未だに敵方に動きは無い。

 窓の外、遠くにぼんやりと見える城を、キズナは眺める。

 そして、キズナはいい事思いついたというように、にこやかに笑った。

「そうね。ここは一つ、ミサイル借りちゃおうか」

 

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