極東の媛魔王《完結》   作:山中 一

64 / 67
六十三話

 崇徳院は遠く離れた地で頼長が消滅したことを理解すると共に、にやりと笑みを浮かべる。

 どうやら神殺しは復調したらしい。頼長は優秀な家臣であったが、力関係を考えれば到底勝てる見込みはなかった。

 それを思えば、敵の居場所を明確化したということだけでも成果と言えるだろう。

「陛下」

「うむ、神殺しめ。生き急いでいると見えるな」

 愉快なことだ。

 この世の道楽は余さず嘗め尽くす所存だが、やはり敵を蹂躙する快感は捨て難い。怨霊という荒ぶる神となった影響だろうか。和歌に漢詩、舞に雅楽と楽しみは多々あるが、生前と大きく変わった点はそこに闘争が含まれるようになったことだろう。もちろん、『まつろわぬ神』である崇徳院は生前の崇徳院とは異なる存在だ。本物の崇徳院がどのような考えを持ち、どのように生きたのかは知らない。彼が知るのは、あくまでも自分を構成する物語に描かれた人生だけだ。

 だが、それでいい。

 語られるからこそ怨霊なのだ。

「撃滅せよ」

 崇徳院の言葉は呪いとなって怨霊たちを縛り上げ、濃密な呪詛を帯びた爆弾となる。怨霊は大気に溶け込んでおり、京都市内の全域をすっぽりと覆い隠している。それはつまり、京都市そのものが崇徳院の体内とも言うべきものとなっているのと同義であった。

 そのようなところに飛び込もうという時点で、後先を考えていないと判断できる。あるいは、対策を講じてきたか。どちらにしても、敵が立ちはだかるというのは面白い。許し難いが、自分に愉しみを与えるというのだから鷹揚に接してやらなければならないだろうと、崇徳院はこれから神殺しがどのような行動に出るのか期待しながら状況を見守った。

 目を瞑って怨霊の一部と視界を共有する。

 自分の支配する土地ならば、どこにいようと崇徳院の目から逃れることはできない。二人の神殺しが雷の軌跡を残しながら黒い雲に突入するのを確認する。

「そこは死地だぞ、神殺し」

 呪いの雲は神殺しにすら影響を及ぼす。まして、移動手段として用いているペガサスではそれほど長時間耐えることはできないだろう。すぐにでも支配権を逆転させ、大地に叩きつけてやろうと呪詛の力を底上げしようとして、崇徳院は心身の不調を感じた。

「何……?」

 驚愕に目を見開く。

 崇徳院の身体そのものでもある、暗黒の雲が黄金の光によって両断されたのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 見るからに重そうな黒雲は、しかし物質としての重さを持たない架空の存在だ。頭をぶつけたところで、触れたという感触すらも得られないだろう。その一方で、あらゆる生命を侵す毒でもある。物理的な干渉はないが、命ある者総ての精神に働きかけるそれは、ある種の薬物と同じように人間の中枢神経に作用して、魂が抜けたような状態を作り出してしまう。

 やがては無くした思考を崇徳院の怨霊が奪い取り、肉を持つ怨霊という形で実体ある軍団を形成する。

 これは呪力の雲でもあるため、抵抗力のあるキズナたちカンピオーネには大した問題にはならないが、大気と同化しているために吸い込んでしまう可能性はある。

 カンピオーネであっても、体内からの攻撃には弱い。呪術師の呪術ですら、体内に流し込まれれば効いてしまうのだ。

 だが、今となってはその心配もない。

 天かける白銀のペガサスの周囲には、黄金の星が舞い踊っている。

 あたかも暗い夜を照らす天上の星々のように、護堂の言霊の剣が崇徳院の怨霊を斬り裂き、無効化しているのである。

「展開範囲を広げて!」

「分かってる!」

 護堂は剣に念じて、竜巻のような動きをさせ、暗黒の雲を完全に打ち消すとそのまま街中に剣を走らせた。

 護堂の剣に触れた空気が浄化され、人は怨霊を取り払われて気を失った。崇徳院の呪詛がまったくと言っていいほど効果を発揮しない。ペガサスが通った後には、正常な世界が戻っていた。

