極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

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一話

 その日は、朝から雨だった。

 七月に入ってからしばらく、雨はおろか、くもりの日すらないという状況が続いていただけに、窓を叩く雨音もずいぶんと久しぶりの音色となった。

 初夏の暑さが遠のいて、肌寒さを感じる土曜の朝。一七年と半分を過ごした新潟の街並みを、高台に建つ自宅の二階から眺めているのは、水原龍巳(みなもとたつみ)という一人の少年だった。

 身長は、一七〇の後半ほど。黒い髪は短く、目鼻立ちはすっきりとしている。精悍な顔つきの中に、わずかばかりの幼さを宿した、まさに少年から青年へと脱皮する境にいる年頃といえるだろう。

 部屋の中は薄暗く、左右を天井まである背の高い本棚が取り囲んでいる。大きな窓ガラスを背にして業務用のイスに腰掛ける龍巳は、眉根を寄せて呟いた。

「人の家に勝手に上がりこむのは、お前の悪い癖だな」

 虚空に投げかけられる言葉。

 部屋の中には誰もいない。いなかったはずだ。だが、

「せっかく、遊びに来たってのに、ひどい言い草。一応、龍巳のご主人様のご帰還なんだけど、そこんとこ、承知してる?」

 その声はどこからともなく響いた。そして、次の瞬間、部屋の端においてあるソファーに一人の少女が腰掛けていた。まるで、初めからそこにいたかのように自然体だ。いつの間に現れたのだろうか。ドアも窓も一切開くことなく、その登場には物音一つ、空気の揺らめき一つ無かった。

 透き通った金色の髪。空色の瞳。白磁のような肌。どれをとっても日本人離れしている。しかし、顔立ちはアジア系。ハーフというわけでもない。月沢キズナは、生まれも育ちも日本であり、両親も日本人だ。家系は、古く平安時代まで遡ることのできる貴族の家柄という良家の娘。この外見は生まれつきのもので、表向きはアルビノの一種ということで通している。

「噂になっている」

「何が?」

「お前のことがだ。もちろん、ばれたわけではないが、七人目がいるのではないかという話は、すでに広まっているぞ」

 キズナは、視線を天井に向けた。

「やりすぎた?」

「間違いなくな。ヴォバン侯爵といえば、この時代で最も有名な羅刹の君。それと真正面から戦ったのだから、目撃者はおらずとも、話は広がる。それが、呪術の世界というものなんだろう?」

 二日前から、呪術界を騒がせているとある事件のことだ。

 ドイツはシュバルツヴァルト。広大な針葉樹林の森を、破壊しつくした戦争について。

「高校を出るまでは秘密にするんじゃなかったのか?」

「もちろん、そのつもりだけど。でも、いい機会だったんじゃないかな。現代ではカンピオーネっていうんだっけ。わたしは他の羅刹の君はアイーシャしか知らないし。どの程度か探る意味でも戦ったのは悪い判断じゃない。結局、正体もばれてないしね」

 カンピオーネ。

 それは、地上に降臨した、神話の神々を殺害し、その権能を簒奪した人間のことを言う。古く、日本では羅刹の君と呼び習わしていた。

 月沢キズナもカンピオーネである。それも、生まれたその時から、権能を所有している特異なカンピオーネなのだ。そのため、キズナがどの神を、いつ、どのように倒したのか誰も知らず、そもそもキズナというカンピオーネがいるということすらも知られていない。

 知られると面倒なのは、取り巻きでできてしまうということだ。カンピオーネは人間では決して抗うことのできない超越種。法を無視しても許されるほどの超法規的存在なのだ。それほどの人物に近寄らない者はなく、なんとか取り入ろうとして来る者は後を絶たない。そこで、キズナは一計を案じ、独立して活動できる年齢までは、自身の存在を秘匿することにしたのだ。

