百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
その日の夜、三人は血眼になって立香を探した。
昨日に続いて部屋はもぬけの殻だった。暫く様子を見るつもりだったのだが、我慢の限界はすぐにきた。立香の身体を貪ろうと、深夜のカルデアを徘徊するその姿は狼そのものだ。
獣達の視線をくぐり抜け、立香は走り続けていた。三人は廊下に響く足音、空気を震わせる息、そして僅かに残った匂いを追って着実に小鹿を追い詰めていく。
その気になればすぐに終わらせられるこの鬼ごっこを続けていたのは、彼女達の嗜虐的な昂ぶり故か。
そしてついに立香の足は疲労で動けなくなった。身を隠すため、一番近くの空き部屋に立香は転がり込む。
「どこにいるのですか?」
扉の向こうで頼光の声がした。
「姿を見せて頂かないとこの頼光、鬼になってしまいます」
立香は両手で口を覆い、必死に息を潜めた。
だが頼光はその場から一歩も動かない。
「安珍様はどこにいらっしゃるのでしょう」
清姫が嘲うかのようにやってくる。
「……他のどこにも居られない」
静謐のハサンの静かな声が、しかしはっきりと聞こえた。
「私達はあなたの居場所を知っている」
スライド式のドアが開く音がした。
一番初めに部屋に入った頼光の容赦の無い平手打ちが立香の頬を襲った。
そして痛みで怯んだ隙を突き、か弱い少女をベッドに投げだす。
それでもなお逃げようとする様子を見て清姫と静謐のハサンが両腕を拘束し、頼光が立香の腹の上に乗った。
「マスターには少し、折檻が必要ですね」
そう言って見下ろす頼光の視線は冷たかった。
彼女は立香の首を即死しない程度に絞めた。
「誠意を込めて謝って下されば母は許します。
さあ、早くしないと本当に死んでしまいますよ?」
頼光はいつものように柔らかく笑っていた。
立香は持てる全ての力を使って声を出そうとするが、掠れた息が咽を通るだけだった。不自然に痙攣する身体が怯えて震えるかのように助けを訴えているが、救いの手は何処にもない。
「本当に反省しているなら声を出すこと位容易な筈。さあ!!」
頼光はさらに両手に力を込めた。
立香の意識が混濁していく。両目はあらぬ方向に向き、舌はだらしなく垂れ、不自然な嗚咽を口から漏らす姿を見ればこれ以上は取り返しのつかないことになるのは誰にでも分かることだ。
全身の痙攣が一層増していき、そして最後に一際大きいのは放って立香は動かなくなった。
「死んでしまいました」
頼光は言った。それが何でもないことのように。
「分けましょうか。私は後ろを」
「私は前を」
「……私は口を」
三人は動かない立香を弄ぶ気でいた。
屍姦と呼ばれるそれは人の尊厳を踏みにじり尽くす行為そのものだ。だが三人はそれを愛の証明だと信じてやまない。全く無抵抗のその身体を蹂躙せんと三人はその手を伸べた。
「なんてね」
立香の口が歪む。
油断して力の抜けた三人を振り払い、ベッドを飛び降りて立香は床に躍り出た。
三人の顔が怒りに震える。
「どういうことです?
反省したのではないのですか」
「反省してたら声出してるよ?」
立香は笑った。
その挑発に三人は激昂する。最早辛抱ならんと、それぞれが武器を構えて飛び上った。数秒後には立香はただの肉塊になっている筈だった。
しかし──。
「出番よ、モードレッド!!」
「待ちくたびれたぜ!!」
隣の部屋に隠れていた赤い激情が雷を纏って壁を破壊し、立香の前に現れる。魔力の奔流を走らせた剣の一振りは三人を軽く吹き飛ばした。
「しかし凄い演技だったな。肝が冷えっぱなしだったぞ」
「なんか変な河が見えたけど、モードレッドを思ったら戻ってこれた」
「三途の川渡り掛けてんじゃねえか!?」
無茶し過ぎだとモードレッドは立香の額にチョップを入れる。
その様子を三人はゆっくりと立ち上がりながら、暗い瞳で見つめていた。
「こんな所で惚気られては嫉妬してしまいますわ」
清姫が声を低くして話す。
「どうだ?
結構いい女だろ。俺の彼女だ」
立香と三人は顔を赤くした。そんなことはお構いなしにモードレッドは続ける。
「こっちはとうの昔に沸点は超えてるんだよ。どうだ、カルデア(ここ)でやるか?魔術王のお使いさんよ」
三人の表情が電源が切れたかのように一転して無くなった。
「いつから気付いていた?」
静謐のハサンの声を使って話す。その口調は彼女の本来のそれとは似ても似つかぬ程に尊大で傲慢だった。
「最初からさ。
お前が今話してる奴の身体は凄まじくてな。二度触ればどんな英霊でもあの世行きだ。だがこいつは見たんだとよ。お前らが行為中にぶつかって何度も肌が触れ合うのを」
それは静謐のハサンの持つ能力からは考えられない現象だった。
「そして確信したのはたった今、あなたが分けようなんて言ったからよ」
「そう。独占欲の塊みたいな奴らが、仲良しこよしで皆で使いましょうなんて言う訳ねえだろうが!!」
モードレッドの言葉に三人の体を使って敵は邪悪な笑みを浮かべた。
「幾つか教えてやろう。この一件は魔術王の差し金ではない。我の独断だ」
彼女達の口から、赤黒い瘴気のような物が飛び出して空中に浮遊する。
「そして我が名はアスモダイ。72柱が一柱、第三十二位の色魔アスモダイなり」
霧の中から一つの大きな眼が開かれ、立香達を見つめた。
「はん。とびきりの色情魔が相手ってことか」
モードレッドが剣を構える。
「ここで戦っても勝ち目はないよ。流石の魔神柱でも多勢に無勢じゃない?」
立香が言った。
「抜かせ。英霊共はまだこの騒ぎに気付いてはいまい。この小娘共が万が一何者にも操られていなかった場合を考慮して他の者には言っていないのだろう?
わざわざ使われていない施設に逃げ込んだのもその為だ」
「馬鹿か?
これだけ大きな存在反応だ。ロマン達が気づかない筈がない」
その通りだとアスモダイは言った。
「だが猿公。時間稼ぎにはなった。何、ここで戦わなければ良い話だ」
その瞬間、空間に暗黒が広がった。人も物もないただの闇。その中心にアスモダイは本来の柱の状態で立っていた。
「応援は来ない。いや来れないと言った方が正しいか。とにかく他とは断絶した空間に引き込ませて貰った。
人類最後のマスターよ、我はお前を殺しはせん」
柱に開かれた無数の目玉が一斉に笑った。
「朦朧の希望たるお前を捕らえ、その肉体に絶望を刻み込んでやろう」
戦闘入れなかった……