 言霊の数をとにかく増やさなければ間に合わない。

 エリカとリリアナを探しながら、護堂は必死に知識を口に出して剣を作り続ける。

「草薙君。まずは、わたしたちの身内から取り返すよ!」

「当たり前です。でも、居場所が!」

「それは大丈夫。とっくに、探り当ててるからさ!」

 ペガサスに鞭を入れて、さらに加速。ジグザグに飛びながら、キズナは京都の上空を弧を描くようにして飛ぶ。京都タワーの足元を指差すキズナ。護堂がそちらに目を向ける、見慣れた黄金と銀の髪が目に付いた。

「エリカ、リリアナ!」

「都合よく龍巳もいる。どうやら、わたしたちへの備えとして戦えるのを集めたみたいね」

 だが、それはこちらにとっても好都合である。

 助けるべき人が一箇所に纏ってくれれば、一回の救出作戦で事足りる。面倒が省けるのだから楽でいい。エリカやリリアナ、そして龍巳。三人とも、人間の中では高位の実力者ではあるがペガサスの神速を見切れるほどの心眼には至っていない。

「一息に浄化しちゃって!」

「いけッ!」

 キズナに声をかけられるまでもなく、護堂は下方に向けて剣を飛ばす。流星のように落ちる剣は囚われの身となった三人をはじめとするその場にいるすべての人々の身体を貫き、怨霊を消し飛ばす。無論、人体にはなんら影響はない。日光で猿に姿を変えられた人々を助けたときと同じだ。言霊の剣は、人体には無害なのである。

「やった! 来た!」

 変質した龍巳との縁が正常に戻るのを感じ取り、キズナは歓喜の声を上げる。作戦成功の感触は護堂にも伝わっていて、安堵の息を漏らす。

「あ、あいつらを安全なところに運ばないと!」

「それはわたしがやるわ。草薙君が、しっかり敵の怨霊を削ってくれれば、式神で倒れた人を救出できる!」

 キズナはペガサスに乗りながら、九尾の権能を使った。

 尾は一本だけに抑える。ここで重要なのは、まず怨霊から解放された人々を安全な場所まで退避させることである。式神を地上に召喚し、ひたすら浄化された後方に運ばせる。

 キズナの背筋が粟立ったのはそのときだ。ぞくりとした危機感に、勘任せの乱暴な手綱捌きで急降下する。一瞬前までペガサスが飛んでいた場所を、青い光線が射抜いて消える。

「為朝ッ」

「あの弓の神様かッ」

 狙撃してきたのは、源為朝である。さすがは、剛力と正確無比な射撃で鳴らした武将。その存在を意識して飛んでいたのが幸いしたが、そうでなければ今の一矢で終わっていた。

「怨霊の数も増えてない!?」

「崇徳院がどんどん召喚してるからだ! くそ、物量で押し切るつもりかよ!」

 護堂の黄金の剣も言霊を紡ぐごとに数を増やしている。

 しかし、斬れば斬るほど切れ味が鈍る黄金の剣は、無限に作れるものではないという欠点も抱えているのである。あるところまで増えれば、後は消費していくだけ。余計なものは切れない。

「草薙君。あなたは、崇徳院を直接斬るのに集中しなさい。他の怨霊共もそれで消えるでしょ?」

「ああ、でも……」

 砲弾のような矢の雨をキズナは躱し続ける。一瞬の判断ミスが命取りになる生死の綱渡りを、驚くべき判断力で切り抜けるのだ。それはキズナの勘が為せるわざ。護堂よりもはるかに研ぎ澄まされた巫女の勘が、進むべき道を指し示す。

 普段よりもずっと、明確に「先」が視える。導かれているかのような気持ちにすらなる。

「お、おい。ちょ、これ!」

 護堂が思わず声を漏らす。

 為朝の放った矢が空中で分裂し、カクカクとした神速破りの挙動を取りながら扇のように広がったのである。弓の神ならではの脅威の神技である。

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」

 キズナは不動明王の破邪の炎を右手に集中し、一振りの太刀を作り出す。

 その切先を、正面に向け紅蓮の炎を矢の檻に叩き付ける。燃え盛る炎と熱が、矢の雨の真ん中にトンネルを形成した。

 ペガサスは神速を緩めることなく、その僅かなトンネルを潜り抜ける。

「ぎ、ぎりぎりだな」

「生きてんだからいいでしょ。それより集中」

 黄金の剣を周囲に展開するペガサスは、大気を浄化しながら地面すれすれを飛ぶ。為朝の矢を警戒し、建物の影を利用する。そのまま、崇徳院を中心にして弧を描くように走り抜ける。