「高校を卒業するまで、あと半年と少しだ。それまで我慢すればいいものを……」

「挑まれたんだもの。売られた喧嘩は買うしかないでしょ」

 悪びれもせずに言うキズナに、龍巳は頭を抱えそうになる。

 もともと好奇心に従って行動する上に、喧嘩っ早いところがあるのだ。かつて、キズナに振り回されて死にそうになったことだってある。

「せめて俺に一言断ってからにしてくれ」

「あ、あれれ。珍しく心配してくれている。これは、ついにデレ期の到来かと期待してみたり……」

「ご実家から、何度も電話が来た。こっちに来てないかってな」

「デスヨネー」

「家の人にも外出先を言わないのは、問題があるんじゃないか」

「しばらく、遊びに行くとは言った」

「ドイツは遠すぎる。散歩に行く感覚でドイツに行かないでくれ」

「だって、わたし。遍在してるしぃー。距離とか関係ないしぃー」

 ジタバタ。

 ソファーの上で転がるキズナ。

 キズナにとって肉体は感覚の入出力機関でしかない。パソコンとプリンターのようなものだ。肉体を通して意思に現実世界の情報を入力し、肉体を通して現実世界に意思を出力する。意識はこの世界にあるにはあるし、意識を表すことが肉体に依存するところは普通の人間と変わらない。ただ、キズナは意識が肉体と連動しない。意識が先にあり、肉体は外付けハードの扱いだ。壊れたところで、本体は無傷なのだ。肉体と意識の順番が人間と逆になっている。肉体があるところに意識があるのではなく、意識があるところに肉体が現れる。そして、意識とは形而上の存在だ。物理的な距離は意味を成さず、そのために、キズナはどこにでも現れることができる。それが、キズナが自ら遍在すると表現した力の一端である。

「それで、ヴォバン侯爵はどうだった?」

 龍巳が話題を変える。キズナが好き勝手に出歩くのは今に始まったことではなく、そのたびに各方面から苦情の電話がくる。それもこれも、最高位の『媛』という役職に就きながら遊び呆けるキズナに問題があるのだが、その遊び仲間と認識されていることに龍巳が嫉妬と妬みとその他負の感情を向けられる要因があった。

「強かったね。驚異的な力だったよ」

 キズナは身体を起こして、ソファーに座りなおした。

「それに、相手は三〇〇年あまりの時を過ごした神殺し。こっちは現存最古の神殺し(・・・・・・・・)とはいえ、活動期間は実質一〇〇年と少し。経験の差って部分は向こうに分があるね」

「だけど、カンピオーネには経験はあまり意味がないというじゃないか」

「そう。余り意味がない。ま、最後は根性かな。今回はお互いに、本気じゃなかったっていうか、様子見のうちに終わった感じはあるけどね」

「様子見?」

 龍巳は卓上のノートパソコンに目を移す。

 液晶画面に映し出されるYahhooニュースは、焼け野原となった、元針葉樹林帯の写真がアップされている。

「『矢』を使うところまで追い込まれておいて?」

「それはそれ。興が乗ったの。それだけ」

「なるほどな。楽しい旅行だったようで、なによりだ」

 おそらく、この少女にとって、大自然を破壊したり、命をかけた闘争を行ったりしたことも、遊園地で遊ぶのと同じ感覚なのだろう。

「前世よりも、アクティブになったな。お前」

「世界は丸く閉じ、行けないところはもはや無い。日ノ本は世界から見れば東の果てでしかなく、京はその一都市に過ぎない。あの当時のわたしたちの世界は、驚くほどに小さかった。世界はわたしたちの想像以上に広いんだよ。せっかく、こんないい時代に生まれたのだから、世界を見て回らないともったいないでしょ」

「まあ、越後ですらこの発展だからな。本当、一〇〇〇年経てば世の中は変わるか」

「越後なんて、あの時のわたしたちからすれば、世界の果てだったのよ。それが、京まで半日足らずで行けてしまう。貴族の時代は遥か昔。武士の世も終わり、今や身分そのものが無い時代」

