私たちに優しい世界へ   作:桔梗

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第10話 笑み

 

 

 只々、救い難く憎らしい、だけどもそれは赦されない――。

 

 

 

 

 その槍を見て呆然としたのはコンマ秒にも満たない僅かな瞬間だけだった。

レイン、一誠、真琴の三人の足元に一瞬だけ魔力が満ち、爆破にも似た超速移動を行った。

魔力を用いた『瞬動術』というこの移動法は、完成系ならば移動したと思わせない静かな超速移動を可能とするが、今は追いつくことが最優先で、足場にした地面や屋根に亀裂が入ろうと気にせず駆ける。

イリナとゼノヴィアを置いてきたが、あの二人なら後で追いつくだろうと今は思考から排除する。

 

(―ダメだ)

 

 だが間に合わない。

このままでは教会ごとあそこにいるであろう全員があの槍に蒸発されてしまう。

諦めかけた一誠の目に、巨大な魔剣が映り込んだ。

魔剣は砕かれながらも槍に対抗し、少しその速度を落とした。

 

「―レイン!赫雷(セキライ)!」

「チャージが」

「吸え!!」

 

 走りながら単語だけで会話をし、腕をレインに突き出す。

命令形で言ったおかげか、今の現状を理解しているからか、はたまたその両方だろう。レインは迷わずその腕に噛みついた。

 龍の鋭い歯が腕に食い込み、肉を裂き血を溢れさせる。

赤龍帝という神をも殺す潜在力を宿した極上の龍の血を飲み、一時的ではあるがレインの龍としての力が極大化する。

 

 ―バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッッッッ!!!!!!!!!

 

 赫色に染まった雷がレインから吹荒れる。

赤龍帝の力を込め、変質したその雷は本来ならば帯電する時間に応じて威力を上げていくのだが、その工程を血を飲むことで無理やり省いたのだ。

流れ出る雷を纏め上げ、巨大な砲弾と化した。

 

「い、ケぇぇえええええええええ!!!!」

 

 後の事は考えない自分の力量という器を超える力を撃ち出した。

雷速を突破したであろうその砲弾は、最後の魔剣を砕いた槍に着弾し、光と稲妻を撒き散らしながら凄まじい衝撃波を生み出した。

 

「先行く」

「ありがと、レインちゃん」

 

 主二人に頭を撫でられたレインは、その場に倒れ込んだ。

一瞬とはいえとんでもない量の力を消費した彼女は、少しの間動けない。

 

「ご武運、を」

 

 ●

 

 体が熱い……意識を失った優奈は、その熱からある懐かしい夢を見ていた。

 

「………ぁぁ」

 

 熱い、熱い――この赤い色の液体は、凄く熱い。

何処から流れてるんだろうか。

 

「ぁぁぁ」

 

 背けるな、よく見てみろ。ソレ(・・)は目の前にある、仲間達から、そして自分たちを傷つけていた者達から流れているものだ。

 

「ご、め……」

 

 謝るな、全て己の行動の結果だろう。

許しを請うな、それは託してくれた者への冒涜だ。

 

「ありが、―」

 

 礼など言うな、自分たちを傷つけ、自分が斬り裂いた者に言うべき言葉じゃない。

何も語るべきではない、何も伝えるべきではない。

その全ての血が、命が、自分が生きる為だけに、自分を生かすためだけに流れているのだから。

享受しろ、全てを啜れ、恨みも祈りも全てを飲み込め。

 

 

 そして、魔剣と聖剣を持った(・・・・・・・・・)少女は、無言でとある研究所から姿を消した。

 

 

 

 コカビエルの目に映った光景は、想像からかけ離れたものだった。

あの槍の威力を防げるものは此処にはいない。聖剣を持っているフリードでさえ、自分が壁を作ってやらなければ吹き飛ばされていただろう。

悪魔は蒸発し、裏切り者は消滅し、その住処は爆散していたはずだ。

 

(……今のは)

 

