百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
愛しの彼女は薄暗い鉄格子の彼方。
清姫は冷たいコンクリートの上で膝を抱える立香を見つめていた。
「ご機嫌よう、安珍様」
立香は即座に否定する。
「私、そんな人じゃない」
清姫は武家の娘らしい凛然さで姿勢良く屹立していた。それとは対照的に立香の目の下には隈が出来、身体も少し窶れている。
陰鬱とした表情で俯きながら立香は言った。
「あなたは何も見えてない」
立香は蹲った。
清姫にはそれが泣いているように見えたが、何故そう見えるのかはよく分からなかった。
「私は女」
「知っています」
「年は十六」
「存じていますとも」
「では私の名前は?」
清姫は首を傾げた。
「安珍様でございましょう?」
その言葉が立香の心に火を付ける。
「違う!!」
鬱蒼とした心を燃える激情が照らし出した。立香は頭を掻き毟って立ち上がり、声を荒げる。
「何回言えば!!
あと何回言えば清姫は知ってくれるの!?
私の姿を、心を、名前を!!」
鉄格子掴み、立香は叫ぶ。
細かい唾が清姫に掛かるほどだったが、しかし当の本人は全く涼しい顔をしていた。
「私には貴方だけ。なのに何が気に入らないのです?」
それが立香の心を逆撫でする。
立香は鉄の隙間から手を伸ばし、清姫の髪を鷲掴みにして自分の方に引っ張った。鈍器で殴られたような音が牢獄の中でこだまする。今、二人の額は鉄格子越しに接していた。
「私を見ろ」
視線がふつかる。瞳から発せられる狂気めいた光に魅入られながら。
清姫は自分を強引に求めようとする力強さに恍惚としていた。
「愛しています、マスター。世界で一番」
清姫が微笑んだ。
それを聞いて、立香の表情は少しばかり和らいだ。
暫くそのまま二人はじっとしていたが、鉄が頭を冷やしたのか、立香は冷静さを取り戻した。
「……ごめんね。さっきの痛かったよね」
申し訳なさそうに額を撫でたあと、立香は愛おしげに清姫の頬に触れた。
「でも清姫がいけないんだよ?
貴女が私を中々好きになってくれないから……」
そう言って、立香は牢獄の鍵を開けた。
今この牢獄において、憐れな罪人は清姫、身勝手な断罪人は立香である。牢を開けたからと言って立香が清姫を許した訳では当然ない。立香は牢屋の中に入ると、内側から施錠し、鍵を鉄格子の外に放り投げた。
「これでずっと。
ずーっと一緒だね」
「はい、マスター」
指と指を絡ませ、今度こそ本当に額をくっつけながら二人は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やっと恋人になれたね」
立香は優しく清姫に口づけた。
「足りませんわ、マスター」
今度は清姫の方から立香を求めた。
こうして互いが互いを欲しながら心に灯った焔を煽り続け、焼き尽くすような業火にしていく。舌を絡め、体位を変え、大きな瞳で見つめ合いながら。
一通りし終わって、二人は握りしめた両手の力を緩めた。清姫が口の中に残ったものをごくりと飲み込む。それを見て立香はもの欲しそうに人差し指を加えた。
「私は清姫さえいたら何もいらない」
立香が清姫を強く抱きしめる。
だから、清姫は言ってしまった。
「私はいつも貴方だけのものですよ、安珍様」
するりと立香の両腕の力が抜けた。
「辛い、苦しい、悲しい……?」
瞳の光が徐々に失せていく。まるで涙で流れ出てしまったかのように。
「……憎い」
立香が呟いた。
「憎い、憎い……」
全身が熱い。
「憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎」
焔はもう、人を焼き殺せる程に燃え上がっていた。
気がつくと、そこには一匹の白い大蛇がいた。清姫は立ち上がり、蛇の前へ出た。
大蛇の口が大きく開かれる。飲み込まれる直前、清姫は思った。
───嗚呼、
清姫は全てを受け入れた。
一応埋め合わせのつもりだけどハッピーエンドがよかった人は御免な。清姫のハッピーエンドって凄く想像し辛いんだ。