 キズナも龍巳も、元々はこの時代の人間ではない。

 現代でいうところの平安時代の中期に生を受けている。

 キズナの第二の権能。泰山府君から簒奪した転生する力によって、一〇〇〇年の時を超えて別人として復活したのだ。

 娯楽があまりにも薄弱とした世の中に生きたキズナにとって、現代は輝きすぎている。未知は依然として多いものの、調べようと思えば、いくらでも調べられる。遊ぼうと思えば、いくらでも遊べる。世界が広いというのは、距離的な側面だけでなく、そうした文化的な側面も言い表しているのだろう。

「それでも、お前は戦うことが何よりも楽しいわけか」

「な、何よりもじゃない。他にもいろいろと趣味はあるって」

「戦うことが趣味の範疇に入っていることは認めているのか」

 弁解も無為に終わり、キズナはムスッとしてソファーに寝転んだ。不貞寝でもするつもりだろうか。別にかまわない、と龍巳は放置することに決めた。勝手に上がりこんで、勝手に帰ってゆく。ぬらりひょんのような女だ。放っておいても、害にはならない。平安時代から都合一〇〇〇年の付き合いは、伊達ではない。

 部屋に響くのは、窓を打つ雨の音と、キーボードを叩く音。

 一時間ほどの時間が経過して、龍巳のパソコンに一通のメールが届いた。

 それは、懇意にしている『民』の呪術者からのメールだった。

「神獣に関する話が舞い込んできたぞ」

 龍巳の言葉に、不貞寝を決め込んでいたキズナはのそり、と起き上がった。

「神獣?」

「ああ。詳しいことはまだだが、たぶん狛犬の類だろうな。阿吽一対で行動する大きな犬だか獅子だかが出たそうだ」

「そりゃもう、狛犬かシーサーくらいのものじゃないの」

 阿吽一対の四足動物など、それくらいしかない。悩む必要などないではないか。

「それで、どうする?」

「んー。そうだね。ちょっと様子を見るくらいはしようかな」

 気乗りしない様子のキズナだが、見に行くくらいはするつもりのようだ。

 キズナにしてみれば、神獣程度軽く捻ることができる雑魚でしかない。人間の呪術師ならば、何十人、何百人単位での戦いになるが、カンピオーネであるキズナは神獣を脅威とは思わない。それほどの実力差があるのだ。

「まあ、おじいちゃんに、何体か持っていかれちゃったし……ここで戦力を補充するってのも、ありかな」

 ぶつぶつと呟いて、キズナは立ち上がった。

「それじゃあ、行こうか、博雅」

「なに、俺もか?」

「当然でしょ、わたしの式なんだから」

 わざわざ古い名で龍巳を呼んだのも、意味があってのこと。

 龍巳はかつて、キズナの式となることを認めた。キズナとの間には主従関係があり、式として縛る際に、名を用いたのだ。博雅は、龍巳の前世の名であると同時に、式としての名でもある。

 名を縛るというのは、極めて基本的な呪の一つだ。

 そして、式としての名を呼ばれたからには、主の命令を無碍にすることはできない。

「了解した。すぐに準備をする」

 諦めて、龍巳はパソコンをシャットダウンして、イスから立ち上がった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 一般的に、カンピオーネが前線に出てくるのは最終決戦の時と相場が決まっている。配下の術者に露払いや、調査を行わせ、それらの総仕上げとしてカンピオーネ自らが敵大将の首を取るのである。

 だが、キズナは少々趣きを異にする。

 もともと、配下と呼べる術者が龍巳一人しかいないということもあるが、持ち前のフットワークの軽さから調査活動すらも嬉々として行っている。しかも、媛巫女という特殊な術者の一群にも所属する彼女は、当代随一の霊視能力を持っている。こと、呪術に関連する調査活動において、困るということはほとんどない。

 かくして、やってきたのは新潟県妙高市。

 新潟県南西部、長野県との県境のある市であり、夏は避暑地、冬はスキーと豊かな自然を存分に楽しむことができる。

「んんー。ついたー」

 天に手を伸ばすようにして、背筋を正すキズナ。新潟市から高速バスを飛ばすこと約二時間。キズナは、昨日の雨が嘘のように晴れ渡る空をまぶしそうに眺めてる。どこからともなく聞こえてくるウグイスの声が、山に来たことを実感させる。

