極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

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二十話

 平安時代。

 唐から伝来した文化を、国内で成熟させ、華々しい貴族の時代を築き上げ、様々な問題を内包しつつも長期的な安定期を築き上げていた。

 そんな時代だ。

 そして、輝かしい文化の影で、公然と呪術が使用されていた時代でもある。迷信は事実と遜色なく扱われ、知識階級である貴族たちの生活はおろか国家経営にすらも呪術的思想が多分に反映されていた。

 光が強ければ闇もまた強くなる。

 貴族社会に支えられて、呪術文化は最盛期を迎えていた。

 

 何か重いものが身体を圧迫しているような息苦しさを感じて、源博雅は目を覚ました。

 

 夜の帳が落ちて、青白い月光が室内に差し込んでくる。

 秋冷な風が、庭の芒をさわさわと揺らす音がする。

 そんな季節のことである。

 博雅は自分の身体の上に、柔らかい何かが乗っているのを見た。

 人である。

 月光を弾く黄金の髪。

 秋空を思わせる蒼穹色の瞳。

 雪のような白い肌。

「な、なな、何をしているんだ、晴明!」

 博雅はどもりながらその人物に声をかけた。

「何って、そんなの夜這いに決まっているじゃない」

「よばっ!?」

 博雅は素っ頓狂な声を出そうとして、口を噤む。

 彼女は、安倍晴明。

 神祖とかいう狐の神様みたいなものの娘として生まれ、一流の陰陽師の下で教育された結果、当代最高峰の陰陽師となった人物である。表向きには白い頭巾を被ることでその顔と髪を隠し、男装によって陰陽師の役職に就いている。 

 女が読み書きができるだけでも変わり者扱いされる時代に、陰陽術を扱う許可が下りるとは思えない。彼女が才を生かすための苦渋の決断であった。

 とはいえ、それは昔のこと。性別を隠しているのは今も変わらないが、もはやただの陰陽師ではなくなった晴明は、その気になればなんでも許される立場にいる。

 神を殺した魔王。羅刹の君として、呪術の世界に君臨しているのである。

 腐れ縁となった彼女が、どういうわけか夜這いと称して博雅の布団に潜りこんでいたのである。

「何かおかしなことでもある?」

「何もかもがおかしいだろう」

 何がおかしいか。まず、口調。日頃から男装している彼女は、男風の口調で話す。それは、博雅が偶然にもその素顔を見てしまった後も変わらない。

 次に、夜這いは男がするものであって女がするものではない。

 そして、身体が痺れて動かない。徐々に思考が緩慢になっているようにも思う。おかしいと分かっているが、それがどうでもよくなってくるのである。

 最後に、頭の上に狐の耳が付いている。

「それは、唐の化生から奪った権能だな。何故、今使っている?」

 晴明の第二の権能。大陸から渡ってきた九尾の狐――――妲己を討伐したことで得た、九尾化の権能である。身体能力の上昇に加え、無数の使い魔を従え主なしの神獣すらも配下にする『百獣の黄金王』。