 槍が最後の魔剣を貫き、あの悪魔へと迫る寸での所で、赤い稲妻が割り込んできていた。

だから、目の前の悪魔は大火傷程度で済んでいるのだ。

こうなった原因なんて、一つしか思い浮かばなかった。

 

「―吹き飛べ、クソ天使!!!」

「やはり、お前か赤龍帝!!!」

 

 行き成り目の前に飛び込んできた赤い籠手を顕現した少年に向け、作り直した光槍を振るう。

龍の氣と濁った光がぶつかり合い、衝撃波となって撒き散らされる。

両者ともに数メートル吹き飛び、コカビエルは滞空、一誠は教会の屋根に着地した。

 フリードの前には真琴が立ち塞がり、重症の優奈と軽症のミッテルトがアーシアに治療されているのを確認すると、一誠はコカビエルを指さし叫んだ。

 

「テメェ、俺の友達傷つけてタダで済むと思うんじゃねぇぞっ!」

「ハハハ、龍の力を持っただけの、たかが人間が良く咆えるじゃないか。まったく、今回の二天龍の勝敗は目に見えてるなこれは」

「関係ねぇ話してんじゃねぇ!!」

 

 「Boost!」と籠手からドライグの声が響く。

未だ数回目とはいえ。一誠の怒りに応じるように溢れ出している龍の氣は、どう考えても常人のそれを超えていた。

 

「ン?……どういうことだ」

 

 怒っていたのは一誠だけではない、真琴もだ。

普段喜怒哀楽から怒と哀を抜いたような表情しか浮かべない真琴が、珍しく目の前の敵を睨み付けている。

だが、コカビエルに真琴の表情などどうでもいいことだ。

問題はそこじゃない。

 

「なぜ、その女からも赤龍帝(・・・・・・・・・)の波動が出ている(・・・・・・・・)?」

 

 龍は感情によって力を引き出しやすい。

怒りは特に力が荒ぶり、周囲の存在に畏怖の念を抱かせる。

そんな()が、少女からも起こっていた。

 

「余所見か、余裕だな」

「チッ」

 

 思考を中断させるように、一誠の拳が叩き込まれる。

槍で防ぎ離れようとするが、魔力を足場に空中を超速で駆ける一誠からは逃れられない。 

 この移動術も虚空瞬動と言い、気や魔力を使って空を駆ける術である。

世の中にはこれをガチで空気を踏みしめて(・・・・・・・・)素の身体能力で行う化物がいるらしいが、一誠は魔力を用いて行っていた。

 

「貴様、本当に人間か!?」

「……」

 

 コカビエルからの問いには応えない。

返答は、その溢れる氣を込めた掌底で行った。

バギッ―コカビエルの持つ槍から嫌な音が響いた。

 

「バカな、光を砕くだと‥‥?」

「ォォオオオオオ!!!」

「このっ」

 

 一誠たちが空中で戦い始める中、真琴とフリードは両者どちらも動かないでいた。

 

「……襲ってこないんだね」

「あぁ、まぁ理由がねぇしな」

「……‥」

 

 ふてぶてしいその態度に、どこか既視感を覚えた。

懐かしい、とても懐かしい古い感覚だ。

だがその違和感を成長して雰囲気すら変貌したフリードから察することは、真琴にはできなかった。出来たのは一人――。

 

「ぇ‥‥リーダー?」

 

 後から追いついてきた、紫藤イリナだった。

 

「あン?」

「やっぱり、リーダーだよね‥? なんで‥」

 

 怪訝な顔で振り向いたフリードの顔を見て、過去自分が連れまわした白髪の少年を思い出した。

そうだ、彼は何時もこんな風にふてぶてしくて、どうしようもなく素直じゃなかった。

 

「私の事、わかる?」

「紫藤イリナ、兵藤真琴、兵藤一誠……覚えてますヨー」

 

 忘れるはずがない。

捨てられて何もなかったフリードに唯一出来た繋がりだった(・・・)

 

「イリナ、気を付けろ。知り合いかもしれないが、そいつはもう」

「……うん、わかってるよゼノヴィア。これも、主が与えてくださった試練だよね!」

 