「俺ならともかく、キズナはバスを使わなくてもよかっただろ」

「こういうのは気分なの! 空を飛ぶのとはまた別だって!」

 権能を用いて好きなところにいつでも移動できるキズナは、公共交通機関を利用する必要が無い。バスに揺られることを苦にするというのなら、空を飛んで妙高に向かうという手もあった。

 しかし、キズナはバスでの移動を選択した。

 キズナが言うとおり、その時の気分に合わせた結果だ。

 移動を含めて楽しめるのなら、二時間程度の移動時間はそう辛いものではない。

「そうか。それでいいならいい。聞いてみただけだ」

 龍巳は、それ以上の興味があるわけではなかったので、そこで話を終わらせた。この日、この場所に来た目的は、旅行ではないし、遊興でもないのだ。キズナからすれば、余興の一種かもしれない。しかし、龍巳からすれば、一歩間違えば命に関わる重傷を負いかねない危険なもので、かつ、一七年間秘し続けてきた日本のカンピオーネの存在を呪術界の公表しかねないものなのだ。自ずと気合は入るし、不安も感じる。

「それで、これからどうするの?」

 道端に溜まった大きな水溜りを飛び越えたキズナが振り向いて尋ねてきた。

「まずはホテルに行って、荷物を部屋に置くところからかな。そこを拠点に、神獣の捜索をするのがいいと思う」

「ふーん。まあ、それが妥当か」

 キズナは、空中をホバリングする雲雀を眺めながら呟いた。

「だけど、問題が無いわけではない」

「?」

「神獣が出ているってことは、正史編纂委員会が動いているってことだ」

「ああ、そういうこと」

 正史編纂委員会は、日本最大の呪術結社にして国営の呪術機関だ。日本国内で生じる呪術事件全般を扱う司法権と警察権を持っていて、神獣対策も、正史編纂委員会の仕事の一つだ。

 一応、キズナも龍巳も正史編纂委員会に属する呪術師だ。

 キズナにとっては、かつて自分が取りまとめていた組織の延長線上にある組織であるために、多少の愛着はある。が、その程度だ。今生で出会った友人も多々いるが、カンピオーネであることを公表したことは一度も無い。そして、龍巳は、前世からキズナに従っているだけに、今さら組織に忠誠を求められても応じられない。そういうわけで、二人は正史編纂委員会内部にいながらも、心は別の場所においているのだった。

「つまり、いかに彼らを出し抜いて神獣を確保するかってことが面倒だって言いたいんだ」

「出し抜くってわけでもないけどな。正体、ばらしたくないんだろう?」

 厄介なのは、キズナが定めた方針として、カンピオーネであるということを秘匿しようとしているということだ。神獣と相対すれば、必然、その周囲には正史編纂委員会の呪術師がいることになる。彼らの目をすり抜けて秘密裏に神獣を確保(・・)する。これが、難しいのだ。

「そうねえ。困ったねえ、ほんと、どうしようかなー」

 とても、困っているようには見えない楽しそうな顔で、キズナはそんなことを言っている。

 黄金の髪を持つ最高位の媛巫女は、放浪癖と奔放な性格で日本中の呪術師に知られている。カンピオーネとしてではなくても、名前だけは既に知れ渡っているのだ。

「ま、邪魔するのなら消えてもらえばいいし、立ち去ってもらうこともできるから、あんまり気にしなくてもいいと思うけどね。わたしは神獣を手に入れられればそれでいいし」

「後々面倒になることは避けてくれ。特にいらん恨みを買うことは百害あって一利なしだ」

「承知しているよ。ようするにわたしがやったってことが分からなければいいんでしょ?」

 そういう問題ではないはずなのだが。

 嘆息する龍巳。不安なのは、彼女がどう動くのか予測がつかないことだ。

 なんにせよ、キズナのことだ。おそらくは、真っ当な方法では終わらないはずだ。なにせ、月沢キズナはカンピオーネ。世界に七人しかいない、大騒動を起こすことにかけて右に出る者はいないという阿呆たちのうちの一人なのだから。

