極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

55 / 67
五十四話

 一本の火柱となって燃え上がる帆船は、見る見るうちに傾き、終いには中央から二つに裂けて海の藻屑となって沈んでいった。

 キズナの豪快な虹の矢による砲撃が、帆船を破壊しつくした結果である。

「案外脆かったわね」

「権能に耐えられるもんなんぞ、そうそうないだろう」

 強化した視力で見つめる先には、海中に沈んでいく帆船の船首だけがあった。

 いくらグィネヴィアが用意した魔法の船とはいえ、権能には遠く及ばない。その防御結界も、一瞬も持ち堪えることができなかったのであるから、カンピオーネと神祖の地力の差が窺える。

「草薙君は?」

「死んでない」

 キズナは険しい表情で、帆船の消えた海を見つめる。

 海に沈んだ帆船に巻き添えを食い、そのまま海底に没した、と考えるのは虫のいい話だ。そもそも、それがありえないと思ったからこそ、ここまで大規模な遠距離攻撃をしかけたのである。

 カンピオーネのしぶとさを思えば、海に投げ出される程度わけはない。

「龍巳、離れて!」

 危険を察知してキズナが叫び、龍巳は呪力で筋力を強化して大きく後方に跳躍した。

 キズナもまた、空中へ飛び上がる。

 そこに海中から巨大な何かが襲い掛かった。

 黒い毛皮の怪物。

 ウルスラグナの『猪』の化身である。

 背中には、草薙護堂がしがみ付いていた。

「海中を猪で突っ切ってきたのか。無茶するなぁ」

 事前に調べたところでは、彼が召喚する猪の神獣は、並の神獣を優に上回る戦闘能力を有しているらしい。それも当然で、神殺しの支配する権能としての神獣は、それこそ『まつろわぬ神』に対する切り札になるほどのものである。

 しかし、所詮は猪。突進にさえ注意していれば、問題はない。

 キズナは宙に浮いたままで、猪の動きを見定めようとして、全身を強烈な衝撃波に叩かれてもんどりうった。

「ふぎゃ!」

 ビリビリとする咆哮。猪の口から放たれた衝撃波は、破邪の力でもってキズナの浮遊能力を麻痺させる。

 浮遊感を得た直後、キズナはそのまま落下する。そこを狙い済ました猪が、雄叫びを上げて飛び上がった。

 砲弾を思わせる突進。その進路上にはキズナがいる。

「舐めんな、若造!」

 キズナは聖句を唱えて変身する。金色の耳と尾を生やす九尾の姿だ。空中で身を捻って、キズナは尾を振るい、猪の頬を強かに打ちつけ、その反動で駒のように回転して猪の進路から身体を外す。

 無事、猪との激突を避けたキズナは、そのまま音もなく着地した。

「ちょっと焦った。あぶねーあぶねー」

 手で顔を仰ぎ、猪の飛んでいったほうを見る。

 巨体が着地したところには、一隻の軍艦があった。

 戦艦三笠。

 一世紀以上前に建造された敷島型四番艦で、日露戦争ではロシアのバルチック艦隊と激突し、日本の勝利に大きく貢献した。現在は記念艦として三笠公園に展示され、観光名所となっている。しかし、輝かしい経歴を持つ軍艦も、さすがに神獣の突進には耐えられなかった。

 三笠のコンクリート製の主砲を粉砕し、甲板を踏み抜いた猪は、そのまま身体を揺さぶって三笠の船体を引き千切る。

「うっはあ。やるねー。また、頭の固いお爺さん方の顔が真っ赤になりそうだ」

 キズナは声を出して笑い、猪が大暴れする様を眺める。

 歴史ある戦艦を意味もなく襲った暴虐の嵐。これには、数多の国民が慄然として閉口することとなろう。

「まったく、あれがけっこう重要な遺産だってあなた分かってる?」

「ん? 戦艦だろう。俺も昔行ったことがある。ま、アイツの目の前のあったのが運の尽きだな」

「ふうん……」

 キズナは護堂の言動を観察する。 

 表情や行動から、罪悪感の類は感じていことが窺える。悪いことをした自覚はあるものの、仕方がないと割り切っているのか。

 それにしても、あの猪はキズナではなく三笠に飛び掛るとは。ウルスラグナの十の化身には様々な条件があるというが、おそらくはあの猪の暴走もそういった条件の一つに違いない。