「そんなこと、今気にしなくてもいいじゃない」

 晴明は妖艶な笑みを浮かべて、博雅の頬を撫でた。

 金色の尾が、掛け布団の下から顔を出した。

「博雅は何もしなくていい。わたしに全部任せて、気持ちよくなってればいいの」

 ねっとりとした甘い囁きが、博雅の頭に染み込んでくる。

「ほら、言ってみて。この身体を、どうしたい?」

 晴明は博雅の手を取って自分の胸に押し当てる。

 発情した狐のように息を荒げて頬を擦り付けている。

「お、れは」

 思考が纏まらない。

 馴染みの相手の痴態に脳が麻痺している、というわけではなく、そもそも夢見心地で何が起こっているのか理解すらしていないのである。

「ね、どうせ夢なんだし、愉しまなくちゃ」

 理性を蕩けさせる声が、何もかもをどうでもよくさせる。

「お、おう。そうだ――――」

「何をしとるか、この女狐がぁッ!」

 怒号と共に、明障子が吹き飛ばんばかりの勢いで開かれた。

 月光を背負い、仁王立ちするのは、安倍晴明その人である。いつもの男装ではあるが、白い頭巾は被っていなかった。

「晴、明?」

「博雅無事か!? 今、その狐を殺処分するからな! 今しばらくの辛抱だ!」

 狐呼ばわりされた狐晴明は、不快そうに顔を歪ませた。

「ちぃ、もう気付いたの。これからがイイところだったのに」

「何がイイところだ。ただの淫奔だろうが。おれの権能の分際で勝手なことをするんじゃない!」

 晴明は両手の指に呪符を挟み込み、臨戦態勢を整えている。

「別にいいじゃないの。減るもんじゃないし。あなただって女として殿方に愛されたいんでしょう?」

「だ、誰が」

「いやいや、わたし相手に隠し事はできないわよ。だって、あなたはわたしなんだから」

 顔を赤くしたり青くしたり忙しい晴明に対し、狐晴明は余裕である。

 狐晴明は、麻痺した博雅の身体を起こして、背中に回りこみ後ろから抱きかかえるような体勢となる。

 それに対して晴明が素早く投じた八枚の呪符を、狐晴明は余裕を持って尾で叩き落す。

「わたしは確かに荘子の権能であなたから分かれた分身。使える権能もその身体から抜き取った九尾の力と核になっている荘子の一部だけ」

 叩き落された呪符から蔓草が伸びて狐晴明に迫った。

「でも、知識も記憶も共有しているし、呪術じゃどうにもならないわよ?」

 狐晴明はパチンと指を鳴らして蔓草を燃やし、灰にしてしまった。

 こともあろうに、天才陰陽師安倍晴明は、自分とまったく同じ技量を持った陰陽師と相対しているのと同じことになってしまったのである。

 権能の暴走。制御を誤った要因は、晴明の精神的な部分によるところが大きいが、荘子の権能を得たばかりでその特性を把握していなかったことも問題だった。

 まさか、分身体が自我を持った挙句に本体から権能の一部を簒奪しようとは。

 荘子の権能は綺麗に等分されてしまっている。晴明が分身を消そうとしても、向こうの荘子の力がそれを邪魔する。そして、九尾の力は完全に向こう持ち。手元にあるのは、帝釈天の権能だけである。

 互いに使用できる権能は一つ。

 ただし、荘子の権能に関しては向こうは存在維持に使用し、こちらは存在消去に使用できる点で晴明側が有利。

「まあ、でもこういうのって、自分の気持ちに素直なほうが強いでしょう。ねえ」

 狐晴明は不利を不利と思わずにやりと笑う。

 『まつろわぬ神』もそう。奔放なほうが力をより正確に、強く扱うことができる。それは、権能が多分に本能的な領域の力だからだ。

「あの女の魅了に博雅がやられたときに、あー、とか、うー、とか変なことしか言えなかったしねえ」

 見せ付けるように、狐晴明は博雅の首筋に舌を這わせ、吸った。

「今の博雅は夢見心地で何も覚えてないだろうし、やっちゃうなら今だと思うのよね。せっかくだから、本体さんも一緒にどう?」

 挑発的な狐晴明の視線。それに対して、

「そうはいくか」

 晴明は虹色に室内を染め上げた。

「とにかく、お前はおれの中に還れ。これ以上の狼藉は許さない」

 虹色の弓を構えて、晴明は言う。

「ふうん、いい機会だと思うけど。仕方ないか」

 奔放な狐晴明は、虹色の鏃を見ても平然としていて掴みどころがない。

「まあ、いいわ。本体を倒せば実質この国はわたしのものだものね」

「何を考えている?」

「別にー。ただ、わたしの望むように世の中を作り変えるだけ。大したことじゃないでしょう? やると言っても、ちょっとした間引きくらいだもの」

「間引き……」

 不穏な響き。

「人を殺すつもりか」

「そういえば、まだやったことはなかったねえ。でも、博雅の周りにわたし以外の女は必要ないし、男も同じ。生きていくのに必要なだけの手があれば、後は余計なものじゃない」

