極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

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三十六話

 【グリニッジの賢人議会によって作成された月沢キズナについての調査報告より抜粋】

 月沢キズナは極めて異質なカンピオーネと言わざるを得ない。

 彼女がカンピオーネであると判明してから半年が経過したものの、未だに彼女がいつ、どこで神殺しを成し遂げたのか判然としていないのである。

 『まつろわぬ神』を人間が倒すとなれば、それなりに大きな災害が周囲に引き起こされるのが常である。それがないということは、サルバトーレ・ドニのように幽界で神殺しを成し遂げたというのが最も合理的な推論であろう。

 しかし、それでもカンピオーネであると判明した段階で複数の権能を所持していたというのは解せない。

 彼女の経歴を調べたが、過去十八年の間に『まつろわぬ神』と接触する機会は皆無としか結論付けられず、権能をどこで簒奪したのか追跡調査の結果が待たれる。

 以下は判明している権能である。

 『神なる虹の弓(シュート・アン・アイリス)

 真言を唱えていることから、帝釈天から簒奪したものと推定。

 『炎魔の咆哮(ハウリング・ブレイズ)

 不動明王から簒奪した権能と確定。

 『血界・禍つ杭(ファング・オブ・ドラキュリア)

 ドラキュラから簒奪した権能と確定。

 『偽りの創世記(アンイミテーション・ジェネシス)

 詳細不明

 『空に遊ぶ者(アンリストリクテッド・フライヤー)

 詳細不明

 『電子の女王(ザ・サイバーブレインズ・クイーン)

 グレムリンから簒奪した権能と確定。

 『百獣の黄金王(ルーラー・オブ・モンスターズアーミー)

 九尾の妖狐から簒奪したと推定。

 

 また詳細不明ながら悪魔王ルシファーから権能を簒奪している可能性があり、こちらも追跡調査が必要である。

 この時点で旧世代のカンピオーネに匹敵する権能数を誇っていることからして、異様としか言いようがない。

 月沢キズナは、日本在住時、日本の呪術結社である正史編纂委員会に属していた。学業成績は非常に良く、人望も篤く、そして呪術師としては史上最高とまで呼び称えられる天才児であった。職務には決して真面目とは言い難かったが、その仕事結果は文句の付けようがなく、大きな問題を引き起こすこともなかったとされている。

 しかし、彼女がカンピオーネとして大々的に活動するようになった三月以降、飛行機の墜落事故に始まり、ルーマニアのヴラン城の崩落、ロンドンのテムズ川に大断層を形成、ミラノでは一区画を吹き飛ばし、アルメニアのエチミアジン大聖堂は消滅するという惨事が彼女の周辺で発生している。

 彼女だけでなく、『まつろわぬ神』によるものもあるが、これらの事件がおよそ一ヶ月の間に起こったのだ。これまでの十八年間の沈黙はなんだったのだろうか。

 私見ではあるが、彼女は世に出る機会を虎視眈々と探っていたのではないだろうか。

 十八年という歳月をかけて爪を研いでいたのだ。

 これから先、彼女が世界のどこに現れるか分からないが、これだけは言える。

 月沢キズナはカンピオーネである。

 世の人の都合を省みる姿勢を持ちながらも、己の生き方を貫く魔王なのだ。

 決してその慈悲に甘えてはならないと。

 

 

 

 

 

 アルメニアで起こった一大事件は世にセンセーショナルに報じられた。それも、世界最古の歴史を持ち、世界最初の教会であるエチミアジン大聖堂が跡形もなく消し飛んだのだから当然と言える。宗派は異なるといえども、あらゆる教会の手本ともなったものだけに、宗派の別なく惜しまれ、この苦難の時を乗り越えるべく様々な国と地域から多大な寄付が寄せられた。