「あんた、確か月沢とか言ったか。万里谷の師匠で馨さんの先輩なんだってな」

「なんだ、わたしのこと知ってたの」

「話には聞いてる。いろいろと世界中で騒動を引き起こしてるみたいじゃないか」

「あんたほどじゃないわよ」

 歴史遺産を事あるごとに破壊してきた草薙護堂に言われたくはない。キズナが破壊したのは、精々がヴラン城くらいのものだ。他は、『まつろわぬ神』や別のカンピオーネの攻撃などによる二次被害に過ぎない。

 コロッセオなど、教科書に載っているような文化遺産をゴミ屑のように粉砕してきた大魔王と比較すれば、キズナのやらかした騒動など大したことはない、と本気で思っている。

「俺はガスコインを倒して、後顧の憂いなくランスロットを仕留めなくちゃいけないんだ。それを邪魔するんなら、あんたも倒すことになるぞ」

 護堂の言葉にキズナは内心で舌打ちをして眉根を寄せる。

 成って一年と経たない草薙護堂と一〇〇〇年前に神殺しを成し遂げ、一世紀以上の実質活動時間を確保しているキズナとでは経験が三桁ばかり違っているのだ。それ相応の自負もある。

「大きく出たな、新参者」

「関係ないな。ガスコインが言ってたぞ。あんたは、歴戦の猛者だってな。アイツで遊べなかった分は、あんたで愉しませてもらう」

「女の子に言う台詞じゃないね」

 キズナは自分の真上に虹の矢を放った。

 上空から落下してきた鉄塊を粉微塵に粉砕する。猪が放り投げた三笠の後部であった。

「おおおおおおおおおおおッ」

 護堂がキズナに突進した。

 『猪』の化身は神獣の召喚に加えて、護堂本人も超人的な突進力を得るのである。

「ふん」

 もちろん、そんな見え透いた突進がキズナに届くはずもない。キズナは九本の尾で護堂の突進を食い止め、弾き返す。

 護堂の化身は複数を同時に使用できず、一度使用すればしばらくの間インターバルを必要とする。その時間がどれくらいなのかは情報がないが、同じ戦いの中で二度、同一の化身を用いたという話はまだ聞いていない。となれば、インターバルは数時間以上ということになるだろう。

 複数の化身を状況に応じて使い分けるというのは確かに強力そうに聞こえるが、使い捨ての切り札に等しいそれらを使用するというのは、並大抵の判断力ではない。

 キズナは草薙護堂と正面から戦うのは、危険であると判断している。彼とは、あまり相性がよくない。

「我は魔を統べる者なり。生ける者も死したる者も須らく我が軍門を守る剣となり、我が砦を守る楯となれ」

 キズナは九尾の聖句を唱える。

 護堂の能力を考慮して、最適な攻撃手段に訴える。

「な……ッ」

 護堂は目を見張って後退する。 

 キズナの周囲を取り囲むように、次々と黒い鬼が湧いて出てきたのである。

「なんだ、そら」

「この権能の能力は身体強化だけじゃあない。支配と召喚。ま、神獣ほどの力もない有象無象だけど、あなたはこういうののほうが嫌いでしょ」

 そう言いながら、キズナは鬼の群れを護堂に差し向けた。

 大小様々な鬼たちは、一斉に護堂に踊りかかる。

 キズナはその様子を遠巻きに眺める。

 これで済めば御の字か。護堂の化身は取り扱いが難しく、すべてが決戦向きである。その一方でこうした雑兵に軽々しく振るえるものではないため、数で押し切れば圧倒することができると踏んだ。

 ヴォバン侯爵との決闘では、エリカが傍にいて彼を支えた。言霊の剣を用意することもできた。しかし、今回はそれらがない

「さて、草薙君の足止めはこれでよし。さっさと撤退して、祐理たちを待ちますか」

 キズナは護堂とアレクサンドルを引き離せればそれでいい。真面目に彼の相手をする必要もないのである。そう思って転移の術を使おうとしたとき、キズナのすぐ隣に一体の鬼が落ちてきた。

「うおりゃあああ!」

 護堂が大声を上げて大鬼をジャイアントスイングし、周囲の小鬼たちを薙ぎ払っていた。

 さらに、ある程度自分の周りの鬼を一掃したら、振り回していた大鬼をキズナに向けて投げつける。キズナは表情を引き締めて飛んで来る大鬼を消去した。

「化身を変えた。怪力、『雄牛』か」

 さらに護堂は捲れたアスファルトをキズナに向かって投じる。音速を超えて迫る岩塊を、キズナは冷静に尾で打ち払う。

 護堂が手を変えたことで、暴れていた猪も消滅した。やはり、怪力の化身に切り替えたと見て間違いなさそうだ。

「チッ」

 キズナは護堂の動きを止めるべく、尾を振るって護堂を殴りつける。

 護堂はキズナの尾を三本目までを出鱈目な体捌きで避けきり、四本目を鷲掴みにした。相当の衝撃があったはずだ。しかし、護堂はしっかと両足で地面を踏みしめて、キズナの尾に耐えると、強大な怪力でキズナを振り回そうとする。