 狐晴明は本気でそう言っている。晴明にはそれが分かってしまう。なぜなら、あれは自分の写し身だからだ。他人に興味のない彼女にとっては、源博雅が唯一の友であり心を開ける相手である。それ以外は視界に入れる価値も感じていない。

 この狐晴明はそんな晴明が普段から心の奥底に封じ込めた欲望や欲求を抽出した存在なのである。

 きっと、ここで晴明を倒した後、この狐晴明は国家の頂点を潰すだろう。そして、博雅をそこに据える。博雅は、父親が早死にさえしなければ、天皇になっていた男である。その上で自分はその隣に堂々と侍り、彼と自分だけの世界を作り上げる。

 それは、所詮妄想の域を出ない世迷言である。

 だが、狐晴明は、その妄想を妄想と笑い、常識の中に生きる思考を持っていない。狐晴明の思考は、晴明の日頃の鬱憤や欲望の塊だからだ。そこには『他者意識』が介在しないため、どこまで行っても自分の意見以外は存在できない。

 晴明はため息をつく。自分の黒い部分をこうして見せ付けられて心穏やかでいられるわけもない。

「本音と建前は、確かに大切だな」

 そう言わずにはいられなかった

「本体さんは、建前ばかりで息苦しいわ。人だって、その気になれば使い捨てられるのに」

「知ってる。が、それは博雅が望まない」

 晴明は矢を放つ。博雅に当たるようなそんな狙いの甘さはない。外れるとしたらそれは敵にかわされるか、防がれるかしかない。

 金色の尾が、虹の矢を打ち払う。

「ここ、博雅の家なのに、ひどいことするね」

「家が壊れたら(うち)にくればいい」

「ああ、なるほど。考えたね。それはいい考えだ。にしてもここに博雅がいるってのに」

「お前がわたしなら、博雅を傷付けることはない。大人しく庇って死ね」

「よく分かってるじゃない。でも、庇って死ぬはありえないな。だって、相手を殺すまでがわたしでしょ」

 にやりと狐晴明が笑う。

 もとよりこうなることは決まっていた。本物がいて、贋者がいる以上。どちらかが消えてなくならねばならないということが。

 狐晴明は自己の存在を安定させるためにも本体を打倒し、少なくとも権能をすべて抜き取って本体を無力化する必要がある。彼女自身は狐晴明が存在するために必要なので、飼い殺し状態にはしておかねばならないが。

 一方の晴明は単純に相手を滅ぼせばいい。今後、荘子の権能を使うにしても自我を与えないようにすれば問題ない。とにかく、この事態を収拾するために、狐晴明は叩き潰さねばならないのであった。

「九尾と大差ないな」

「あの時は女狐の術中に嵌って大変だったねえ。ふふ、わたしには本体さんを殺せないけど、力を全部吸い尽くしてから、あの時以上によがり狂わせることはできるわよ。どこがどんな風に感じるか、いやというほど知っているし、何も考えられないようにすれば、手元に置いておくのも楽になる」

 不快感を露に晴明は矢を放ち、狐晴明は嗜虐的な笑みを浮かべて尾を振るう。

 虹と金がぶつかり合い、激しい呪力を放出した。

 

 

 

 この戦いの元凶となった異国の魔王は、頬を赤らめたり、青褪めさせたりつつ本体と分身のやり取りを覗き見ていたという。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 二十一世紀のロンドンの街を、キズナと龍巳は歩いていた。

 石造りの町並みは、西洋ならではのもので、日本で見ることはまずない。

 東京などは日本らしさすらも失われつつあり、文化とはなんなのかということを考えさせられたりもする。

 こうした石の町並みは、十七世紀のロンドン大火に端を発する。

 この時までは住宅の大半が木造だったロンドンは、パン屋のかまどから出た火災によって焼き払われてしまった。その後、復興に当たって木造建築が禁止されたことで石の町並みが形成されるに至ったというのだ。