「崇徳院がヤマタノオロチを召喚できたのは、安徳天皇との繋がりがあったからだ。怨霊として恐れられた崇徳院は、早い段階から平清盛を利用して国家転覆を図ったと思われた。清盛を政治的に対立していた後白河院が崇徳院に呪詛される対象だったことと、武家政権への移行が崇徳院の呪いが成就したものと考えられたからだ」

 護堂は守りをキズナに任せ、言霊を紡ぎ続ける。

「崇徳院は国家転覆の呪いを書き込んだ経典を竜宮城に投げ込んだとされる。そして安徳天皇は竜神と同一視される。それもただの竜神じゃない。天叢雲剣を抱えて沈んだ逸話から、ヤマタノオロチと縁を持つようになるんだ。それは崇徳院の呪いを受け取った竜宮の神が安徳天皇を送り込んだとも取れる。同盟神として蛇神を呼び出せるのは、この逸話があるからだ」

 黄金の剣を走らせて護堂は崇徳院を狙う。

 その黄金の剣を、為朝の矢が次々と弾き返していく。矢に射られても、剣は消滅しない。しかし、恐るべき速射と正確性によって弾き返されて遠距離からでは崇徳院を斬り付けることができない。

「くそ、なんてヤツだッ」

「為朝にちょっかい出すしかないね。――――来たれ、不死なる神馬よ。父なる神の雷光を疾く運べ」

 ペガサスの身体から雷光が零れ、ゴロゴロと雷鳴が轟く。

 輝く紫電はキズナが跨るペガサスよりも一回りほど小さなペガサスを生み出した。数十からなる雷のペガサスは、その半数の馬首を為朝に向けた。

「チィ……ッ」

 為朝は舌打ちをして、矢でペガサスを射落としていく。しかし、ペガサスは雷光の塊でキズナが跨る神獣としてのペガサスとは異なる。貫通したところで、止められるものではない。

 降り注ぐ雷に、為朝は打ちのめされる。あたかも爆撃のような雷の連撃は、為朝の足元を崩し、鎧を叩く。

「オロチよ」

 崇徳院の呪力が怨霊を刺激し、ヤマタノオロチを叩き起こす。大地が鳴動し、地割れが生じ、地底から八つの鎌首を擡げる巨大な蛇神が這い出てきた。

 崇徳院に向かっていたペガサスは、次々とヤマタノオロチの身体に激突して砕けていく。ヤマタノオロチも無傷ではないが、《蛇》の再生能力なのかそれとも崇徳院から呪力を供給されているのか傷を即座に再生する。

 ヤマタノオロチが吼える。

 八つの顎から炎が噴き出し、風雨が起こる。

 さすがの威容だ。巨大な怪物というのは、それだけで威圧される。もっとも、後顧の憂いが取り払われた神殺し二人は、強大な敵の出現に戦意を高めるだけである。

「余の神格そのものを斬り裂く神殺しの剣か。小癪な力を振るう」

 崇徳院は自分の力が斬り裂かれていくのを理解している。

 直接斬られるのは、さすがに危険である。

 ではどうするか。為朝も敵の雷撃の応酬に手を焼いている。こちらにはヤマタノオロチがいて、戦力に不足はないが、かといって総てをヤマタノオロチに任せられるものでもない。本来のヤマタノオロチに比べて、崇徳院の同盟神として呼び出されたあのヤマタノオロチは、幾分か格が落ちるのである。

「だが、その剣。限界があるようだな」

 崇徳院は自ら呪力を練り上げる。

 右の手の平には、小規模な太陽。黒い劫火の塊を、縦横無尽に空を駆けるペガサスに向けて解き放つ。

 野球ボール大の太陽は、ペガサスを飛び越えて雲の中へ消える。 

 そして、雲を消し飛ばす強大な球体となって地上に落下してきた。

 神速で飛び回るペガサスならば回避可能。しかし、地上に与える影響があまりに甚大である。

「根こそぎ吹き飛ばすつもりかよッ」

「ま、まずい。避難させた人たちも巻き込まれるッ」

「くっそッ。斬り裂け!」

 護堂は落ちる漆黒の太陽に向けて黄金の剣を集中させた。黄金の光が網のように折り重なり、太陽を受け止める。崇徳院の力である以上、黄金の剣は太陽すらも斬り裂いてみせる。が、あまりに強大な太陽は、化身の一つでしかない『戦士』とでは出力が違う。