 まさか、ルシファーに襲われて消し飛んだと発表するわけにはいかない。そのため、表向きにはテロリストによる爆破であるという形で発表された。

 まつろわぬルシファーを月沢キズナが討伐したことは、すでに世界各国の呪術組織が確たる情報として入手していた。

 これは、おそらくトルコの呪術組織がリークしたのだろう。

 最終決戦の場はアルメニアではなくトルコであった。

 そしてアルメニアとトルコは歴史の中で幾度も対立してきた経緯があり、アルメニア修道会にカンピオーネが滞在しているのが気に食わない、というところがあり、あっという間にルシファーの情報が流れていった。

 別に構わない、とキズナは思っている。

 ルシファーと大々的に戦ったのだから、情報が出るのは当たり前である。

 キズナが正体不明のカンピオーネだとされているのは、出自から考えても複数の権能を有するはずがないという点である。権能の内容に関しては、すでに大体が知られていた。

 知られたところで問題はないので放置している。

 キズナが最後まで隠し通すべきは、泰山府君の権能である。それが、彼女の切り札だ。転生の権能は、魔王殺しの神ですら、キズナを殺しきることができなかったほどの究極の回避性能を誇る。

 別の時代に別人として生まれ変わられれば、如何に魔王殺しといえども手の出しようがないのだ。

  

 

 そうして、現代に生まれ変わり、一ヶ月という短期間に様々な文化財の破壊に関わってきたキズナは、意外にも教育に関しては才覚があるらしい。

 伊達に安倍家の礎を築いていない。

 彼女は前世では養子を育て、陰陽師として大成させている。現代でも、最高位の媛巫女として多くの後輩に指導し、学校では頼れる先輩、学友として相談に乗ってきたのである。

 アルメニアに於いても気まぐれではあるがアンナにいくらか呪術の基本を指南したりして過ごしていた。

 

 世界旅行も小休止して、アルメニアを中心に活動してた六月の終わり、キズナの下に不穏な噂が流れてきた。

 曰く、ヴォバン侯爵が日本へ発ったというのだ。さて、これはどういうことだろう。

「あの国に、お爺ちゃんの興味を引くものがあったかな」

 戦闘欲求と食欲以外にこれと言った欲求を持たない生粋のカンピオーネであるヴォバン侯爵とは昨年ドイツでばったりと出会って一戦交えている。その際、ヴォバン侯爵のアポロンの権能を霊視しているので、世間に比べて彼を深く理解していた。

「八人目のカンピオーネじゃないのか?」

「そうかなぁ」

 日本にはウルスラグナを倒した草薙護堂がいる。あるいは、彼との戦いを求めて旅立ったのだろうか。

「なんか、そんな感じじゃないんだよね……」

 あのヴォバン侯爵が、生まれて間もないカンピオーネを敵と定めてわざわざ地球の裏側にまで移動するだろうか。

 王を誇りとするあの狼魔人が、同格とはいえ赤子に等しい相手に勝負を挑むとは到底思えなかった。

「そうは言うが、まつろわぬアテナを退けたんだろう。彼は」

「そうね。アテナと言えば闇と大地の女王。ギリシャ最大の守護神。神の格としては最上位の一柱だし、それを討つには至らずとも退けた手並みは評価に値するわ」

 日本の大型連休で、草薙護堂はまつろわぬアテナを撤退に追い込んでいる。それに、春先にもイタリアでサルバトーレとも戦って勝利している。後者に関してはキズナが与えた怪我が治りきっていない中でサルバトーレが護堂に挑んだのが敗因であるが、それでもこの二連勝はカンピオーネが経歴に囚われない勝利の体現者である証左となった。

 しかし、ヴォバン侯爵が特別視して、日本へ飛ぶかといえばそこまでの活躍ではないのだ。

「気になるなぁ」 

「明日にでも後輩さんに聞けばいい」

「そうだね。そうしてみようかな」

 アルメニアも落ち着きを取り戻しつつあり、《アルメニア修道会》の構成員も続々と勤めに戻っている。総本部が崩壊しているとはいっても地下に潜っている呪術組織の部分には、ルシファーの攻撃も届いておらず、組織の運営にはさほど影響しなかったのである。