 余談だが、この火災から世界初の火災保険が生まれた。

 その一方で近代的都市としても見ることができ、古と現代がぶつかり合う都市なのである。

 街を歩くキズナの衣装は今までのものと大分印象が変わっている。 

 黒いホットパンツを履き、白いシャツの上から黒いレザージャケットを着ている。金色の髪と白い肌が生える組み合わせだ。

 もちろん、金髪碧眼は西洋では珍しいものではない。そういった点でキズナは日本よりも目立たなくなっているが、それでも彼女の顔立ちは人の視線を惹き付けるらしい。

 東洋人にも西洋人にも見えるから、どこの国でも受け入れられるということか。

「ロンドンに着いて三日。そろそろ、賢人議会に向かってもいい頃だと思うが?」

「そうね。ああ、監視も鬱陶しいし。連絡は入れてるよね」

「一応はな」

 目的は賢人議会。キズナが思い立った、《鋼》の情報探しである。といっても、これはついでに過ぎない。あれほど強大な《鋼》に出会った時に対処できるようにするためであるが、本来の目的は呪術の蒐集である。

「魔導書の一つか二つくらいは貸してくれるといいんだけどねえ」

「大丈夫だろう。カンピオーネにはなんだかんだで協力するのがこちらの術者だというしな」

「せっかく西洋に来たのに、西洋魔術の一つも修めないわけにはいかないでしょ。魔女術もそうだけど、聖なる特権というのに興味があるわ」

 西洋魔術には神様に傷をつけることができる秘儀があるという。日本の呪術にも同じようなものがあるが、こちらのそれとは毛色が違う。日本に西洋系の呪術が流入しなかったのは正史編纂委員会が検閲を行っていたからであり、日本で活動していたキズナもまた西洋魔術に触れる機会はほとんどなかった。

 呪術の蒐集とついでに最強の《鋼》の情報を探す。

 これが、イギリスにやってきた目的である。

「アリスっていったかしら。ここのボスは」

 ロンドンのグリニッジにある欧州最大の影響力を有する魔術結社。厳密には魔術結社ではなく互助会と言ったほうが適切だろう。

 魔術関係、特にカンピオーネの情報を集め、世界に公表している組織として有名だ。

「まあ、ここはカンピオーネに対抗するために設立されたようなところだから、カンピオーネに協力するのは筋違いになるのだろうか」

 龍巳はそんなことを呟いて建物を見上げた。

 結界に守られたそこはプリンセス・アリスと呼ばれる女性の邸宅である。

「ま、本を貸してもらうだけ、もしくは入手するためのコネだけでも欲しいのよね」

 ルーマニアの魔術結社からいくつか融通してもらったが、あれだけでは知的好奇心を満たすには足りない。

 呪術の秘奥は外に出回ることはない。歴史ある結社や国家が厳重に保管しているのが通例である。

 日本では国立国会図書館が代表例。もっとも、日本の国会図書館にある陰陽術関連の書物に記されていることは、大抵キズナが体系化し、整理したものを基本としている。その上、神道系、仏教系の術に関しても、ほぼキズナが生きた時代のものを受け継いでおり、陰陽道が神道や仏教、修験道の影響を受けていることから考えても、キズナはそれらの知識も当然に持ち合わせている。

 キズナは日本の呪術における基本的な部分を構築した人物の一人であり、現代に伝わる呪術、さらに廃れた呪術に至るまでを網羅した日本呪術図書館というべき存在である。そんな彼女が日本で学ぶべきものなどあるはずもなく、西洋の呪術に興味を持つのは当然と言えた。

 そこで、目をつけたのが大英図書館。

 魔導書が保管されているところは厳重に守られているだろうし、事を荒立てるつもりもないので、こうして許可を取りにきたわけである。

 キズナは、逡巡するでもなく屋敷の呼び鈴を押す。

「先日、連絡した月沢です。ミス・アリスと友誼を結びたくまかり越しました」

 屋敷の中から使用人と思われる人が慌てて出てくる。

 厳格な家庭教師のイメージをそのままにした女性である。

 その彼女は、門を開けるとキズナと龍巳を迎え入れ、

「ようこそおいでくださいました。わたくしはアリスの下で女官長をしている者です」

 やけに緊張した様子で彼女は言った。

「初めまして、ミス・エリクソン。すでにご存知かと思いますが、わたしの名は月沢キズナ。極東の島国にて神殺しの大罪を犯した者です。こちらは、従者の水原龍巳。共に気侭な旅をしております。賢人議会の姫に仕える第一の従者の名。わたしも聞き及んでおります」