 怪力に特化した化身と怪力にも応用できる権能では力の出力が違うということか。瞬間的な力では、キズナは護堂に及ばないらしい。

 しかし、そんなことは長年の戦いの経験からある程度予測できていた。すべてはフェイク。怪力で尾を掴めば、次にするのは振り回しであろうと予想した上で、護堂がキズナを振り回そうとしたその瞬間を狙ってキズナは権能を解除した。

「ッ」

 護堂を目を剥く。

 手の中にあった金色の尾がただの呪力に戻って霧散する。振り回すために力を込めていた護堂は体勢を大きく崩すこととなった。

「動きがいちいち大きすぎるのよ、あなたは」

 キズナはそこに狙い済ました一矢を放つ。

 虹の矢は狙い過たず護堂の胴体に向かって飛ぶ。殺すつもりはないが、胴体をぶち抜けば殺してしまうかもしれない。まあ、それもいいだろう。どうせ、生き返る。そのような意識で放った矢は、やはりどこか力不足だったのであろう。護堂の身体を射抜くこともなく、その背後のアスファルトを粉砕しただけであった。

「――――消え」

 キズナは驚くよりも前に矢を放つ。視認できなかったが、神速に突入したのであろう。『鳳』の化身だ。矢をばら撒くと同時に、地を蹴って宙に逃れる。護堂の神速は空を舞うものではないはず。冷静に見極めれば、その影を追うことはできる。

 キズナは印を結んで、不動火界呪を唱えた。

「うあっちッ」

 轟、と立ち上る炎に包まれたキズナは宙に浮かぶ火の玉となった。追撃を行おうとした護堂は、破邪の炎に突っ込んでしまい、身体の表面を焼かれたのである。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバ・ボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダマカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバ・ビキナン・ウンタラタ・カンマン……」

 呪力を滾らせ、最強の調伏呪術でもって邪悪な敵を焼き滅ぼす。燃え盛る炎は、キズナを守るように展開して護堂に襲い掛かった。

「くそ、そんなのアリかよ!」

 ときに狼の顎となり、ときに八首の蛇となる炎は徐々に護堂の神速にも迫っていた。

 キズナの霊視が密教系の権能の使用で研ぎ澄まされているのである。聖句は真言であり、唱えるほどにキズナの精神を研ぎ澄ましていく。権能の効能ではなく、長年の修行の成果――――自己暗示の一つである。

 炎に包まれながら、ゆっくりとキズナは地面に舞い戻る。

 アスファルトは融解し、護堂は距離を詰めることができずに後退を余儀なくされる。

 速いだけの『鳳』では、火界呪の結界を乗り越えることができない。

 護堂の動きが鈍くなっているのを、キズナは確かに捉えていた。神速の化身の反動であろう。いきなりトップスピードに入るタイプの神速は心身に負担をかけるものであるという。

 護堂の足が止まりかけたところを狙い済まし、不動明王の手の平をイメージして生成した炎の腕で握り潰す。

「ぐ、くおおあああああああ!?」

 護堂は為す術なく、キズナの炎に呑まれていった。

 カンピオーネの呪力への耐性を考えれば、まだ耐えられるかもしれないが、重傷は免れないはず。しばらく動きを止めてもらって、後でゆっくりと呪縛を解けばいい。

 キズナは炎を消して、護堂の様子を確認しようと足を踏み出した。そのとき、悪寒に身を任せて炎を右手に集中、左半身を庇うように炎の太刀を楯とした。

「く……!」

 ガツン、という金属がぶつかり合う鈍い音が響く。

 黒い刃を持つ日本刀が、キズナの倶利伽羅竜王之太刀と噛み合っていた。

 相手はもちろん護堂である。

「さすがに死ぬかと思ったぞ!」

「なんで普通に動いてんのよ、あんたは!」

 ギチギチと刃が擦れあう。

 天叢雲剣。

 かつて、キズナと共に戦った神剣は、今草薙護堂の右手に宿っているのである。それが、具現化してキズナの太刀と鍔迫り合っている。

 キズナは刃の角度を変えて護堂の刃を逸らし、横薙ぎに斬り付ける。触れれば高熱で相手を消し炭にする炎を刃を、護堂は受け止めずにバックステップでかわした。

「コイツが教えてくれたんだよ。あんたの権能を真似れば、なんとかいけるってな」

 獰猛な笑みを浮かべる護堂は天叢雲を肩に担いでいけしゃあしゃあと言った。

「天叢雲ォ」

 頬を引き攣らせてキズナは黒い神剣を睨み付けた。

 天叢雲剣には、相手の権能をコピーする能力がある。今回護堂がコピーしたのは、キズナの荘子の権能であろう。荘子の権能によって、キズナの炎を逸らしながら、火炎の中を突っ切ってきたのだ。