 

 

 

 ■

 

 

 

 妙高市は自然に囲まれた長閑な都市だ。中心部は平野部であるものの、有名どころはやはり妙高高原といった山岳地帯だろう。妙高山を筆頭に並ぶ火山群は北信五岳と呼ばれ、一〇〇〇メートル後半から二〇〇〇メートルの中ごろという標高の高い山が軒を連ねている。

 今回、龍巳とキズナが宿泊するのは、冬はスキー場、夏は避暑地として多くの人々が利用するホテルだ。学生二人が梅雨が明けるか明けないかという時期に利用するのは珍しいことで、受付の人に好奇の視線を向けられた。もちろん、それはキズナの容姿も大きく関わっていることだが。

 そして、龍巳の想定外がここでも一つ発生した。

「やっぱり、同じ部屋はよくない。今からでも変える」

 夜の帳が下り、山菜と海鮮をふんだんに利用した夕食に舌鼓を打った後のことだ。

 龍巳は意を決したように、立ち上がった。

 そう、事もあろうに、龍巳とキズナは同室になっていたのだ。

 これは、ギリギリになってキズナが、一人一部屋は、金がもったいないと言い出したことによる。日本のホテルの多くは、部屋そのものに宿泊代がかかる。宿泊する部屋が二部屋から一部屋になるだけで、宿泊代は食費を除いて半分になる計算だ。だから、資金面で考えれば、キズナの意見は正しい。正しいのだが、事はそう簡単ではない。なにせ、龍巳は男で、キズナは女だ。それも一応、身体は年頃なのだ。いろいろと問題はあるだろう。龍巳はそこを配慮したというのに、キズナはそれを一蹴してしまった。

「同室のほうが、いざという時にすぐ動けるじゃないの。資金面でも効率面でも同室のほうがいいよ」

「そこじゃないだろ。男女の同室というところを問題視すべきだ」

「心配すんな! ウェルカムだ! ドンと来い! 間違いは誰にでもあるもの。恥じることなんかない!」

「あけすけに言ってんじゃねえよ。女の子だろう、一応」

 その間違いを犯したとき、龍巳はいろいろと後戻りできないことになってしまうのだ。一〇〇〇年前からずっと、こうしたやり取りを繰り返して今に至る。

 龍巳とて、相手を憎からず思っているのだ。そうでなければ、時を越えて主従関係など、結ばない。だが、剛毅実直誠実かつ篤実な龍巳は、純粋培養の草食系男子。分をわきまえるという考え方の下で、押された分だけ引いていくのだった。

 二人の関係が、いまだに主従、あるいは友人に留まっているのも、この二人の気質がそういう方向でかみ合ってしまっているからだった。

「お?」

 ちょうどそこに、バサバサという音とともに一羽のフクロウがやってきた。

 開け放たれていた窓から入ってきた灰色のフクロウは、物珍しそうに部屋の中を飛びまわり、それからキズナの肩に止まった。

 数秒ほどの時間を置いて、キズナが笑みを浮かべた。

「龍巳。お仕事の時間よ」

「出たか」

「うん。思っていたよりも、早かったけどね。委員会側の呪術者の配置も確認できてる」

「じゃあ、やるか」

「もちろん」

 ヴヴ、と蜂の羽音のような振動音とともに、フクロウが消えた。

 後に残されたのは、一枚の和紙だけだ。

 キズナはそれを手に取ると、ビリビリと引き裂いて、無数の紙片にしてしまった。そして、二言三言呟いてから、息を吹きかけると、宙に舞った紙ふぶきは一瞬にして紙片と同じ数のカラスに姿を変えた。

「行け」

 短い命令。

 カラスたちは、創造主に意に従い、暗い夜闇に飛び込んでいく。

「よし、行こう。あの子たちに遅れを取るなー!」

 そうして、元気よく、妙高ホテルリゾート二三階の窓から飛び降りていった。


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