「月沢様に名を覚えていただけるのは光栄でございます」

 多少、角が取れた表情でエリクソンは言った。

 キズナの丁寧な言葉遣いと、相手を知っているとわざわざ言ったことが、警戒心を解くことに繋がっているのである。

「本日は、我が主もあなた様とお会いする日を楽しみにしておりました。どうぞ、こちらへ」

 キズナと龍巳は、エリクソンに先導される形で邸宅に足を踏み入れた。

 中世の城を、小さくして現代風にアレンジしたような作り。

 西洋建築に縁のないキズナや龍巳では、その構造をその程度の言葉で言い表すことしかできなかった。

 とにかく、典型的な西洋建築の邸宅で、ところかまわず呪力が漂っているのは魔女の館という他ない。

 その最上階の一室の前、二人は止められた。

「こちらが、我が主アリスの私室でございます」

 エリクソンは、そう言ってからドアをノックした。

「お客様をお連れしました」

「どうぞ、入ってください」

 中から女性の声がする。

 アリスの声だ。

「では、どうぞ。よいお時間をお過ごしください」

 エリクソンはそう言って、二人を室内へ通した。

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。月沢様、水原様」

 眩しいブロンドの髪の女性。

 世界で最も高貴な姫と称される魔女プリンセス・アリスであった。

「お掛けになってください。今、紅茶を用意させます」

 淑やかな姫だと、龍巳は思った。一方のキズナは、ふうんと室内を見回して、

「相変わらず、身体にはガタが来ているのね」

 と言った。

「ふふ、それでもあなたに教わった鍛錬のお陰で体調は頗るいいのよ。まだ、歩き回るまではいかないけれど」

 キズナは旧来の知己と話をするような言葉で話しかけ、そしてアリスはキズナと面識があるかのように振舞った。

「もしかして、会ったことがあるのか?」

 龍巳は、キズナに尋ねた。

 相変わらず、とはそういうことだろう。

「うん。何度か、こっそり遊びに来たことがあるの。あのミス・エリクソンにも悟られないようにね」

「キズナはわたしの身体が弱いことを知って、気にかけてくれたのです。自身も同じような経験があるからと」

「ほら、龍巳も知っているでしょ。わたしの身体のこと」

「ああ、まあ」

 身体といっても、それは千年前の話だ。当時、安倍晴明と名乗っていた頃のキズナは、身体に流れる神祖の力があまりに強いため体調を崩しがちで、ほぼ寝たきりであった。神殺しを成し遂げたことで、動き回れる身体を得たのである。

「それにしても、キズナ。日本出立から半月に二柱も倒してしまうなんて、さっそく大活躍ね」

「ふふ、それほどでもないわ」

「いえいえ、旅客機に戦車、はてはヴラン城まであなたの手に掛かれば粉微塵。さすば魔王様と関心していたのよ」

 龍巳は内心でこの姫の評価を上書きした。

 まず、間違いなくこの姫はお転婆系だ。それもキズナと気が合うタイプの、自らの興味を優先しようとする上に、それを実現できる能力を持っている厄介な人物だ。

 表向きの顔と裏向きの顔を使い分ける腹黒さもある。

「ところで、ルーマニアでの一件はヴラド三世なのでしょうけど、その前に倒したのはいったい何の神様でしょうか? あなたのことだから、面制圧系か支配系の権能を奪ったのでしょうけど」

「それは秘密。あなたに教えたらネット流出するでしょう?」

「それが、我々の仕事ですもの。仕方ないわ。ああ、神はなんてむごいことをするのでしょう。わたしに友のことをネットに出させるような職責を与えるなんて」

 わざとらしく、アリスは天を仰いだ。もっとも、キズナにとってはネット流出など大した問題にはならない。ただ、情報は紙で纏められるものでもあるため、情報流出には警戒している。紙の場合、情報削除は実力行使となるからだ。