 事件解決後も、部屋は変わっていない。

 ベッドが増えることもなかったので、未だにキズナと龍巳は同じベッドで眠っている。

 はじめは気恥ずかしかったものの、一月も経てば慣れてくる。

「うん?」

 スマートフォンの振動を感じて、キズナは枕元に置いていたそれを取り上げた。

 暗闇にキズナの顔が照らし出される。何が来たかと思えば一通のメールであった。

「おやおや」

「何かあったか?」

「ああ、いや。ただ、近く高校時代を偲んで集まろうって企画が持ち上がったらしい」

「同窓会か」

「うん。ゴールデンウィークに持ち上がった話が延びに延びて、やっと日取りが決まったみたい」

 キズナの同級生は、皆都内の大学に進んでいる。キズナの通っていた女子校は伝統ある学校で、学問でもそれなり以上の成績を求められる。よって、進路に就職は皆無で、進学先も大半が名門大学を第一志望とする。専門学校などに進む者も希だ。ましてや、キズナのようにそもそも進学しないという選択は、ありえないとされるほどである。

「大学に行ってないのはお前だけ?」

「浪人してるのもいるよ。あと、わたしは一応、海外のNGOに参加しているって設定だから」

「ちなみにどんな活動してることになってるんだ?」

「人道支援全般かな」

「抽象的すぎるな」

 しかし、言われて見ればそれらしいこともしているのだ。ドラキュラやルシファーの一件も、周囲に被害を出しはしたものの、『まつろわぬ神』という災厄に立ち向かったのはキズナである。とすれば、人道支援という言い訳も存外、的を外したものではないのかもしれない。

「奇しくも日本に戻る理由ができちゃったわけだ」

 キズナは寝返りを打って、龍巳に背を向け、スマートフォンを操作する。

 同窓会に参加する旨を返信しているのであろう。

 ヴォバン侯爵のことも、そのついでに観察するつもりか。

「ほどほどにしろよ。あそこには、八人目もいるんだから」

「分かってるよ。徒に引っ掻き回したりはしないって」

「分かっててくれるんならいいんだけどな」

 と、言いながら龍巳はキズナを後ろから抱きしめる。

「うわっ。ちょ、いきなり何?」

「ダメか?」

 尋ねられたキズナは一拍の後に、呟くように、

「ダメじゃない」

 と答える。

 それから、スマートフォンの電源を落とし、部屋の明かりを断った。

 

 

 

 □

 

 

 

 天気は快晴。

 半月近く続く長雨に辟易していた東京都民にとっては、待ちに待った太陽である。

 日差しの下を走る車のハンドルを握るのは、甘粕冬馬という青年である。

 外見は気だるい雰囲気を醸し出すサラリーマンといった感じで、スーツ姿も決まっているとは言い難い。しかし、彼は忍の技を修めた優秀な諜報員であり、正史編纂委員会東京分室長である沙耶宮馨の右腕として方々を飛び回る苦労人であった。

 そして、車の後部座席には巫女服を着込んだ万里谷祐理が腰掛けていた。

 七雄神社で奉職していた姿のまま、正史編纂委員会の仕事先へ移動している最中であった。

「ところで、祐理さん。草薙さんとは最近どうですか?」

「はい?」

 祐理は冬馬の言わんとすることが分からず首を傾げる。

 草薙さん、とはもちろん八人目のカンピオーネである草薙護堂のことである。

「ですから、我らが大魔王である草薙護堂氏とのご関係ですよ。命の危険を一緒に乗り越えたことで友情以上の何かを感じてドキドキ、なんてことにはなっていませんかね?」

「本当に何を仰りたいのか分かりません」

 祐理の反応にこれといって期待できるものがなく、冬馬は苦笑する。

 彼女のお堅い性格は今に始まったものではなく、それこそが彼女の美点なのだが、そのおかげで浮いた話もないという高校一年生であった。もっとも、媛巫女の中でも最高位の才能を有する少女だ。浮いた話があれば、問題になってしまうし、将来の結婚相手も組織に決められる可能性が高い。そういう意味では、容姿にも能力にも恵まれているからこそ不遇な目にあっていると言えた。