 受け止めることはできても、すぐに消滅に導くまでには至らない。

 さらに、為朝の矢とヤマタノオロチの炎と雷撃がキズナを狙って放たれる。崇徳院が目の前にいるのに、後一歩が届かない。

「ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ!」

 キズナは虹の矢をヤマタノオロチに向けて放つ。分散した矢が蛇神の巨体を余すことなく打ち据える。苦悶の声を漏らすヤマタノオロチは身を捻り、大地はその都度振動する。

「神殺し共が。陛下のお力になんたる非礼! ただでは済まさんぞ!」

 為朝も怒り心頭といった様子で弓を引く。

 全体として戦況は拮抗しているものの、護堂の剣が尽きれば一気に形勢不利に陥ることであろう。そして、護堂の剣の大半は崇徳院の太陽を受け止めるのに使われてしまっている。

 それすらも、厳しい状況である。圧し負ければ、京都市の大半が炎に包まれることとなる。その範囲には、キズナが逃がした多くの人々がまだ応急処置を受けている。想像以上の攻撃範囲に、避難が間に合っていない。ペガサスの速度で爆発から逃げることはできても、大事なものを守ることはできない。

「どうする!」

「崇徳院を直接どうにかするしかない」

 上下を挟まれて空を右往左往するキズナたちは、未だに崇徳院に近づくこともできないが、勝負をかけて崇徳院を斬ることができれば、あるいは打ち倒すことができれば、戦いはこちらの優勢に持ち込める。

「わたしがやる。草薙君、ちょっと手伝ってもらうわよ」

 生唾を飲んだキズナは、手綱を握り締めて崇徳院を見下ろした。

 

 

 

 □

 

 

 

 崇徳院は黒い瘴気を身に纏い、空の太陽に呪力を注ぎ続けていた。

 為朝とヤマタノオロチも対空攻撃を繰り返し、ペガサスを撃ち落そうとしている。神速を見切る目を持つ為朝の矢は、ペガサスによる高速戦闘を以てしても決して優位に立てるものではない。

「いつまでも余を見下ろすでないぞ、不埒者め」

 さらに、崇徳院は太陽を強める。

 黄金の剣に太陽は削られているが、同時に太陽もまた黄金の剣を削っている。相性の悪い相手であっても、圧倒的な力で押し潰すことができる。剣の脅威は認めるが、斬られなければどうということはない。

 崇徳院は護堂の力の限界値を非常に正確に推し量っており、黄金の剣が絶対的な力を持っているわけではないことを理解していた。

 このときまでは崇徳院も余裕を持っていた。このまま圧し勝てる自信があったからだが、距離の概念を捻じ曲げてキズナが自分から数メートルのところに出現するとさすがに表情を変えざるを得なかった。

「だあああああああああああッ」

 キズナは倶利伽羅竜王之太刀を握り、九本の尾を振り乱して崇徳院に斬りかかった。

「金山彦よ」

 崇徳院は一歩後退しながら刀剣を八挺作り出してキズナに射出する。

 案の定、崇徳院は近接戦闘能力に乏しい。武将ではなく本質的に戦う者ではないのだから当然である。作り出した刀剣を振るうのではなく、投じたのもその推測を裏付けるものである。

 キズナは尾を振るって崇徳院の刀剣を弾き飛ばし、九尾の権能で底上げした身体能力を駆使して崇徳院に迫った。

 崇徳院にとっても、キズナの強襲は予想外のものであった。

 転移についてもそうだが、仮にただ転移しただけならば即座に対処することができただろう。しかし、現実にはキズナは今でもペガサス(・・・・・・・)の手綱を握っている(・・・・・・・・・)