「こちらにいらしたのは、魔導書を求めてということでよろしいかしら?」

「うん、そう。特に聖絶とやらに興味があってね」

「特権の秘術ですか。あれは、本当に一握りの騎士しか使えない魔術の秘奥。それが記されている書物は、残念ながらロンドンにはありませんわ」

「え、本当に?」

「はい」

 マジか、とキズナは落胆した。

「まあ、初めから頂点を狙う必要もないし、それはいっか。じゃあ、次。魔王殺しの《鋼》についてどこまで知っている?」

「……まさか、あなたもかの神を追うおつもりで?」

 アリスは驚愕に目を見開いて言った。

「あなたも、というと他に誰か追いかけている人がいるのね」

「ええ。アレクサンドルが、今、聖杯と魔王殺し――――最強の《鋼》について追いかけています。ただ、神名に関しては彼も掴んでいないようですが」

「なるほど、アレクサンドル・ガスコイン……だったっけ。アリスと昵懇の仲なのよね」

「ち、ちがいます。ただの腐れ縁ですわ。そこを勘違いされては困ります」

「ふうん。まあ、それでもいいけどね」

「その、皆まで言うなみたいな表情が気になりますが、いいでしょう」

 アリスはそこで話題を転換した。アレクサンドルとの仲は、お互いに嫌がらせをしあう仲くらいである。時に協力することもあるが、基本的に政敵なのである。

「聖絶の言霊の本ですが、聖ラファエロ様がお持ちだと伺ったことがあります。お尋ねになるといいでしょう。ああ、それと滞在中は大英図書館の魔導書コーナー、自由に閲覧して構いません。こちらから話をしておきますから、名前を言ってくれればすぐに通されるはずです」

「あら、そう。ありがとう。感謝するわ」

 キズナはそう言って微笑んだ。

 アレクサンドルと連絡を取るか、聖ラファエロの下に行くか。次の目的地はそのどちらかになりそうだ。

黒王子(アレクサンドル)もカンピオーネだし、一筋縄じゃいかないかな」

「雷速で世界中を飛び回っているのだから、連絡をつけるのも一苦労だと思いますわ」

「まあ、他のカンピオーネに会う機会もそう多くはないし。実際、狼のお爺ちゃんとアイーシャくらいしか……ん、アイーシャ?」

 馴染みの魔王の名を口に出した瞬間に、キズナの瞳の色が変わった。一瞬だけ、空色から玻璃色へ。

「アイーシャ。……なんだかとっても嫌な予感がするわ」

 不吉なことを呟いた。

「アイーシャ夫人で、霊視ですか?」

「ええ、そうよ。詳しくは……」

 キズナは首を振る。

「でも、とっても嫌な予感がするの」

 媛巫女の嫌な予感をよく当たる。まして、霊視という形でそれが降りてきたのだからまず間違いないなく、何かが起きる。

「アイーシャ夫人の権能は、どれも制御できないものばかり」

 しかも時間旅行までしてしまうもの。今も、世界史のどこかに現れて何かをしているに違いない。もしかしたら、この時間軸のロンドンを訪れているかもしれない。

 アリスは危機感と共に胸を躍らせた。

 目の前に神殺しの魔王がいて、どういうわけかアイーシャ夫人に苦手意識を持っている。そこに、アイーシャが飛び込んでくれば、何か面白いことが起こるに違いないと。

 考え得る限り最悪の事態を引き起こし得るのは、他でもないアイーシャの権能であり、キズナの権能は全貌が見えていないのだから、本当に何が起こるか分からないのである。




キズナが人間社会に適合しているのは、龍巳に合わせているから。ストッパーがいなくなればどうなるか分からない。
以下嘘分岐
狐晴明勝利&晴明快楽墜ちルート……快楽と退廃の都誕生。日本史が文字資料から一時的に消える。
アイーシャ突入ルート……四人で楽しむ肉欲の世界へ。
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