 かつて、キズナがまつろわぬ帝釈天を倒したときにも使った能力だ。

「わたしのほうが付き合いが長いってのに、なんて熱い手の平返し……!」

「よく分からないけど、コイツ、あんたのこと気に入ってるみたいでな。全力で一戦交えてみたいとか珍しいこと言ってたぞ。知り合いなんだって?」

「クッソ、このボケ刀が。どこまで脳筋なんだチクショウ!」

 《鋼》はどこまでいっても《鋼》か。積極的に情報をリークするタイプではないが、必要となればキズナの権能の正体まで口走りかねない。天叢雲剣は、一〇〇〇年前にキズナとともに戦場を駆け抜けた神剣。つまり、キズナの権能を誰よりも熟知している。そこにはもちろん、キズナの切り札である泰山府君の権能も含まれている。

「まあ、天叢雲には世話になってるしな、俺の願望もあってあんたと戦うのも悪くない。ランスロットの呪縛のおかげで、化身の制限もないしな」

「ほんとに面倒な……」

 護堂の口振りは嘘をついているようには見えない。

 ランスロットにかけられた呪縛はアレクサンドルに関わるものだったはずだが、アレクサンドルと戦うのを邪魔する障害としてキズナを認識することで辻褄を合わせたのだろう。自分にかけられた呪縛すらも利用するとは、さすがカンピオーネだ。

 『鳳』の化身の反動で動けなくなったところで、護堂の仲間に回収させるなど対策を色々と考えていたが、これでは水の泡だ。

 彼の仲間との約束は護堂の呪縛を解くのを手伝うことだったので、変なところで仕事を放り投げるのもキズナのプライドに障る。

「だったら、望み通りにしてあげるわよ!」

 キズナの全身が青白く発光し、雷電を放出する。呪力が急速に立ち上り、尋常ならざる力を発揮する。

「来たれ、不死なる神馬よ。父なる神の雷光を疾く運べ」

 膨大な呪力の後には、白銀の天馬が居丈高に現れる。一目で気の強そうな誇り高い存在であると窺える純白の天馬だ。その背中にキズナは跨り、手綱を握って叫ぶ。

「突っ切れ!」

 危険を察知した護堂が真横に飛び退く。

 その瞬間、駐車場には一条の亀裂が走った。

「うおおおおッ!?」

 爆風で護堂は吹き飛ばされる。雷鳴を轟かせて飛び立ったペガサスが、神速の領域に飛び込んだのである。

 世界が止まって見える。

 雷を纏うペガサスを駆るキズナは初めての神速に気持ちの昂ぶりを覚えた。ランスロットの呼び出した雷雲に飛び込み、電気エネルギーを呪力に変換してペガサスの周囲に蓄積する。

「これが、タルフントの権能か」

 タルフントを名乗りつつ、その神格にはペガサスの要素が多く含まれていたのであろう。始めて現れたときもペガサスだったこともあり、違和感を抱かなかった。

「さて、どこまでいけるか――――試してみましょうか!」

 キズナはペガサスに鞭を入れて、呪力は爆発させる。

 ペガサスは嘶き、巨大な一つの雷光の球と化して、地上に天下る。

 地上まで、実際にかかる時間はほぼ無に等しい。ペガサスの突進を受けた地面は消し飛び、クレーターとなる。

「外した」

 しかし、肝心の護堂はしぶとく生を繋いでいる。

 ペガサスの突進を紙一重で躱しているのである。読まれているわけではないだろう。カンピオーネの勘もあるが、それ以上にキズナが速度を御しきれていないのである。始めて使った権能なので、そういうこともあるだろう。