「分身、それがそなたの権能か!」

 追い込まれてもなお笑みを浮かべながら、崇徳院は言った。胸は真一文字に斬り裂かれ、束帯は焦げ付いている。炎の太刀の切先が、崇徳院の身体を捉えていたのである。

「おまけに、その尾。狐の子が九尾の権能を振るうか」

「ちぃ、減らず口を」

 キズナは地面を踏みしめて、崇徳院に襲い掛かる。対して、崇徳院は今度は後退しない。

「余に迫ったことは誉めてつかわす。だが、余の前に出れば次はないと、そなたの母に伝えていたはずだぞ、神殺し」

 炎の波が立ち昇り、津波となってキズナを迎撃した。

 空の太陽を維持しながら、キズナに対しても強大な権能を振るう。近接戦に劣る分だけこうした呪術に近い権能の威力は凄まじい。

「京を焼いた太郎焼亡の劫火だ。篤と味わえ」

 炎に包まれたキズナは前すら見えない状況だろう。炭化すらも許さない。骨も残さず、跡形もなく焼却する。キズナの分身には驚かされたが、神殺しが二人に増えるというわけではない。その存在感はオリジナルに劣る。キズナの肉体が炎の熱で融解するかのように見えたまさにその瞬間、キズナの服の内側から飛び出した黄金の光が崇徳院の炎を打ち消した。

「何……!?」

 キズナの転移は、彼女自身によって崇徳院を斬り捨てるためのものではなかった。

 護堂の言霊の剣を崇徳院の正面に送り込むための転移だったのである。剣は高速で舞い上がる。崇徳院は炎や雷撃を放って言霊の剣を迎撃しようとするが、それが崇徳院の力である以上、言霊の剣を止めることはできない。為す術なく、崇徳院は言霊の剣に斬り裂かれた。それを確認し、ダメージを負っていたキズナの分身はゆらりと解けて消える。

「お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおッ」

 黄金の剣に斬られた崇徳院の身体から、呪力が抜け落ちていく。

 空の太陽の形が崩れ、崩壊していく。弱った太陽は、そのまま護堂の言霊がこれでもかと斬り裂いて消滅させた。

「いよっしゃああああ」

 空でキズナが片腕を挙げて喜びを露にする。

 目に見えて崇徳院の力が弱まった。怨霊を支配することができず、京都市内を覆っていた闇が晴れていく。

「陛下ァーーーーーーー!!」

 為朝が崇徳院に駆け寄ろうとするのを、崇徳院は制止する。

「よい」

 冷や汗を浮かべる崇徳院は空を見上げる。

「余の敵に相応しい。余が国を統べるのにこれほどの試練はないぞ……。認めよう神殺し。そなたらは、よき敵だ」

 崇徳院は怨霊神としての力の大半を奪われながらも、膝をつかない。

 凄まじい執念にキズナは改めて気を引き締める。

「貴様ら! 陛下のお身体に傷を付けるとは、無礼にもほどがある! もはや許さんぞ!」

 為朝は頭の血管が切れるのではないかと思えるくらいの形相で叫ぶ。

 雨のような矢を降り注ぎ、ペガサスを襲う。ペガサスの身体にもすでにいくつもの裂傷が生じ、速度も鈍りつつある。

「つ、月沢さん。このペガサス、大丈夫なんですか!?」

「ちょっと、疲れてるかも。怪我もしてるし、正直限界が近い!」

 ペガサスの速度が遅くなれば、為朝の矢から逃れることができない。崇徳院やヤマタノオロチの攻撃から逃れるのも難しくなる。どこかで、戦い方を変える必要があった。

「どっちがどっちをやる?」

「……わたしが崇徳院とヤマタノオロチ。手札の多い崇徳院とあなたじゃ、相性が悪いでしょ」

「俺もアイツをぶっ飛ばしたかったんですけどね」

 キズナも護堂も共に崇徳院に仲間を傷付けられた。二人揃って、崇徳院を自分の手で倒したいという思いがあった。

 とはいえ、護堂は以前崇徳院の多彩な技に追い詰められて敗走しているし、年上かつここまで戦術的に助けられたキズナの言葉にはとりあえず従おうと思えた。それは体育会系の人間としての本能のようなものだった。戦う上で、最も効果的だというのも、分かっていた。

「ただ、あなた為朝とも相性悪いんじゃない。剣は使えるの?」

「残ってるのを作り変えればなんとか。それに剣がなくても戦えないってことはない」

「そう、なら決まり。できるだけ為朝の近くに降ろすから、頑張れ」

 キズナは呪力をペガサスに注ぐ。

「さあ、最後の一仕事、頼むわよ」

 ペガサスは美しい弧を描き、馬首を為朝に向ける。一際高らかに嘶いて、ペガサスは虚空を蹴って加速した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。