 すっかり神への信仰に嵌まっているその姿を見て、忌々しげに舌打ちをするフリード。

 

「神、か」

 

 フッとフリードの姿が掻き消えた。三人は目では追えていた……ただ、反応することはかなわなかった。

 

「くっだらねェ」

 

 イリナとゼノヴィアの背後に現れたフリードは、血が付いた聖剣(・・・・・・・)を振り、擬態と破壊の聖剣を片手で弄んでいた。

 

「え‥?」

「ァ‥」

 

 教会の聖剣使いとして送り込まれてきた二人が、あっけなく倒れ込む。

完全に天閃の聖剣を使いこなした彼の速度は、光の速さに迫るほどになっていた。

 

「イリナちゃん、ゼノヴィアちゃん!!」

 

 叫ぶ真琴の声が響く。だが、彼女は動けない。自分がこの場を離れようとすれれば、その瞬間にフリードは堕天使と悪魔、そして魔女と呼ばれ異端視されているアーシアを斬り殺すだろう。

 

「ぁ、う」

「……俺にとって、あの頃は天国だった」

 

 捨てられ、絶望し、誰にも馴染むことなく全てを呪っていたあの頃。

そんな自分を救い出したのは、彼らだった。

特に自分を引っ張って行ってくれたイリナには感謝してもしきれない。

 

だが(・・)もう終わったんだよ、オレっちはさ」

 

 ニヤっと狂った笑顔を倒れ込んだイリナに向け、そちらへゆっくり歩きだす。一歩一歩、踏みしめるように。

 

「この廃教会な、あくどいクソ神父が運営してたんだわ。イリナの親が街に居た頃は、そいつらの顔色伺って何もしてなかったけどな」

 

 でも、イリナの両親はこの街に居たターゲットを殺した後、直ぐに引っ越してしまった。

 

「すぐに何かがあったわけじゃないさ。暫くは兵藤達やフィーと遊んでた」

 

 でも、その幸せもすぐに奪われてしまう。

 

「ある日、夕飯に薬混ぜられてな。目が覚めたら、聖剣の担い手を造りだす、なんて訳の分からない研究所に連れてかれてな……そこでぶっ倒れてる悪魔ちゃんも、俺の同胞って聞いてるが、あの場には見かけなかったあたり、色々な場所でやってたんだろうな」

 

 研究所は正に地獄だった。

流し込まれる薬、空気中に散布されている薬、食べ物にすら薬。

中毒症状や禁断症状、幻聴幻覚、そんな中行われる改造手術。

死んでいくものが大勢いた。

 

「そうして創り上げられたのが俺っちで、そこの悪魔ちゃんだ……もう目ぇ覚めてんだろ?」

「……ぼく、は…‥未完、成で…‥出来損ない、だった」

「! 優奈さん、喋っちゃダメです!」

 

 ようやく意識が戻ったのだろうが、重傷だった精神までは回復しない。

幻痛だって起こっているはずなのに、木場優奈は立ち上がった。

 

「あぁ、俺っちもあの実験は調べつくした。書かれてたぜ、廃棄される直前になって覚醒した聖剣使いがいたってな。まさか魔剣使いに変貌しているとは思ってなかったが」

「違う」

 

 それは違う、完成したんじゃないし命の危機に応じて覚醒したわけでもない。

魔剣に堕ちたわけでもない。これは、これは――。

 

これ(・・)は、あそこにいた、みんなから、貰った遺品(・・)だよ」

 

 自分より生きたかった子がいた、自分より夢を持っていた子がいた。

彼らに貰ったこの力で、人を殺めることだけはしたくなかった。だから、魔剣しか使わなかった。

そして、そんな彼らが死んでいく中、自分だけは生き残ってしまった。何故か。

 

「皆が託してくれたんだ。優しくしてくれてありがとうって、もう自分は限界だって、祈っても死んでしまうって――私たちが死んでも(・・・・・・・・)貴女だけでも(・・・・・・)生きてって(・・・・・)