「まあ、委員会のほうでも、草薙さんとの付き合い方を模索しているところでしてね。その参考にでもさせていただこうかと」

「わたしと草薙さんの関係が委員会の方針に影響するのですか?」

「そりゃ、しますとも。身近な人の意見というのは、重要な資料です。ご存知の通り、カンピオーネの方々は、なんというか読めない性格の方が多いようですから」

「それは……」

 祐理の脳裏に浮かぶ二人の魔王。

 老カンピオーネのヴォバン侯爵。祐理にトラウマを植え付けた存在であり、彼女にとっての災厄そのもの。 そして、月沢キズナ。祐理の師であり、七雄神社の前任者である。理不尽とも言うべき呪術の才に恵まれた少女であり、自由に生きているという雰囲気は、どことなく幼馴染の少女にも似ている。

 ヴォバン侯爵は言わずもがな。キズナに関しては、カンピオーネであることを秘していたこともあって、当時、周囲の大人たちは何かと苦言を呈していたが、本人はどこ吹く風であった。

 冬馬の言いたいことも、それに関しては理解できてしまった。

「まだほんの少しのお付き合いですけど、草薙さんはそれほど突出して周囲から浮いているとは思いませんよ」

「そうなんですよ。追跡調査でもそれは明らかなんですけど、相手が相手だけに軽々しく判断していいものでもないんですよね」

 相手の性格を読み違えて、怒りを買ってしまっては正史編纂委員会の存亡に関わる一大事となる。

「そんなわけで、委員会は草薙さんと敵対関係になりたくありませんし、できることなら友好関係を築きたいと思っています。まだ荒削りではありますが、その力は莫大です。私たちが直接経験したカンピオーネの関わる事件は、春のアテナと昨年の不動明王の二件ですが、それだけでも被害は相当のモノです」

 とりわけ、まつろわぬ不動明王の降臨は町の一区画を完全に焼失させてしまった。

 そのまつろわぬ不動明王に打ち勝った月沢キズナの力がどれほどのものか。正史編纂委員会は正しく把握できていない。

 草薙護堂は、キズナと同じカンピオーネだ。

 権能はまだ一つと少なく、経験も浅いが人間が勝てる相手ではない。その権能が『まつろわぬ神』に向かっているうちはいいが、こちらに向かってきたら大変だ。

「草薙さんは進んで人を害する方ではありませんよ。それはなんとなく分かります」

 祐理は、強めの口調で冬馬の危惧を否定する。友人があらぬ誤解を受けていれば否定したくなる。祐理の行動はそれに近い感情であった。

 冬馬の車は首都高を渋谷方面に向かう。

「今の委員会はカンピオーネに対してかなり慎重にならざるを得ない状況です。日本にはカンピオーネと付き合ってきた歴史がありませんし、月沢さんとの兼ね合いもあります。まあ、月沢さんは普段日本にいない上に今はアルメニアに居ついているみたいですけど」

 それでも、キズナの故郷が東京であることは変わりない。極めて狭い範囲に二人の魔王。正史編纂委員会が判断を二転三転させ、不毛なやり取りを続けている要因であった。

「で、今のところカンピオーネとの付き合い方として《赤銅黒十字》が上手いことをしています」

「エリカさんのところですね」

「ええ、幹部候補を愛人として送り込み、公的には無関係なのに個人的なお付き合いは深まる一方ですので、婚姻政策は草薙さんの力を利用する最良の手段でしょうね」

 それを聞いて、祐理は柳眉を逆立てる。

「委員会は、エリカさんのような方をさらに増やすおつもりなのですか?」

「ま、政治的な話をするとそういうことになってしまうんですね。ぶっちゃけ、《赤銅黒十字》にいいとこを取られたままでは、日本国としてまずいんですよ。形だけでもこちらも草薙さんと関わりを持っていると示さないといけないんで」

「だいたい、今の草薙さんはエリカさんの誘惑をギリギリのところで耐えている状態なんです。そこに、さらに不埒な目的で女性を送り込むなど、不健全で不謹慎です。それに、そのようなお役目をいったい誰にお願いするというのですか?」