 二度三度、キズナは突撃を繰り返した。

 なかなか慣れない中で護堂がしぶとく食らいつけている原因を察した。

 天叢雲剣が、護堂の身体を操っているのである。神速の『鳳』を使わないのは、反動を恐れてのことか、あるいは別の何かか。

「なら、次で決める。天叢雲でも対応できない広範囲を巻き込んで、吹き飛ばす!」

 キズナはペガサスの腹を蹴る。

 嘶くペガサスは、全身の筋肉を緊張させて、翼を大きく広げた。溢ればかりの雷光が迸り、突進の際の空気と呪力の壁が古の城壁に匹敵する強度となって護堂を襲う。

 そのとき、東の空に第二の太陽が現れた。

「我が下に来たれ勝利のために。不死なる太陽よ。我がために輝ける駿馬を遣わしたまえ!」

 護堂がキズナの突進に合わせて『白馬』の聖句を唱えた。第二の太陽から、真白な太陽フレアが伸びる。

 民衆を苦しめる大罪人にのみ適用するという『白馬』の化身だが、キズナもまたその資格を満たしていたらしい。

「なぁ……!」

 ウルスラグナの権能の中でも最強の威力を誇る一撃が宙でキズナのペガサスを捕らえた。

 雷と太陽が激突する。

 灼熱が迸り、手綱を握るキズナの視界が白く染まる。

 突進が受け止められ、太陽熱線に押し戻される。呪力の壁が崩れかけ、熱が我が身に届く。

「くぅ、……のぉ。舐めるなァーーーー!」

 喉を裂かんばかりに吼え、キズナとペガサスが死力を尽くす。

 肉が裂け、骨が砕ける。それでも、ペガサスは止まらない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」

 最後の声はキズナのものかあるはペガサスか。

 膨大な呪力を空中で爆発させたことで太陽の熱線は消し飛び、ペガサスも同時に消滅した。破壊的なエネルギーは四方を砕き、地上の護堂の身体を打ちのめして数十メートルも弾き飛ばした。

「ぐああああああああああッ」

 幾度もバウンドする護堂は、倒れかけたフェンスに突っ込んでようやく動きを止めた。

 対するキズナは爆心地に蹲っていたが、少ししてから立ち上がった。荘子の権能で、なんとか衝撃を受け流していたから、直撃を受けても生き残ることができたのである。

 護堂は動かず、キズナは立っている。この戦い、キズナの勝利だ。

「手間をかけさせてくれる……」

 護堂の傍に彼の仲間が駆け寄ってくる。

 エリカとリリアナ、そして祐理だ。

 少々、想定外にも激しい戦いとなったが、これで護堂の呪縛は解けるだろう。アレクサンドルもうまいことやった頃だろうし、護堂がランスロットとの戦いを望むのなら、傷の治療をしてから挑めばいい。

 エリカとリリアナが目礼して、キズナに礼を示すのを確認して終わったことを確かめ、そしてキズナは転移の術を使ってその場を後にした。

 

 

 

 龍巳の下に転移したキズナは、ふぅとため息をついた。

 相手が思いのほか強かったこともあったが、天叢雲剣や言霊の剣など草薙護堂はキズナにとって天敵となり得る要素の強い相手である。それにここぞというときの勝負強さもある。成長していくだろう。敵とするのは、危険なので、友好関係を築くか、あるいは関わらないか、幸い馨との繋がりもあり政治的に断絶した仲ではないので今後のやり方次第で衝突を回避するすべはあるだろう。

 猪によって荒らされた三笠公園は、龍巳が事前に張った人払いの結界によって人気はない。戦艦三笠が海の藻屑と化したことを、世の人が知ったらどうなるか。

 龍巳は、キズナを見て呟く。

「ボロボロだな。今回も」

「毎回そうってわけでもないけどな」

 そうは言いながらも、同格や同格以上の相手と日々戦っているので、五体満足で済むのは珍しい。荘子の権能の効果がなければ消し飛んでいるような戦いが幾度もあった。今回もそれに近いと龍巳は言っているのだろう。

「ふん。まあ、新参にしては筋はいいんじゃないの?」

 先輩風を吹かせてキズナは腰に手をあて、呟く。

 その動きが負担になったのか、キズナのボロボロな衣服が悲鳴を上げた。

 がさり、と嫌な音がした。

 冬の気配が混じった冷たい風が、地肌を撫でる(・・・・・・)。晩秋の空気は、曝け出された上半身には冷たすぎた。

 キズナは否応なく冷や汗が吹き出てくるのを感じ、笑みを凍らせた。

「う、ん。まあ、あれだな。身体はボロボロってわけでもないみたいだ、な」

「うあああああああああああああああああああああああああああああああッ」

 真っ赤になったキズナはその場に崩れ落ちた。

  

 




護堂の登場シーンは、初めは神速で泳いでくる予定だったのですが護堂なら不意打ちに猪をやらかしそうだと思って変更しました。
神速は移動時間を改変するものなので、泳ぎでも水の抵抗とか関係なしに移動できるのが強みですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。