 

 聖剣を振るうに値しない、小さく使い道がなかった聖なる因子は魂魄に導かれ、木場優奈に集まり一つになった。

そして、その祈りは、願いは優奈にとって祝福(呪い)の言葉だった。

苦楽を共にした、大事な仲間だった。大切な人たちだった。そんな人たちに願われては、命を救われてしまっては、もう木場優奈はただ死ぬわけには(・・・・・・・・)いかなかった。

 だから、研究者たちを殺し、仲間の死骸を踏み台にして前に歩き出したのだ。

それ以外選択肢なんてなかった、それ以外選択する余地なんてあり得なかった。

 

「僕は、神父が嫌いだ」

「あぁ、俺っちも嫌いだ」

 

 自分たちを、仲間をこんな風にした神父が憎かった。

だから木場は殺した、だからフリードは探して殺し回った。

 

「あの研究に関わっていた、全てが憎い」

「あぁ、だから堕天使も悪魔も殺してる」

 

 人間だけではない。あの研究には数多のはぐれ達も関わっていた。

 

「「そしてなにより、自分たちを見捨てた(・・・・)神を殺したい」」

 

 あんな状況に陥りながらも、信仰していた。あの瞬間までは、救いを渇望していた。

絶望しながらも生を諦めなかった、なのに――神も何も救ってはくれなかった。

 

「見守ってるなんて嘘だった、ホントだとしたら、只見捨てただけだった」

「そんなやつを信仰なんざ、する気になれねぇよな」

 

 だから、木場は悪魔になった。

だから、フリードははぐれ神父に堕ちた。

 二人は似ていた、二人は同じだった。だからこそ。

 

「「殺す」」

 

 互いを殺すことしか考えられなくなった二人を止めることなんて、真琴にはできなかった。

堕天使たちにもできなかった……止めたのは、やはり少女の声だった。

 

「ち、がうよ」

 

 血の海に沈んだと思われたイリナが、フリードの足首を掴んでいた。

 

「……殺したと思ったんだけどな、ミスったか」

「違う、そうじゃないよ」

 

 神を信じてない?見捨てた?違う、全く違う。

この二人は間違っている、とイリナは断じた。

 

「神様はね、試練を見てくれる、優しくて厳しい御方なの……リーダーが、あの子が、どうでもよかった(・・・・・・・・)んじゃ、ないんだよ(・・・・・・・・・)?」

「……………」

 

 その言葉に、何かを言うわけでもなく。

只々無言でフリードは聖剣を振り上げた。

木場は重傷から立ち直ったばかりで間に合わない、真琴も瞬動で追い縋ろうとするが、これも間に合わない。天閃の速度は光に迫るのだから。

 

「だから、そんなふうに、わらわないで?」

「―――」

 

 ガキンッと、金属音が響いた。

 

「……チッ。フィーの奴、過保護かよ」

 

 聖剣をウロボロスの魔法陣(・・・・・・・・・)が止めていた。

一撃止めた後消えてしまったが、フリードが聖剣を再び振り上げることはしなかった。

イリナの意識は消失したのか、フリードを掴んでいた力は弱まっていた。

 

「おらよ」

「っわ!?」

 

 ポーンっとイリナを投げ渡される真琴。

ついでだ、とゼノヴィアも蹴り渡された。

 

「目的は果たした、俺っちは帰るとするさ」

「待、」

()だ」

 

 スッと木場優奈を指さした。

 

「次会ったら殺してやるから、首洗って待ってろ」

「…‥こっちの、セリフだよ」

 

 そうして、はぐれ神父はその場から立ち去った。

同時に一誠も降りてきた。

 

「悪い、逃げられた」

「ううん、こっちもだよ‥‥逃がしちゃった」

 

 聖剣は奪われ、仲間も幼馴染も重傷で、敵は健在。

明確に敗北しながらも、姉弟は微笑んだ。

 

 ――まだ、誰も死んでいない。




フラグ回収愉しいです
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