「そう、それなんですよ。頭の痛いところは」

 冬馬は頭が痛いと言いつつも笑顔を深めた。

「もし、祐理さんがこの話を引き受けてくださるのでしたら、満場一致で解決しますよ。あのエリカ嬢と対決するのですから、容姿は言うに及ばず能力も高水準が求められますし、祐理さんならいけると思うんですよね」

「バカなことを仰らないでください。わたしなんかがエリカさんに太刀打ちできるわけがないじゃないですか」

 エリカの日本人離れしたプロポーションは、制服の上からでも多くの生徒を圧倒しているし、黄金の髪と優美な態度は輝く太陽を思わせる。そのような圧倒的な人物に、自分が敵う訳がない、と祐理は本気で思っている。

「そんなことはないと思いますよ。第一、相手の土俵で戦う必要もありませんしね。祐理さんには、エリカ嬢にはない霊視という能力がありますし、決してエリカ嬢に劣ることはないんですけどね」

「とにかく、そのような話はお引き受けできません」

 ぴしゃりと、祐理は言い切った。

「そうですか。それは残念です」

「だいたい、霊視の能力ならわたし以外にもいくらでもいらっしゃいます」

「いやいや、祐理さん以上の霊視能力者なんて日本にはいませんって。それこそ、月沢さんレベルになってしまいますよ」

 霊視は天性の能力に依存する。血に宿る力であり、後天的に得ることはできない。そして、大抵の霊視は、的中率が一割以下という極めて低い値を示すものであるが、祐理の場合は六割ほど、キズナに至っては八割以上の的中率があった。キズナという偉大すぎる先達がいるので、祐理は自分の力を過小評価してしまっているが、祐理の能力も、人が持ちうる力としては上限を超えているのではと思われるほどなのである。

「まあ、この問題は派閥の関係もあって、いろいろと人選が面倒なんで、突出した能力を持っている方にお願いしたいというのが本音です。それこそ、月沢さんがいてくれれば一発だったんですけどね」

「あの、こう言ってはあれかもしれませんが、それ、一発でこちらがやられてしまうのでは?」

「ハハハ、そうなりますよね、多分。いやはや、月沢さんのカンピオーネ発覚が草薙さんより早くてよかった」

 もしも、護堂がカンピオーネになったという情報が齎されたときにキズナがカンピオーネであると知らなかったら、正史編纂委員会は満場一致でキズナに護堂の愛人役を打診しただろう。キズナが新潟に拠点を構える水原家の者に入れ込んでいるのは情報として流れていたが、媛巫女は婚姻を自由に選べるわけではない。キズナほどの媛巫女ならば、それなり以上の男を伴侶とするのが義務となる。無論、龍巳のスペックは同年代では最高峰だ。ゆえに、本来であれば、この二人の関係に口出しすることもなかったであろうが、カンピオーネが相手となれば話は変わる。正史編纂委員会は、無理矢理にでも二人の関係に水を差し、キズナを護堂に近づけようとして、そしてそこで終わっていただろう。

「幸いにして最悪の展開は避けられたわけで、お二人は今駆け落ちハネムーンというわけですね」

「か、駆け落ちというのは少し違うような気もしますけど」

 そもそも逃げる必要がない。今のキズナは力ずくですべてに命令を下せるのだ。

「キズナさんを失った変わりに、草薙さんと関わりを持つ機会を得た。これを生かすために私たちがいろいろと考えているのだということはご理解ください」

「それは、分かっています」

 まつろわぬアテナのように、神々が来襲したらカンピオーネ以外に戦える者はいない。護堂との関係というのは、最悪の事態で舵取りをする上で重要だというのは祐理もよく理解していた。

「まあ、今のはそんな選択肢も検討の価値アリかなという程度ですので、忘れてください」

 二人を乗せた車は目黒方面へ向かって走っていく。

 次第に、太陽が翳り始めた。

 久方ぶりの快晴は長くは続かず、これからまた長い雨がやってくる。そう思わせる暗雲が、立ち込め始めたのだった。 


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